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第1話 終わりのない物語
しおりを挟む草原の中に続く砂利道を一台の荷馬車がゆっくりと進んでいく。
澄み切った青空に煌めく太陽が解け残った雪の結晶を輝かせ、時折吹く風が光と共に耀々とした葉を舞い上げた。
「んっ……」
少し大きめの小石に、荷馬車がゴトリと揺れる。その拍子に、荷台いっぱいの藁に埋もれていた少女が小さな声を上げた。
ゆっくりと目を開く少女はあどけなさが抜けきっていない様子で、大人というには幼さが際立っている。薄汚れた服と、上着代わりに大きな布を羽織った姿は冬を凌ぐには少しばかり寒そうな様子だ。
「おや、眼が覚めたかい?」
体を起き上がらせる少女の気配に気づいたのか、荷台の先端で馬の手綱を握る齢60歳程度の老人が口を開いた。白髪に垂れ下がった目尻と、見た目通りの優しい声だ。
「……」
起き上がった少女は状況が全く分かっていない様子で、晴天の空に流れる真っ白に重なった雲を見上げた。と同時に、冬の風花が少女の耳をかすかに揺らす。
「山道に転がってた時はどんなもんかと思ったけんど、はっはっは。元気そうで何より何より」
依然前を向いたまま、白髪の老人が満面の笑顔と共に粋な笑い声をあげた。
少し先に見える町へ向けて、ガタリゴトリと荷馬車はゆっくりと草原を進んでいく。その様子に少女はぐるりとあたりを見回し、改めて白髪の老人のほうへ視線を向けた。
「えっと……ありがとうございます」
「はっはっは、気にしなさんな。お嬢さんの一人や二人増えたところでワシの馬は根を上げたりはせん。それにお客さんはお嬢さんだけじゃないのでの」
少女の弱々しい言葉を一蹴するように白髪の老人が高らかに笑う。
その声に目を覚ましたのか、荷台の隅でアオリを背に寝ていた男がほんの少しだけ顔をあげた。そして少女に視線を移し何かを確認したかと思えば、またすぐに男は顔を伏せた。
「ところで、お嬢さんはこの方向でよかったかな?」
「目的地は特に……決まってないから。遠く、ずっと遠くにいければ……」
「ふぅむ……」
小さなため息を一つ、白髪の老人は悲しそうに顔をしかめた。
「えっと、おじいさんはどこに向かってるの?」
「ワシか?ワシはイゼッタの町までこの藁を届けにな」
「そうなんだ」
そういって少女はのしかかるように山積みにされていた藁に体を預けた。その勢いに藁の山は少しだけ潰れ、同時に藁片と乾いた藁の匂いがあたりを立ち込める。
「いい匂い……」
少女は藁の山に顔をうずめたままお腹が膨れるくらいに大きく息を吸い込み、一瞬だけ息を止めてから吸い込んだ空気を吐き出した。
「はっは、ワシの藁の良さがわかるたぁ大したもんだ!」
白髪の老人が嬉しそうに笑う。
イゼッタの町から吹いてくる潮風が微かな磯の香りと、賑やかな街の声を運んでくる。
藁と少女たちを乗せた荷馬車はイゼッタの町のすぐ近くまで進み、ブオーッと長く低い音が1回、静かな空にこだました。その音を合図に荷馬車を引いていた馬がゆっくりとその脚を止め、白髪の老人が少女ともう一人の男のほうへ振り返った。
「兄ちゃん、イゼッタはすぐそこだがほんとに入らなくていいんかいな?」
白髪の老人の声に俯いていた男が顔を上げた。
もみあげから顎まで続く黒い髭。目立ちはしないものの、ところどころに見える顔の皺。少女から見るにお兄さんという表現はあまりに遠く、どちらかといえばおじさんという表現が似合っているようだ。
「ああ、このままだと目立っちまうからな。運んでくれてありがとよ爺さん」
低く渋い声で男は白髪の老人に礼を言い、そばに置いてあった剣を掴んで軽やかに荷馬車から飛び降りた。
「嬢ちゃん。帽子、落ちてるぞ」
「へ?」
男の言葉に、少女はその小さな両手で柔らかな髪を数回叩いた。と同時に、頭から生えた小さな耳が剥き出しになっていることに気づき、すぐさま耳を隠すようにぎゅっと頭を押さえつけた。
少女の頭に見えたのは犬のような、猫のような、あるいは狼に似ているのかもしれない毛の生えた耳。それは紛れもない獣人の象徴たるものだった。
「藁に上に転がっとるよ」
慌てて耳を隠す少女の姿を見て、白髪の老人が優しく帽子の在処を少女に伝える。
少女は耳を押さえつけたまま白髪の老人の指す帽子の元へ行き、帽子を被って少しだけバツが悪そうに白髪の老人をじっと見つめた。
「ところでお嬢さんはどうするかい?」
少女を気遣ってか、白髪の老人は少女の頭に見えた耳には触れずにイゼッタの町のほうへ視線を移した。
すでに男の姿は見当たらず、馬が退屈そうに砂利道に転がる石を眺めている。
「私もここまでで大丈夫。ありがとう、おじいさん」
そういって少女は荷馬車からゆっくりと地面へ足を伸ばす。その姿は先ほどの男と正反対で、身体能力の高い獣人とは程遠い人間の子供の姿そのもののようだった。
「お嬢さん、名前はなんて言うんだい?」
「名前?」
砂利道に降り立った少女は白髪の老人の問いに少女は一瞬だけ首を傾げた。が、すぐさま意味を理解したのか小さな口を開く。
「ケモノ」
潮風が言葉をかき消すように、マントのように羽織った少女の赤い大きな布をなびかせる。
「何の動物かもわからない……。尻尾もない出来損ない、だからケモノなの」
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