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AIDMAの法則。その6
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「見つけたで! こんなとこにおったんか」
項垂れていたミッツに、声をかける人影。
不躾にミッツの一人の空間を、ずかずかと土足で侵す集団が現れた。
ミッツはそちらを一瞥すると、ふっと軽く息を吐きだし、笑顔で顔を上げる。
そこには、見覚えのある男達の顔。
名前なんて知らないが、本日【黒髪姫の薔薇のお城】にてミッツが斬り裂き、墓石に変えた男達。
胸がズキリとする。
「探すの、ごっつしんどかったわ。なんで墓石置いたらさっさとどっかいってまうねん」
わざわざ探してまでとは、ご苦労なことだ。いったい何をしに来たというのだ。どうせ今日の恨みごとだろう。
そのようにミッツは、当りをつける。
「それは失礼致しました」
内心を悟られぬよう、営業スマイルを浮かべて挨拶する。
慣れたものだ。ミッツにはこんなこと、日常茶飯事だったのだから。
ミッツは、すんと心を鎮めて、クレーマーの言葉を待つ。
ダンジョンに連れて行ったのはミッツで間違いはないが、自分たちの判断で行った。……そして死んだ。
飽く迄、自己責任。
連れて行ったミッツに文句を言うのは、お門違い。
だが、クレームの対処で肝心なのは、相手が話したいことを全て話切るまで口を挟まないこと。
しかし、これがなかなか難しい。
つい説明をしてしまいたくなる。そういうものの、頭に血が上った人にどんなに理路整然でまっとうな説明をしても、言い訳と正当化だと捉えられる。
そうなると余計な軋轢が生まれるだけなので、黙って聞いている方が解決が早い。
そもそも怒りというのは持続させるのに相当なエネルギーが必要。
無駄に、火に油を注ぐ必要は無い。
静かに深呼吸して、心を落ち着かせたミッツにかけられた言葉。
「にいちゃん、ありがとうな」
ダンジョンで見たのと同じように、汚い歯を剥き出しながら男は笑う。
「気ぃついたら教会やったから、びっくりしたわ。ちゃんと約束守ってくれたんやな、ほんまにタダでええのんか?」
ミッツが笑顔を絶やさないので、男は話し続ける。
曰く、初めて話に聞いていたダンジョンでの仮初めの死を経験し、思ってたより痛かったこと。
曰く、金貨を持って帰って女房、家族に喜ばれたこと。
曰く、みんなが感謝しているということ。
「そうですか、大変申し訳御座いませんでした」
話を聴き終えたミッツは、一言真摯な態度で頭を下げた。
「あん? 何謝ってんねん。話聞いてたか、にいちゃん」
話は耳に入っていた。
右から左に流れていたけれど……。
これは、不当なクレームで傷付かないための知恵。
それが証拠に、ミッツはこの男がダンジョンに行けたことが嬉しかったことも、ミッツに感謝していることも理解していた。
――感謝している?
理解が及ばない。
――何故そうなる?
「だから明日も頼むで、にいちゃん。明日は今日の話を聞いて一緒に行きたい言うてる奴も連れていってええか?」
後ろに立っている男達も、口々に発しているのは興奮と希望あふれる言葉。
そして、ミッツへの信頼。
会社に入って働き始めの頃は、お客様にお礼を言われると嬉しくて我武者羅に働いた。
更に喜んで欲しくて、CSを高めるために商品知識や接遇技術を勉強した。
忘れかけていたあの頃の気持ちを、ミッツは思い出す。
CS――Customer Satisfaction。
お客様満足。どれだけ、お客様が喜んでくれたか。
人により感じる満足や、そのポイント等は千差万別。
お店の立地や方向性でもお客様の求めるものは変わってくる。
なにせ、満足とは期待値を上回っていないと得られない。
ミッツの今のお客様は、目の前の人たち。
そのお客様が満足している。
ミッツのサービスは、お客様の期待を叶えたのだ。
だから、ミッツは勝手な思い込みで罪悪感を抱かなくて良い。
何故なら、自分の価値観を押し付け、相手の満足は偽物だと貶める行為に他ならない。
小難しい事を考え、自分の気持ちを整理しようとする。
だが、そんなものは実は不要で、ミッツの感情は溢れていた。
目を瞑り、口元を綻ばせる。
――感謝。
重く黒く覆い被さり、心身を蝕んでいた闇が霧散する。
「良かったら、相席しませんか?」
「勿論そのつもりやで」
そう返答を発するや否や、男達はまるで冒険者のように荒々しく椅子を引き腰掛ける。
タイミングを計ったように、運ばれて来たジョッキ。
「かんぱーい!」
4つのジョッキが掛け声に合わせて大きく持ち上げられ、各人の喉をごきゅごきゅと喉を鳴らす。
「かー、美味い」
大阪弁っぽい話し方の粗末な身なりの男が、臓腑から染み出すようにそう呟く。
それは、ミッツも同じ気持ちだった。
熱いものが身体中に染み渡る。
男達はジョッキを置くと、肉塊に齧り付く。
新鮮な果実のように肉汁が飛び散り、ミッツの胸部装甲が汚れた。
「……ははははははははは」
テーブルに笑い声が木霊する。
ミッツも負けじと汁を飛び散らしながら、肉を噛みちぎる。
その瞬間、口の中には何とも言えない旨味が広がり、迎えるように唾液が迸る。
その後、満足いくまで笑い合い飲み食いを続けた。
先ほどは味を感じていなかったことなんてすっかり忘れて、ミッツは楽しい時間を過ごした。
遅くに【黒髪姫の薔薇のお城】に帰ると、姫に「帰るのおそおそだよー」とミッツは怒られた。
だが、不思議と怒っているというより嬉しそうに見えたのは、ミッツがほろ酔い良い気分で勘違いしていたのだろうか。
いや、確実に姫は微笑んでいた。
調子に乗ったミッツは、無造作に姫の頭を撫でる。
「変な臭いがするー」
「ちょっと、姫ー。逃げないでくださいよー」
「やだー。今日はわらわもう寝るもん」
「わかりました。おやすみなさい。……姫! 俺に任せてください。明日も何の問題もなく、ダンジョンエナジーを沢山集めますから!」
「うん。任せてる」
そうして、壁の向こうに消えていく姫を地面に寝転がりながら見送ったミッツは、無性に楽しくなりくっくっくと耐えきれないようにかみ殺しながら笑う。
一頻り笑って、天井を見上げ、目を閉じて静かにすれば――いつしか微睡んでいた。
項垂れていたミッツに、声をかける人影。
不躾にミッツの一人の空間を、ずかずかと土足で侵す集団が現れた。
ミッツはそちらを一瞥すると、ふっと軽く息を吐きだし、笑顔で顔を上げる。
そこには、見覚えのある男達の顔。
名前なんて知らないが、本日【黒髪姫の薔薇のお城】にてミッツが斬り裂き、墓石に変えた男達。
胸がズキリとする。
「探すの、ごっつしんどかったわ。なんで墓石置いたらさっさとどっかいってまうねん」
わざわざ探してまでとは、ご苦労なことだ。いったい何をしに来たというのだ。どうせ今日の恨みごとだろう。
そのようにミッツは、当りをつける。
「それは失礼致しました」
内心を悟られぬよう、営業スマイルを浮かべて挨拶する。
慣れたものだ。ミッツにはこんなこと、日常茶飯事だったのだから。
ミッツは、すんと心を鎮めて、クレーマーの言葉を待つ。
ダンジョンに連れて行ったのはミッツで間違いはないが、自分たちの判断で行った。……そして死んだ。
飽く迄、自己責任。
連れて行ったミッツに文句を言うのは、お門違い。
だが、クレームの対処で肝心なのは、相手が話したいことを全て話切るまで口を挟まないこと。
しかし、これがなかなか難しい。
つい説明をしてしまいたくなる。そういうものの、頭に血が上った人にどんなに理路整然でまっとうな説明をしても、言い訳と正当化だと捉えられる。
そうなると余計な軋轢が生まれるだけなので、黙って聞いている方が解決が早い。
そもそも怒りというのは持続させるのに相当なエネルギーが必要。
無駄に、火に油を注ぐ必要は無い。
静かに深呼吸して、心を落ち着かせたミッツにかけられた言葉。
「にいちゃん、ありがとうな」
ダンジョンで見たのと同じように、汚い歯を剥き出しながら男は笑う。
「気ぃついたら教会やったから、びっくりしたわ。ちゃんと約束守ってくれたんやな、ほんまにタダでええのんか?」
ミッツが笑顔を絶やさないので、男は話し続ける。
曰く、初めて話に聞いていたダンジョンでの仮初めの死を経験し、思ってたより痛かったこと。
曰く、金貨を持って帰って女房、家族に喜ばれたこと。
曰く、みんなが感謝しているということ。
「そうですか、大変申し訳御座いませんでした」
話を聴き終えたミッツは、一言真摯な態度で頭を下げた。
「あん? 何謝ってんねん。話聞いてたか、にいちゃん」
話は耳に入っていた。
右から左に流れていたけれど……。
これは、不当なクレームで傷付かないための知恵。
それが証拠に、ミッツはこの男がダンジョンに行けたことが嬉しかったことも、ミッツに感謝していることも理解していた。
――感謝している?
理解が及ばない。
――何故そうなる?
「だから明日も頼むで、にいちゃん。明日は今日の話を聞いて一緒に行きたい言うてる奴も連れていってええか?」
後ろに立っている男達も、口々に発しているのは興奮と希望あふれる言葉。
そして、ミッツへの信頼。
会社に入って働き始めの頃は、お客様にお礼を言われると嬉しくて我武者羅に働いた。
更に喜んで欲しくて、CSを高めるために商品知識や接遇技術を勉強した。
忘れかけていたあの頃の気持ちを、ミッツは思い出す。
CS――Customer Satisfaction。
お客様満足。どれだけ、お客様が喜んでくれたか。
人により感じる満足や、そのポイント等は千差万別。
お店の立地や方向性でもお客様の求めるものは変わってくる。
なにせ、満足とは期待値を上回っていないと得られない。
ミッツの今のお客様は、目の前の人たち。
そのお客様が満足している。
ミッツのサービスは、お客様の期待を叶えたのだ。
だから、ミッツは勝手な思い込みで罪悪感を抱かなくて良い。
何故なら、自分の価値観を押し付け、相手の満足は偽物だと貶める行為に他ならない。
小難しい事を考え、自分の気持ちを整理しようとする。
だが、そんなものは実は不要で、ミッツの感情は溢れていた。
目を瞑り、口元を綻ばせる。
――感謝。
重く黒く覆い被さり、心身を蝕んでいた闇が霧散する。
「良かったら、相席しませんか?」
「勿論そのつもりやで」
そう返答を発するや否や、男達はまるで冒険者のように荒々しく椅子を引き腰掛ける。
タイミングを計ったように、運ばれて来たジョッキ。
「かんぱーい!」
4つのジョッキが掛け声に合わせて大きく持ち上げられ、各人の喉をごきゅごきゅと喉を鳴らす。
「かー、美味い」
大阪弁っぽい話し方の粗末な身なりの男が、臓腑から染み出すようにそう呟く。
それは、ミッツも同じ気持ちだった。
熱いものが身体中に染み渡る。
男達はジョッキを置くと、肉塊に齧り付く。
新鮮な果実のように肉汁が飛び散り、ミッツの胸部装甲が汚れた。
「……ははははははははは」
テーブルに笑い声が木霊する。
ミッツも負けじと汁を飛び散らしながら、肉を噛みちぎる。
その瞬間、口の中には何とも言えない旨味が広がり、迎えるように唾液が迸る。
その後、満足いくまで笑い合い飲み食いを続けた。
先ほどは味を感じていなかったことなんてすっかり忘れて、ミッツは楽しい時間を過ごした。
遅くに【黒髪姫の薔薇のお城】に帰ると、姫に「帰るのおそおそだよー」とミッツは怒られた。
だが、不思議と怒っているというより嬉しそうに見えたのは、ミッツがほろ酔い良い気分で勘違いしていたのだろうか。
いや、確実に姫は微笑んでいた。
調子に乗ったミッツは、無造作に姫の頭を撫でる。
「変な臭いがするー」
「ちょっと、姫ー。逃げないでくださいよー」
「やだー。今日はわらわもう寝るもん」
「わかりました。おやすみなさい。……姫! 俺に任せてください。明日も何の問題もなく、ダンジョンエナジーを沢山集めますから!」
「うん。任せてる」
そうして、壁の向こうに消えていく姫を地面に寝転がりながら見送ったミッツは、無性に楽しくなりくっくっくと耐えきれないようにかみ殺しながら笑う。
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