ダンジョンに人が来ないと死ぬのだが、マーケティングで地道に拡販

夏木 七月

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Another perspective:冒険の始まり

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 オールスタット王国。
 世界で最も多く、繁栄している種族【中和と繁栄の人】――ヒューマンの始まりの国。
 そして《はじまりの魔王》を討ち取った伝説の勇者が生まれたのも、このオールスタット王国だと言われている。

 現在に至るまで、所狭しと蔓延るダンジョンは人類が版図を広げるための障害だ。
 2000年前の大昔、それは触れなければ脅威とならないと思われていた。
 そこに現れたのが《はじまりの魔王》。
《はじまりの魔王》は、まず初めにダンジョンのモンスターを解き放った。
 瞬く間に、モンスターは人々の営みの場を侵食していく。
 それを黙って見ている国や領主では無かった。
 兵を出し、モンスターから村を、町を、領民を守る。
 モンスターには秩序も統率もなかったので、訓練を積んだ屈強な兵士達は見事その責を果たす。
 だが、無限に沸き続けるモンスターは昼夜を問わず、また断続的に襲いかかってくる。
 その状態はいつまでも続く。その場に何もなくなるまで。
 その結果、いくつも村や町は滅んだ。

 大きな街や砦は強固な壁に護られ、散発的なモンスターの襲撃くらいではビクともしない。
 それでも、不安や恐怖は心を削る。
 このまま人類は、モンスターに吞まれ消えていく。
 誰もがそう悲観した時、神は勇者を遣わした。
 伝承では『神の御光に照らされ、この国に生を受けた』とか『一人の少年が、神の啓示を受け立ち上がった』『ふらりと青年が立ち寄った』『空から舞い降りた』等々、数多くの謂れがある。
 その勇者は5人の仲間を集め、旅に出た。
 たった6人で、恐怖に震える人々を救うための旅に出たのだ。
 其々の伝承に、様々な冒険譚。
 何処其処のダンジョンをクリアし、伝説の武具を手に入れた。とか、最強格のモンスター、ドラゴンを一刀の元に伏したとか。
 そんな逸話は、枚挙に暇がない。

 だが、全ての伝承に於いて、最後の戦いの相手だけは同じであった。――《はじまりの魔王》
 幾日にも続く、激戦。
 強大な力の前に、勇者は何度も押しつぶされそうになった。
 それでも、仲間との絆の力で《はじまりの魔王》の討伐を果たす。

 そうして、世界に平和が戻……れば良かったのだが、魔王は死ぬ間際に呪いの言葉を残した。

『我は、そう遠くない未来に復活する』

 それだけでなく、死んだ際に爆発した体が、禍々しい光となって各地に飛び散った。
 人々は絶望する。
 これで終わりではなかったのだ。《はじまりの魔王》を討っても、人類と魔王の戦いは続いていくのだ。

 勇者も孰れは、天に召されるだろう。
 そうすればその後、いったい誰が魔王と戦えるというのだ。
 神の力を受けし勇者以外に、いったい誰がダンジョンに潜れるというのか。
 そんな不安を聞いた勇者は、神に願った。
 自分の力を皆に分けられないかと。
 その願いを聞き入れた神は、勇者の力を回収し、それを人に与える約束をする。
 その力を望み、受け入れる器を持つ者が冒険者。
 冒険者は人類の脅威を排除するために、勇者の代わりに魔王を討つために生まれた。
 そんな伝承の始まりの地――オールスタット王国、城下町ビギニンガム。
 そんな地に、また新たに冒険者が誕生する。
 彼は、いや……彼らには何の才能もなく、自分たちの小さな世界で同じ毎日を生きていくだけの人生だったはずなのだ。
 それが何故、こんなことになってしまったのか……。

 この日も、青々とした空。白い雲。輝く太陽。
 とても良い天気ではあるが、それほど特別でもない普通の日だった。
 強いていうなら、気持ちよく農作業に打ち込めた日だったというくらいだろう。
 今日もいつもと変わらず朝から畑に出て、作物の確認。雑草の除去。害虫や害獣による被害の有無の確認等。
 本当に何も変わらない、いつもの朝を過ごしていた。
 そんな平凡で何処にでもいる農夫である彼は、朝の作業を終え、凝り固まった腰と背中を伸ばしながら街の入り口に向かって歩いていた。
 数人の仲間と共に、近所の下世話な噂話に馬鹿笑いしながら。
 この後、彼らに人生が一変することが起きるとも知らずに。

 彼らが住む長屋の並ぶ場所に帰った時、異変は起こっていた。
 そんなところにいるはずのない、立派に全身を金属の鎧で身を包んだ冒険者が立っていたのだ。
 装備が整っているだけではない。体躯も大きく、その冒険者に力があることを雄弁に語る。
 それ故に、尚の事不思議だった。

「道に迷ったんかいな?」
「いやいや、こんな辺鄙なところに着くまでに流石に気づくだろ」
「ほな何か用事があって、ここに来たっちゅうんかいな? それこそないやろ」
「そうだな。綺麗な姉ちゃんがいる店も、この辺ではないからな」
「せやかて、騎士様ではないやろ。青いマントを身に着けておらへんからな」

 戻ってきたばかりの彼らだけではなく、他の住人も口々に何かを噂している。
 その中に一つでも、この先に起こることを正確に予測出来た者は居なかった。

 好奇の目に晒され、ひそひそと内緒話を受けている冒険者の顔色は良くない。
 強そうな見た目とは裏腹に、覇気どころか生気を感じないどんよりとした目。
 それなのに、口角が上がり笑顔のように見えるのがとても不気味に映る。
 そしてそれがまた、噂のタネになり周囲に騒めきを生んでいく。
 音と音が混ざり合い、何を言っているかは分からなくとも、何かを喋っている声がダダ漏れになる。
 
 その時――突如静かになる。
 
 冒険者の持つ何を見ているのか分からない目が、人から人へと滑って行く。
 起こる、絹が破けたような悲鳴。
 恐怖に耐えられなくなったのだろう。
 その冒険者の雰囲気は、堅気ではない。
 それこそ、人として醸し出してよい空気ではない剣呑さ。
 物語の中の冒険者はそれこそ人徳者ばかりだが、実際には力を持つ者であれば誰でもなれる。
 得てして、ごろつきのような輩が冒険者で成功するもの。
 ひっと上がった、その短い悲鳴を皮切りに混乱が巻き起こる。
 冒険者の乱心。若しくは、遊び感覚での乱暴狼藉。
 冒険者ギルドや自警団、騎士団のお陰で滅多に起こる事ではないが、全く起こらないこともない事件。
 どちらにしろ、ここにいる者たちにどうこう出来る問題ではない。
 あるものは逃げ出し、あるものは腰を抜かし祈る。
 とにかく助かるために出来ることなんて、その程度しかなかった。

「いやああぁぁぁぁ!」

 一際大きな悲鳴が上がる。
 見ると、冒険者が背中から長柄を抜き放つ。
 死んだ。
 ここにいる者は、全員死んだ。
 こんなところに偶然、騎士団員が巡回に回ってくる。
 そんなことは起こり得ない。

「血ガイマスグ! ダイグゥ、オーーデス」

 化け物。
 冒険者が空に向かって叫ぶ姿は、そうとしか表現できなかった。
 一斉に恐慌状態に陥る。
 心が強く、逃げ出すことが出来た者には、冒険者が回り込む。
 伝承にはこうある。

『魔王からは逃げられない』

 全員が叫び出していた。
 男たちの耳にも、劈くような音が襲いかかる。
 だが、それを出していたのは自分自身だと気付かなかった。
 これが、新しい冒険者の始まりだった。

 精も根も尽き果て、叫ぶ者もいなくなり、ただ呆然と全員が地にへたり込むと、冒険者は悠然と語りかけてきた。
 そして、手に持つ長柄――ではなく、看板を指差す。
 殺されたくない。
 その一心で、看板の文字を読む。
 そこには血のような真っ赤な色で、文字が刻まれていた。
 そこに書かれている意味が、すぐに理解出来た者はここにいただろうか?
 死の恐怖と直面し、既に考えることを止めた脳が意味を咀嚼するまで優に数分を要した。

 意味がわかると、先ほどとは違う騒めきが起こる。
 そこに書かれていたのは、意味は分かっても信じられる内容ではなかった。
 まさか冒険者が自分の食い扶持を他人に、それも一般人に分け与えるようなことをするなんてありえない。
 本来であれば詐欺だと一笑に付しておわりだが、恐怖からの解放。冒険者の巧みな話術。
 これが、この場を洗脳していた。
 冒険者の言葉を信じることが快感になり、次第に興奮してくる。
 男たちのリーダー格、ジョンもその熱にのまれていた。
 気づけば、冒険者に率先して質問を飛ばしていた。

「――いったいどういうことなんや?」

 冒険者が話し終わった時、ジョンは震えていた。
 富くじに当たるよりも大きな富を得る機会が、突如転がり込んできた。
 それは、周囲の男たちも同じ気持ちだったことだろう。
 燃え上がる気持ちを押さえ込むように問う。

「何持ってってたら良いんや?」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 カビの臭いが鼻を衝き、少し離れた仲間の姿が見えなくなるほど暗い。
 周囲から聴こえてくる、ぴちょんぴちょんと水の垂れる音、こーこーと響く風の哭く音が響く。

「これがダンジョンか……。おい、わいダンジョンに来てんねんで!」
「そうだな。俺もダンジョンに来てるぞ」
「俺だって、そうさ」

 本来であれば何時何処から襲われるか気が気ではないダンジョン。
 そんな中、断続的に聞こえてくる音は精神を蝕む障害となるものだが、無知な一般人の前では形無しである。
 周囲の音を拾い、情報を集める。接敵しない為、こちらの存在を知らせないように静かにする。
 冒険者にとって当たり前の事。
 だが、そんな知識のないジョンや男たちは無視して燥いでいた。
 興奮の絶頂。強そうな引率。
 周りには姿形ははっきり見えずとも多数の知り合い。
 そのような理由が重なり、気は大きくなり恐怖や緊張を置き去りにする。

 そこに――

「うわっ」
「どないした?」
「痛ぇ。腰に……腰になにか……」

 突如一人の男が蹲る。
 男が指す腰を見ると、きらりと光る硬貨。

「なんや、これ?」

 横に居たジョンが手を伸ばす。

「なんや!?」

 掴み取ろうとしたところ、顔に向かって硬貨が飛びかかってきた。

「うせやろ!? そ……えっ……」

 顔を庇うために、反射的に振り回すた腕が硬貨に当たる。
 叩かれた硬貨は、カンッカンっと子気味良い音を立てながら転がって行く。

「これが聞いてたモンスターのクリーピングコインっちゅうやつかいな。まだ動いとるな」

 流石はモンスター。冒険者から弱いと聞いていたが、ジョンの一撃では死ななかった。
 だが、その動きは弱弱しく、ずりずりと這って逃げて行く。

「逃さへんで!」

 無慈悲な踏みつけ。
 足裏から返ってくる動きが感じなくなるまで、何度も繰り返す。

「はー。はー。結構しぶとかったな」
「倒したのか?」
「やったったわ」

 ジョンは死体を掴み上げ、掲げる。
 すると、手のひらでモンスターが光となり消えた。
 それから銅貨が1枚。モンスターを載せていた手のひらに残っていた。

 歓声が上がる。
 冒険者様が言った通り、俺たちでも戦える。皆の心が湧いた。
 暗闇からモンスターに襲われ、恐怖や緊張を知る機会だったのはずなのだが、成功体験がそれを潰してしまった。
 こうしてダンジョンの怖さを知らないまま、ジョンは仲間を引き連れ暗闇の中に消えて行く。

 この後、ジョンの初めてのダンジョンは、あっさりと終わる。
 冒険者の計らいで、少し強めのモンスターの狩りに連れて行ってもらう。
 そこで、死にかけた鎧姿のモンスターと対峙した。
 それが、ジョンの初めてのダンジョン最後の記憶。

 だが、失敗ではない。
 教会へ蘇生費を払っても、いつもとは比べ物にならない稼ぎ。
 嫁は大いに喜び、息子と娘はダンジョンに潜ったジョンを誇らしくて抱きついた。

 こうして生まれた、冒険者ジョン。
 彼の毎日は、ダンジョンに潜ることが仕事になった。
 これから、どうなっていくのか。
 それは、今の彼には問題ではない。
 ただ、輝かしい明日が待っているような気はしていた。

 それを保証するように、空の星は瞬いている。
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