ダンジョンに人が来ないと死ぬのだが、マーケティングで地道に拡販

夏木 七月

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事業拡大。 その6

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 姫を起こして速やかに朝礼を終え、意気揚々と街に向かうミッツと、それに付き従うマリル。
 ビギニンガムの街の近くの転送装置から、毎日歩いてすっかり見慣れた道を行く。
 空を見上げれば、雲ひとつない。今の晴れ晴れとしたミッツの心を写したかのようだ。
 惜しむらくは、まだ日が昇る前のため、青色ではなく黒なのが残念なところである。
 というのも、冒険者が動き出すより早くに冒険者組合に行こうと、普段よりも早い時間から行動を始めているので仕方がない。
 門に到着すると、手慣れた様子で冒険者証を門番に見せてくぐる。
 いつもに比べぞんざいな確認だったが、眠気と戦っているのだろうと、ミッツは心の中で『お疲れ様』と呟く。

 南の門からまっすぐに北へと伸びる中央道。
 ここもまた、いつもとは違う顔を見せていた。
 いつもであれば、ずらっと並んだ露店や屋台から活気が漲っているのだが、今はまだ疎らにしか店員がいない。
 それも、準備をしているだけで、開いているところはひとつもない。
 なので、聞こえてくるのは、カチャカチャと何かのぶつかる音や、よいしょというような短い掛け声やため息ばかり。
 非常に寂しげである。
 だが、あと1刻ほど地球時間で2時間程度すれば訪れる活気の前の静けさだと思うと、力を溜め込んでいるようにも見えなくもない。
 少なくとも、ミッツにはそう映っている。
 ミッツも携帯電話販売代理店時代――まだ1月ほどしか経過していないが――、開店準備中はこのような感じだった。だが、開店と同時にトップギアに持って行くための調整だったように思う。
 マリルはといえば、きりりとした顔をしているが、何も考えていないのは明白。
 前を行くミッツに追いて歩くだけである。

 数十分歩くと、目的の建物が見えた。
 少し離れたところからでも目立つ真っ赤な屋根、灰色のレンガ造りで頑強そうな巨大な建物。冒険者の管理会社のようなものである冒険者組合の会館である。
 気取って言えば、ギルド会館。
 起源を遡れば2000年前、“はじまりの魔王”を討伐した初めの勇者がいなくなって程なくした頃。
 各地に生まれた強大な力を持つ者たちが、現在の冒険者の始まりと言われている。
 彼らは勇者の願い通り、人々の安寧のためダンジョンに潜り、モンスターを屠り続けた。
 しかし、それも永久に続けられるわけではない。
 年齢であったり、心的外傷であったり、様々な理由はあるが、いずれ戦えなくなる時がやってくる。
 そうして戦えなくなった冒険者たちが、後進を支えるために作ったのが冒険者組合の始まり。
 真っ赤な屋根と灰色の外壁にも意味があったらしいが、今は誰も気にもとめていない。
 そんな歴史には興味のないミッツも同じである。
 外観など気にも留めないで、颯爽と中に入って行く。
 ドアをくぐると、そこはまるで役所や病院のように、長い椅子がずらりと並んだ待合室。
 木でできたそれは、座り心地は最悪だろう。
 長い時間座っていられるとは思えない。
 奥の方には、受付と思われるカウンターと巨大な掲示板。
 時間が時間なので、まだ人は殆どいない。
 これ幸いと、早速ミッツはカウンターへ向かって係員に声をかける。

「おう、どうした。こんな早い時間に」

 事務職とは思えない筋肉隆々の男。
 年の頃は30代といったところだろうか。まだまだ現役を思わせる、活力に溢れた見た目と態度。
 それにミッツは少しばかりたじろいだが、よくよく考えてみれば、このような男性が職員をしていないと抑えられない相手が客としてくるのだ。
 当然の配置なのだろう。

「クエストの依頼をしたいのです」
「なんだ? お前、どうみても冒険者だろ? 自分でなんとも出来ないのか?」
「それはですね……」

 ミッツは答えようとして、はっとする。
 しっかりと内容を詰めていなかったので、組合に依頼することだけを決めて、どのような内容で依頼するかまでは決めていなかったことに今更ながら気がついた。
 あのふわっとした計画のままに、ここまで来てしまったのだ。
 見切り発車も甚だしい。

「祖母の形見のペンダントをダンジョン内で落としてしまって、自分たちだけで探すのは難しいので依頼したいのです。それほど価値のあるものではありませんが、自分にとってはとても大事なものなので……」

 ミッツ、圧倒的感謝。
 何も考えていないと思われていたマリルが、ここに来てまさかの機転を利かす。
 考えてみれば、マリルは鋭いことを言っていたこともあり、頭自体は悪くないのかもしれない。
 ただ、思い込みが激しいのと騎士狂いなのが、マリルをポンコツに見せている。

「そうか。それは災難だったな。どこのダンジョンだ?」
「【黒髪姫の薔薇のお城】です。トラップなどはなく、適正レベル5以下のモンスターが生息しております。奥の方に僅かに強めのモンスターがいますが、引籠もる剣士ソードマンだったので、LV7ほどあれば問題ないダンジョンです」
「おぉそうか。調べる手間が省けた。で、達成報酬はどのくらい出す。下手に安くしちまうと、ペンダントが戻ってこないことになりかねんぞ」
「そうですね――」
「――金貨100枚出す」
「100枚!?」
「ちょっと、先輩」

 受付の男が驚くのも無理はない。
 駆け出しの冒険者で十分こなせるクエスト内容、相場で言っても、そのくらいの冒険者の1日の稼ぎと同じ金貨10枚でも高いと感じる内容。
 そこに破格の100枚という報酬をぶち込んだのだから、気が狂っているとしか思われない。

「大丈夫。金ならちゃんと持っている」
「因みにそれは、どんなペンダントなんだ」
「あの、冒険者用の装備品というわけではなく、普通のペンダントで価格も金貨10枚くらいのものだと思うのですが……」
「それだったら、どちらにしろ相場より高額になるのは仕方がないが、金貨15枚くらいで出したらどうだ?」

 見た目は厳ついが、客のことを考えてくれる良い受付員だ。

「大丈夫。100枚出します」

 それなのに、ミッツは引かない。
 引っ込みがつかなくなったというのもあるが、それよりも、マリルが機転を利かした依頼内容では目的を達成させることが出来ないことに気がついてしまったからだ。
 相場程度では、一組のパーティー――下手すれば、1人の冒険者が依頼を受けたら他の誰も受けない。
 他と競争して必死になる見返りが少なすぎるからだ。
 それならば、素直に他のダンジョンでいつも通り稼ぐ方が良い。

「その代わり、期限は今日中でお願いします。それだけでなく、参加してくださった冒険者の皆様にも少ないですが、一人当たり金貨3枚お支払いします。なので、沢山の方に競っていただきたいのです。ただ予算の関係上、250枚程しか参加費は出すことが出来ません」
「おいおい、おまえ何もんなんだ……」

 ミッツにとって金は、それほど価値をもたない。
 何せ使う機会がなさすぎる。
 その割りに、ダンジョンで一般人を殺すたびに金貨が増えていくものだから、今では5000枚近く溜まっている。
 予算が250枚あと伝えたのは、今の手持ちがそれだけだからだ。
 通過が硬貨というのは結構重くて嵩張り不便なものだ。

「まー、依頼主が良いというんだから、それで受けるぜ。……本当に良いんだな?」
「勿論です」
「こんな形の依頼は、俺は受けるの初めてだから偉いやつに聞いてくる。少し待っとけ」

 それだけ言うと、そそくさと受付の男は奥へと引っ込んで行く。
 何か見落としがないかと考えながら、ミッツは指事された通りに、椅子にかけて待つことにした。
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