ダンジョンに人が来ないと死ぬのだが、マーケティングで地道に拡販

夏木 七月

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対冒険者 その1

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 冒険者組合にクエストの発注に来たミッツとマリルは、待合席で座って待たされている。
 ミッツが、受付員のキャパシティーを超える注文を付けたからだ。
 待っている間、ミッツは今後の流れを幾通りも想定し、そこに生じるリスク、そのマネジメントを準備する。
 雇われとはいえ店長に就いていたミッツは、リーダーとしてこのように予想し備えるという状況を何度も、小さい事柄も考えれば、それこそ毎日行っていた。
 その殆どが考えすぎともいえるくらいに、莫大な損害を受ける最悪の事態を想定したもので役に立たなかったのだが。
 小心者のミッツは、基本的に上手くいくことは考えず、とにかくリスクに備えたがる。
 それが原因で華々しい成果を上げられず、上の覚えは悪い。ただ、失点が極端に少ないため、立場の近い者や部下の信頼はそれなりに厚かった。なので、本人もそのやり方が身に沁みていた。
 ミッツが想定しているリスクの一つを覗いてみると、“勇者級の冒険者が攻めてくる”なんて、到底起こりえないようなことまで考えている。
 そして、そのリスクマネジメントは“リスクの保有”。
 発生頻度は低く――限りなく0に近い――、発生原因も不明。なので、対策の立てようがない。
 だから、勇者が来てしまうことは仕方がないと割り切る。
 勿論危機対策として逃げ回るということは決めているが、そもそも起こらないのだから想定するだけ思考リソースの無駄である。
 寝る前に学生が、学校がテロリストに占拠されるリスクを妄想するのと同じくらいに無意味だ。
 とはいえ、ミッツにとってはそういった備えをしないと不安でしかたがないのでしょうがない。

 そうして待つこと数十分。似たような荒唐無稽なリスクを想定し、ひとしきり満足したミッツは一息つく。
 様々なリスクに備えた気持ちになっているミッツは安心し、どうでもよいようなことに意識がいく。

「そういえば、マリル……。さっき、引籠もる剣士ソードマンのこと話していただろ? やぱっり、引籠もる剣士ソードマンって雑魚なのか?」
「そうですね……。人間型のダンジョンモンスターの中では低位ですし、決して強いとはいえませんね。……勿論、冒険者にとってという意味ですよ」

 ここでマリルの言った冒険者とは、一人前の冒険者、即ちLV13を越えている冒険者という意味。
 引籠もる剣士ソードマンであるミッツを傷つけないようにフォローしたつもりだろうが、決して成功したようには思えない。
 話に出て来ていないので関係ないが、マリルの種類は【盲目の番人ケイブ・ガーディアン】というモンスター。ミッツの【引籠もる剣士ソードマン】と比べると、格上のモンスターである。それは、ダンジョンエナジーの維持費用の差としても如実に表れている。

「そうなのか……」

 がっくりと肩を落とすミッツ。
 やはり、マリルの気遣いは意味をなさなかった。

「違います! 普通の場合の話ですよ。先輩は普通とは違う気がします。大きいですし!」
「ちょっと! 声が大きい。落ち着けってマリル。……雑魚だって言われたことなんて気にしていない。実際に弱いしな。ただ……姫に喚び出された時に『ハズレ』だと言われててな。やっぱりハズレだったのかと思っただけだ……」
「そうでしょうか? 初めは姫さまもそう思ったかもしれませんが、今ではきっと違うと思います」
「はは……ありがと。そうだと良いな」
「きっとそうです。間違いありません」

 平らな胸を張って豪語するマリルに、ミッツは小さく笑う。
 その主張するところのない胸を張ったのが面白かったのではなく、大人になると面と向かって真面目に褒められることなんて少なく、恥ずかしくてくすぐったかったからだ。
 だから、どうして良いか分からず、小さく笑うだけになってしまった。



 それからややあって、ミッツが受付に呼び戻される。

「すまないが、お前の言う通りには出来ないと言われた――」
「――そんな!? どうします、先輩」

 カウンターに着いたミッツとマリルを待っていたのは、受付の筋肉隆々な男のそんな一言。
 ショックを受けたマリルは、激しく動揺。
 だがミッツは、まるで想定内とでも言わんばかりに落ち着いている。
 ただ闇雲にリスクを想定していたわけではないということを証明しているようだ。
 実際は内心ばくばく言っていて、足もがくがくと震えそうなのだが、気丈に振る舞っているだけ。
 それでも、想定外の出来事ではない。
 だから、小心者のミッツでも、なんとかその程度で済んでいるのだ。
 想定すらしていなかったら、今頃腰砕けになってへたりこんでいるかもしれない。

「何がダメだったのですか?」

 声が震えないように、殊更はっきりと口にだす。

「まぁ話は最後まで聞け。言う通りに出来ないと言われたが、それは参加するだけで報酬を払うと言う部分だ。言っちゃあ悪いが、このクラスのクエストとしちゃ破格だが、職員を一人派遣することは出来ないということらしい」

 手数料が報酬の1割ということなので、人件費にもならないからだろうなとミッツは予想する。
 そして、それは正解である。
 こういった場合、冒険者組合としては目的のダンジョンに信用の出来る冒険者を派遣する。その冒険者もクエストとして受理することになるのだが、当然その依頼主は冒険者組合ということになる。
 金貨35枚程度ではそこまでしてやれないというのが、冒険者組合の返答だ。

「そうであれば――」
「――だから最後まで話は聞け。さっきもそう言ったはずだぞ。お前達は見た目ばっかりで、冒険者としててんでなっちゃいねぇ。情報をちゃんと聞くなんて、冒険者の基本だろう――。俺がお前らの年の頃なんて――。最近の若い奴らは――。金は持っているようだが――。――って、聞いているのか?」

 何かが琴線に触れてしまったのか、男は滔々と語り出した。
 その全てが説教だったのだろうが、ミッツは右から左へ聞き流していたので内容までは把握していない。
 マリルは真面目に聞いていたようで、感心し熱くなっている。
 体育会系ここに極まれりといった感じだ。

「分かったようだな。それでだ、そこまで出すつもりなら報酬は150、手数料に100出せ――」
「――それは問題ありませんが――」
「――あのなぁ……。まぁ、いい。そうすりゃ、こっちで冒険者に声をかけてやる。仲間の大事な物のためにぽんと大金を出してやれるなんざ、やりたくてもそうそう出来るもんじゃねぇ。そういう冒険者は……俺らも嫌いじゃねぇからな」

 耳まで裂かれたかと思うくらいに、大きくニッと口を開いて男が笑う。

 結果的に上手く行った。
 こちらはミッツの想定外だ。
 ダメだと言われた時に提案しようとした内容は同じだが、まさか向こうから示されるとは思ってもいなかった。
 結局ミッツの備えは、いつも通り日の目を見ることなく埋もれて終わる。
 それはそれで良いことなので、ミッツは全く気にも留めない。
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