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対冒険者 その2
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一方、ミッツとマリルが出て行った【黒髪姫の薔薇のお城】。
仄暗いダンジョンのずっと奥。真っ赤な革張りの豪華に装飾された椅子――玉座としか言い表せないそれが在る部屋。
その更に奥――壁にしか見えない隠された通路への入り口を進んで、突き当たり。
そこは、このダンジョンの主――姫の寝室。
だというのに……部屋の最後の守りとも言うべく扉は、煌びやかな装飾もされていない木製の何の変哲も無い扉。
ダンジョンの中の物なので、見た目通りという訳でなく、そう簡単に壊せるものではないのだが、そもそも壊す必要などない。
侵入者に備えた仕掛けなど皆無で、あまつさえ鍵すらない。
セキュリティー意識の欠けらもない、飾り気がないのにお飾りという間抜けな扉なのだ。
そんな扉の向こう――姫の寝室は、中も散々である。
打ちっぱなしのコンクリートのような壁。それと同じ床に天井。
豪華な装飾品など見えず、あるのは大きなベッドと冷蔵庫のような箱状のもの。
これでは、姫という言葉から連想するような気品や華やかさなど、感じようもない。
そして、その主――姫はというと、冷蔵庫のような箱状のもの【思い出の食品庫】――過去に食べたことのある本物の食事を複製することが出来る秘宝――の前で、涎を垂らしながら指を咥えていた。
そのような姿だと聞くと、到底姫などとは思えない。
しかし、そのような無様と言える姿でさえ、姫は美しく、そして可愛らしい。
それだけどころか、気品のようなものまで感じるというのは、本当に不思議だ。
それは、見た目や雰囲気が上品なのだから――ということでもないので、姫の持つ一種の力のようなものの仕業だろう。
ミッツもそれに、ころっとしてやられているが、本人は気づいていない。
さて、その姫が何故そんな姿を晒しているかというと、それは朝ごはんが用意されていなかったからだ。
といっても、お腹が減りすぎていてそうなってしまったのではない。
姫もモンスターなので腹など空かず、食事の必要はない。
だけれども、ミッツの用意してくれる食べ物がとても美味しく、虜となってしまった姫は、朝と夜には必ず食べていた。
それなのに……朝食の用意もせず、ミッツはマリルを従えてそそくさと出発してしまったのだ。
火急の事態だから仕方がないとはいえ、それは姫の朝ごはんを食べたいいう気持ちと別問題。
「あぁー……うぅー。ミッツ、早く帰ってきてよー」
それに、朝ごはんを抜いて悲しいのは姫ばかりではない。
ミッツもそうなはずなのだ。
ミッツはいつも、姫の分だけ用意して自分は食べない。
それでも楽しみにしている理由は、頬をリスのように大きく膨らませて元気いっぱいに食事をする姫を愛でる大切な時間。
それを忘れさるくらいに切羽詰まった状況だということが、お分りいただけるだろう。
姫も、ダンジョンの殆どのことを信じて任せたミッツがいつもと違ったので、何やら大変なのだろうと思っている。
それでも、ミッツに任せれば大丈夫。なにせ、ミッツ自身が姫にそう誓ったのだ。
だから、姫はいつもとの違いに……ほんの少しの不満を抱く。
姫がミッツの帰りを切望しているその時。
ミッツとマリルは冒険者組合に依頼を終え、まっすぐにダンジョンへと帰らずに、いつもと同じく一般人の多く住む東側の地区、開発区へと向かう。
冒険者組合は強力な後押しをしてくれるということだが、結果が未知数なだけに、自分たちで出来ることもやっておこうという目論見だ。
やることは、一般人の集客。
最悪、一般人から得るダンジョンエナジーだけで今日を乗り切る。
考えすぎのミッツらしい行動。
「そういえば、本当に良かったのか?」
集客を行う場所に向かう途中、ミッツはマリルに問いかける。
「勿論です、先輩。姫さまの命を繋ぐために使うのですから、祖母も誇りに思うでしょう」
冒険者組合に依頼した、クエストのターゲットのペンダント。
あれは、マリルの完全な作り話ではなく、落としたというところ以外の全てが真実。
そんな大事なものを、失くなるかもしれないのに貸し出してくれるという。
依頼の受付を終えた後、ペンダントのイラストを作成する時に、実在することをミッツは知った。
詳細を詰めなかった所為で、マリルにいらぬ負担を強いることとなったのだ。
それでも恨み言ひとつ言わず姫に忠義を示す様に、ミッツは結果を以って応えるしかないだろう。
それは、ダンジョンの繁栄。延いては姫に安定をもたらすこと。
まずは、維持コストが上がって窮地に立たされた現状の打破が目標だが、集客活動を行うかたわら、頭の隅でそんなことを考える。
明日以降のことを考えれば十分とは言えないが、明日を迎えることが出来そうなくらいには一般人を集めた。
欲を言えば、もう少しバッファを取りたかったところだが、そろそろ戻ってダンジョンエナジーの回収作業に入らないと、時間が足りない恐れもある。
ミッツは過度の期待はしないようにしているが、それでも、多少の期待を胸にダンジョンへと帰る。
戻ったミッツとマリルを待っていたのは、よだれででろでろになった姫と、それから――
仄暗いダンジョンのずっと奥。真っ赤な革張りの豪華に装飾された椅子――玉座としか言い表せないそれが在る部屋。
その更に奥――壁にしか見えない隠された通路への入り口を進んで、突き当たり。
そこは、このダンジョンの主――姫の寝室。
だというのに……部屋の最後の守りとも言うべく扉は、煌びやかな装飾もされていない木製の何の変哲も無い扉。
ダンジョンの中の物なので、見た目通りという訳でなく、そう簡単に壊せるものではないのだが、そもそも壊す必要などない。
侵入者に備えた仕掛けなど皆無で、あまつさえ鍵すらない。
セキュリティー意識の欠けらもない、飾り気がないのにお飾りという間抜けな扉なのだ。
そんな扉の向こう――姫の寝室は、中も散々である。
打ちっぱなしのコンクリートのような壁。それと同じ床に天井。
豪華な装飾品など見えず、あるのは大きなベッドと冷蔵庫のような箱状のもの。
これでは、姫という言葉から連想するような気品や華やかさなど、感じようもない。
そして、その主――姫はというと、冷蔵庫のような箱状のもの【思い出の食品庫】――過去に食べたことのある本物の食事を複製することが出来る秘宝――の前で、涎を垂らしながら指を咥えていた。
そのような姿だと聞くと、到底姫などとは思えない。
しかし、そのような無様と言える姿でさえ、姫は美しく、そして可愛らしい。
それだけどころか、気品のようなものまで感じるというのは、本当に不思議だ。
それは、見た目や雰囲気が上品なのだから――ということでもないので、姫の持つ一種の力のようなものの仕業だろう。
ミッツもそれに、ころっとしてやられているが、本人は気づいていない。
さて、その姫が何故そんな姿を晒しているかというと、それは朝ごはんが用意されていなかったからだ。
といっても、お腹が減りすぎていてそうなってしまったのではない。
姫もモンスターなので腹など空かず、食事の必要はない。
だけれども、ミッツの用意してくれる食べ物がとても美味しく、虜となってしまった姫は、朝と夜には必ず食べていた。
それなのに……朝食の用意もせず、ミッツはマリルを従えてそそくさと出発してしまったのだ。
火急の事態だから仕方がないとはいえ、それは姫の朝ごはんを食べたいいう気持ちと別問題。
「あぁー……うぅー。ミッツ、早く帰ってきてよー」
それに、朝ごはんを抜いて悲しいのは姫ばかりではない。
ミッツもそうなはずなのだ。
ミッツはいつも、姫の分だけ用意して自分は食べない。
それでも楽しみにしている理由は、頬をリスのように大きく膨らませて元気いっぱいに食事をする姫を愛でる大切な時間。
それを忘れさるくらいに切羽詰まった状況だということが、お分りいただけるだろう。
姫も、ダンジョンの殆どのことを信じて任せたミッツがいつもと違ったので、何やら大変なのだろうと思っている。
それでも、ミッツに任せれば大丈夫。なにせ、ミッツ自身が姫にそう誓ったのだ。
だから、姫はいつもとの違いに……ほんの少しの不満を抱く。
姫がミッツの帰りを切望しているその時。
ミッツとマリルは冒険者組合に依頼を終え、まっすぐにダンジョンへと帰らずに、いつもと同じく一般人の多く住む東側の地区、開発区へと向かう。
冒険者組合は強力な後押しをしてくれるということだが、結果が未知数なだけに、自分たちで出来ることもやっておこうという目論見だ。
やることは、一般人の集客。
最悪、一般人から得るダンジョンエナジーだけで今日を乗り切る。
考えすぎのミッツらしい行動。
「そういえば、本当に良かったのか?」
集客を行う場所に向かう途中、ミッツはマリルに問いかける。
「勿論です、先輩。姫さまの命を繋ぐために使うのですから、祖母も誇りに思うでしょう」
冒険者組合に依頼した、クエストのターゲットのペンダント。
あれは、マリルの完全な作り話ではなく、落としたというところ以外の全てが真実。
そんな大事なものを、失くなるかもしれないのに貸し出してくれるという。
依頼の受付を終えた後、ペンダントのイラストを作成する時に、実在することをミッツは知った。
詳細を詰めなかった所為で、マリルにいらぬ負担を強いることとなったのだ。
それでも恨み言ひとつ言わず姫に忠義を示す様に、ミッツは結果を以って応えるしかないだろう。
それは、ダンジョンの繁栄。延いては姫に安定をもたらすこと。
まずは、維持コストが上がって窮地に立たされた現状の打破が目標だが、集客活動を行うかたわら、頭の隅でそんなことを考える。
明日以降のことを考えれば十分とは言えないが、明日を迎えることが出来そうなくらいには一般人を集めた。
欲を言えば、もう少しバッファを取りたかったところだが、そろそろ戻ってダンジョンエナジーの回収作業に入らないと、時間が足りない恐れもある。
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