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バイラルマーケティング。 その6
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【黒髪姫の薔薇のお城】地下4階に戻ると、そこに姫の姿がなかった。
いつもであれば、ミッツが帰ってくると隠し通路の向こうから走ってくるが、それもない。
街に一緒に行きたがっていたのに連れて行くことが出来なかったので、不貞腐れて寝ているのだろうかとミッツは考えるが、姫の機嫌は悪くない。
それどころか、ミッツが外に出る方法を見つけ出すと約束したので上機嫌だ。
今は、【思い出の食品庫】の影に隠れ、コスト削減の手から逃れた秘宝【自由に振る舞う夢】で遊んでいた。
初めて、トラップを駆使してダンジョンへの侵入者を撃退するVRゲーム『ライフスティール・ダンジョン』の1ステージをクリア出来たところだったので、夢中になっていて出てこないだけである。
「姫がいないのであれば仕方がない、明日の朝礼で良いか」
アイテムを仕入れてきたので、折角だから宝箱の設定をしてしまいたかったのだが諦めるしかない。
取り敢えず宝物庫に収めようと、地面にアイテムを撒き散らす。
「先輩、どのくらい待てば良いものなんでしょうか?」
倒された侵入者が墓石に変化するくらいの時間を待っても、撒かれたアイテムに変化はない。
考えてみれば、昼間に冒険者がドロップしたアイテムもまだ事務所に残っている。
どのくらい待てば良いのかなんて聞かれても、答えを知らないミッツは、マリルに半ば呆れ混じりの表情を返すしか出来なかった。
姫がいないとこの先は何も進まないので、ミッツは再び街に戻ることを決定。
時間としてはかなり夜も更けているが、酒場は未だ酒飲みたちで溢れているだろう。
架空の冒険自慢を披露してステルスマーケティングを行うのに何も問題ない。
それどころか、出来上がった相手であれば最適とも言える。
ミッツは背負っている〈炎熱の重い大剣〉を抜き、火花が散っているのを確認すると、また背負い直す。
そして、とある疑問をマリルに投げかけた。
「マリル、これって背中にある時も光ってる?」
「いえ、光っていません」
「てことは、店の中で剣を抜かなきゃならんのか……。怒られるよな」
「当然です。街の中では特定の場所を除き、武器の使用は犯罪ですから。しかし、武器を見せるために手渡せば良いのでは? 武具の自慢をするなら、皆そうしていますよ」
「それで武具の良し悪しって分かるものなのか?」
「鑑定済みのものですから。先輩は分からないんですか?」
「言われてみれば……」
〈炎熱の重い大剣〉はボッタクルの説明を受けたから知っていて当然だったのだが、ろくに説明を受けていない他の装備品も、どれが何だか分っていた。
手から離れると自信はなくなるが、持っている最中なら間違いなくこれだと断言出来るほど、はっきりと名前が分かっていた。
この世界に不思議なことは多すぎて、ミッツの常識では計り知れない。
知らないことを知っていこうと決意したが、何を知らないのか知らないので、結局場当たり的になる。
まるで、新入社員の頃のような五里霧中感に苛まれるが致し方なし。
ひとつ勉強になったと、前向きに捉えることにした。
そして再び、舞台は街に戻る。
夜毎どころか常に冒険者がたむろする【ブレイバロスの酒場】。
金貨1枚で飲み放題、食べ放題の明瞭会計の店。
ミッツも市場調査を兼ねて何度も足を運んでいる。
客層はその手軽さからか中堅までの冒険者が多い。
今夜も、よく見る顔が其処彼処に見える。
すっかり慣れた様子で、ミッツはウエイトレスに近づきマリルの分と料金を支払う。
普段であれば奥のエリアで空いているテーブルを探すのだが、敢えて中央あたりの相席を選ぶ。
勿論、ステルスマーケティングを行うからだ。
この店は基本的に席の概念がない。
先払いの食い放題、飲み放題なので、会計で揉めることは基本的にないし、冒険者という人種が全てそうなのかと思うほど、他人に対して遠慮しない。
勿論全ての冒険者がそうではないと分かっているが、ここにいる連中は総じてコミュ力の塊。
ただし、奥のエリアだけは暗黙の了解でそっとされている。
何か失敗したのか落ち込んだ冒険者やパーティーが、しみじみと反省したりするスペースになっているためだ。
ミッツも初めてこの店を利用した時、奥に通されたのはそういった理由から。
あまりの喧騒に、大声で話さないと隣に立っているマリルにすら声が届かない。
そういった状況だから、ますます全員の声が大きくなっているのだが、酔っ払いに静かにしろと言っても無理がある。
それに、仮初めの死だといっても命をかけて生活している冒険者だから、騒げるこの時間を悔いなく過ごしているだけなのかも知れない。
そんな中、マリルに宣伝するのに丁度良さそうな冒険者を見繕ってもらい移動する。
ミッツには、まだ見ただけで装備の良し悪しや適性レベルが判断できないため、これはマリルに頼るしかない。
お前だけが頼りだからとお願いされたのが効いたのか、《未熟な問い掛け》まで使って最適なターゲットを選別している。
そして、それはすぐに結果を出し、酒ですっかり出来上がった若い冒険者の一団の席に潜り込むことが出来た。
若い冒険者たちの本日の成果をうんうんと頷きながらの積極的傾聴で気分を良くすると同時に、信頼できる人間だと認識させて、ミッツも架空の冒険譚を話す。
「――宝箱を守る引籠もる剣士を倒して、俺はようやく宝箱に触れることが出来た。その時俺は確信した。これは当たりの宝箱だと――」
臨場感たっぷりに、抑揚をつけ話をする。
ミッツにその手の才能があったのか、冒険者たちを上手く引き込んでいく。
何故か、それが作り話だと知っているはずのマリルも「おぉ!」などと感嘆を漏らし楽しんでいる。
「――そして、そこから出てきたのが、コレだ!」
そう言って、先ほど購入したばかりの〈炎熱の重い大剣〉を見せる。
「まだ残されていると思うので、明日も俺たちは黒髪姫の薔薇のお城で宝箱を探そうと思う。良かったら、宝箱のあった階層等教えるけど、知りたいか?」
ダンジョン名を特に聞き取りやすく、ゆっくりとはっきり大きく口を動かして不自然なほどだったが、酔っ払いどもは気にしていない。
ミッツの剣を手にとって、余程興奮している。
そのあとミッツの狙い通り質問は殺到し、他の席からも似たようなランクの冒険者が集まってきて【黒髪姫の薔薇のお城】の名が浸透した。
本来であれば宝箱から冒険者に獲得してもらって、自発的に他冒険者に話を広めてもらう“一次的バイラルマーケティング”が理想だが、背に腹は変えられない。
常に危機的状況から抜け出せない【黒髪姫の薔薇のお城】を救うために、国によっては違法だと取り締まられている――この世界では問題ないと思われるが――ステルスマーケティングを行ったが、効果は抜群。
いけないことと知りつつも、麻薬のようなこの力に溺れそうになるミッツだった。
いつもであれば、ミッツが帰ってくると隠し通路の向こうから走ってくるが、それもない。
街に一緒に行きたがっていたのに連れて行くことが出来なかったので、不貞腐れて寝ているのだろうかとミッツは考えるが、姫の機嫌は悪くない。
それどころか、ミッツが外に出る方法を見つけ出すと約束したので上機嫌だ。
今は、【思い出の食品庫】の影に隠れ、コスト削減の手から逃れた秘宝【自由に振る舞う夢】で遊んでいた。
初めて、トラップを駆使してダンジョンへの侵入者を撃退するVRゲーム『ライフスティール・ダンジョン』の1ステージをクリア出来たところだったので、夢中になっていて出てこないだけである。
「姫がいないのであれば仕方がない、明日の朝礼で良いか」
アイテムを仕入れてきたので、折角だから宝箱の設定をしてしまいたかったのだが諦めるしかない。
取り敢えず宝物庫に収めようと、地面にアイテムを撒き散らす。
「先輩、どのくらい待てば良いものなんでしょうか?」
倒された侵入者が墓石に変化するくらいの時間を待っても、撒かれたアイテムに変化はない。
考えてみれば、昼間に冒険者がドロップしたアイテムもまだ事務所に残っている。
どのくらい待てば良いのかなんて聞かれても、答えを知らないミッツは、マリルに半ば呆れ混じりの表情を返すしか出来なかった。
姫がいないとこの先は何も進まないので、ミッツは再び街に戻ることを決定。
時間としてはかなり夜も更けているが、酒場は未だ酒飲みたちで溢れているだろう。
架空の冒険自慢を披露してステルスマーケティングを行うのに何も問題ない。
それどころか、出来上がった相手であれば最適とも言える。
ミッツは背負っている〈炎熱の重い大剣〉を抜き、火花が散っているのを確認すると、また背負い直す。
そして、とある疑問をマリルに投げかけた。
「マリル、これって背中にある時も光ってる?」
「いえ、光っていません」
「てことは、店の中で剣を抜かなきゃならんのか……。怒られるよな」
「当然です。街の中では特定の場所を除き、武器の使用は犯罪ですから。しかし、武器を見せるために手渡せば良いのでは? 武具の自慢をするなら、皆そうしていますよ」
「それで武具の良し悪しって分かるものなのか?」
「鑑定済みのものですから。先輩は分からないんですか?」
「言われてみれば……」
〈炎熱の重い大剣〉はボッタクルの説明を受けたから知っていて当然だったのだが、ろくに説明を受けていない他の装備品も、どれが何だか分っていた。
手から離れると自信はなくなるが、持っている最中なら間違いなくこれだと断言出来るほど、はっきりと名前が分かっていた。
この世界に不思議なことは多すぎて、ミッツの常識では計り知れない。
知らないことを知っていこうと決意したが、何を知らないのか知らないので、結局場当たり的になる。
まるで、新入社員の頃のような五里霧中感に苛まれるが致し方なし。
ひとつ勉強になったと、前向きに捉えることにした。
そして再び、舞台は街に戻る。
夜毎どころか常に冒険者がたむろする【ブレイバロスの酒場】。
金貨1枚で飲み放題、食べ放題の明瞭会計の店。
ミッツも市場調査を兼ねて何度も足を運んでいる。
客層はその手軽さからか中堅までの冒険者が多い。
今夜も、よく見る顔が其処彼処に見える。
すっかり慣れた様子で、ミッツはウエイトレスに近づきマリルの分と料金を支払う。
普段であれば奥のエリアで空いているテーブルを探すのだが、敢えて中央あたりの相席を選ぶ。
勿論、ステルスマーケティングを行うからだ。
この店は基本的に席の概念がない。
先払いの食い放題、飲み放題なので、会計で揉めることは基本的にないし、冒険者という人種が全てそうなのかと思うほど、他人に対して遠慮しない。
勿論全ての冒険者がそうではないと分かっているが、ここにいる連中は総じてコミュ力の塊。
ただし、奥のエリアだけは暗黙の了解でそっとされている。
何か失敗したのか落ち込んだ冒険者やパーティーが、しみじみと反省したりするスペースになっているためだ。
ミッツも初めてこの店を利用した時、奥に通されたのはそういった理由から。
あまりの喧騒に、大声で話さないと隣に立っているマリルにすら声が届かない。
そういった状況だから、ますます全員の声が大きくなっているのだが、酔っ払いに静かにしろと言っても無理がある。
それに、仮初めの死だといっても命をかけて生活している冒険者だから、騒げるこの時間を悔いなく過ごしているだけなのかも知れない。
そんな中、マリルに宣伝するのに丁度良さそうな冒険者を見繕ってもらい移動する。
ミッツには、まだ見ただけで装備の良し悪しや適性レベルが判断できないため、これはマリルに頼るしかない。
お前だけが頼りだからとお願いされたのが効いたのか、《未熟な問い掛け》まで使って最適なターゲットを選別している。
そして、それはすぐに結果を出し、酒ですっかり出来上がった若い冒険者の一団の席に潜り込むことが出来た。
若い冒険者たちの本日の成果をうんうんと頷きながらの積極的傾聴で気分を良くすると同時に、信頼できる人間だと認識させて、ミッツも架空の冒険譚を話す。
「――宝箱を守る引籠もる剣士を倒して、俺はようやく宝箱に触れることが出来た。その時俺は確信した。これは当たりの宝箱だと――」
臨場感たっぷりに、抑揚をつけ話をする。
ミッツにその手の才能があったのか、冒険者たちを上手く引き込んでいく。
何故か、それが作り話だと知っているはずのマリルも「おぉ!」などと感嘆を漏らし楽しんでいる。
「――そして、そこから出てきたのが、コレだ!」
そう言って、先ほど購入したばかりの〈炎熱の重い大剣〉を見せる。
「まだ残されていると思うので、明日も俺たちは黒髪姫の薔薇のお城で宝箱を探そうと思う。良かったら、宝箱のあった階層等教えるけど、知りたいか?」
ダンジョン名を特に聞き取りやすく、ゆっくりとはっきり大きく口を動かして不自然なほどだったが、酔っ払いどもは気にしていない。
ミッツの剣を手にとって、余程興奮している。
そのあとミッツの狙い通り質問は殺到し、他の席からも似たようなランクの冒険者が集まってきて【黒髪姫の薔薇のお城】の名が浸透した。
本来であれば宝箱から冒険者に獲得してもらって、自発的に他冒険者に話を広めてもらう“一次的バイラルマーケティング”が理想だが、背に腹は変えられない。
常に危機的状況から抜け出せない【黒髪姫の薔薇のお城】を救うために、国によっては違法だと取り締まられている――この世界では問題ないと思われるが――ステルスマーケティングを行ったが、効果は抜群。
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