ダンジョンに人が来ないと死ぬのだが、マーケティングで地道に拡販

夏木 七月

文字の大きさ
55 / 76

バイラルマーケティング。 その5

しおりを挟む
「とりあえず、この邪魔な金を仕舞え。一体どれだけ用意するつもりじゃ。パーティーメンバーの分だと考えても、多すぎる。ファミリーでも作る気か」

 金の出所など聞きたいことはあったが、冒険者相手に不要な詮索はご法度。
 なので後半は独り言。
 しかし、ボッタクルの声は大きいので、ミッツにはばっちり聞こえていた。
 確かに武具を大量に買うなんておかしい。
 しかしミッツは、以前大量の武器を運んでいく人を見たことあったので問題ないと思っていたし、姫とマリルにもおかしいと突っ込まれなかったので、指摘されるまでおかしさに気がつかなかった。
 ミッツが名の売れた冒険者であればボッタクルもこのような疑問は抱かなかったのだが、それはミッツの知る由ではない。
 “ファミリー”という聞き覚えのない言葉も出て来たが、それは後で調べることにして、聞こえなかった振りをしてやり過ごす。

「まぁ、ええ。具体的にはどのクラスのもんが欲しいんじゃ? 身の丈に合わん装備を使うのは、簡単に強くはなれるがあまり勧められん。使う人間のレベルは?」

 ボッタクルにはミッツが何者なのか分からないが、客であることは確か。
 疑問に蓋をして、商売の話を進めた。
 追及されなかったことにミッツは安堵して、質問に答える。

「7くらいです」

 現在の【黒髪姫の薔薇のお城】は推奨レベルがLV7。
 クエストのように、あまり奮発してしまうと対処できない冒険者が来ることも分かったので、相応のレベルを伝える。
 すると、ため息を吐かれた。

「小僧。お前、もの知らねぇってレベルじゃないな。ちゃんと数えてはないが、さっき出された金だったら装備一式40人分は用意できるぞ」

 装備一式は、左右武器や防具、頭部、胸部、腰回り、腕、脚、足。それにアクセサリも含めれば、400アイテム以上。
 ボッタクルが多すぎると言う意味で零した言葉だが、ミッツは見積もりと捉え、思っていた以上のアイテム数に満足する。
 その表情を見て、ボッタクルは呆れ顔だったのが歪む。

「小僧、お前何考えてる?」

 この質問に対して、ミッツは正直に答えることができない。
 ダンジョンの宝箱に入れるためにアイテムを仕入れに来たなんて、言える訳がない。
 武器の大量購入も問題ないと思っていたので、言い訳も用意していない。
――となれば、口から出まかせで乗り切るしかない。

「とあるダンジョンの攻略を進めているのですが、結構一般人の力を借りていまして、その方達にも貸し出し出来ればと思いまして……」

 自分が他に行なっている奇行と混ぜ合わせたこの答えは、咄嗟に考え出したものとしては及第点だったのではないだろうか。
 その答えを聞いたボッタクルは、険しい顔から怪訝そうなものへと変わり、最後は呆れた表情をしていた。

「変ですか?」
「そりゃあな。意味がわからん。だが、小僧だったのか」

 ふむふむと一人得心するボッタクル。
 今度はそれにミッツが疑問を浮かべる。

「あいや、すまん、すまん。少し前にな、冒険者でもないのに冒険者用の装備を買いに来た奴らがおっての。優しい冒険者が助けてくれとるという話を聞いていたもんでな」

 ボッタクルの言っているのは、ミッツが“大阪さん”と呼ぶ一般人の纏め役のような人とその取り巻き2人のことだろう。
 いつからか革でできた胸鎧と腰当て、短剣を装備していた。
 ミッツが話を聞いてみたところ、現在は農夫を返上して正式な冒険者に登録しているということらしいが。
 とにかく、そのお陰でボッタクルはそれ以上の追及はやめて、武具一式を用意してくれることとなった。

「それと、LV7くらいの冒険者が行くダンジョンで、この装備が出て来たら自慢出来る武器って置いてますか? 2本か3本あればそちらを優先で欲しいのですが」
「なんだ、それは? いや、無いことはないが、値段の割には性能はイマイチだぞ。それだったらもっと強い武器を買った方が……まぁ変な小僧だから気にせんことにするわ」

 本命のステルスマーケティング用の魅せるための武器も手に入れ、ミッツは【ボッタクル商店】を後にする。
 臭いは最悪だったが、ボッタクルは客のことをよく考え、商品知識も豊富でミッツはとても満足だった。
 手に入れた物は、ミッツの常用にもなる〈炎熱の重い大剣〉と、宝箱の目玉になる同じように装飾詞が2つついた武器。それから、4組の装備一式、要は40個のアイテム。
 装飾詞とは、ダンジョンで見つかる武具には稀に特殊な能力が追加されたものがあって、その能力を示すもの。
 最大で頭に3つ、尻に2つ付く。
〈炎熱の重い大剣〉でいうと、〈大剣〉――鉄の塊と呼んだ方がしっくり来る斬るよりも叩きつけるための両手剣――がベースで〈炎熱の〉と〈重い〉の2つが付いている。
〈炎熱の〉は、攻撃時に炎攻撃を追加する効果、〈重い〉は重量が増加し振り下ろす攻撃は強化されるが扱いづらくなるというマイナス効果つき。
 元の〈大剣〉が非常に弱い武器なので、追加効果も微々たるものだが、〈炎熱の〉はミッツにとって嬉しいものだった。
 時々赤く輝き火の粉を撒き散らすので、見ただけで特殊な武器だと分かる。
 切れ味が良くなる〈切り裂きの〉や、壊れにくくなるという〈頑丈の〉ではそうは行かなかったので、最高の武器を手に入れたといえる。

 早速宣伝に行きたいところだが、まずは荷物になるものをダンジョンへと持って行く。
 2人で持つには購入した商品の嵩が大きく持ち運びに苦労し、街の外に出て行くときに衛兵に質問された。
 持っている装備が4人分だったので、パーティーメンバーのものだと言って納得してもらったが、次回からは対策をしなくてはいけないだろう。

「そういえば、馬車とか見たことないな」

 大量の荷物を運ぶことを考えたとき、ふとミッツの頭に馬車が過ぎる。
 街を走る中央通りは幅が広くしっかりと舗装されているにもかかわらず、人以外の行き来を見たことがない。
 そこまで考えていたわけではないが、全員もれなく徒歩だというのは違和感を感じた。

「馬車ですか? 収穫時期くらいしか使われませんよ」

 そもそも、この世界の長距離移動は転移装置がある。
 それに、他の国ともダンジョンを経由しての移動となるため、ほとんど交流がない。
 国内でも行動は自分の生活圏内だけなので、移動手段はあまり必要とされていない。
 辛うじて、門を守る衛兵が馬を常備しているくらいだろう。
 ミッツが住んでいたところも、電車がそこら中を走っていたお陰で車を持つ必要がなかった。なので、似たようなものなのかと納得する。
 そう考えれば、ミッツはこの世界について何も知らないことを痛感させられる。
 今後は、時間を作ってそのあたりも知っていかなければと、心のToDoリストに追記した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勘当された少年と不思議な少女

レイシール
ファンタジー
15歳を迎えた日、ランティスは父親から勘当を言い渡された。 理由は外れスキルを持ってるから… 眼の色が違うだけで気味が悪いと周りから避けられてる少女。 そんな2人が出会って…

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

貞操逆転世界に転生してイチャイチャする話

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が自分の欲望のままに生きる話。

処理中です...