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バイラルマーケティング。 その4
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【ボッタクル商店】に入店し、ミッツが初めに思ったこと。それは――
「(臭ぇ。なんの臭いだ!?)」
常にカビ臭さと饐えた臭いの漂うダンジョンに住んでいるミッツをして吐き気を催す臭気。
新品の革靴、汗、生乾き、腐った牛乳、カビ、連日履き続けたパンツに靴下、加齢臭、吐瀉物エトセトラエトセトラ……。
何と表現すればいいのか、その全ての臭いの集合体……――いやそれよりも凶悪ななにか。
「マリル、やっぱり他の店を探そう」
耐えることは無理だと、早々に白旗を掲げるミッツ。
1秒でも早く出なければ死ぬ。それがミッツの偽らざる本心なのだが、どうやらマリルは違うらしい。
「どうしたというのですか先輩。先ほども申し上げた通り、他に冒険者用の店はないですよ」
いつも通りの凛々しい顔つき。強いて変化をあげるなら、若干興奮しているのか、元々大きな目がさらに大きいような気がするくらいの僅かな違い。
涙目であったり、鼻が歪んでいたりはしない。
「臭くねぇの?」
「えっ? あぁ、使用済みの武具の臭いですかね。自分は慣れていますので大丈夫です」
「慣れてるからって……これはそういうレベルで片付けられないだろ?」
大事な客だから本人たちを前にして言ったことはないが、一般人も相当臭い。
明らかに何日も風呂に入っていない不潔さの臭いだ。
たしかにミッツも、その臭いには慣れて気にならない。仕事中で気を張っており、気にしていないという方が正しい気もするが……。
それでも、この臭いに慣れることが出来る気がしない。
「おぅ、客か」
臭いの件に困惑しているミッツを余所に、妙な姿の男が現れた。
正直それどころではないミッツだったが、現れたそれを見てはツッコミせざるを得ない。
「立方体かよ!」
見たままの体型を、そのまま端的に叫んだ。
ダンジョンで遭遇した少年戦士と同じくらいの小ささしかない身長。
それで背丈と横幅、どちらも同じような長さ。それどころか、奥行きも大して変わらない。
腹は張り出し、腕も足も太い。
頭は肩幅よりは小さいものの、ミッツの常識から考えればあまりに大きすぎる。
それなのに、目は他の人と同じような大きさで、マリルと比べると小さいそれは、妙にアンバランス。
それだけ聞くと、ちんちくりんな妙な生き物。ややもすると、メルヘンチックとさえ思うかもしれない。
だが、そのことごとくががっちりとした筋肉に覆われていて、禿げ上がった頭頂部、上半身を覆い隠すほどのモジャモジャの髭、小さいが鋭い眼光。
可愛らしさなんて、欠けらもない。
「なんじゃ小僧、そんなジロジロ見おって、逞しく鉱石を掘る人を見るのは初めてか? そんなわけなかろう」
“ドワーフ”。男の口から飛び出たその言葉を聞いて、ミッツはもう一度男を観察する。
なるほど、男の言う通り。ミッツの持つ“ドワーフ”のイメージと離れていない。
それに、正確には違うが武器屋のオヤジというのも、とてもらしい。
そう納得すれば、衝撃で忘れていた事実を思い出す。
堪らない臭い。
だが、ミッツたちを客と呼ぶこの男は、店舗の奥から現れたこともそうだし、この店の関係者に違いない。
この時点で逃げ出すことは冷やかしのようで、マリルの言う『ここしかない』を信じれば、ステークホルダーとの関係を悪化させるようなことは出来ない。
胃酸がこみ上げてくるような気持ち悪さをぐっと飲み込み、ここに来た目的を果たすことにした。
「失礼しました。ここに来るのが初めてで、外ではあまりドワーフを見ませんから、物珍しさを感じて見てしまいました」
「ふん。冒険者組合の会館に行けばわんさかおるじゃろう。小僧……おまえもしかして――」
小さいがぎらりとした目が、ミッツを射抜く。
途端に、心臓を鷲掴みされたような緊張が走る。
マリルとの出会いを彷彿とさせる、そんなやらかした感がミッツを支配した。
「――そんな立派ななりしてひよっこか! なんじゃ、なんじゃ。それならしょうがあるまい」
がははははと高笑いをするドワーフの男。
ビギニンガムの街に住む人は、大多数が【中和と繁栄の人】。他の種族は数える程しかいない。
その殆どが冒険者をしていても、種族的に【中和と繁栄の人】よりも優れているところが多く成功しやすい。なので、駆け出しであれば、【中和と繁栄の人】以外の冒険者と絡む機会は少ない。だから、ひよっこだと判断された。
ミッツはふぅと、息を漏らす。モンスターだと疑われたのかと焦ったが、杞憂だったらしい。
正直、ミッツが思うほど、街に住んでいる人間はモンスターを警戒していない。
もう何年も、モンスターに街や村が襲われたりしていないからだ。
マリルのあれは、騎士像を拗らせたマリルだからこそ起こった特殊な事例だった。
「そんなひよっこが、こんな時間に何しに来た? その袋の中身を買い取って欲しいのか? 鑑定か?」
「あ、これは違います」
「そうか、だったら購入か。欲しいもんが決まったら呼べぃ。儂は奥に戻るとするわ」
それだけ言うと、本当に奥へと引っ込もうとする。
慌ててミッツは呼び止める。
客を放置するなんて、ミッツには考えつかない。それに、早く用事を済ませて、この悪臭の巣から抜け出したかった。
「なんじゃ決まっとるのか、それなら早く言えい」
何故か怒られた。
口を挟む隙間なんてなかったのに、なんて勝手な言い種か。
呆気にとられたが、ミッツはおくびにも出さず、先ほどドワーフの男が買取品と勘違いした袋の中身をカウンターに出す。
「小僧、おまえ、なになんじゃ……」
カウンターの上には、鈍い輝きではあるが金貨の山。
100円玉よりも小さいが、重量は500円玉よりも僅かに重い金貨が約4000枚。総重量30kgオーバー。
それがこんもりと、カウンターに積まれた。
ドワーフの男は、冒険者を相手にしている【ボッタクル商店】の店主ボッタクルその人。
このくらいの金貨程度に、気後れはしない。
それでも、目の前のひよっことは結びつかない金貨の量に訝しさを覚える。
しかもそれで買いたいものが、質より量の武具だと言うのだから尚更だろう。
「(臭ぇ。なんの臭いだ!?)」
常にカビ臭さと饐えた臭いの漂うダンジョンに住んでいるミッツをして吐き気を催す臭気。
新品の革靴、汗、生乾き、腐った牛乳、カビ、連日履き続けたパンツに靴下、加齢臭、吐瀉物エトセトラエトセトラ……。
何と表現すればいいのか、その全ての臭いの集合体……――いやそれよりも凶悪ななにか。
「マリル、やっぱり他の店を探そう」
耐えることは無理だと、早々に白旗を掲げるミッツ。
1秒でも早く出なければ死ぬ。それがミッツの偽らざる本心なのだが、どうやらマリルは違うらしい。
「どうしたというのですか先輩。先ほども申し上げた通り、他に冒険者用の店はないですよ」
いつも通りの凛々しい顔つき。強いて変化をあげるなら、若干興奮しているのか、元々大きな目がさらに大きいような気がするくらいの僅かな違い。
涙目であったり、鼻が歪んでいたりはしない。
「臭くねぇの?」
「えっ? あぁ、使用済みの武具の臭いですかね。自分は慣れていますので大丈夫です」
「慣れてるからって……これはそういうレベルで片付けられないだろ?」
大事な客だから本人たちを前にして言ったことはないが、一般人も相当臭い。
明らかに何日も風呂に入っていない不潔さの臭いだ。
たしかにミッツも、その臭いには慣れて気にならない。仕事中で気を張っており、気にしていないという方が正しい気もするが……。
それでも、この臭いに慣れることが出来る気がしない。
「おぅ、客か」
臭いの件に困惑しているミッツを余所に、妙な姿の男が現れた。
正直それどころではないミッツだったが、現れたそれを見てはツッコミせざるを得ない。
「立方体かよ!」
見たままの体型を、そのまま端的に叫んだ。
ダンジョンで遭遇した少年戦士と同じくらいの小ささしかない身長。
それで背丈と横幅、どちらも同じような長さ。それどころか、奥行きも大して変わらない。
腹は張り出し、腕も足も太い。
頭は肩幅よりは小さいものの、ミッツの常識から考えればあまりに大きすぎる。
それなのに、目は他の人と同じような大きさで、マリルと比べると小さいそれは、妙にアンバランス。
それだけ聞くと、ちんちくりんな妙な生き物。ややもすると、メルヘンチックとさえ思うかもしれない。
だが、そのことごとくががっちりとした筋肉に覆われていて、禿げ上がった頭頂部、上半身を覆い隠すほどのモジャモジャの髭、小さいが鋭い眼光。
可愛らしさなんて、欠けらもない。
「なんじゃ小僧、そんなジロジロ見おって、逞しく鉱石を掘る人を見るのは初めてか? そんなわけなかろう」
“ドワーフ”。男の口から飛び出たその言葉を聞いて、ミッツはもう一度男を観察する。
なるほど、男の言う通り。ミッツの持つ“ドワーフ”のイメージと離れていない。
それに、正確には違うが武器屋のオヤジというのも、とてもらしい。
そう納得すれば、衝撃で忘れていた事実を思い出す。
堪らない臭い。
だが、ミッツたちを客と呼ぶこの男は、店舗の奥から現れたこともそうだし、この店の関係者に違いない。
この時点で逃げ出すことは冷やかしのようで、マリルの言う『ここしかない』を信じれば、ステークホルダーとの関係を悪化させるようなことは出来ない。
胃酸がこみ上げてくるような気持ち悪さをぐっと飲み込み、ここに来た目的を果たすことにした。
「失礼しました。ここに来るのが初めてで、外ではあまりドワーフを見ませんから、物珍しさを感じて見てしまいました」
「ふん。冒険者組合の会館に行けばわんさかおるじゃろう。小僧……おまえもしかして――」
小さいがぎらりとした目が、ミッツを射抜く。
途端に、心臓を鷲掴みされたような緊張が走る。
マリルとの出会いを彷彿とさせる、そんなやらかした感がミッツを支配した。
「――そんな立派ななりしてひよっこか! なんじゃ、なんじゃ。それならしょうがあるまい」
がははははと高笑いをするドワーフの男。
ビギニンガムの街に住む人は、大多数が【中和と繁栄の人】。他の種族は数える程しかいない。
その殆どが冒険者をしていても、種族的に【中和と繁栄の人】よりも優れているところが多く成功しやすい。なので、駆け出しであれば、【中和と繁栄の人】以外の冒険者と絡む機会は少ない。だから、ひよっこだと判断された。
ミッツはふぅと、息を漏らす。モンスターだと疑われたのかと焦ったが、杞憂だったらしい。
正直、ミッツが思うほど、街に住んでいる人間はモンスターを警戒していない。
もう何年も、モンスターに街や村が襲われたりしていないからだ。
マリルのあれは、騎士像を拗らせたマリルだからこそ起こった特殊な事例だった。
「そんなひよっこが、こんな時間に何しに来た? その袋の中身を買い取って欲しいのか? 鑑定か?」
「あ、これは違います」
「そうか、だったら購入か。欲しいもんが決まったら呼べぃ。儂は奥に戻るとするわ」
それだけ言うと、本当に奥へと引っ込もうとする。
慌ててミッツは呼び止める。
客を放置するなんて、ミッツには考えつかない。それに、早く用事を済ませて、この悪臭の巣から抜け出したかった。
「なんじゃ決まっとるのか、それなら早く言えい」
何故か怒られた。
口を挟む隙間なんてなかったのに、なんて勝手な言い種か。
呆気にとられたが、ミッツはおくびにも出さず、先ほどドワーフの男が買取品と勘違いした袋の中身をカウンターに出す。
「小僧、おまえ、なになんじゃ……」
カウンターの上には、鈍い輝きではあるが金貨の山。
100円玉よりも小さいが、重量は500円玉よりも僅かに重い金貨が約4000枚。総重量30kgオーバー。
それがこんもりと、カウンターに積まれた。
ドワーフの男は、冒険者を相手にしている【ボッタクル商店】の店主ボッタクルその人。
このくらいの金貨程度に、気後れはしない。
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