ダンジョンに人が来ないと死ぬのだが、マーケティングで地道に拡販

夏木 七月

文字の大きさ
54 / 76

バイラルマーケティング。 その4

しおりを挟む
【ボッタクル商店】に入店し、ミッツが初めに思ったこと。それは――

「(臭ぇ。なんの臭いだ!?)」

 常にカビ臭さと饐えた臭いの漂うダンジョンに住んでいるミッツをして吐き気を催す臭気。
 新品の革靴、汗、生乾き、腐った牛乳、カビ、連日履き続けたパンツに靴下、加齢臭、吐瀉物エトセトラエトセトラ……。
 何と表現すればいいのか、その全ての臭いの集合体……――いやそれよりも凶悪ななにか。

「マリル、やっぱり他の店を探そう」

 耐えることは無理だと、早々に白旗を掲げるミッツ。
 1秒でも早く出なければ死ぬ。それがミッツの偽らざる本心なのだが、どうやらマリルは違うらしい。

「どうしたというのですか先輩。先ほども申し上げた通り、他に冒険者用の店はないですよ」

 いつも通りの凛々しい顔つき。強いて変化をあげるなら、若干興奮しているのか、元々大きな目がさらに大きいような気がするくらいの僅かな違い。
 涙目であったり、鼻が歪んでいたりはしない。

「臭くねぇの?」
「えっ? あぁ、使用済みの武具の臭いですかね。自分は慣れていますので大丈夫です」
「慣れてるからって……これはそういうレベルで片付けられないだろ?」

 大事な客だから本人たちを前にして言ったことはないが、一般人も相当臭い。
 明らかに何日も風呂に入っていない不潔さの臭いだ。
 たしかにミッツも、その臭いには慣れて気にならない。仕事中で気を張っており、気にしていないという方が正しい気もするが……。
 それでも、この臭いに慣れることが出来る気がしない。

「おぅ、客か」

 臭いの件に困惑しているミッツを余所に、妙な姿の男が現れた。
 正直それどころではないミッツだったが、現れたそれを見てはツッコミせざるを得ない。

「立方体かよ!」

 見たままの体型を、そのまま端的に叫んだ。
 ダンジョンで遭遇した少年戦士と同じくらいの小ささしかない身長。
 それで背丈と横幅、どちらも同じような長さ。それどころか、奥行きも大して変わらない。
 腹は張り出し、腕も足も太い。
 頭は肩幅よりは小さいものの、ミッツの常識から考えればあまりに大きすぎる。
 それなのに、目は他の人と同じような大きさで、マリルと比べると小さいそれは、妙にアンバランス。
 それだけ聞くと、ちんちくりんな妙な生き物。ややもすると、メルヘンチックとさえ思うかもしれない。
 だが、そのことごとくががっちりとした筋肉に覆われていて、禿げ上がった頭頂部、上半身を覆い隠すほどのモジャモジャの髭、小さいが鋭い眼光。
 可愛らしさなんて、欠けらもない。

「なんじゃ小僧、そんなジロジロ見おって、逞しく鉱石を掘る人ドワーフを見るのは初めてか? そんなわけなかろう」

 “ドワーフ”。男の口から飛び出たその言葉を聞いて、ミッツはもう一度男を観察する。
 なるほど、男の言う通り。ミッツの持つ“ドワーフ”のイメージと離れていない。
 それに、正確には違うが武器屋のオヤジというのも、とてもらしい。
 そう納得すれば、衝撃で忘れていた事実を思い出す。
 堪らない臭い。
 だが、ミッツたちを客と呼ぶこの男は、店舗の奥から現れたこともそうだし、この店の関係者に違いない。
 この時点で逃げ出すことは冷やかしのようで、マリルの言う『ここしかない』を信じれば、ステークホルダーとの関係を悪化させるようなことは出来ない。
 胃酸がこみ上げてくるような気持ち悪さをぐっと飲み込み、ここに来た目的を果たすことにした。
「失礼しました。ここに来るのが初めてで、外ではあまりドワーフを見ませんから、物珍しさを感じて見てしまいました」
「ふん。冒険者組合の会館に行けばわんさかおるじゃろう。小僧……おまえもしかして――」

 小さいがぎらりとした目が、ミッツを射抜く。
 途端に、心臓を鷲掴みされたような緊張が走る。
 マリルとの出会いを彷彿とさせる、そんなやらかした感がミッツを支配した。

「――そんな立派ななりしてひよっこか! なんじゃ、なんじゃ。それならしょうがあるまい」

 がははははと高笑いをするドワーフの男。
 ビギニンガムの街に住む人は、大多数が【中和と繁栄の人ヒューマン】。他の種族は数える程しかいない。
 その殆どが冒険者をしていても、種族的に【中和と繁栄の人ヒューマン】よりも優れているところが多く成功しやすい。なので、駆け出しであれば、【中和と繁栄の人ヒューマン】以外の冒険者と絡む機会は少ない。だから、ひよっこだと判断された。
 ミッツはふぅと、息を漏らす。モンスターだと疑われたのかと焦ったが、杞憂だったらしい。
 正直、ミッツが思うほど、街に住んでいる人間はモンスターを警戒していない。
 もう何年も、モンスターに街や村が襲われたりしていないからだ。
 マリルのあれは、騎士像を拗らせたマリルだからこそ起こった特殊な事例だった。

「そんなひよっこが、こんな時間に何しに来た? その袋の中身を買い取って欲しいのか? 鑑定か?」
「あ、これは違います」
「そうか、だったら購入か。欲しいもんが決まったら呼べぃ。儂は奥に戻るとするわ」

 それだけ言うと、本当に奥へと引っ込もうとする。
 慌ててミッツは呼び止める。
 客を放置するなんて、ミッツには考えつかない。それに、早く用事を済ませて、この悪臭の巣から抜け出したかった。

「なんじゃ決まっとるのか、それなら早く言えい」

 何故か怒られた。
 口を挟む隙間なんてなかったのに、なんて勝手な言い種か。
 呆気にとられたが、ミッツはおくびにも出さず、先ほどドワーフの男が買取品と勘違いした袋の中身をカウンターに出す。

「小僧、おまえ、なになんじゃ……」

 カウンターの上には、鈍い輝きではあるが金貨の山。
 100円玉よりも小さいが、重量は500円玉よりも僅かに重い金貨が約4000枚。総重量30kgオーバー。
 それがこんもりと、カウンターに積まれた。
 ドワーフの男は、冒険者を相手にしている【ボッタクル商店】の店主ボッタクルその人。
 このくらいの金貨程度に、気後れはしない。
 それでも、目の前のひよっことは結びつかない金貨の量に訝しさを覚える。
 しかもそれで買いたいものが、質より量の武具だと言うのだから尚更だろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勘当された少年と不思議な少女

レイシール
ファンタジー
15歳を迎えた日、ランティスは父親から勘当を言い渡された。 理由は外れスキルを持ってるから… 眼の色が違うだけで気味が悪いと周りから避けられてる少女。 そんな2人が出会って…

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

貞操逆転世界に転生してイチャイチャする話

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が自分の欲望のままに生きる話。

処理中です...