ダンジョンに人が来ないと死ぬのだが、マーケティングで地道に拡販

夏木 七月

文字の大きさ
53 / 76

バイラルマーケティング。 その3

しおりを挟む
「ずるい!」

 ミッツが考えていたことを発表すると姫は頬を膨らませ、ダンダンッと地面を踏みつけた。

「そうでしょうか? 宝物庫のアイテムを購入してきてはならないと規制されてはいなかったので問題ないと思いましたが、姫がそこまで気に入らないのであれば他の方法を考えます」

 そこまで姫が憤慨するとは思わなかったミッツは、慌てて別の道を探ろうとする。
 一体何がそんなに姫の逆鱗に触れたというのだろうか。
 ミッツが提案したのは、固定宝箱の中身を街で購入してくるというものだった。
 もう少し説明を追加すると、宝箱はランダムで中身が変わるリポップ※再出現宝箱と中身を宝物庫にストックされているものから選べる固定宝箱がある。
 宝物庫とはダンジョンランク1になったことに依って解放された機能で、ダンジョン内に一定期間アイテムや武具が放置され吸収されたものをストック出来るもの。
 ダンジョン放置→宝物庫→固定宝箱。このアイテムのフロー※流れ・行程に目を付けたミッツは“購入してきたアイテムをダンジョンにばら撒けば、宝物庫に回収される。即ち、固定宝箱に使用できる”というアルゴリズムを導き出し提案した。
 それだけのことなので、ミッツには姫の態度が想定外だった。

 だからこそ、姫の次の言葉には言葉が詰まった。

「ちがーう。ミッツとマリルだけ街に遊びに行くのはずるいって言ってるの!」

 ミッツはなんと答えるべきなのか。
 まず、姫はダンジョンから出られない。
 ミッツの目の前で実証された事実。
 それにそもそも、街には遊びに行っているのではなく、あくまで仕事で行っているだけ。
 たしかに外食をしてきたことは何度かある。
 素材が新鮮だからか肉や野菜自体の旨みが強く感じられ、見た目や味付け、種類もミッツが元居た世界と遜色ない料理を食べるのを遊びだと言われたら反論は難しいが、しかしそれも、冒険者の集まる酒場で行った市場調査の一環でしかない。

「わーらーわーもーいーきーたーいー!!」

 何も口に出せずにいると、ついに姫は初めて出会った時と同じように地べたに倒れ込み、手足をじたばたと振り回し駄々を捏ね始めた。
 困ったミッツはマリルを見る。
 しかしマリルもまた、困った顔をしているだけで頼りにすることは出来なかった。

「ねー、ねー、ミッツ。なんとかしてよー」
「その……、なんとかしてと言われましても……」
「そんな……」

 手足を大の字に広げ、くったりとした姫が力なく呟く。
 ミッツだってなんとかしたいのはやまやまだが、そんな手段思いつきもしない。
 ミッツはなんでも知っている賢人ではなく、時間をかけて知識を溜め込む癖がある凡人なのだ。
 しかし姫から見たミッツは、これまでの功績から、何でも出来る超人のように見えている――戦闘はからっきしなのだが――だから、ミッツのその返答に姫は大層ショックを受ける。
 それは、まだ一緒に過ごした時間が短いマリルも同じようで、眉尻を落とした表情でミッツを見ていた。

 2人のそんな表情にミッツが耐えられる訳もなく――

「あ、いえ、私に任せてください。今すぐとはいきませんが、必ず方法を見つけて、姫とダンジョンの外に遊びに行きます」
「ほんとに!」
「任せてください!」

――と、何の根拠もない威勢を張ることとなってしまった。
 とにかくやると言ってしまった以上、ミッツにはやるしか道は残されていない。
 姫はダンジョンマスター。言ってしまえば社長のようなもの。
 その社長の前でした約束は、ミッツにとってはコミットメントそのものなのだ。


 ◇◆◇◆


 オールスタット王国首都、城下町ビギニンガム。
 転送装置に最も近い南門から、まっすぐ北へと伸びる、石で舗装された中央道を歩いて10分。
 そこまではテントや屋台が軒を連ねているが、そこからは店舗を構えた店が並ぶ。
 そこで始めて遭遇する店。それは、石を積み重ねて作った頑強そうなドーム状の建物。
 店主も、一言で表現するならば岩といった建物に劣らないがっしりとした男。
 筋肉ははち切れんばかりに隆起し、とにかく太い。
 腕も女性の腰なんかと比べるまでもなく、太ももに至っては成人男性が丸まって入っているといわれても納得しそうなほど。
 それだけではない。幅は肩幅、長さは腰あたりまで伸びたもじゃもじゃとした凄まじい毛量の髭。きらりと輝くほど磨き上げられた頭頂部が、厳つさを際立たせる。
 しかし、背丈はそれほどでもない。――凡そ130cm。周囲の男性は大体150~160cmくらいなので、少年ほどのサイズ。顔も大きく4頭身と、どこかコミカルな印象も与える。
 店主の名は“ボッタクル”。
 店の名は【ボッタクル商店】。


 ◇◆◇◆


「本当にここしかないのか?」
「はい。冒険者用の武具やアイテムを取り扱っているのは、この【ボッタクル商店】しかありません」
「こんな広い街なんだから、他に絶対あるだろ。なんかさ、イメージが悪いんだよ」

 石で出来た大きなかまくらのような建物を前にして、ミッツは何とも言えない表情をしていた。
 固定宝箱用のアイテム、武具を購入するためにやってきたのだが、その店の名前が悪い。
 ボッタクルが【逞しく鉱石を掘る人ドワーフ】に割とよくあるメジャーな名前だと知らないミッツには、別の意味にしか思えない。
 冒険者から買い取った商品を、速攻倍額で販売開始するのであながち間違ってはいない。

「イメージが悪いなんて……一体なぜ? とにかく、入りましょう。先輩も絶対に気にいるはずです」
「分かった分かった。ここしかないんだろ。今入るから押すなって」

 そう、そっけない態度でミッツは返すが、その顔はにやけていた。
 うきうきとした様子を隠さないマリルを見たら、どうしても頬が緩む。
 乗り気ではなかったが名前なんてどうでも良くなり、軽い足取りで入り口をくぐる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勘当された少年と不思議な少女

レイシール
ファンタジー
15歳を迎えた日、ランティスは父親から勘当を言い渡された。 理由は外れスキルを持ってるから… 眼の色が違うだけで気味が悪いと周りから避けられてる少女。 そんな2人が出会って…

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

貞操逆転世界に転生してイチャイチャする話

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が自分の欲望のままに生きる話。

処理中です...