ダンジョンに人が来ないと死ぬのだが、マーケティングで地道に拡販

夏木 七月

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満を持しての登場 その2

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「ん、ん゛ぅ」

 わざとらしすぎる咳払いをし、ミッツは姫を膝の上から足の間に下ろす。
 それでもマリルはじっと見ている。居た堪れないミッツは、遂には玉座から退かしてしまった。
 ミッツには抗いようがない強制性がある姫の魅力。その洗脳にも近しい力に打ち勝ったとも言える行動。
 片親に育てられたミッツは幼少の頃から良い子・・・であろうとした。仕事に就いてからは会社の言うことに素直・・に従う。
 その、人の前では規範的であれという脅迫概念が、無意識に作用していた姫の力に無意識のうちに抗った。
 少し気になっているマリルの目があるから余計に、道義的でない幼子――見た目だけだが――との触れ合いを忌避したとも考えられないこともない。

「ちょっと、なんで下ろしちゃうの! もしかして……わらわ邪魔!?」
「決してそんなことはございません。逆です、逆。姫と一緒では仕事に集中しようとしても、姫が気になってしまいますから」
「うぅ……。前は良かったでしょ! なんで、今日はダメなの!!」

 しかしそのようなミッツの葛藤など露知らず、姫は癇癪を起こす。
 前は一緒に座っていても仕事が出来ていたことまで持ち出されては、なんとも答えられない。
 実際、仕事に取り掛かれば集中して周りは見えなくなるので問題はないのだ。
 やはり、マリルの前だということが最大の懸念なのだろう。
 その肝心のマリルはというと、何か意味があって姫とミッツをじっと見ていた訳ではなかった。
 業務時間外とはいえ、先輩であるミッツどころか主人の姫まで仕事をするという。それなのに自分だけ休むなんて出来うるはずがない。かといって、自発的に何か出来ることもなく、指示が来ないか待っていただけのこと。
 ミッツが無意識に期待するような、自分に気があって見ていたということも、潜在的に恐れている侮蔑を向けられた訳でもない。
 ミッツの独り相撲が、状況を複雑化させただけのこと。

「そうだ、寂しいのならマリルと一緒に遊んでいてください」
「なんでなのー! わらわはミッツと一緒にいるの!」
「自分は、姫さまと遊戯に耽るとは恐れ多いです」
「そうですか、姫は俺と一緒に……それなら――ダメです。やっぱりダメ」
「ミッツのいけずー。なんで意地悪言うのー」
「先輩、自分はどうすれば宜しいでしょうか?」

 加速する混沌。喧々囂々。
 喚き散らす姫。一人気を揉みやきもきするミッツ。どこまでもマイペースなマリル。
 この、はたから見れば何をしているんだという益体のない戯れあいは、しばらく続く。
 結局、顔を真っ赤にして頬を膨らます姫には勝てず、前回同様ミッツの脚の間に姫が座り、もたれかかる形で作業するということで落ち着いた。
 一度打ち勝った影響か、ミッツも姫に懸想せず、不埒な想いも抱かない。
 ただし、召喚者と被召喚者、ダンジョンマスターとダンジョンモンスターという関係は何も変わらない。あくまで一時のこと。
 それにもやはり気がつかないミッツだが、人知の及ばぬ力に造詣が深いわけはなく、想像の埒外なので気づくのは無理というもの。
 それに、この状況はそれどころではなかったので仕方がないことだろう。



 さて、落ち着きを取り戻した【黒髪姫の薔薇のお城】地下4階。
 パタパタという、ミッツがキーボードに似たインターフェイスを打つ音だけが聞こえてくる。

「うーん」

 筋肉が凝り固まるということはない夢のように優秀なモンスターの体だが、染み付いた習慣からか切が良いところで伸びをするミッツ。
 ふと視線を落とすと、くーくーと静かな寝息を立てた姫が映った。

「マリル」
「なんでしょうか、先輩」
「うるさい、静かに」

 ウィスパー※囁き声で声をかけ、マリルを呼ぶ。
 それなのに、いつもと同じ声量で返してくる。
 すると、もぞりと動く感触がした。
 一瞬、起こしてしまったかとひやりとしたが、寝返りを打っただけで気持ちよさそうにしている。
 それをみて、ほっとすると同時に幸せで顔が緩む。

「姫を部屋に連れていって、ベッドに寝かせてくれ」
「わかりました」
「だから、うるさい」
「申し訳――」
「――しっ!」

 同じ注意を受けて、頭を下げる時にも追加で怒られるマリル。
 困った末、返事をしないことに決め、殊更に口を噤み近寄って姫に手を伸ばす。だが、どのように抱き抱えたものかと思案することになる。
 ミッツに助けをもとめるように目配せするが、ミッツもそんなことは分からない。
 受け止めるように腕を出せとボディーランゲージで伝え、もう儘よと姫の脇に手を通して持ち上げてマリルの腕に、お姫様抱っこの形に載せる。


「いやー、ドキドキしました」

 戻ってきたマリルの第一声。
 ミッツとしては、マリルの声で姫が起きないかドキドキしたと文句が言いたい。
 しかし、そんな非生産的な行動をとる意味はないので、軽く礼を言って作業に戻る。
 地下3階の迷路は完成している。次は設置するモンスターや罠、宝箱を考える段。
 宝に関してはダンジョンエナジーによる制約で、適正レベル――ミッツたマリルで相手に出来る――の冒険者のベネフィットすら満足させることは出来ない。
 また金が貯まったら【ボッタクル商店】で仕入れるしかないので、今は考えないことにする。

「となると、モンスターの経験値とドロップアイテムに頼ることになるか」

 現在の【黒髪姫の薔薇のお城】に存在するモンスターは、姫やマリル、ミッツを除くとたった2種類。【跳び掛かる硬貨クリーピングコイン】と【直立する狗コボルト】のみ。
 1対1ならLV1でも相手出来る貧弱なモンスター。
 そのために、大した見返りを冒険者に与えることは出来ていない。

「といっても、名前を見ただけじゃどんな感じか分かんないんだよなー」

 リストに表示されている名前を見て、ミッツは顎に手を当てる。
 数はそれほど多くない。ミッツのよく知るモンスターの名前だってある。
 しかし、ドロップアイテムや経験値のことなどちんぷんかんだ。ヘルプ機能もモンスターやトラップ、その他解放されていないものに関しては、アンロックされるまで情報が出てこない。

「何を悩んでいるのですか?」

 その声を聞いて、いったい何を悩む必要があったというのか馬鹿馬鹿しくなる。
 分からないことは知っている人に聞く。目の前に自分よりも知識を持っている者がいるのに、無駄なリソースを割いてたことに気づく。

「そうですね……丁度良いのはこのモンスターです」
「あー、それか。そうか、それなのか」
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