ダンジョンに人が来ないと死ぬのだが、マーケティングで地道に拡販

夏木 七月

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姫の実力?! その3

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 客単価とは、顧客一人当たりが支払う平均額。
 購入点数の増加や商品価格が上がることによって上昇する。
 だが、ダンジョンに於いては少し扱いが変わる。
 購入点数に相当するのは人間側の被ダメージ回数、魔法や技の使用。
 商品価格は人間のレベルや職業に依る質、ダメージ量、死亡有無。
 要は、人間1人から得られるダンジョンエナジーの量。ミッツはこれを指して客単価と呼んでいる。
 冒険者は一般人よりものレベルや職業の質が高いだけでなく、HPが総じて高いお陰で回収出来る限界値が高い――元の世界風に言えば、支払限度額が高いお金持ちなのである。
 雑魚相手でも技等を使用してくれれば、僅かにでも回収出来る機会があるのも見逃せない。

「では、広場に向かいましょう」


 到着した広場は日が昇ってしばらくということもあり、まだ相当数の冒険者がダンジョン出発前の準備をしていた。

「マリル、全体に呼びかけるネタはないから、適度な冒険者を見繕ってもらえるか?」
「任せてください。《未熟な問い掛けアナライズ・ロー》」

 相変わらず小さい声で話すのは苦手なのか、周囲に聞こえないかと冷や冷やする声量。
 ミッツは聞かれていなかったか周囲を見渡すが、そんな心配は無用なほど騒がしく、誰も他パーティーのことなど気にしていないようだった。

「見つけました。あそこの、赤い鎧を纏った女性のパーティーが丁度良さそうです」

 目印にしたくもなる上半身は胸と肩しか守っていない目立つ鎧を着た、ドレッドヘアの女戦士はLV11。【黒髪姫の薔薇のお城】には少し強い気がする。
 しかし、他メンバーはLV7-9といったところなので、マリルの見立てに間違いはない。
 恐らく、パーティーリーダーなのだろう。

「でかした」

 これはもちろんエロい格好をした女を見つけたことに対する『でかした』ではなく、ミッツの目的に即したパーティーを見つけ出したもの。
 それでも全くそんな気持ちがなかったかというと、完全にミッツも否定はできないが、今はとにかく話しかける。
 ミッツに出来ることは、直接交渉して目的地を変更させる対面販売しか手段がなかった。
 限られた時間でなるべく多くの冒険者に声をかけられるように、マリルには検索を続けてもらい、ミッツはビキニ姿のような女戦士に近づいていく。

「お忙しいところ申し訳御座いません」
「なんなんだい?」

 見た目通り気の強そうな返事。
 きつい目つきとぷっくりとした唇、健康的にこんがりとやけた肌が非常にマッチしていた。
 それにしても、体つきは筋肉質だが、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる女性らしい身体でこの格好はけしからん。
 ついちらちらと、ミッツの視線が胸元に吸い寄せられるのも仕方がない。

「なんだい、もしかしてナンパかい? あんたも冒険者なんだったら、時間を考えな。夜だったら相手してやっても良いけどな」

「マジで?」この言葉を出さなかったミッツはなんとも偉い。
 挑発するようにばいんと揺らされた乳を前にして、そんなことは気にしていないとばかりに本題を切り出す。
 本当は仕事そっちのけで挑発に乗りたいところだが、そうも言っていられないのだから辛いところ。

「なるほどねー。情報ありがとうよ。ま、悪くはないんだろうけど、あたいらはいつものところで稼ぐことにするさ。貴重な情報の礼に、今晩酒につきあってやるよ。ありがたく思いな」

 ぬらりと唇を舐める。
 その様に、ミッツはごくりと唾を飲み込む。

「それは嬉しいです……でも、それは遠慮しようと思います。また、よかったらダンジョンでご一緒しましょう。では」

 嬉しい申し出、だが――残りのメンバーは男5人だったのだが、その全員が睨めつけてきていたので、ミッツは退散することに決めた。
 惜しいとは思うが、丁度良い。今はナンパの成功よりも仕事の成功を掴まなければならない。
 それでも、後ろ髪を引かれるのは男のさが

「どうでしたか?」
「だめだった。やはり行ったことがないダンジョンに誘導するのは難しいな」
「そうですね。既に満足できる場所が決まっているなら変える必要ありませんからね」
「それに、普通に考えて罠を疑うよな。共闘するわけでもないのに、ダンジョンの情報を教えるなんて怪しすぎる」
「ですね」

 それが分かっていても、今はこれしかない。
 ミッツは引き続き、声をかけ続けた。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「結局、誰からも色よい返事は貰えなかった」
「どうしましょうか?」

 広場には、もう殆ど人が残っていない時間になった。
 5組のパーティーに声をかけて、成果は0。
 以前も同じようなことをしたが、今回と同じ結果になったので一般人に逃げていたのだ。
 あれから何も進歩していない。ダンジョンは多少アピール出来る内容になっているが、冒険者のもつ不安を払拭するに至らない。
 これでは、クロージングなんて上手くいくわけがないのだ。

「なんか、良い方法ないか? これだったら形振り構わず『また落としてしまいました』とか言って、クエスト出していた方が良かったかも……すまん……。俺の失敗だ」
「でも、お金が無かったのですから、どちらにしても出来なかったですよ」
「いや、背中の剣を売ればなんとか出来た」
「あ……なるほど」

 愚痴っていても問題が好転する訳もなく、一度【黒髪姫の薔薇のお城】に様子を確認に行く。
 もしかすると、何組かは行っているかもしれない。
 そんな希望的観測を持って、2人は歩き出した。

 しばらく歩くと、マリルが何かに気がついた。

「どうした?」
「誰かに尾けられています」

 その言葉に、ミッツは振り返りキョロキョロと見渡す。

「誰もいないぞ」
「それは……そんな簡単に見つかるようには尾けて来ていないと思います」
「何が目的なんだろうな?」
「それは分かりません。ですが……良い気持ちはしないので、気を付けた方が良いと思います」

 背筋が冷たくなる視線を感じる。マリルはそう付け加えた。

「少し前に金を持っているアピールが過ぎたか……今は本気で持っていないんだけどな」
「先輩もご存知だと思いますが、外では戦闘を避けてくださいね」
「それはあれか、街での戦闘行為は法に触れるからとかそういう……」
「いえ、先輩はご存知ではなかったのですね――」

 ミッツはこの世界について良く知らないというのは、姫だけでなくマリルにも伝えていた。
 別の世界で生きていた話もすんなりと受け入れられている。それは、過去だけでなく現在も、そういった者の存在が確認されているからということと、ミッツの知識や考え方からきっとそうであろうと予想されていたかららしい。

「外で負った傷は、ダンジョンのように一瞬で塞がったりしませんし、死んでしまった場合は墓石も残りません」

 聞かされた内容は、いささかヘビーな内容だった。
 死んでも生き返れると思っていたからこそ、ペンダントを取り返す時もミッツは強気で対応出来たのだ。
 もしあの時に襲い掛かられていたら――それを思い、ぞっとする。

「どうする? 逃げた方が良いのか?」
「どうなんでしょうか? 囲われているような感じがするので、下手に人気のないところには向かわない方が良いと思います」
「そうか。俺はこういうことに不慣れだから、全部マリルに任せる」

 どうして問題が起こる時に限って、問題とは重なるものなのか。
 ミッツは、自分の不幸を呪う。
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