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姫の実力?! その5
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【黒髪姫の薔薇のお城】1F、エントランスフロア。
一般人が気軽に狩りを楽しめる、壁も罠も強いモンスターもない、至極安全なフロア。ダンジョンの中だというのに、どこか和気藹々とした雰囲気が満ちている。
今もミッツとマリルを剣呑とした空気が囲っているというのに、その外では懸命に【跳び掛かる硬貨】を追い回している。さながら、昆虫を追い回す少年のような目をして。
然しもの悪人6人組みとて、この中では凶行には及べない。
いくらなんでも目撃者が多くなりすぎる。
ダンジョン内の冒険者同士のいざこざは、基本的に当人同士での解決が基本。なんらかの罪に問われることは少ない。
だがそれは、ダンジョン内は無法であるということではない。どちらの言い分が正しいのか確認することが難しいから裁けないだけである。
奴隷を擁しているオールスタット王国の法には意外にも、無罪の推定という証拠もなく疑わしさだけでは罰しないという、人権に配慮された刑法がその一助となって泣き寝入りを増やす結果になるという皮肉。
この不自然さは、“神から与えられる知識”が関与しているのは言うまでもない。
しかし今はそんなこと、どうでも良い。
「進め」
悪人たちを取りまとめている男戦士――ヴァレオが威圧的に命令をする。
断ればどうなるか。ここと比べれば遥かに平和な世界から来たミッツだって分かる。
抵抗する意思はない。それを示すために両手を小さくあげ、下の階に続く階段へとまっすぐ進む。
「降りろ」
ヴァレオの声にミッツは顔を歪める。
広いだけの1Fでは、それほどの時間もかけず階段に辿り着いてしまった。まだミッツが如何様にしてダンジョンエナジーを回収するか考えつかぬうちに。
天井の高さを考えればありえないくらい階段は短い。
くらいではなく実際にありえない短さ。たった数十段。
残された猶予も、やはりなにも思いつかず使い果たす。
こうなれば下策だと知りつつも、とるべき策は一つしかない。
「マリル、逃げろ!」
自分が犠牲となり、マリルだけは逃す。
以前襲われた時もそうしたが、マリルがやられると1400DEという取り返しのつかない事態になるので、それだけは阻止しなくてはならない。
それにマリルは美少女なので、このような輩に捕まればきっと酷いことになる。
それは確信をもって言えた。その時の姿を、とてもリアルに妄想が出来るくらいに。
マリルはミッツの声に反応し、即座に駆け出す。
そしてミッツはそれを補助するために、腕で後ろを薙ぎ払う。
「ぐぁああああ!」
その腕が宙を舞う。
以前もミッツが剣を腰から抜くよりも早く、腕を剣で突く早業を見せたヴァレオ。
大振りの腕を切るなんてことは、それと比べれば容易い。
下から上に剣を振り上げ、ミッツの肘から先を切り飛ばした。
ミッツは熱さが疼く腕を気になどしていられない。
叫び声を上げながらも、その目は閉じずに男たちを睨め付ける。
飛び出そうとするならば、体を張って阻止する所存。
ヴァレオと目が合う。
そこには一度恐怖した、獰猛な顔と獲物を見る目が宿っていた。
切り離された腕が落ち、光となって消える。
それと同時に、ミッツの失くなった腕が生えると、さっと距離をとり背中の剣を抜き放つ。
「はっはっはぁああ。俺たちと戦うつもりか。勇ましいなぁああ! だが、弱すぎて面白くねぇ。……逃げろ」
聞き違いか、『逃げろ』と聞こえた。
「聞こえなかったか? 逃げぇろぉ。貴様は少しづつ切り刻み、先に逃げた奴は捕まえて男娼として売り払う。良いな、分かったらさっさと行け」
聞き間違いではなかった。
なにやら分からないが、これは僥倖とミッツも逃げ出す。
後ろからは「いーち、にー……」と数えているのが聞こえてくる。いったい幾つまで待ってくれるのか。そんなことを気にする余裕もなく、全力で馳ける。
「見えなくなったな。では、遊んでやるとしよう。ベッソン、お前はここを見張れ。絶対に逃すな」
「そーんな……俺だけお楽しみなしかよ」
「売る前に使してやる。ダンジョンの中でなら壊しても良い」
「だったら良いぜ。ここは任せろ」
ヴァレオがベッソンと呼ばれた男――6人の中で最も体の大きい戦士の男を納得させる中に出て来たのは、マリルを自由にする権利。
ミッツの危惧は現実のものとなるらしい。それも、男でも女でも構わないという想像以上の危なさをもって。
それは決まったことだと言わんばかりに、ベッソンは下腹部を膨らませ涎を垂れる。
話が済むと、ベッソンを除いた5人はゆっくりと追跡を始める。
「あっしもやっちまって良いでヤンスかね?」
「お前はダメだ。お前の遣り方では長く楽しめない。斬り刻みたいならデカイ方で楽しめ」
「綺麗な顔の方が楽しいんでヤンスよ」
「ダメだ。それに大きい方も無理かもな」
「どうしてでヤンスか!?」
「俺が喰らう」
「そんなーでヤンス……」
そんな軽口を叩きながら、なんでもないことを成すような態度。
「それでは、各自自由に追って良いぞ。ただし、俺の邪魔だけはするな」
各自銘々の返事をして、散っていく。
哀れな獲物を目掛けて。
終われる獲物のミッツはというと、マリルと合流しようと急いでいた。
最短ルートを進んでいれば、ミッツの方が足は速いのでいずれは追いつく。
そうすれば、不意の事態にも対処しやすくなる。
そう考えていたのだが、不意の事態というのは出し抜けに起こるから不意なのだ。
突如、ミッツの右肩に激痛が走る。
一般人が気軽に狩りを楽しめる、壁も罠も強いモンスターもない、至極安全なフロア。ダンジョンの中だというのに、どこか和気藹々とした雰囲気が満ちている。
今もミッツとマリルを剣呑とした空気が囲っているというのに、その外では懸命に【跳び掛かる硬貨】を追い回している。さながら、昆虫を追い回す少年のような目をして。
然しもの悪人6人組みとて、この中では凶行には及べない。
いくらなんでも目撃者が多くなりすぎる。
ダンジョン内の冒険者同士のいざこざは、基本的に当人同士での解決が基本。なんらかの罪に問われることは少ない。
だがそれは、ダンジョン内は無法であるということではない。どちらの言い分が正しいのか確認することが難しいから裁けないだけである。
奴隷を擁しているオールスタット王国の法には意外にも、無罪の推定という証拠もなく疑わしさだけでは罰しないという、人権に配慮された刑法がその一助となって泣き寝入りを増やす結果になるという皮肉。
この不自然さは、“神から与えられる知識”が関与しているのは言うまでもない。
しかし今はそんなこと、どうでも良い。
「進め」
悪人たちを取りまとめている男戦士――ヴァレオが威圧的に命令をする。
断ればどうなるか。ここと比べれば遥かに平和な世界から来たミッツだって分かる。
抵抗する意思はない。それを示すために両手を小さくあげ、下の階に続く階段へとまっすぐ進む。
「降りろ」
ヴァレオの声にミッツは顔を歪める。
広いだけの1Fでは、それほどの時間もかけず階段に辿り着いてしまった。まだミッツが如何様にしてダンジョンエナジーを回収するか考えつかぬうちに。
天井の高さを考えればありえないくらい階段は短い。
くらいではなく実際にありえない短さ。たった数十段。
残された猶予も、やはりなにも思いつかず使い果たす。
こうなれば下策だと知りつつも、とるべき策は一つしかない。
「マリル、逃げろ!」
自分が犠牲となり、マリルだけは逃す。
以前襲われた時もそうしたが、マリルがやられると1400DEという取り返しのつかない事態になるので、それだけは阻止しなくてはならない。
それにマリルは美少女なので、このような輩に捕まればきっと酷いことになる。
それは確信をもって言えた。その時の姿を、とてもリアルに妄想が出来るくらいに。
マリルはミッツの声に反応し、即座に駆け出す。
そしてミッツはそれを補助するために、腕で後ろを薙ぎ払う。
「ぐぁああああ!」
その腕が宙を舞う。
以前もミッツが剣を腰から抜くよりも早く、腕を剣で突く早業を見せたヴァレオ。
大振りの腕を切るなんてことは、それと比べれば容易い。
下から上に剣を振り上げ、ミッツの肘から先を切り飛ばした。
ミッツは熱さが疼く腕を気になどしていられない。
叫び声を上げながらも、その目は閉じずに男たちを睨め付ける。
飛び出そうとするならば、体を張って阻止する所存。
ヴァレオと目が合う。
そこには一度恐怖した、獰猛な顔と獲物を見る目が宿っていた。
切り離された腕が落ち、光となって消える。
それと同時に、ミッツの失くなった腕が生えると、さっと距離をとり背中の剣を抜き放つ。
「はっはっはぁああ。俺たちと戦うつもりか。勇ましいなぁああ! だが、弱すぎて面白くねぇ。……逃げろ」
聞き違いか、『逃げろ』と聞こえた。
「聞こえなかったか? 逃げぇろぉ。貴様は少しづつ切り刻み、先に逃げた奴は捕まえて男娼として売り払う。良いな、分かったらさっさと行け」
聞き間違いではなかった。
なにやら分からないが、これは僥倖とミッツも逃げ出す。
後ろからは「いーち、にー……」と数えているのが聞こえてくる。いったい幾つまで待ってくれるのか。そんなことを気にする余裕もなく、全力で馳ける。
「見えなくなったな。では、遊んでやるとしよう。ベッソン、お前はここを見張れ。絶対に逃すな」
「そーんな……俺だけお楽しみなしかよ」
「売る前に使してやる。ダンジョンの中でなら壊しても良い」
「だったら良いぜ。ここは任せろ」
ヴァレオがベッソンと呼ばれた男――6人の中で最も体の大きい戦士の男を納得させる中に出て来たのは、マリルを自由にする権利。
ミッツの危惧は現実のものとなるらしい。それも、男でも女でも構わないという想像以上の危なさをもって。
それは決まったことだと言わんばかりに、ベッソンは下腹部を膨らませ涎を垂れる。
話が済むと、ベッソンを除いた5人はゆっくりと追跡を始める。
「あっしもやっちまって良いでヤンスかね?」
「お前はダメだ。お前の遣り方では長く楽しめない。斬り刻みたいならデカイ方で楽しめ」
「綺麗な顔の方が楽しいんでヤンスよ」
「ダメだ。それに大きい方も無理かもな」
「どうしてでヤンスか!?」
「俺が喰らう」
「そんなーでヤンス……」
そんな軽口を叩きながら、なんでもないことを成すような態度。
「それでは、各自自由に追って良いぞ。ただし、俺の邪魔だけはするな」
各自銘々の返事をして、散っていく。
哀れな獲物を目掛けて。
終われる獲物のミッツはというと、マリルと合流しようと急いでいた。
最短ルートを進んでいれば、ミッツの方が足は速いのでいずれは追いつく。
そうすれば、不意の事態にも対処しやすくなる。
そう考えていたのだが、不意の事態というのは出し抜けに起こるから不意なのだ。
突如、ミッツの右肩に激痛が走る。
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