機甲乙女アームドメイデン ~ロボ娘と往く文明崩壊荒野~

日野久留馬

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「で、なんで僕の所に持ち込むのさ」

 タンクトップに短パンという気楽な服装のフィオは、押し掛けてきた金魚鉢兄弟バースブラザーを半目で睨んだ。

「だって俺、お前かロスさんしかこの手の相談できる相手いないし……」

「じゃあロスさんの所に行けよ。
 大ベテランだよ、僕より頼りになるだろうに」

「今日行けるかよ、アイネズさんとしっぽりやってる所を邪魔する訳にいかんだろうが」

「……僕もキキョウさんとしっぽりやってたんですがねぇ?」

「……うん、だから邪魔してやろうかと」

「キキョウさーん! こいつ叩き出してー!」

「ごめん! 兄弟、マジごめん! マジ冗談だから! お前しか頼れないんだって!」

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ金魚鉢兄弟バースブラザーどもを尻目に、ロングTシャツ一枚のキキョウは持ち込まれた死体袋もどきの中身を検分していた。

「SSフレームの量産型メイデンですね。
 たくさんあったという事は、おそらく何らかの点で基準に達しなかった二級品のデッドストックなのでしょう。
 普通は再度ファクトリーに回され資源として再利用されるはずなのですが……」

「余所のタウンに横流ししようとしてたのかな。
 タウン48と違って、余所はメイデン作れない所が多いから、二級品でもありがたいんじゃないの?」

「タウンに対する背信ですね。 嘆かわしい」

 キキョウはバンに視線を向けた。 

「それで、これをどうするおつもりなのです、バンさん」

「……自分で使うのは駄目っスか……?」

 キキョウの片眉が上がる。

「バンさん、そこにお座りなさい」

「え?」

「お座りなさい」

「は、はい!」

 うむを言わせぬ口調で、床を指さし正座させる。
 忠実な戦闘用ガンマペットも不思議そうに主と上位機器を見比べつつ、バンの隣にお座りした。
 キキョウはバンの目の前にすとんと正座すると、凛とした口調で説教を開始した。

「バンさん、先ほどの私の言葉を聞いておられましたか?
 この機体もタウンの資源のひとつ、それを不当に所有することはタウンへの背信に当たるのですよ?」

 ぐうの音も出ない、真っ向からの正論であった。
 バンは思わず目を伏せる。 真っ白い太股が視界に飛び込み、心臓が跳ねあがった。

 バンが訪れる直前に何をしていたものか、今のキキョウはフィオ所有のロングTシャツ一枚の姿だ。
 長いTシャツの裾はキキョウの太股あたりまである。
 だが、正座の姿勢となれば雪原の白さと艶めかしさを持つ太股の露出は避けられない。
 いつものハイレグボディスーツよりも露出度はむしろ低下しているというのに、バンは心臓が早鐘を打つのを抑えられなかった。

「バンさん、聞いているのですか?」

「は、はい!」

「では、警邏隊に拾い物としてこのフレームを届けなさい。 それが一番角が立たない解決法でしょう」

「そ、それは!」

「……この上、不当に所有しようというのならば、警邏隊への通報を行うしかありません。
 主の友人に対して心苦しいのですが」

 欠片も心苦しいなどと思ってなさそうな、いつも通りの平坦な口調で言うキキョウに、バンの顔面から血の気が引いていく。
 ベッドに腰掛けて見守っていたフィオも、金魚鉢兄弟バースブラザーを諭すべく口を開いた。

「バン、キキョウさんの言うとおりだよ。
 今なら密輸なんて知らないって言い張れる。
 でも、現物が手元にあるんじゃ、言い訳のしようもないよ」

「うぅ……。 キキョウさんがいるお前にはわかんねえよぉ」

 バンは苦悩で歪んだ顔に脂汗を滲ませながらフィオを睨んだ。

「目の前にメイデンがあるんだぞ、どうしても欲しくてたまらなかったものが目の前にあるんだぞ。
 それなのに、取り上げちまうのかよぉ」

 子供の言い分である。
 だが、大の大人並の巨体を持ちながらも、バンもまた子供の年代なのだ。
 そして、彼の言葉は「欲しくてたまらなかったもの」が、不本意ながらも手中に転がり込んできてしまったフィオの胸には刺さるものがあった。

「キキョウさん、ごめん。
 僕もバンの気持ちがわかるから……」

 キキョウは手のひらを返した主を正座したままじろりと見上げた。
 フィオは居心地悪そうに視線を外すものの、言葉を撤回しない。

「……マスターのお考えがそうであるなら、メイデンは従うまでです。
 たとえそれが犯罪行為であろうと」

「キキョウさん……!」

 パッと顔を輝かせるバンに、ほっと胸を撫で下ろすフィオ。
 しかし、キキョウは喜色を滲ませる金魚鉢兄弟バースブラザー達を等分に眺めると、残酷な事実を口にした。

「それで、お使いになるのはともかくとして、どうやって運用するのでしょう。
 CPUもジェネレーターもない、この空っぽの機体を」

「え」

 バンは慌てて床の上に転がされた拾い物メイデンを振り返った。
 目を閉じ、動かないメイデンは起動してないだけだと思っていたのだが、そもそも起動させるだけの中身がないとは。

「メイデンの構成部品のうち、高価な物の双璧がCPUとジェネレーターです。
 品質にもよりますが、メイデンの価格の半分以上はここに費やされます」

「つまり、このメイデンを動かそうとしたら、部品を買ってくるしかない?」

 頷くキキョウに、頭を抱えるバン。
 
「け、結局予算が付きまとうのかよぉ……!」

「当たり前です。
 何かが欲しければ、それだけのコストを支払う事がこの世の習いなのですから。
 悪銭身に付かず、ひとつ学べたではないですか」
 
 再びお説教モードに入ったキキョウの言葉にうなだれるバン。
 お座りしたまま主の様子を見守っていたスコールは、意を決したように鉄の尻尾を立てて緑のゴーグルアイを煌めかせると、キキョウに向き直った。

「Baw!」

「どうしました、スコール? ……情報リンクですか?」

 キキョウはスコールを膝の上に抱き上げ、額を合わせた。
 メイデンとマペットの間で、高速で意志のやり取りが行われる。

「……バンさん」

「は、はい?」

「この子が、自分のCPUを使ってくれと言っています」

「で、できるんスか、そんなこと!?」

「スコールのCPUはメイデン用のCPUをマペットで使用するためにデチューンしたタイプです。
 メイデンの機体を運用できるだけのパフォーマンスはあります」

「そ、その場合、スコールはどうなっちまうんです!
 こいつが消えてしまうなんて事は」

「その点は大丈夫です。 彼女の意志はそのまま残りますよ」

「……スコール、お前、女の子だったのか」

 メイデン由来のCPUはすべからく女性人格が付与されている。
 スコールは主が自分の性別を認識してなかった事に憤慨し、ゴーグルアイをぴこぴこと光らせながら、前足でぺしぺしとバンの膝を叩いた。

「CPUは何とかなりそうだとして、後はジェネレーターか……」

「……当てが無い事もない、かな?」

 犬型マペットに猫パンチされるバンを眺めながら、フィオは「当て」に連絡を取るべく多目的端末を起動した。





「うちに目を付けるとは、なかなか判ってきたのう、フィオ坊」

 整備工場付属の居住区で安物ソファに座った若者達を前に、ヘイゲン老はいたずら坊主のような顔で笑った。

「整備工場だからね、きっと交換した後のジャンクパーツとかあるんじゃないかなって思ったんだ」

「如何にもその通り。
 その手のジャンク部品でもちょいと手を入れりゃ十分使い回せるもんよ」

「ジャンクかぁ……」

 顔をしかめるバンにヘイゲン老は、判っとらんのうとわざとらしく肩をすくめて見せた。
 
「何、正規ショップで取り扱うにはグレードが落ちるが十分な実用品ってレベルじゃよ。
 お前さんらが持ち込んだフレームと似たようなもんよ」

「良いのですか、工場長。 これは厳密には犯罪行為に当たりますよ」

「なーに、こんなもん言い方次第でいくらでも誤魔化せるグレーゾーンって奴じゃよ、キキョウちゃん」

 ヘイゲン老はちっちっちと指を振ると、簡単な応接室の床に転がされたフレームのみのメイデンに目をやった。

「こいつは密輸でタウンの外に出された品。
 それを偶然、砂潜りの坊主達が見つけてきた回収品よ。
 回収品ならば砂潜りが持っててケチを付けられる筋合いはないってもんじゃ」

「それでいいんだ……」

「おうよ。 バンっつったか、坊主、よう聞けよ。
 世の中、クソみてえな理屈でもそれなりの筋が通ってるように見えりゃあ何とかなるもんよ。
 それなりの筋が有りゃ余所様の細かい事情をしつこくほじくる暇人なんぞ、そうそう居らんわい」

 悪い老人が悪い知識を披露し、若き砂潜り二人は真剣な顔で頷いた。

「さて、バン坊よ。
 うちの部品を使うのに当たって、ふたつ条件があるぞい」

 ごくりと唾を呑むバンに、ヘイゲン老は指を立てて条件を述べていく。

「まず料金じゃが、お前さんのような駆け出しに一括で払えなんて無茶は言わん。
 ローンでいいから月々しっかり返していけよ」

「あ、ありがたいっス!」

「ローンを支払い終えるまでは死んだらいかんからな?
 メイデンを手に入れたからと浮かれて、分不相応な仕事に手を出したりはせんようにな?」

「ウス!」

「それと、もうひとつ。 このメイデンをタウンのファクトリーに持ち込んではならんぞ。
 偽装はしてやるが、ファクトリーを誤魔化せるとは思えん。
 面倒事が嫌なら、メンテはうちに任せるんじゃな」

「わかりました!」

 定期的な顧客を一件ゲットしたヘイゲン老はニヤリと笑うと、バンと握手を交わした。

「そんじゃまあ、取りかかるとするかのう!」





「あのさぁ、鬱陶しくて寝られないんだけど」

 応接室のソファに寝転がったフィオは、うろうろと部屋中を歩き回るバンに苦情を入れた。

「わ、わりぃ、落ち着かなくって」

「僕らに手伝える事ないんだから、大人しく寝てなよ。
 起きたら出来上がってるって」

 ヘイゲン老は工場の作業台を用いて、メイデンのフレームにスコールのCPUと在庫の廃物利用ジェネレーターを組み込む作業を行っている。

 機械知識もないバンに手伝えそうな事は力仕事ぐらいだが、フィオがキキョウに助手をするよう命じれば完全な下位互換にしかならない。
 邪魔だから寝てろと工場から追い出された次第である。


「ああくそ、出来る事がないって辛いぜ……」

 バンはソファにどかっと座ると、ポケットからソイバーを取り出してバリバリと齧り始めた。
 対面のソファで眠りに落ちかけていたフィオは金魚鉢兄弟バースブラザーのはた迷惑な咀嚼音に眉間に皺を寄せると、むっくりと起きあがった。

「嫌がらせかよ、おい」

「そういうつもりじゃないんだが……食うか?」

「うん」

 男二人で向き合って、ボソボソとした食感のソイバーを噛み砕く。

「……何にせよ、僕らは未熟者って事だね」

「だなぁ」

 口中の水分をまとめて持っていかれながらソイバーを呑み下し、バンは頷いた。
 機械いじりが少しでも出来れば、今夜出番があったかもしれない。
 相棒の新生と、待ち望んだメイデンの誕生に己の手を貸せない事は、とても残念だった。

「僕もキキョウさんにおんぶに抱っこじゃいられない、もっと色々覚えないと」

「誰かに教わりに行くなら付き合うぜ、俺にも一枚噛ませてくれよ」 

 金魚鉢兄弟バースブラザーが互いに頷き合った時、応接間のドアがノックされた。

「マスター、バンさん、メイデンの準備が完了しました。
 工場へ来てください」





 作業台に乗せられた少女人形は、姿を一変させていた。
 白い肌に黒髪、大人しげな顔の作りという、タウン48の量産型メイデンに共通するデザインから離れるようにヘイゲン老が偽装を施した結果である。

 黒髪は長い金髪に置換されていた。
 一房混じった黒髪は名残ではなく、センサーヘア。 ヘイゲン老からのちょっとしたプレゼントである。
 在庫処分とも言う。
 おっとりとした垂れ目気味の顔立ちは、吊り目に改められていた。
 顔立ちを大きく変更したため、一見するとタウン48製メイデンには見えなくなっている。

「うお、おぉ……」

 横たわる金髪の少女人形の姿に、バンは感極まったような呻きを漏らした。

「お、俺の! 俺のなんだな、この子!」

「おうよ、そいつぁお前さんのメイデンだ」

 作業室の隅に積み上げたコンテナに腰を下ろしたヘイゲン老は、ひと仕事終えた後のビールを呷りつつバンに微笑む。

「見た目がかなり変わったねぇ。 これならバレたりしなさそうだね」

「ファクトリーで中身まで調べられない限りな。
 さ、キキョウちゃん、スコールちゃんを起こしてやんなさい」

「はい。 起きなさい、スコール」

 スコールのCPUとリンクしたままのキキョウが、リンク回線を通じて起動を促す。
 小型の廃物利用ジェネレーターを積んだ、ほとんど隆起のない胸がひくりと震え、両目が開く。
 吊り気味の大きな瞳は右が赤、左は青のオッドアイだ。

「目玉も換装したんだが、同等品で同じ色がなくてな。
 ま、お洒落の一種と思ってくれい」

 オッドアイの両目のレンズをかしゃかしゃと動かしながら、スコールは周囲を伺う。

「あ、ah、あう、うー」

 言語機能を確認するかのような、辿々しい声が色の薄い唇からこぼれた。
 目を見開き、少女人形が起動する様を見つめる大柄な少年にぎしぎしと首を向ける。

「ます、た」

「おう! 俺がマスターだ!」

 作業台に飛びつかんばかりのバン。
 スコールはバンに触れようと右手を伸ばし、作業台からガチャンと転げ落ちた。

「スコール!」

「まえ、あし、うごかし、にくい……」

「前足ではありません。 手です、スコール」

 キキョウが手を貸し、スコールを立たせる。
 四本足での移動に特化したスコールのCPUは慣れない二足状態にバランサーを全力で働かせた。

「うぁ、してん、たかい」

 ぐるりと首を巡らし、全高60センチの戦闘用マペットとは比較にならない高さの視点に、驚きの声をあげる。
 まだ、表情モーションとの連動が完了しておらず、無表情なままではあるが、マペットとメイデンの体の差を実感しているようだ。

「大丈夫か? スコール」

 いきなりすっ転んだ少女人形に、バンは恐る恐る声を掛ける。
 機械犬の頃とはかけ離れた繊細な容貌に、ガラス細工の壊れもののような印象を抱いてしまったのだ。

「へい、き。 めいでん、は、がんじょう」

 途切れ途切れにそう言うと、唇の端を震わせながら上げてみせた。 不器用ながら笑顔を作ろうとしている。
 主に心配させまいとする様子は、機械犬の頃に寄り添ってきたスコールの様子と、どこか重なった。
 華奢な少女人形と愛犬の中身が一緒であると、バンは理屈ではなく感覚で納得できた。
 こちらの顔を見上げてくる頭に手を乗せ、かつてやっていたようにわしゃわしゃと撫でる。

「そっか、あらためてよろしくな、スコール」

「うん、ますたー」

 スコールは頭を撫でるバンの手を取ると、顔を寄せた。
 すんすんと鼻を鳴らして手のひらを嗅ぐ。

「スコール?」

「きゅうかくせんさー……まえより、かんどわるい……」

「犬型のボディじゃないからなあ」

 ひとしきり匂いを嗅いだスコールは、桜色の舌を伸ばし、主の手のひらを舐めた。

「ス、スコール!?」

「ん……みかくせんさー、はじめて、だから。
 しょっぱい、で、いいの?」

「やめなさい、はしたない」

 キキョウがスコールの頭を叩き、やめさせる。
 スコールは口をむぐむぐと動かし、口内に残った味を反芻する。

「ますたーは、しょっぱい……?」
 
「汗の味だと思うよ、それ」

 フィオの突っ込みにスコールはこてんと首を傾げた。

「まあ、見ての通りじゃよ。 マペット用にデチューンされとったCPUじゃからな。
 スコールちゃんはメイデンとしての常識だの知識だのが抜け落ちとる」

 缶ビールを啜りながら言うヘイゲン老の言葉を、キキョウが引き継いだ。

「私からデータをコピーしてある程度は補えますが、あとはスコール自身が経験を積んでいくしかありませんね」

「そっか、スコールも未熟者なんだな、俺と一緒だ」

 バンはスコールの細い肩に腕を回し、抱き寄せた。

「一緒に、一人前になって行こうな」

 主の腕の中に納まったスコールは、オッドアイをぱちぱちと瞬かせると、自分を抱きしめる太い腕に舌を伸ばした。

「やっぱり、ますたー、しょっぱい?」

「だから、汗の味だって」
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