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背面でスラスターが轟音を発し、フリスは地表すれすれを高速で飛翔する。
砂煙を巻き上げる彼女を追って撃ち込まれる対空機銃の軌跡を視認し、フリスは腹立たしい気分で敵手を睨んだ。
山を思わせる巨大な武装ユニットを背負った、白銀の淑女。
シュネーの射撃は同じくAクラスメイデンであるフリスからすれば、明らかに甘い。
フリスに回避させる事を織り込んで手を抜いているからだ。
牽制の銃撃で相手の動きをコントロールし本命の攻撃を叩き込むという戦術もあるが、それとも若干違う。
あの気取ったメイデンは、こちらが射撃を華麗に回避するという見所をわざわざお膳立てしているのだ。
「馬鹿にして……!」
吐き捨てたフリスの背面で武装ユニットのウィングが推力方向を変える。
出力任せの力尽くで急制動を掛けて反転、両腕をクロスさせて弾幕へ突っ込んだ。
対空砲火を放ったシュネーが、あら、と言いたげに口を小さく開ける。
フリスの両腕で機銃弾が弾け、火花を上げた。
模擬弾である為ダメージはないが、そもそも軽機関銃転用の対空機銃程度ではフリスの強固なナノスキンコートを貫く事などできない。
銃弾を弾き飛ばしたフリスはシュネー目掛けて突進しつつ両腕を向ける。
こんな馬鹿馬鹿しい見世物にいつまでも付き合ってはいられない。
見せ場を作るなどと偉そうな事を考えているお山の大将をさっさと退場させてやる。
「いけぇっ!」
フリスのジェネレーターがフル稼働し、両腕と額のレーザークリスタルが目を灼くほどの強さで輝く。
模擬戦なので収束率を大きく落とした結果、三本の光の柱と化した極太レーザーが撃ち放たれた。
巻き上がる砂煙など物ともせずに突き進んだ碧の閃光はシュネーが素早く掲げたシールドアームに直撃する。
シールドの上に損傷のAR表示が浮かびつつも破壊判定まで至っていない。
「ちっ」
フリスは苛立たしげに舌打ちする。
実戦ならあんなシールドなど融解していると主張したい所だが、ここは相手のホームだ。
こちらの主武器のレーザーは様々な要因で減衰してしまう。
それにかこつけて向こうに有利な判定でもされているのだろう。
「なら、ぐうの音も出ないくらいに叩きのめしてやればいいんでしょう」
フリスは蒼玉の瞳を凶暴に煌めかせると両の拳を強く握りしめた。
高速で戦況分析を行うCPUの片隅で馬鹿な事に付き合わされていると自嘲しつつも、やる以上は絶対に負けられない。 負けたくない。
砲撃機の本領を発揮する敵手に対し、フリスは近接戦闘を選択した。
フリスがメイデンバトルに出場する羽目になったのは、ナコの口車にフィオが乗ってしまったからだ。
タウン75の警戒網に便乗させて貰える事になった為、フィオ一行がキキョウの足取りを追って駆けずり回る事はなくなった。
情報が入ればすぐに飛び出さなくてはならないため、タウン外に出ない方がいい程だ。
お陰で手が空いてしまった所に、フリスの主観では恐ろしく厭らしい笑みを浮かべたナコが擦り寄ってきたのだ。
「ねー、フィオくぅん。
手が空いてるならさぁ、メイデンバトルにフリスちゃん出さない?
ヒュリオくんもさ、スゥちゃんに出場させてみない?」
VIPルームに招いたフィオの隣に腰を下ろして猫撫で声で囁くナコの言葉に、フリスはスゥの顔色を窺った。
物静かながら何故かいつもこちらを配慮してくれる年長のメイデンの頬が見る間に赤く染まる。
「わ、私は嫌ですっ、マスター以外に恥ずかしい所を見られるなんて……」
サイボーグ兵士が口を開くよりも早く、スゥは両手をわたわたと振って拒否した。
「えー、負けなければいいんだよ、負けなければー」
「勝ったとしても、相手の方に恥ずかしい事をしなくてはならないんでしょう。
嫌ですよ」
「まあ、相棒の言う通りです。
申し訳ありませんが、出場辞退という事で」
メイデンのみならず主からも断られ、ナコは頬を膨らませた。
「つれないなー、もう。
フリスちゃんは?」
「あんな馬鹿馬鹿しい見世物に出る気なんてありません」
フリスはぷいとそっぽを向いた。
破廉恥極まりない興業に参加する意味などまるで見いだせないし、主に対してやけに馴れ馴れしいこのマザーメイデンが気に食わないというのもある。
主絡みだと途端にCPU性能が低下するフリスであった。
「フィオくーん、ダメぇ?
手が空いて暇なんでしょ?
暇なのはうちの監視網が働いてるお陰なんだからさぁ」
フィオに体を擦り寄せながら耳元で囁く。
相棒の柳眉が逆立っていく気配を感じながら、フィオはそっとナコの細い体を押し返した。
「僕らを匿ってるだけで鬱憤晴らしになるって言ってませんでしたっけ?」
「もー、すぐ上げ足とるぅ」
わざとらしく拗ねながら、ナコはフィオの腕をかいくぐって再びくっついてきた。
脇腹に抱きつきながら、上目遣いに見上げる。
「フリスちゃんの戦闘訓練になるよ?
スコールちゃんの成長具合見たでしょ、成果は折り紙付きだよ」
「む……」
それは確かに見逃せない利点である。
戦闘経験の少なさはフリスとスコールに共通する弱点だとフィオも感じていたが、コロシアムで見たスコールの奮闘ぶりには明らかな成長の跡があった。
実の所、フィオはフリスの戦闘能力に不安を抱いてはいない。
ディモンのアジトへ突入する際に不覚を取ったり、イェンファとの模擬戦で完敗したりと結果で見るならば負け続きのフリスだが、どちらも彼女が真価を発揮し得ない状況であったからだとフィオは判断している。
フリスの性能に対するフィオの評価は、レーザーの威力を用いた火力投射要員である。
オプションなしのメイデン単機が搭載するには彼女の火力は過剰すぎるほどで、屋内や街中では全力で使えたものではない。
しかし適切な戦場に投入すれば、恐ろしい程の戦果をあげるはずだ。
たとえば、荒野で戦闘車両を使う山賊を掃討する時などには。
フリスの性能にフィオは不満はない。
彼女の戦績が今ひとつなのは、彼女向けでない状況に対する自分の指示ミスも一因であると感じていた。
この点において、フィオとフリスの間には決定的な方針の相違がある。
フリスはいつ何時でも主の為に万全に働く事がメイデンの本懐と信じていた。
その為、己に向かない領分であっても臆する事なく飛び込んでいく。
多目的戦闘機のようにどんな局面でも結果を出したいと願うフリスであったが、彼女の性能はむしろ爆撃機寄りであった。
それでもメイデンは成長の余地のある機械だ。
フリスの本質が爆撃機であっても経験と学習を積み重ねていけば、彼女自身が望む多目的戦闘機となる事も不可能ではない。
そして、その実例がコロシアムチャンピオンたるシュネーであった。
典型的火力型メイデンでありながら格闘戦もこなす彼女は、フリスが参考とすべき目標なのかも知れない。
「相手はシュネーさんですか?」
「そうだよー、うちに所属の他のメイデンはシュネーちゃんに勝てないからってバトルに参加してくれなくってさあ。
スコールちゃんのお陰で久しぶりに賑わってるけど、他にもニューチャレンジャーが居た方が盛り上がるでしょ?」
「ふむ……」
脇腹にくっつくナコをそのままに、フィオは腕組みして思案した。
シュネーは本来、火力投射という一芸に特化したフリスに似たタイプのメイデンだ。
似た路線で経験豊富な相手との戦闘は、間違いなくフリスの糧になる。
フィオはVIPルームの隅にデュークと共に控えるシュネーにちらりと視線を走らせた。
厳めしい黒衣の老武人と華麗な白銀の淑女の取り合わせは手入れの行き届いた一対の名刀を思わせ、無言で佇んでいるだけでも重たい圧のような迫力を感じる。
思わず背筋が伸びるフィオにくっついたままのナコは、少年の脇腹に薄い胸をこすりつけるように伸び上がりながら耳元に唇を寄せて囁いた。
「フリスちゃんが勝ったらねー、シュネーちゃんの恥ずかしい所も見れるよ?」
ナコの囁きに、フィオの思春期脳内に桃色成分が混入した。
グラマラスなスタイルながら小柄なSフレームで童顔のフリスは十代半ばの少女というデザインで製造されたメイデンだ。
対するシュネーの設定年齢は二十代前半で、大人びた美貌を持っている。
身長はLフレームで170センチ、大型ジェネレーターを搭載しているものの長身ゆえバランスのよいスタイルを維持していた。
スコールとの試合では勝者であった為、金糸で彩られた黒いスーツの下の素肌は一切見えなかったのが惜しまれる。
思わずシュネーをガン見するフィオの喉がぐびりと鳴った。
そもそも、フィオの性的嗜好の原点はキキョウである。
キキョウは十代後半を設定年齢として製造されており、現在のフィオにとっては少し年上に当たるデザインだ。
彼女で精通を迎え童貞も切られたフィオにとって「グラマーなお姉さん」は一番ツボなタイプなのだ。
もっとも、つるぺたのスコールの艶姿にも鼻の下を伸ばす辺り、何でもOKの雑食でもあったが。
思春期真っ盛りゆえ、仕方のない事である。
「……マスター?」
背後から掛けられたフリスの冷たい声音に、フィオはだらしなく伸びた鼻の下を引き締めた。
ソファの背後に控えたフリスは蒼玉の瞳に明らかな苛立ちの色を浮かべて、主を見下ろしている。
フィオは大きく咳払いをすると、脇にくっつくナコを押しのけて立ち上がった。
目は口ほどに物を言うとばかりに半目で睨んでくる相棒の手を取る。
「シュネーさんは強敵だけど、この一戦はきっと君の糧になると思うんだ」
「マスター、今、そんな話の流れじゃありませんでしたよね?
明らかに邪な気配がありましたよね?」
フィオは相棒の手を胸元に引き寄せると、恨みがましく光る蒼い瞳を真っ正面から覗き込んだ。
至近距離に主を感じ、フリスのジェネレーターの稼働率が急上昇する。
頬に朱を上らせるフリスの耳元で、フィオはとっておきの優しく甘い声音で囁いた。
「大丈夫、きっと君なら勝てる、そう信じてる」
フィオは断固としてフリスの言葉を聞き流すと、細い背に腕を回した。
フリスのおでこのレーザークリスタルに自分の額を押し当てる。
ほとんどゼロ距離で覗き込んだフリスの蒼いカメラアイは、CPUの動揺を反映してレンズの絞りを落ちつきなく開閉させていた。
キスの一秒前のような姿勢から、止めの一言を情熱的に囁く。
「君の勝利を僕に見せてくれ」
「おっ、お任せくださいっ! 必ずやマスターに勝利をっ!」
「うっわ、ちょろ……」
ソファの上で成り行きを見守っていたナコは、余りにもあっさりと言いくるめられたフリスの有様に思わず呟いた。
取り繕うように咳払いをすると、満面の営業スマイルを浮かべて立ち上がる。
「じゃあ、すぐに日程組もう! まずはセンサースーツの用意をしなくちゃね!」
ナコはフリスの気が変わらない内にとロッカールームへ引っ張って行く。
ニコニコと二人を見送った金魚鉢兄弟へ、バンは呆れ顔を向けた。
「どこで覚えて来るんだよ、ああいう言い回し」
「キキョウさんに習ったんだよ、これも殿方の嗜みですって」
砂煙を巻き上げる彼女を追って撃ち込まれる対空機銃の軌跡を視認し、フリスは腹立たしい気分で敵手を睨んだ。
山を思わせる巨大な武装ユニットを背負った、白銀の淑女。
シュネーの射撃は同じくAクラスメイデンであるフリスからすれば、明らかに甘い。
フリスに回避させる事を織り込んで手を抜いているからだ。
牽制の銃撃で相手の動きをコントロールし本命の攻撃を叩き込むという戦術もあるが、それとも若干違う。
あの気取ったメイデンは、こちらが射撃を華麗に回避するという見所をわざわざお膳立てしているのだ。
「馬鹿にして……!」
吐き捨てたフリスの背面で武装ユニットのウィングが推力方向を変える。
出力任せの力尽くで急制動を掛けて反転、両腕をクロスさせて弾幕へ突っ込んだ。
対空砲火を放ったシュネーが、あら、と言いたげに口を小さく開ける。
フリスの両腕で機銃弾が弾け、火花を上げた。
模擬弾である為ダメージはないが、そもそも軽機関銃転用の対空機銃程度ではフリスの強固なナノスキンコートを貫く事などできない。
銃弾を弾き飛ばしたフリスはシュネー目掛けて突進しつつ両腕を向ける。
こんな馬鹿馬鹿しい見世物にいつまでも付き合ってはいられない。
見せ場を作るなどと偉そうな事を考えているお山の大将をさっさと退場させてやる。
「いけぇっ!」
フリスのジェネレーターがフル稼働し、両腕と額のレーザークリスタルが目を灼くほどの強さで輝く。
模擬戦なので収束率を大きく落とした結果、三本の光の柱と化した極太レーザーが撃ち放たれた。
巻き上がる砂煙など物ともせずに突き進んだ碧の閃光はシュネーが素早く掲げたシールドアームに直撃する。
シールドの上に損傷のAR表示が浮かびつつも破壊判定まで至っていない。
「ちっ」
フリスは苛立たしげに舌打ちする。
実戦ならあんなシールドなど融解していると主張したい所だが、ここは相手のホームだ。
こちらの主武器のレーザーは様々な要因で減衰してしまう。
それにかこつけて向こうに有利な判定でもされているのだろう。
「なら、ぐうの音も出ないくらいに叩きのめしてやればいいんでしょう」
フリスは蒼玉の瞳を凶暴に煌めかせると両の拳を強く握りしめた。
高速で戦況分析を行うCPUの片隅で馬鹿な事に付き合わされていると自嘲しつつも、やる以上は絶対に負けられない。 負けたくない。
砲撃機の本領を発揮する敵手に対し、フリスは近接戦闘を選択した。
フリスがメイデンバトルに出場する羽目になったのは、ナコの口車にフィオが乗ってしまったからだ。
タウン75の警戒網に便乗させて貰える事になった為、フィオ一行がキキョウの足取りを追って駆けずり回る事はなくなった。
情報が入ればすぐに飛び出さなくてはならないため、タウン外に出ない方がいい程だ。
お陰で手が空いてしまった所に、フリスの主観では恐ろしく厭らしい笑みを浮かべたナコが擦り寄ってきたのだ。
「ねー、フィオくぅん。
手が空いてるならさぁ、メイデンバトルにフリスちゃん出さない?
ヒュリオくんもさ、スゥちゃんに出場させてみない?」
VIPルームに招いたフィオの隣に腰を下ろして猫撫で声で囁くナコの言葉に、フリスはスゥの顔色を窺った。
物静かながら何故かいつもこちらを配慮してくれる年長のメイデンの頬が見る間に赤く染まる。
「わ、私は嫌ですっ、マスター以外に恥ずかしい所を見られるなんて……」
サイボーグ兵士が口を開くよりも早く、スゥは両手をわたわたと振って拒否した。
「えー、負けなければいいんだよ、負けなければー」
「勝ったとしても、相手の方に恥ずかしい事をしなくてはならないんでしょう。
嫌ですよ」
「まあ、相棒の言う通りです。
申し訳ありませんが、出場辞退という事で」
メイデンのみならず主からも断られ、ナコは頬を膨らませた。
「つれないなー、もう。
フリスちゃんは?」
「あんな馬鹿馬鹿しい見世物に出る気なんてありません」
フリスはぷいとそっぽを向いた。
破廉恥極まりない興業に参加する意味などまるで見いだせないし、主に対してやけに馴れ馴れしいこのマザーメイデンが気に食わないというのもある。
主絡みだと途端にCPU性能が低下するフリスであった。
「フィオくーん、ダメぇ?
手が空いて暇なんでしょ?
暇なのはうちの監視網が働いてるお陰なんだからさぁ」
フィオに体を擦り寄せながら耳元で囁く。
相棒の柳眉が逆立っていく気配を感じながら、フィオはそっとナコの細い体を押し返した。
「僕らを匿ってるだけで鬱憤晴らしになるって言ってませんでしたっけ?」
「もー、すぐ上げ足とるぅ」
わざとらしく拗ねながら、ナコはフィオの腕をかいくぐって再びくっついてきた。
脇腹に抱きつきながら、上目遣いに見上げる。
「フリスちゃんの戦闘訓練になるよ?
スコールちゃんの成長具合見たでしょ、成果は折り紙付きだよ」
「む……」
それは確かに見逃せない利点である。
戦闘経験の少なさはフリスとスコールに共通する弱点だとフィオも感じていたが、コロシアムで見たスコールの奮闘ぶりには明らかな成長の跡があった。
実の所、フィオはフリスの戦闘能力に不安を抱いてはいない。
ディモンのアジトへ突入する際に不覚を取ったり、イェンファとの模擬戦で完敗したりと結果で見るならば負け続きのフリスだが、どちらも彼女が真価を発揮し得ない状況であったからだとフィオは判断している。
フリスの性能に対するフィオの評価は、レーザーの威力を用いた火力投射要員である。
オプションなしのメイデン単機が搭載するには彼女の火力は過剰すぎるほどで、屋内や街中では全力で使えたものではない。
しかし適切な戦場に投入すれば、恐ろしい程の戦果をあげるはずだ。
たとえば、荒野で戦闘車両を使う山賊を掃討する時などには。
フリスの性能にフィオは不満はない。
彼女の戦績が今ひとつなのは、彼女向けでない状況に対する自分の指示ミスも一因であると感じていた。
この点において、フィオとフリスの間には決定的な方針の相違がある。
フリスはいつ何時でも主の為に万全に働く事がメイデンの本懐と信じていた。
その為、己に向かない領分であっても臆する事なく飛び込んでいく。
多目的戦闘機のようにどんな局面でも結果を出したいと願うフリスであったが、彼女の性能はむしろ爆撃機寄りであった。
それでもメイデンは成長の余地のある機械だ。
フリスの本質が爆撃機であっても経験と学習を積み重ねていけば、彼女自身が望む多目的戦闘機となる事も不可能ではない。
そして、その実例がコロシアムチャンピオンたるシュネーであった。
典型的火力型メイデンでありながら格闘戦もこなす彼女は、フリスが参考とすべき目標なのかも知れない。
「相手はシュネーさんですか?」
「そうだよー、うちに所属の他のメイデンはシュネーちゃんに勝てないからってバトルに参加してくれなくってさあ。
スコールちゃんのお陰で久しぶりに賑わってるけど、他にもニューチャレンジャーが居た方が盛り上がるでしょ?」
「ふむ……」
脇腹にくっつくナコをそのままに、フィオは腕組みして思案した。
シュネーは本来、火力投射という一芸に特化したフリスに似たタイプのメイデンだ。
似た路線で経験豊富な相手との戦闘は、間違いなくフリスの糧になる。
フィオはVIPルームの隅にデュークと共に控えるシュネーにちらりと視線を走らせた。
厳めしい黒衣の老武人と華麗な白銀の淑女の取り合わせは手入れの行き届いた一対の名刀を思わせ、無言で佇んでいるだけでも重たい圧のような迫力を感じる。
思わず背筋が伸びるフィオにくっついたままのナコは、少年の脇腹に薄い胸をこすりつけるように伸び上がりながら耳元に唇を寄せて囁いた。
「フリスちゃんが勝ったらねー、シュネーちゃんの恥ずかしい所も見れるよ?」
ナコの囁きに、フィオの思春期脳内に桃色成分が混入した。
グラマラスなスタイルながら小柄なSフレームで童顔のフリスは十代半ばの少女というデザインで製造されたメイデンだ。
対するシュネーの設定年齢は二十代前半で、大人びた美貌を持っている。
身長はLフレームで170センチ、大型ジェネレーターを搭載しているものの長身ゆえバランスのよいスタイルを維持していた。
スコールとの試合では勝者であった為、金糸で彩られた黒いスーツの下の素肌は一切見えなかったのが惜しまれる。
思わずシュネーをガン見するフィオの喉がぐびりと鳴った。
そもそも、フィオの性的嗜好の原点はキキョウである。
キキョウは十代後半を設定年齢として製造されており、現在のフィオにとっては少し年上に当たるデザインだ。
彼女で精通を迎え童貞も切られたフィオにとって「グラマーなお姉さん」は一番ツボなタイプなのだ。
もっとも、つるぺたのスコールの艶姿にも鼻の下を伸ばす辺り、何でもOKの雑食でもあったが。
思春期真っ盛りゆえ、仕方のない事である。
「……マスター?」
背後から掛けられたフリスの冷たい声音に、フィオはだらしなく伸びた鼻の下を引き締めた。
ソファの背後に控えたフリスは蒼玉の瞳に明らかな苛立ちの色を浮かべて、主を見下ろしている。
フィオは大きく咳払いをすると、脇にくっつくナコを押しのけて立ち上がった。
目は口ほどに物を言うとばかりに半目で睨んでくる相棒の手を取る。
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「マスター、今、そんな話の流れじゃありませんでしたよね?
明らかに邪な気配がありましたよね?」
フィオは相棒の手を胸元に引き寄せると、恨みがましく光る蒼い瞳を真っ正面から覗き込んだ。
至近距離に主を感じ、フリスのジェネレーターの稼働率が急上昇する。
頬に朱を上らせるフリスの耳元で、フィオはとっておきの優しく甘い声音で囁いた。
「大丈夫、きっと君なら勝てる、そう信じてる」
フィオは断固としてフリスの言葉を聞き流すと、細い背に腕を回した。
フリスのおでこのレーザークリスタルに自分の額を押し当てる。
ほとんどゼロ距離で覗き込んだフリスの蒼いカメラアイは、CPUの動揺を反映してレンズの絞りを落ちつきなく開閉させていた。
キスの一秒前のような姿勢から、止めの一言を情熱的に囁く。
「君の勝利を僕に見せてくれ」
「おっ、お任せくださいっ! 必ずやマスターに勝利をっ!」
「うっわ、ちょろ……」
ソファの上で成り行きを見守っていたナコは、余りにもあっさりと言いくるめられたフリスの有様に思わず呟いた。
取り繕うように咳払いをすると、満面の営業スマイルを浮かべて立ち上がる。
「じゃあ、すぐに日程組もう! まずはセンサースーツの用意をしなくちゃね!」
ナコはフリスの気が変わらない内にとロッカールームへ引っ張って行く。
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