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俗に最終戦争と呼び慣わされている太古の大戦は、地球環境に取り返しのつかない損傷を与えた。
その最たるものは世界を焼き払った核の炎が刻みこんだ放射能の爪痕であるが、放射能による汚染はある意味副次的な結果に過ぎない。
人類自らの手によって、故意に引き起こされた環境汚染もまた多々ある。
敵国を降伏させる事ではなく滅ぼし尽くす事を目的とするほどに過熱した戦火が、敵の生存可能区域を狭めるべく禁忌の兵器の枷を外した。
土壌、水質、大気、人間の生存に欠かせないそれらを破壊すべく各種の毒物や人為的に強化された細菌が投入され、敵領土を生活どころか立ち入ることすらできない死の荒野へと変えていく。
知恵有る人の英知は、己の因って立つ大地を実に効率よく破壊していった。
破滅へと突き進む絶望的な応酬の中、汚染された過酷な土地でも生き抜き任務を遂行する常人を超えた兵士の需要が高まった。
それこそが強化人類の嚆矢であった。
「馬鹿ですか、昔の人は」
「わぁ直球ー」
フィオの歯に衣を着せない感想に、ナコは両手を打ち合わせてケラケラと笑う。
「相手の生きる土地を壊したら同じ事されるって想像もできなかったんですか」
「想像できなかった訳じゃないよ。
たとえ相打ちになったとしても相手を倒さねばならないって思い詰めてたんだよ」
ナコはコーヒーカップを持ち上げ、一口啜って口を湿した。
「これまでに被った損害を補填するためには絶対に負けられない。
そして何より、これまでに積もり積もった恨みを忘れることなんてできない、お互いにね」
カップの中に視線を落とし、囁くように続ける。
「彼らはそうして滅ぼしあったんだ。
知恵の人が聞いて呆れるね、感情の人とでも自称すれば良かったのに」
嘲るような言葉とは裏腹に、ナコの声音には憐憫の響きが宿っていた。
ナコはカップをソーサーに戻すと、気を取り直すようにポンと柏手を打つ。
「ま、彼らの事はいいや、もう居ない人たちだし。
重要なのは強化人類と真の漢の話だね」
「要するに僕達は人間じゃないって理解でいいんですか?」
「それは微妙な所かなあ、精神性はベースになったホモ・サピエンスをそのまま引き継いでるし。
様々な戦術特性を発揮できるようにって設計されたはずなんだけど、ほとんどの個体はきちんと発現できなかったから、実質的には悪環境に適応した人間ってだけだしねえ」
「設計かよ……。
昔の人類様って連中は俺らの事を兵器かなんかだと本気で思ってたんだな」
ナコの語る話にバンは顔を歪めて不快気に吐き捨てた。
「そういう人たちも居たけど、それだけじゃないよ。
自分らは滅びるって悟って、君たちを人類文明の後継者と考えた人も居たんだ。
ひとまとめにして嫌わないであげて欲しいなあ」
「……後継者などと言われますが、自分たちが破壊し尽くした地球を残されても困るとしか言いようがないですな」
「うんまあ、そうだよねえ……」
ヒュリオの感想に、ナコは微妙な表情で頷いた。
「今を生きる僕たちはその強化人類って奴で、厳密にはホモ・サピエンスとは違う種であると。
それじゃ、真の漢は?
さっきの話からすると、求められた能力を発揮できた強化人類が真の漢って事ですか?」
「うん、その通り。
戦術兵器として遺伝子に刻まれた特殊な能力を設計通りにきちんと発現できた強化人類、それを真の漢とボク達は定義づけたんだ」
ナコは真っ直ぐにフィオを見据えた。
彼女もまた千年を生きるマザーである事を示すかのように青いカメラアイが深く強く輝く。
フィオの背に、怯えとも怯みともつかない震えが走った。
「ふむ……それでは、何故マザーは真の漢を求めるプログラムを与えられたのですか?
いかに特殊な能力を持つとは言え、所詮は個人に過ぎません。
メイデンや戦闘車両などでも代用が利く戦力でしょう」
内心怯んだフィオを庇うかのようにヒュリオが質問を発した。
ナコは唇の端を僅かに持ち上げた微笑みをフィオに送ると、サイボーグ兵士へと視線を移す。
「うん、戦闘力だけなら真の漢は実の所そんなに価値が有るわけじゃあない。
じゃあ、その真の漢を探すプログラムの目的は何かって言うと、次の世代を生み出す事」
「次の世代……少し話に出た進化人類って奴ですか」
「便宜上そう呼んでいるだけなんだけどね、まだ誰も見た事ないし。
ボク達メイデンのモデルである『女性』は強化人類に存在しない。
元々戦闘兵器として作られた存在だからね、発生段階で女性として産まれないように設計されてるんだ。
でもそれじゃ、種族として独り立ちできない」
「僕ら金魚鉢で産まれてきてるんですが、独り立ちできてないんですか」
「金魚鉢を管理するマザーが必要でしょ?
だからイブユニットを装備したマザーと、強化人類の完成体である真の漢の間で子供を作って次の世代、進化人類へと繋げていく。
それがタウンを維持する事とは別に与えられた、マザーの使命だよ」
ナコは話を締めくくると、すっかり冷めたコーヒーを飲み干した。
「……俺達、真の漢じゃない者の事はマザーの眼中にないのか……」
ソファにぐったりと背中を預けて呟くバンに、ナコは首を振る。
「それは違うよ、バンくん。
君たちを、今を生きる人間を慈しまないマザーは居ない。手法や方針に差はあってもね。
真の漢しか眼中にないのは、ボク達にプログラムを与えた昔の人たちだよ」
マザーの名に相応しい慈愛の微笑みを浮かべてバンを諭すと、ナコは薄っぺらい胸の前で腕を組んだ。
「もらったプログラムに従うと真の漢としか子供作っちゃダメって事になるんだけど、イブユニットの仕様だと、別に真の漢じゃなくても子供作れそうなんだよね。
プログラムが求める進化人類じゃなくなるのかも知れないけど」
「そのゆにっとがあれば、わたしも、ますたーとこども、つくれる?」
「多分ねー」
小首を傾げながら問うスコールに頷くと、ナコはにんまりと笑みを浮かべた。
慈母の如き先ほどの微笑みとは違ってからかうような、端的に言うと下っ衆い笑顔でスコールの頬をつつく。
「なーにスコールちゃん、バンくんとの子供、欲しいんだ?」
「うん、ほしい。
フリスも、フィオさんとのこども、ほしいでしょ?」
名指しされたフリスは、一瞬眉を寄せたが素直に頷いた。
「マスターとの愛の結晶ですから」
すまし顔でさらっと言ってのけるが、先ほどナコに詰め寄った剣幕を思い出したフィオは苦笑せざるを得ない。
「あ、あの、私も……」
ヒュリオの隣で淑やかに控えていたスゥもおずおずと小さく手を上げる。
サイボーグ兵士はあまり我を出さない相棒の珍しい主張に目を丸くした。
「なんだ、お前もか?」
「マスターは、お嫌ですか?」
「い、いや、そんな事はないが……」
じっと見上げてくる相棒から視線を逸らし、ヒュリオは咳払いをした。
少なくとも、ニヤつくナコや意外そうな顔のフィオ、訳知り顔で頷くバンなどに囲まれたこの場で返答するのはどうかと思っただけだ。
強面な割にシャイなサイボーグ兵士であった。
「まあ、イブユニットが手元に無い以上、皮算用でしかないんだけどね。
シヤの所から掻っ払ってくるなら別だけど」
「嫌ですよ、なんでそんなにタウン48と争わせたがるんですか」
「ちぇー」
唇を尖らせたナコはソファにどっかりと背を預けた。
頭の後ろで両腕を組みながら、フィオに若干拗ねた目を向ける。
「まあ、マザーが真の漢を欲しがる理由の話はそんな所だよ。
ボクはもう使命を果たせない身の上だし、そもそもどうでもいい事だって思ってるから安心していいよ」
「はぁ……」
フィオは意識して曖昧な顔を作り、頷いた。
この期に及んで真の漢であると明言しないのは彼なりの処世術のつもりであったが、最早バレバレであるとも自覚している。
だが、認めてしまえば、なし崩し的に更なる面倒事が襲ってきそうな予感を感じていた。
フィオの懸念を感じ取ったか、ナコは尖らせていた唇をにんまりと左右に広げると、ひょいと身を乗り出してフィオの顔を上目遣いに見上げた。
「ま、使命の事は置いといて、ボクとしては真の漢に協力するつもりだよ」
「協力?」
「そ。 アーミーこそないけど、うちだってタウンだからね、監視の目の届く広さは個人とは比べものにならないよ。
そのタウン75の目を貸してあげる。
君の大事なメイデンを探したいんでしょう?」
「……それで、そちらに何のメリットがあるんです?」
小規模とはいえタウンの索敵能力を使わせて貰えるというのは破格のサービスだ。
だが、それだけにナコの狙いがわからない。
マザーのプログラムに従わないと明言した以上、真の漢を得る意味が彼女にはないはずなのだ。
「ボクのメリットはね……鬱憤晴らし、かな?」
ナコの顔に浮かんだ笑みが深まる。
嘲笑の色に。
「シヤの奴が散々探し回ってた真の漢をボクがこっそり匿うんだ。
自分のタウンに探してた相手が居たのに気付かなかったのも間抜けなら、見下してるボクの所に逃げられちゃうなんて本当に間抜けでざまぁないよ、あいつ!
こんないい気分にさせて貰えるなんて、全裸で土下座して足の裏舐めてでも生き延びた甲斐があったってもんだよ!」
捲し立てるようにシヤを嘲笑うナコの顔は、なまじ可憐で愛らしい造形をしているだけに悪意に塗れて歪んでおり、フィオは陽気を装ったマザーメイデンの中に蓄積された恨みの濃度を感じて頬を引き攣らせた。
悪し様にシヤを罵るナコであるが、実際にはシヤもフィオが真の漢であると想定していた為、彼女が言うほど間抜けな訳ではない。
ただ、熟成千年物の乙女心がフィオが真に待ち望んでいた者かどうかあっさり確定させてしまう事を惜しんだのである。
想い人かどうかに迷い、煩悶し、ジェネレーターの過熱のままに一人遊びに耽ったりと乙女回路をドキドキにフルドライブさせる状況を楽しんでいる間に、フィオは出奔してしまった。
最後のお楽しみに大事に取っておいたケーキの苺を、横から手を伸ばしたナコに掻っ攫われたようなシヤであった。
ドン引きしているフィオに気づき、興奮してシヤへの恨み言を連ねていたナコは我に返る。
「おっと、いけないいけない……。
まあ、真の漢に秘かに協力してるってだけで、あいつを出し抜けていい気分になれるんだよ。
だから、君に協力させてよ、ね?」
先ほどまでのおどろおどろしい凶悪な笑みとは打って変わった可憐な微笑みを浮かべたナコは、愛らしく小首を傾げながらフィオに囁く。
ナコを完全に信用するかは別問題としても、シヤへの悪感情だけは間違いないものらしい。
少なくとも、シヤの元へ売り飛ばされる事はなかろう。
フィオは溜息と共に頷いた。
「判りましたよ、もう……。
協力してください、ナコ様」
「うん! 一緒にシヤの奴に一泡吹かせてやろうね!」
「いや、そこは本当にどうでもいいんですって……」
喜色満面のナコに手を取られながら、フィオはもう一度溜息を吐いた。
その最たるものは世界を焼き払った核の炎が刻みこんだ放射能の爪痕であるが、放射能による汚染はある意味副次的な結果に過ぎない。
人類自らの手によって、故意に引き起こされた環境汚染もまた多々ある。
敵国を降伏させる事ではなく滅ぼし尽くす事を目的とするほどに過熱した戦火が、敵の生存可能区域を狭めるべく禁忌の兵器の枷を外した。
土壌、水質、大気、人間の生存に欠かせないそれらを破壊すべく各種の毒物や人為的に強化された細菌が投入され、敵領土を生活どころか立ち入ることすらできない死の荒野へと変えていく。
知恵有る人の英知は、己の因って立つ大地を実に効率よく破壊していった。
破滅へと突き進む絶望的な応酬の中、汚染された過酷な土地でも生き抜き任務を遂行する常人を超えた兵士の需要が高まった。
それこそが強化人類の嚆矢であった。
「馬鹿ですか、昔の人は」
「わぁ直球ー」
フィオの歯に衣を着せない感想に、ナコは両手を打ち合わせてケラケラと笑う。
「相手の生きる土地を壊したら同じ事されるって想像もできなかったんですか」
「想像できなかった訳じゃないよ。
たとえ相打ちになったとしても相手を倒さねばならないって思い詰めてたんだよ」
ナコはコーヒーカップを持ち上げ、一口啜って口を湿した。
「これまでに被った損害を補填するためには絶対に負けられない。
そして何より、これまでに積もり積もった恨みを忘れることなんてできない、お互いにね」
カップの中に視線を落とし、囁くように続ける。
「彼らはそうして滅ぼしあったんだ。
知恵の人が聞いて呆れるね、感情の人とでも自称すれば良かったのに」
嘲るような言葉とは裏腹に、ナコの声音には憐憫の響きが宿っていた。
ナコはカップをソーサーに戻すと、気を取り直すようにポンと柏手を打つ。
「ま、彼らの事はいいや、もう居ない人たちだし。
重要なのは強化人類と真の漢の話だね」
「要するに僕達は人間じゃないって理解でいいんですか?」
「それは微妙な所かなあ、精神性はベースになったホモ・サピエンスをそのまま引き継いでるし。
様々な戦術特性を発揮できるようにって設計されたはずなんだけど、ほとんどの個体はきちんと発現できなかったから、実質的には悪環境に適応した人間ってだけだしねえ」
「設計かよ……。
昔の人類様って連中は俺らの事を兵器かなんかだと本気で思ってたんだな」
ナコの語る話にバンは顔を歪めて不快気に吐き捨てた。
「そういう人たちも居たけど、それだけじゃないよ。
自分らは滅びるって悟って、君たちを人類文明の後継者と考えた人も居たんだ。
ひとまとめにして嫌わないであげて欲しいなあ」
「……後継者などと言われますが、自分たちが破壊し尽くした地球を残されても困るとしか言いようがないですな」
「うんまあ、そうだよねえ……」
ヒュリオの感想に、ナコは微妙な表情で頷いた。
「今を生きる僕たちはその強化人類って奴で、厳密にはホモ・サピエンスとは違う種であると。
それじゃ、真の漢は?
さっきの話からすると、求められた能力を発揮できた強化人類が真の漢って事ですか?」
「うん、その通り。
戦術兵器として遺伝子に刻まれた特殊な能力を設計通りにきちんと発現できた強化人類、それを真の漢とボク達は定義づけたんだ」
ナコは真っ直ぐにフィオを見据えた。
彼女もまた千年を生きるマザーである事を示すかのように青いカメラアイが深く強く輝く。
フィオの背に、怯えとも怯みともつかない震えが走った。
「ふむ……それでは、何故マザーは真の漢を求めるプログラムを与えられたのですか?
いかに特殊な能力を持つとは言え、所詮は個人に過ぎません。
メイデンや戦闘車両などでも代用が利く戦力でしょう」
内心怯んだフィオを庇うかのようにヒュリオが質問を発した。
ナコは唇の端を僅かに持ち上げた微笑みをフィオに送ると、サイボーグ兵士へと視線を移す。
「うん、戦闘力だけなら真の漢は実の所そんなに価値が有るわけじゃあない。
じゃあ、その真の漢を探すプログラムの目的は何かって言うと、次の世代を生み出す事」
「次の世代……少し話に出た進化人類って奴ですか」
「便宜上そう呼んでいるだけなんだけどね、まだ誰も見た事ないし。
ボク達メイデンのモデルである『女性』は強化人類に存在しない。
元々戦闘兵器として作られた存在だからね、発生段階で女性として産まれないように設計されてるんだ。
でもそれじゃ、種族として独り立ちできない」
「僕ら金魚鉢で産まれてきてるんですが、独り立ちできてないんですか」
「金魚鉢を管理するマザーが必要でしょ?
だからイブユニットを装備したマザーと、強化人類の完成体である真の漢の間で子供を作って次の世代、進化人類へと繋げていく。
それがタウンを維持する事とは別に与えられた、マザーの使命だよ」
ナコは話を締めくくると、すっかり冷めたコーヒーを飲み干した。
「……俺達、真の漢じゃない者の事はマザーの眼中にないのか……」
ソファにぐったりと背中を預けて呟くバンに、ナコは首を振る。
「それは違うよ、バンくん。
君たちを、今を生きる人間を慈しまないマザーは居ない。手法や方針に差はあってもね。
真の漢しか眼中にないのは、ボク達にプログラムを与えた昔の人たちだよ」
マザーの名に相応しい慈愛の微笑みを浮かべてバンを諭すと、ナコは薄っぺらい胸の前で腕を組んだ。
「もらったプログラムに従うと真の漢としか子供作っちゃダメって事になるんだけど、イブユニットの仕様だと、別に真の漢じゃなくても子供作れそうなんだよね。
プログラムが求める進化人類じゃなくなるのかも知れないけど」
「そのゆにっとがあれば、わたしも、ますたーとこども、つくれる?」
「多分ねー」
小首を傾げながら問うスコールに頷くと、ナコはにんまりと笑みを浮かべた。
慈母の如き先ほどの微笑みとは違ってからかうような、端的に言うと下っ衆い笑顔でスコールの頬をつつく。
「なーにスコールちゃん、バンくんとの子供、欲しいんだ?」
「うん、ほしい。
フリスも、フィオさんとのこども、ほしいでしょ?」
名指しされたフリスは、一瞬眉を寄せたが素直に頷いた。
「マスターとの愛の結晶ですから」
すまし顔でさらっと言ってのけるが、先ほどナコに詰め寄った剣幕を思い出したフィオは苦笑せざるを得ない。
「あ、あの、私も……」
ヒュリオの隣で淑やかに控えていたスゥもおずおずと小さく手を上げる。
サイボーグ兵士はあまり我を出さない相棒の珍しい主張に目を丸くした。
「なんだ、お前もか?」
「マスターは、お嫌ですか?」
「い、いや、そんな事はないが……」
じっと見上げてくる相棒から視線を逸らし、ヒュリオは咳払いをした。
少なくとも、ニヤつくナコや意外そうな顔のフィオ、訳知り顔で頷くバンなどに囲まれたこの場で返答するのはどうかと思っただけだ。
強面な割にシャイなサイボーグ兵士であった。
「まあ、イブユニットが手元に無い以上、皮算用でしかないんだけどね。
シヤの所から掻っ払ってくるなら別だけど」
「嫌ですよ、なんでそんなにタウン48と争わせたがるんですか」
「ちぇー」
唇を尖らせたナコはソファにどっかりと背を預けた。
頭の後ろで両腕を組みながら、フィオに若干拗ねた目を向ける。
「まあ、マザーが真の漢を欲しがる理由の話はそんな所だよ。
ボクはもう使命を果たせない身の上だし、そもそもどうでもいい事だって思ってるから安心していいよ」
「はぁ……」
フィオは意識して曖昧な顔を作り、頷いた。
この期に及んで真の漢であると明言しないのは彼なりの処世術のつもりであったが、最早バレバレであるとも自覚している。
だが、認めてしまえば、なし崩し的に更なる面倒事が襲ってきそうな予感を感じていた。
フィオの懸念を感じ取ったか、ナコは尖らせていた唇をにんまりと左右に広げると、ひょいと身を乗り出してフィオの顔を上目遣いに見上げた。
「ま、使命の事は置いといて、ボクとしては真の漢に協力するつもりだよ」
「協力?」
「そ。 アーミーこそないけど、うちだってタウンだからね、監視の目の届く広さは個人とは比べものにならないよ。
そのタウン75の目を貸してあげる。
君の大事なメイデンを探したいんでしょう?」
「……それで、そちらに何のメリットがあるんです?」
小規模とはいえタウンの索敵能力を使わせて貰えるというのは破格のサービスだ。
だが、それだけにナコの狙いがわからない。
マザーのプログラムに従わないと明言した以上、真の漢を得る意味が彼女にはないはずなのだ。
「ボクのメリットはね……鬱憤晴らし、かな?」
ナコの顔に浮かんだ笑みが深まる。
嘲笑の色に。
「シヤの奴が散々探し回ってた真の漢をボクがこっそり匿うんだ。
自分のタウンに探してた相手が居たのに気付かなかったのも間抜けなら、見下してるボクの所に逃げられちゃうなんて本当に間抜けでざまぁないよ、あいつ!
こんないい気分にさせて貰えるなんて、全裸で土下座して足の裏舐めてでも生き延びた甲斐があったってもんだよ!」
捲し立てるようにシヤを嘲笑うナコの顔は、なまじ可憐で愛らしい造形をしているだけに悪意に塗れて歪んでおり、フィオは陽気を装ったマザーメイデンの中に蓄積された恨みの濃度を感じて頬を引き攣らせた。
悪し様にシヤを罵るナコであるが、実際にはシヤもフィオが真の漢であると想定していた為、彼女が言うほど間抜けな訳ではない。
ただ、熟成千年物の乙女心がフィオが真に待ち望んでいた者かどうかあっさり確定させてしまう事を惜しんだのである。
想い人かどうかに迷い、煩悶し、ジェネレーターの過熱のままに一人遊びに耽ったりと乙女回路をドキドキにフルドライブさせる状況を楽しんでいる間に、フィオは出奔してしまった。
最後のお楽しみに大事に取っておいたケーキの苺を、横から手を伸ばしたナコに掻っ攫われたようなシヤであった。
ドン引きしているフィオに気づき、興奮してシヤへの恨み言を連ねていたナコは我に返る。
「おっと、いけないいけない……。
まあ、真の漢に秘かに協力してるってだけで、あいつを出し抜けていい気分になれるんだよ。
だから、君に協力させてよ、ね?」
先ほどまでのおどろおどろしい凶悪な笑みとは打って変わった可憐な微笑みを浮かべたナコは、愛らしく小首を傾げながらフィオに囁く。
ナコを完全に信用するかは別問題としても、シヤへの悪感情だけは間違いないものらしい。
少なくとも、シヤの元へ売り飛ばされる事はなかろう。
フィオは溜息と共に頷いた。
「判りましたよ、もう……。
協力してください、ナコ様」
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