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「サンクチュアリ!? 馬鹿な!」
堅牢なガバメント跡に避難して防衛指示を行うドクは、手の中のタブレットを見下ろし愕然とした。
愛娘の状況を知らせるステータスリンクが途絶えている。
「まさか……やられたのか?」
サンクチュアリの性能について絶対の自信を持つドクではあるが、同時に彼女の未熟さも熟知している。
経験を積めば無双のメイデンに成長するであろうサンクチュアリだが、今はまだ不安な点も多い。
経験豊富なキキョウも居るのでカバーを期待していたのだが、彼女のマスターではないドクにはキキョウのステータスを確認できない。
最悪、二人まとめて破壊された可能性すらある。
「えぇい、ここに居ても情報が足りん!」
意を決したドクは、状況を確認すべくガバメント跡を飛び出した。
「スコールっ!?」
データリンクが途切れたのはバンも同じであったが、後方から目視で状況を窺っていた分、衝撃はより大きい。
突如現れた巨大な蚯蚓にのし掛かられて消えた相棒に、バンは恐慌に陥りながら立ち上がった。
「坊ちゃん! まさかあそこに突っ込む気でやすかい!?」
走り出そうとするその肩をミヤマルが素早く抑える。
「で、でも、スコールが食われちまった!」
「まだ大丈夫、あの手の大型装甲機生体は捕獲したメイデンのCPUを自分の拡張に使おうとするんだ、だからCPUまでは壊されない。
すぐに救出すれば修理できるよ」
師から装甲機生体の習性について学んだフィオの説明に、バンは辛うじて自制を取り戻す。
「……じゃあ、早いところ仕留めてスコールを奴の腹から出してやらないと」
「そうだね。 ヒュリオさん、スゥさんを呼び戻してください。
僕もフリスをこっちに向かわせます」
「了解だ。 しかし、フィオくん、君のメイデンの行動は……」
ヒュリオの言葉にフィオは頭を下げた。
「すみません。 多分、キキョウさんを見つけたんだと思います……」
キキョウを制圧して自分の優秀性を示したいというフリスの秘かな企みをフィオは察している。
相棒の気質について知りつつも、彼女への後ろめたさから強く制する事のできないフィオであった。
流石に、主の目の届かない所でライバルを破壊してしまおうとまで思い詰めているとは想定していなかったが。
「先代メイデンは彼女にとってライバルだ、張り合う気持ちは判る。
だが作戦中にあんな勝手な行動をされては、チーム全体が危機に陥ってしまう。
あの装甲機生体のようなアクシデントも彼女が居れば、手早く処理できたかも知れない。
その点、よく言い聞かせておくんだ」
「はい……」
「旦那、お小言はその辺で。 奥方に一報入れて、お召し替えの準備をなさらねえと」
「……そうですね、スゥを呼び戻します」
苦言を切り上げたヒュリオはスゥへリンク通信で指示を出すと、自分のハーフトラックへと走り始めた。
爆装状態のスゥを通常の戦闘に投入するには装備を換装する必要がある。
すぐに装備変更できるよう、通常型の武装ユニットを用意するのだ。
フィオもまた砂丘の向こうへと姿を消したフリスへ通信を送る。
「フリス? すぐにこっちに戻って」
応じるフリスの声音に、常よりもやや平坦な印象を受ける。
「マスター? そちらの支援を?」
「うん、装甲機生体にスコールが食われたんだ」
「え? 食われた?」
「すぐに救出しないとあいつのパーツにされちゃう。 こっちに来て救出を頼む」
返答まで、一瞬の遅延があった。
「判りました、すぐに参ります」
「何かあった?」
「……いえ、こちらは何もありません、何も」
通信が切れる。
「……一悶着、あったんだな」
キキョウに対して強い敵愾心を示すフリスだ、実際に顔を合わせれば何事も起きない訳がない。
「まあ、判りきってた事さ」
いずれ生じると知れていた問題が、ついにやってきただけだ。
フィオは苦い顔で溜息を吐いた。
「よくも私の妹を……!」
シュネーは黄金の瞳を怒りに燃え上がらせながら、蚯蚓型装甲機生体へ猛攻を仕掛ける。
二連装四門の75㎜砲が続けざまに叫びを上げ、放たれた砲弾が機械蚯蚓の先端へと着弾した。
経験豊富なシュネーは当然大型装甲機生体の習性も知っており、捕獲されたスコールがどのような目に遭っているか、見当がついている。
「スコールさんを弄んでいいのは、バンさんと私だけですのよ!」
妹分の主が聞いたら間違いなく否定しそうな事を口走りながらも、シュネーの攻撃は的確であった。
全ての砲弾はスコールが捕獲されている胴中央部を避けて、頭部に当たる先端部分に命中している。
スコールを巻き込まない為だけでなく、装甲機生体の攻撃を妨げる意図だ。
威圧的な牙を内包する口以外の器官を全て装甲の下に隠した蚯蚓型装甲機生体の能力は、地中移動に特化されている。
牙で地面を食い破りながら掘り進み、目標へ真下から食らいつくのだ。
いわば不意打ち専門であり、それ以外の攻撃手段は巨体で押し潰すくらいしかない。
一度顔を出した以上、頭に砲撃を叩き込み続けて再度地面に潜らせないようにすれば対応は容易い。
百戦錬磨のシュネーにしてみれば、与しやすい相手だ。
「とはいえ、不意打ちでこちらを狙われなくて幸いでしたけど」
地中に居る時の蚯蚓の感覚器は振動頼り。
必殺の一撃である不意打ちのターゲットにシュネーではなくサンクチュアリが選ばれたのは、彼女の方が派手に撃ちまくっていたからである。
抑制の効いた熟練の砲撃を行うシュネーに対して、技量の差を感じたサンクチュアリは弾幕での対抗を選択した。
その結果、地中にまで響き渡る砲声を感知され、蚯蚓に狙いを定められたのであった。
「スコールさんのCPUが無事な内に、何としても救出しないと……」
地下へ逃げようとする装甲機生体の行動を阻んでいるシュネーだが、その表情に余裕はない。
スコールのCPUが完全に侵食され蚯蚓の部品と化してしまう前に救出しなくてはならないが、この装甲機生体は硬い。
地中の圧力に耐えるため、その巨体の機能は構造の堅牢さにほとんど費やされている。
攻撃性能は低いが防御力は非常に高いタイプであり、シュネーの大火力でも瞬時に無力化するのは難しい。
中枢部分をピンポイントで攻撃すれば破壊する事自体は可能だろうが、その手はスコールまで吹き飛ばしてしまうので使えない。
「高速振動刀なら……」
シュネーは腰に佩いた旧友の形見、銘刀ソードイズミノカミにちらりと視線を向けた。
外科手術のように精密な狙いで装甲を切り裂き、捕らわれたスコールを引きずり出すには高速振動刀が最適である。
だが、砲撃で足止めしながら刀を振るうことは流石のシュネーにもできない。
「えぇい、手が足りませんわね!」
思わず毒づく淑女の視界をエメラルドの閃光が横切った。
後方から放たれた大出力レーザーが蚯蚓の土手っ腹に着弾し、装甲材を蒸発させる。
装甲機生体は苦しげに身をよじると、砂を蹴散らしながらのたうった。
「お腹はいけません、フリスさん! スコールさんが捕まっています!」
フライパスしつつレーザーを放ったフリスを振り仰ぎ、シュネーは叫ぶ。
旋回しながら追撃を行おうとしたフリスは大きく舌を打った。
「食われたって、文字通りにですか。 鈍くさい子……」
戦場放棄して飛び出していった挙げ句の言動に、シュネーの頬がひくりと動くが淑女は言葉を呑み込んだ。
どうせ後でお仕置きすると決めているのだ、内心でお仕置きの激しさレベルにプラス5査定したシュネーは腰の剣帯から鞘ごとソードイズミノカミを引き抜いた。
牽制の砲撃を続けつつ、フリスへと放る。
「砲撃では埒が開きません。 私が足止めしますから、貴女はこの刀で切開してください」
「蚯蚓を捌いた事はありませんが……了解しました」
空中で高速振動刀をキャッチしたフリスは、蚯蚓の巨体を睨みながら白刃を鞘走らせた。
フリスに放置されたキキョウは、その場に立ち尽くしていた。
半壊した機体を庇いながら、旧主の新たなメイデンが飛び去った方向へ視線を投げる。
砂丘の向こうにフリストグリーズルを呼び寄せた旧主が居るはずだ。
彼に会いたい、切実に思う。
同時に会わせる顔がないと煩悶する。
彼の元には新たなメイデンが居るのだ、最早自分の出る幕はない。
そう結論付けようにも、浅ましい程に湧きあがる旧主への想いと、それを現主への裏切りとして糾弾するシステムがキキョウの中で縺れ合っていた。
「キキョウ! 無事……って訳じゃなさそうだな」
完全にコンフリクトを起こして立ち往生したキキョウの聴覚センサーを、ドクの声が打つ。
のろのろと視線を向けると、フォートからオープントップのバギーが接近していた。
小さな体を伸び上がらせながらハンドルを握るドクの顔は、常に冷笑的な彼には珍しく強張っている。
「サンクチュアリとのリンクが途絶えた。 あいつを見ていないか?」
「……いえ、私は他のメイデンと戦闘中でしたので」
「そうか……。 状況を確認したい、お前もこっちに乗ってくれ。
現地を見に行かないことには、敵の攻勢が止まった理由もわからん」
ドクの要請にキキョウは内心激しく動揺した。
キキョウにも詳細は判らないがサンクチュアリを襲ったアクシデントと、急遽呼び寄せられたフリストグリーズルの間に何らかの関わりがある事は推測できる。
おそらくサンクチュアリのリンクが途絶えた地点にフリストグリーズルも向かったのだろう。
そして、そこには彼女の主、キキョウの旧主がいる可能性も高い。
少年の姿を見たいと思いつつも、実際に顔を合わせるとなれば勇気が出ないキキョウであった。
「わ、私は……見ての通り破損しています」
顔を逸らし弱々しく言い訳を口にするキキョウを、ドクは目を見開き驚いたようにまじまじと見つめた。
「キキョウ、お前……いや、損傷したお前でも俺よりよっぽど戦力になろうよ。
俺はサンクチュアリの親として、あいつの様子を確認せねばならんのだ。
用心棒をしてくれ、頼むよキキョウ」
キキョウは現マスターであるヴァトーから彼不在の間はドクの指示に従うように命じられている。
いわばセカンダリーマスターであるドクに頭を下げて頼み込まれては断れない。
「……判りました」
溜息と共に頷き、足を引きずりながらバギーへ歩み寄る。
損傷した機体は僅かな身動きにも支障を来しており、いつになくその動作は重い。
「装甲ブーツは両方とも脱いだ方がいいな。
その状態じゃ拘束具にしかならん」
損傷を一瞥したドクの指示に従い、キキョウはブーツのロックを外し両足から脱落させた。
砂地にブーツを残したキキョウが助手席に身を沈めると、ドクはアクセルを踏み込む。
「お前の応急処置もしてやりたい所だが、今は一刻を争う。
悪いな」
「いえ、構いません」
ハンドルにしがみつくドクの幼い横顔は焦燥で強張っている。
このような状況で有りながら、キキョウは彼に一心に案じられているサンクチュアリへ羨望のような想いを抱いた。
同時にフリストグリーズルに浴びせられた恨み言を思い返し、自分に他者を羨む資格などないと自嘲する。
「……駄目ですね、私は」
「何か言ったか!?」
小さく呟いた言葉は必死でバギーを操作するドクの耳には入らない。
インドア派であるドクの稚拙なドライビングテクニックでは砂地を真っ直ぐに走るのも一苦労だし、そもそもバギーの座席自体が彼の小さな背丈には合っていない。
ただ愛する娘の元へ急がねばならぬという気迫が彼の運転を支えていた。
キキョウの後ろ向きな自嘲を聞いている暇などない。
「いいえ、何も。 ……ドク、あれは!?」
バギーが砂丘を乗り越えた途端、フロントグラス越しに巨大な影を目視したキキョウはいじけた思考を一端放り出した。
灰色の複合装甲を持つ、巨大な蚯蚓のような装甲機生体がのたうっている。
「あいつは……! どこの馬鹿だ、あいつを外に出したのは!」
「知っているのですか?」
「前に鹵獲して地下倉庫で飼ってた装甲機生体だ!
いずれCPUを弄くってフォートMFの戦力にするつもりだったんだが……」
不意にドクの眉が跳ね上がる。
「まさかあの野郎、俺のサンクを食いやがったか!?」
怒声と共に、ドクは一気にアクセルを踏み込んだ。
装甲機生体に吶喊しようとするドクに、キキョウは慌てて右腕を伸ばし強引にハンドルを切る。
バギーは横転しかかるような勢いで旋回して止まった。
「ドク! 落ち着いてください!」
「くそっ! あの蚯蚓野郎、俺のサンクを嬲りものにしてやがる!」
憤怒も露わなドクはバギーのハンドルを両手で叩いた。
装甲機生体の生態はキキョウも熟知している。
僚機を襲っている苦況は想像がつくし、早く救出してやらねばとも思うが、現場指揮官であるドクが激情に駆られていては話にもならない。
ハンドルに突っ伏すように丸まったドクの背中を、無傷の右手でさすり彼の激情を宥める。
ドクは数度大きな深呼吸をすると、血走った目でキキョウを見据えた。
「キキョウ、奴を開きにしてサンクを救出しろ!
あいつは防御力特化で地面に潜らなければ大した攻撃はしてこない、マチェットとスラスターだけでもお前の技量なら何とかできるはずだ!」
ドクの指令に、キキョウは紫水晶の瞳を眼下の戦場へと向けた。
灰色の巨大蚯蚓に対して、重火力型のメイデンが応戦している。
一度、荒野にて対峙した、スコールと縁があるらしいメイデンだ。
彼女は蚯蚓の頭部と思わしき先端部分に次々と砲弾を叩き込み、巧みに装甲機生体の行動を阻害していた。
そして閃くエメラルドの閃光。
当然のようにフリストグリーズルも蚯蚓と戦闘を行っている。
傷ついた身であそこに割って入り、サンクチュアリを助け出さねばならない。
しかもその後はAクラスメイデン二体との交戦は必至。
「ハードなミッションですね……」
さらに続くであろう旧主との遭遇の予想からあえて意識を逸らしながら、キキョウは高速振動マチェットの柄を握った。
堅牢なガバメント跡に避難して防衛指示を行うドクは、手の中のタブレットを見下ろし愕然とした。
愛娘の状況を知らせるステータスリンクが途絶えている。
「まさか……やられたのか?」
サンクチュアリの性能について絶対の自信を持つドクではあるが、同時に彼女の未熟さも熟知している。
経験を積めば無双のメイデンに成長するであろうサンクチュアリだが、今はまだ不安な点も多い。
経験豊富なキキョウも居るのでカバーを期待していたのだが、彼女のマスターではないドクにはキキョウのステータスを確認できない。
最悪、二人まとめて破壊された可能性すらある。
「えぇい、ここに居ても情報が足りん!」
意を決したドクは、状況を確認すべくガバメント跡を飛び出した。
「スコールっ!?」
データリンクが途切れたのはバンも同じであったが、後方から目視で状況を窺っていた分、衝撃はより大きい。
突如現れた巨大な蚯蚓にのし掛かられて消えた相棒に、バンは恐慌に陥りながら立ち上がった。
「坊ちゃん! まさかあそこに突っ込む気でやすかい!?」
走り出そうとするその肩をミヤマルが素早く抑える。
「で、でも、スコールが食われちまった!」
「まだ大丈夫、あの手の大型装甲機生体は捕獲したメイデンのCPUを自分の拡張に使おうとするんだ、だからCPUまでは壊されない。
すぐに救出すれば修理できるよ」
師から装甲機生体の習性について学んだフィオの説明に、バンは辛うじて自制を取り戻す。
「……じゃあ、早いところ仕留めてスコールを奴の腹から出してやらないと」
「そうだね。 ヒュリオさん、スゥさんを呼び戻してください。
僕もフリスをこっちに向かわせます」
「了解だ。 しかし、フィオくん、君のメイデンの行動は……」
ヒュリオの言葉にフィオは頭を下げた。
「すみません。 多分、キキョウさんを見つけたんだと思います……」
キキョウを制圧して自分の優秀性を示したいというフリスの秘かな企みをフィオは察している。
相棒の気質について知りつつも、彼女への後ろめたさから強く制する事のできないフィオであった。
流石に、主の目の届かない所でライバルを破壊してしまおうとまで思い詰めているとは想定していなかったが。
「先代メイデンは彼女にとってライバルだ、張り合う気持ちは判る。
だが作戦中にあんな勝手な行動をされては、チーム全体が危機に陥ってしまう。
あの装甲機生体のようなアクシデントも彼女が居れば、手早く処理できたかも知れない。
その点、よく言い聞かせておくんだ」
「はい……」
「旦那、お小言はその辺で。 奥方に一報入れて、お召し替えの準備をなさらねえと」
「……そうですね、スゥを呼び戻します」
苦言を切り上げたヒュリオはスゥへリンク通信で指示を出すと、自分のハーフトラックへと走り始めた。
爆装状態のスゥを通常の戦闘に投入するには装備を換装する必要がある。
すぐに装備変更できるよう、通常型の武装ユニットを用意するのだ。
フィオもまた砂丘の向こうへと姿を消したフリスへ通信を送る。
「フリス? すぐにこっちに戻って」
応じるフリスの声音に、常よりもやや平坦な印象を受ける。
「マスター? そちらの支援を?」
「うん、装甲機生体にスコールが食われたんだ」
「え? 食われた?」
「すぐに救出しないとあいつのパーツにされちゃう。 こっちに来て救出を頼む」
返答まで、一瞬の遅延があった。
「判りました、すぐに参ります」
「何かあった?」
「……いえ、こちらは何もありません、何も」
通信が切れる。
「……一悶着、あったんだな」
キキョウに対して強い敵愾心を示すフリスだ、実際に顔を合わせれば何事も起きない訳がない。
「まあ、判りきってた事さ」
いずれ生じると知れていた問題が、ついにやってきただけだ。
フィオは苦い顔で溜息を吐いた。
「よくも私の妹を……!」
シュネーは黄金の瞳を怒りに燃え上がらせながら、蚯蚓型装甲機生体へ猛攻を仕掛ける。
二連装四門の75㎜砲が続けざまに叫びを上げ、放たれた砲弾が機械蚯蚓の先端へと着弾した。
経験豊富なシュネーは当然大型装甲機生体の習性も知っており、捕獲されたスコールがどのような目に遭っているか、見当がついている。
「スコールさんを弄んでいいのは、バンさんと私だけですのよ!」
妹分の主が聞いたら間違いなく否定しそうな事を口走りながらも、シュネーの攻撃は的確であった。
全ての砲弾はスコールが捕獲されている胴中央部を避けて、頭部に当たる先端部分に命中している。
スコールを巻き込まない為だけでなく、装甲機生体の攻撃を妨げる意図だ。
威圧的な牙を内包する口以外の器官を全て装甲の下に隠した蚯蚓型装甲機生体の能力は、地中移動に特化されている。
牙で地面を食い破りながら掘り進み、目標へ真下から食らいつくのだ。
いわば不意打ち専門であり、それ以外の攻撃手段は巨体で押し潰すくらいしかない。
一度顔を出した以上、頭に砲撃を叩き込み続けて再度地面に潜らせないようにすれば対応は容易い。
百戦錬磨のシュネーにしてみれば、与しやすい相手だ。
「とはいえ、不意打ちでこちらを狙われなくて幸いでしたけど」
地中に居る時の蚯蚓の感覚器は振動頼り。
必殺の一撃である不意打ちのターゲットにシュネーではなくサンクチュアリが選ばれたのは、彼女の方が派手に撃ちまくっていたからである。
抑制の効いた熟練の砲撃を行うシュネーに対して、技量の差を感じたサンクチュアリは弾幕での対抗を選択した。
その結果、地中にまで響き渡る砲声を感知され、蚯蚓に狙いを定められたのであった。
「スコールさんのCPUが無事な内に、何としても救出しないと……」
地下へ逃げようとする装甲機生体の行動を阻んでいるシュネーだが、その表情に余裕はない。
スコールのCPUが完全に侵食され蚯蚓の部品と化してしまう前に救出しなくてはならないが、この装甲機生体は硬い。
地中の圧力に耐えるため、その巨体の機能は構造の堅牢さにほとんど費やされている。
攻撃性能は低いが防御力は非常に高いタイプであり、シュネーの大火力でも瞬時に無力化するのは難しい。
中枢部分をピンポイントで攻撃すれば破壊する事自体は可能だろうが、その手はスコールまで吹き飛ばしてしまうので使えない。
「高速振動刀なら……」
シュネーは腰に佩いた旧友の形見、銘刀ソードイズミノカミにちらりと視線を向けた。
外科手術のように精密な狙いで装甲を切り裂き、捕らわれたスコールを引きずり出すには高速振動刀が最適である。
だが、砲撃で足止めしながら刀を振るうことは流石のシュネーにもできない。
「えぇい、手が足りませんわね!」
思わず毒づく淑女の視界をエメラルドの閃光が横切った。
後方から放たれた大出力レーザーが蚯蚓の土手っ腹に着弾し、装甲材を蒸発させる。
装甲機生体は苦しげに身をよじると、砂を蹴散らしながらのたうった。
「お腹はいけません、フリスさん! スコールさんが捕まっています!」
フライパスしつつレーザーを放ったフリスを振り仰ぎ、シュネーは叫ぶ。
旋回しながら追撃を行おうとしたフリスは大きく舌を打った。
「食われたって、文字通りにですか。 鈍くさい子……」
戦場放棄して飛び出していった挙げ句の言動に、シュネーの頬がひくりと動くが淑女は言葉を呑み込んだ。
どうせ後でお仕置きすると決めているのだ、内心でお仕置きの激しさレベルにプラス5査定したシュネーは腰の剣帯から鞘ごとソードイズミノカミを引き抜いた。
牽制の砲撃を続けつつ、フリスへと放る。
「砲撃では埒が開きません。 私が足止めしますから、貴女はこの刀で切開してください」
「蚯蚓を捌いた事はありませんが……了解しました」
空中で高速振動刀をキャッチしたフリスは、蚯蚓の巨体を睨みながら白刃を鞘走らせた。
フリスに放置されたキキョウは、その場に立ち尽くしていた。
半壊した機体を庇いながら、旧主の新たなメイデンが飛び去った方向へ視線を投げる。
砂丘の向こうにフリストグリーズルを呼び寄せた旧主が居るはずだ。
彼に会いたい、切実に思う。
同時に会わせる顔がないと煩悶する。
彼の元には新たなメイデンが居るのだ、最早自分の出る幕はない。
そう結論付けようにも、浅ましい程に湧きあがる旧主への想いと、それを現主への裏切りとして糾弾するシステムがキキョウの中で縺れ合っていた。
「キキョウ! 無事……って訳じゃなさそうだな」
完全にコンフリクトを起こして立ち往生したキキョウの聴覚センサーを、ドクの声が打つ。
のろのろと視線を向けると、フォートからオープントップのバギーが接近していた。
小さな体を伸び上がらせながらハンドルを握るドクの顔は、常に冷笑的な彼には珍しく強張っている。
「サンクチュアリとのリンクが途絶えた。 あいつを見ていないか?」
「……いえ、私は他のメイデンと戦闘中でしたので」
「そうか……。 状況を確認したい、お前もこっちに乗ってくれ。
現地を見に行かないことには、敵の攻勢が止まった理由もわからん」
ドクの要請にキキョウは内心激しく動揺した。
キキョウにも詳細は判らないがサンクチュアリを襲ったアクシデントと、急遽呼び寄せられたフリストグリーズルの間に何らかの関わりがある事は推測できる。
おそらくサンクチュアリのリンクが途絶えた地点にフリストグリーズルも向かったのだろう。
そして、そこには彼女の主、キキョウの旧主がいる可能性も高い。
少年の姿を見たいと思いつつも、実際に顔を合わせるとなれば勇気が出ないキキョウであった。
「わ、私は……見ての通り破損しています」
顔を逸らし弱々しく言い訳を口にするキキョウを、ドクは目を見開き驚いたようにまじまじと見つめた。
「キキョウ、お前……いや、損傷したお前でも俺よりよっぽど戦力になろうよ。
俺はサンクチュアリの親として、あいつの様子を確認せねばならんのだ。
用心棒をしてくれ、頼むよキキョウ」
キキョウは現マスターであるヴァトーから彼不在の間はドクの指示に従うように命じられている。
いわばセカンダリーマスターであるドクに頭を下げて頼み込まれては断れない。
「……判りました」
溜息と共に頷き、足を引きずりながらバギーへ歩み寄る。
損傷した機体は僅かな身動きにも支障を来しており、いつになくその動作は重い。
「装甲ブーツは両方とも脱いだ方がいいな。
その状態じゃ拘束具にしかならん」
損傷を一瞥したドクの指示に従い、キキョウはブーツのロックを外し両足から脱落させた。
砂地にブーツを残したキキョウが助手席に身を沈めると、ドクはアクセルを踏み込む。
「お前の応急処置もしてやりたい所だが、今は一刻を争う。
悪いな」
「いえ、構いません」
ハンドルにしがみつくドクの幼い横顔は焦燥で強張っている。
このような状況で有りながら、キキョウは彼に一心に案じられているサンクチュアリへ羨望のような想いを抱いた。
同時にフリストグリーズルに浴びせられた恨み言を思い返し、自分に他者を羨む資格などないと自嘲する。
「……駄目ですね、私は」
「何か言ったか!?」
小さく呟いた言葉は必死でバギーを操作するドクの耳には入らない。
インドア派であるドクの稚拙なドライビングテクニックでは砂地を真っ直ぐに走るのも一苦労だし、そもそもバギーの座席自体が彼の小さな背丈には合っていない。
ただ愛する娘の元へ急がねばならぬという気迫が彼の運転を支えていた。
キキョウの後ろ向きな自嘲を聞いている暇などない。
「いいえ、何も。 ……ドク、あれは!?」
バギーが砂丘を乗り越えた途端、フロントグラス越しに巨大な影を目視したキキョウはいじけた思考を一端放り出した。
灰色の複合装甲を持つ、巨大な蚯蚓のような装甲機生体がのたうっている。
「あいつは……! どこの馬鹿だ、あいつを外に出したのは!」
「知っているのですか?」
「前に鹵獲して地下倉庫で飼ってた装甲機生体だ!
いずれCPUを弄くってフォートMFの戦力にするつもりだったんだが……」
不意にドクの眉が跳ね上がる。
「まさかあの野郎、俺のサンクを食いやがったか!?」
怒声と共に、ドクは一気にアクセルを踏み込んだ。
装甲機生体に吶喊しようとするドクに、キキョウは慌てて右腕を伸ばし強引にハンドルを切る。
バギーは横転しかかるような勢いで旋回して止まった。
「ドク! 落ち着いてください!」
「くそっ! あの蚯蚓野郎、俺のサンクを嬲りものにしてやがる!」
憤怒も露わなドクはバギーのハンドルを両手で叩いた。
装甲機生体の生態はキキョウも熟知している。
僚機を襲っている苦況は想像がつくし、早く救出してやらねばとも思うが、現場指揮官であるドクが激情に駆られていては話にもならない。
ハンドルに突っ伏すように丸まったドクの背中を、無傷の右手でさすり彼の激情を宥める。
ドクは数度大きな深呼吸をすると、血走った目でキキョウを見据えた。
「キキョウ、奴を開きにしてサンクを救出しろ!
あいつは防御力特化で地面に潜らなければ大した攻撃はしてこない、マチェットとスラスターだけでもお前の技量なら何とかできるはずだ!」
ドクの指令に、キキョウは紫水晶の瞳を眼下の戦場へと向けた。
灰色の巨大蚯蚓に対して、重火力型のメイデンが応戦している。
一度、荒野にて対峙した、スコールと縁があるらしいメイデンだ。
彼女は蚯蚓の頭部と思わしき先端部分に次々と砲弾を叩き込み、巧みに装甲機生体の行動を阻害していた。
そして閃くエメラルドの閃光。
当然のようにフリストグリーズルも蚯蚓と戦闘を行っている。
傷ついた身であそこに割って入り、サンクチュアリを助け出さねばならない。
しかもその後はAクラスメイデン二体との交戦は必至。
「ハードなミッションですね……」
さらに続くであろう旧主との遭遇の予想からあえて意識を逸らしながら、キキョウは高速振動マチェットの柄を握った。
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偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
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