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統べる王と声なき人1
しおりを挟む深夜の暗い部屋の中、執務机の上だけは明るく照らされている。書類にペンを走らせていた男は手を止めた。
「…アルラが? そうか…。よく見ていろ。場合によっては行動を妨げろ。ただ機嫌をそこねると食事をしなくなるからな、なるべく穏便にな」
その部屋には男の他にもう1人いたが、暗闇の中にいて姿は見えず、今しがた気配も消える。
「最近は諦めたと思ったが、まあ、フリだっただけか」
呟きひとつで納得した男は再びペンを動かす。
広い王城の一角、多くの人が行きかう場所がある。そこは荷物を搬入する場所で、警備の兵や管理官、商人に下働きの者達などがいて賑やかだ。その隅で、商人の1人に品物を見せている青年がいる。
「今回もよい出来栄えです。繊細で愛らしく、なかなか人気がありますから、もっと欲しいくらいです」
そう言う商人の手には小さく白い布に美しい刺繍がほどこされたものがあった。それを渡した青年は商人の言葉に困った顔を見せる。
「分かってますよ。1人じゃそんなに作れないでしょう。…それでは、これくらいの値でどうでしょう?」
金額の書かれた紙を見た青年は声の変わりに頷いた。青年は声を出すことはできない。商人に自分で作った刺繍の小物を買ってもらっていて、それによってお金を貯めている。
無事に買いとってもらえた青年は自分の部屋へと戻った。
「アルラ様。お帰りなさいませ。よい値で買ってもらえましたか?」
すぐに声をかけてきたのは部屋にいたアルラ付きの侍女である。アルラは答えるようににこりと微笑んだ。
「そうですか。よかったですね。それでは休憩なさいませ。お茶をおいれしますわ」
アルラは頷きお気に入りの椅子に座った。人の多さに少し疲れていて、侍女の用意したお茶に癒される。
「あの方はどうしてアルラ様のような方を閉じこめておくのかしら。許せませんわ」
疲れた姿のアルラを見て侍女はある男への不満をもらす。常々アルラが不自由していると感じているのだ。行動制限がされていて、行くことのできる範囲も狭い。
そんな状況で欲しいものがあるアルラはこっそり小物を作り売っている。ばれれば止めさせらるだろう。
専属の侍女がつき、着るもの食べるものに不自由はしていないが、それでも自由のない状況に侍女は憤慨するのだ。そんな彼女にアルラは困ったように笑顔を見せる。
侍女はさすがにアルラを縛る者の名を口にはしなかったが、その男を批判などすれば大変なことになりかねない。
その男、バンデラグアは、この世界、を統べる王である。ここ数百年バンデラグアが王でありこの先数百年は王であり続けるだろう。絶対的な力でもって世界を支配しており、誰一人として逆らえる者はいない。
そんな男にアルラは支配されているのだ。
夜更けた頃、侍女もすでに部屋におらず、アルラは静かに刺繍をしていたが、夜遅いから止めようと片づけをする。
その時、静かな部屋に訪問者を知らせる音がして、アルラは慌てて道具を隠す。
いつでもすぐに隠せるようにしてあるので見られることはなかった。
「まだ起きていたのか」
座るアルラが見上げるのは、バンデラグア。
長身で男らしい体格をしていて見惚れるほどの美貌。少し不機嫌そうであるが、それが常の男だ。
それに怯える者もいるが、見慣れたアルラはただバンデラグアを見ている。
アルラからの反応がないのは分かっているバンデラグアはアルラの腕を乱暴に引く。
それによってバランスを崩したアルラの身体はバンデラグアに倒れ込んだ。
そのことをバンデラグアは気にすることなくアルラの身体を抱き上げ寝室へと連れていき、寝台の上に下ろし、自身も上に乗ってアルラの身体を引き寄せた。
そんな意志を無視した行為にアルラが怒りをしめすことはなく、ただ、バンデラグアを見ている。
その視線に機嫌をよくしたバンデラグア。
「抵抗の1つもしないな」
抵抗の全てを奪ってきた男がなにを言うのかと、溜息を吐きたいアルラだったが、そんな気力も起きなかった。それだけの年月が経った。
逃げないアルラの髪をバンデラグアは撫でる。その手つきは優しい。そしてその首に顔を寄せた。
アルラはバンデラグアに囲われている。この状態にいたったのは二百年前のことだ。
バンデラグアはその当時から王だった。
それと知らずアルラはバンデラグアと知り合って交友を深め、そしてバンデラグアから告白をされることになる。
それにアルラは答えず、バンデラグアのもとから逃げた。しかし捕まり、その時声を奪われた。
その上一般の人と変わらない寿命だったアルラが不老のような長寿にさせられる。そして城の中で軟禁のような扱いをされ、何度か逃げたが、すぐに捕まったり、泳がされていて数日後に連れ戻されたりと、到底逃げることはできないと思い知らされただけに終わった。
色々と諦め数十年。大人しくしていた。それが再び、バンデラグアに知られないように行動を始めたアルラ。
ある話を聞いて、希望ができたからだ。
目標ができると諦めていた時期と違って充実している。
そのことがバンデラグアと2人だけの時にも雰囲気に現れており、バンデラグアはアルラの行動を知っていても今は知らないふりでいた。
気に入らないのでそのうち止めされる気だが。
それから数ヶ月、ばれていないと安心しきったアルラはさらに多くの小物を作っていく。
「もうすぐ目標の額になるんですよね?」
侍女の言葉に顔を上げたアルラは頷いて肯定する。その表情は幸せだとしめしている。
「よかったですね。なにを目標にしているのかは知りませんけど、約束通りうまくいったら教えてくださいね」
またこくりと頷いたアルラ。
実はとある物を買いたいのだが、その物をすでに商人に頼んでいる。取り寄せるのに日数のかかる珍しいもので、とても高価なものだ。
目標の額になるだろう物が出来上がった後は待つだけとなる。
しかし大変な事態が起こった。
「アルラ様っ。私っ、どうしたらいいか…」
涙ながらに侍女が話すのは、実家の仕立屋が問題を起こし、貴族の逆鱗にふれてしまって、慰謝料を払えと言われているのだ。もし払えないなら訴えて店をできなくすると脅されている。
それを聞いたアルラはおろおろとしながらも侍女にいくら慰謝料を請求されたのかと紙に書いて質問した。
その額はアルラの貯めたお金で払えそうな額だった。
「アルラ様? そんなっ。アルラ様が一生懸命貯めたお金ではありませんか。ああ! 私が話してしまったから…」
嘆き困惑する侍女にアルラは自分はまた貯めればいいだけだからと優しく微笑んだ。
侍女もどうにか実家を助けたく、申し訳なく思いつつも必ず返しますと家族のもとへとお金をもっていった。
この出来事タイミングがよすぎるのは、バンデラグアが仕掛けたものだから。
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