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僧侶ポピッカ

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気持の良いソファで夢うつつの中を漂っていると、突然、頭に響く音が飛び込んできた。扉を叩くノックの音である。

「リンシードさん、そろそろレクチャーを始めたいので、会議室の方へお越し下さいとの事です」

施設従業員の柔らかな声が、ボクを現実世界へと引き戻す。

案内人のあとをついていき、いかにもといった風情の部屋へ通される。普段ここは、研修などに使われているのであろう。部屋を見回すと既にゲルドーシュとザレドスは座席についていた。大柄な戦士が座るには少々小さい椅子であり、それがどことなく滑稽に見える。

彼らから少し離れた席には、その出で立ちからおそらく僧侶とみられる女性が座っている。ボクが部屋に入って来たのに気づき、こちらを見て軽く会釈をした。年の頃は二十代中頃、人間と何かの種族のハーフのようにも感じられるが定かではない。

「さて、全員お揃いになったところで、今回の私どもの依頼について、レクチャーを始めたいと思います」

もうこれ以上、役人らしい顔はないという造作の、五十がらみの男が説明を始める。

……となれば、これでパーティーの参加メンバーの全てが揃ったという事か。戦士のゲルドーシュ、細工師のザレドス、魔法使いのボク、そして僧侶であろう最後の一人。ん…、ちょっと少なくはないだろうか。

通常のダンジョン探索は六人が基本である。前衛に戦士二人、中衛に魔法使い二人、後衛に僧侶と細工師というのが最もスタンダードな組み合わせであろう。これを基本に戦士の代わりに魔法戦士が加わったり、魔法使いの代わりに僧侶が加わったりと状況に応じて編成を変えていく事になる。

現在のメンバーだと、前衛に戦士であるゲルドーシュと武術の心得がある魔法使いのボク。後衛に細工師のザレドスと僧侶の女性といったところだろうか。ゲルドーシュとザレドスの実力を鑑みれば、おそらく残りの女性もかなりの手練れである事は予想できるが、それにしても多少手薄な陣形だと言わざるを得ない。

もっとも州政府付きのパーティーでほぼ全域の探索は終わっているし、内部にいる魔物や獣の類もそう強力なものではないとの事から、こういった編成になったのだろうか。まさか一人当たりの報酬が高すぎて、他に誰も雇えなかったというのではあるまいな。まぁ、役所の無計画さは今に始まった事ではないので、全くあり得ない話ではなかろうが。

そんな事をぼんやり考えていると、依頼責任者と名乗る先ほどの役人が、これまた役人らしい無機質な声で話し始めた。

「えぇ、皆様には私たちの依頼に応じていただき誠にありがとうございます。依頼書でお伝えした通り、今回の任務は我が州の西方に位置するバッテルム遺跡内にあるダンジョンの完全踏破です。

本ダンジョンは既に州政府のパーティーがその殆どを踏破致しましたが、最深部をはじめ幾つかのフィールドは踏破未完了のままとなっており、皆様には、その部分の調査と記録をお願い致します。

特に最深部に関しましては、一見そこでダンジョンが終っているようにも見えるのですが、当方メンバーの透視魔法や魔使具の測定によると、その先にまだ続くスペースがあるとの事。しかし我々の力では、そこへ到達する事が出来ない状況となっています。

今回はその真相究明が依頼のメインとなっておりますので、どうかよろしくお願い申し上げます」

これらの内容は事前に配布された依頼書と殆ど変わらず、その後に詳しい注意などが語られる。

真相がわからない場合は、残金は支払われない事、魔物を倒した結果手に入れたり、その他の場所で見つけたアイテムの半分はパーティーが所有権を主張できる事、ダンジョン内で見聞した内容は他言無用である事、等々、役所らしい微に入り細を穿つような説明が続いた。ふとゲルドーシュの方を見るとあからさまにアクビをしているのが見える。あぁ、やっぱり成長していないようだなぁ。

それに引き換え、僧侶と思しき女性は丹念にメモを取っている。細かいところが気になる性格のようだ。ゲルドーシュとの相性は最悪かも知れない。

最後に、明日以降の日程が示される。

朝一番でビークルに搭乗し、そのままバッテルム遺跡へと直行。ダンジョン近くにキャンプを張り、昼食後に探索を開始。その日はダンジョン内に敷設された安全地帯で一夜を過ごし、翌朝最深部を目指すというものである。

到着した日の昼から四日の日程であり、状況に応じて一~二日の延長が予定されている。それ以上の延長は、予算の関係上出来ないそうである。

「では、皆さん。レクチャーはこれで終わりです。この後は明朝まで自由にしていただいて結構ですが、本会館から余り離れたところへは行かないで下さい。

では、また明日」

レクチャーが終了したのを受けて、ボクは女性メンバーのところへ赴いた。

「失礼いたします。ご挨拶が遅れました。一緒にパーティーを組ませていただく魔法使いのスタン・リンシードです。今回はどうぞよろしくお願い致します」

あらん限りの作法知識を動員して、無礼のないよう彼女に接する。僧侶という職業は、付き合うのが意外と難しい。宗教間、宗派間の微妙なバランスや、無神論者への反発、信仰心による気位の高さ、等々、下手をすると個人の相性以前の問題でトラブルが発生する事も多い。神に仕える身だから寛容だろうなどと甘く見ていると、とんでもない目に遭うのである。

「ご丁寧なあいさつ有難うございます。わたくし、フォラシム教の神父を拝命しておりますポピッカと申します。こちらこそどうか良しなにお願い申し上げますわ」

立ち上がり、にこやかにほほ笑むポピッカと名乗る女性。比較的小柄であるが、表情からは頑強な意志が感じられる。

彼女の挨拶は、普通ならばいたく丁寧で好感の持てるものだと思われるだろう。しかしボクにとって、それは違った。ある意味最悪である。

まず彼女の信奉するフォラシム教。これは姉・サンシックが属するバリゾラント教とは犬猿の仲にある。五百年以上前に一応の終結を見たとはいえ、両者は激しい宗教戦争を繰り広げていた間柄なのだ。サンシックはその時に裏の活動で大きな功績をあげ、現在の地位を得ていたのである。こちらから姉の存在や素性を明かす気はないが、何か嫌な予感がする。

ちなみに魔法の詠唱には神の名が多く出てくるが、それらは超古代の滅び去った神々との認識が一般的であり、現在の宗教とは無関係とされている。よって違う宗教の僧侶でも、詠唱時には同じ神の名を唱えるというチョットおかしな事態が起きるのである。

もう一つの心配事はというと……、それはすぐに現実化した。

「やぁ、リンシードの旦那。そっちの嬢ちゃん僧侶への挨拶は済んだかい? だったら早いとこ、呑みに行こうぜ!」

後ろからヌッとあらわれたゲルドーシュが軽口をたたく。

「はぁ~? 誰が”嬢ちゃん僧侶”ですって? あなたホントに失礼な方ですわね!」

もう一つの最悪の理由がこれだ。彼女の余りにかしこまった喋り方は、礼儀や作法を過度に気にするタイプに多く見受けられるものだ。こういうタイプは、ゲルドーシュの天敵といってよく、二人の会話から想像すると既に一戦交えたらしい。

「だって、そうだろう? 逐一語尾に”ですの”だの”ですわよ”をつけるしさ、どこかのお姫さんかお嬢さんかってーの。それにどう見ても俺の方が年上だよ。もっと敬意を示してもいいだろうが。それを無礼だの品がないだのとピーピーさえずりやがって」

「まぁ~! 年上といっても人に寄りますわよ。常識のないタヌキが、バカみたいな筋肉をまとっている風体のクセに、大きな口を叩かないで下さいまし」

ザレドスが、そっとボクの袖を引っ張って耳打ちする。

「いや、さっきこの部屋に入る時、偶然、ゲルドーシュさんとポピッカさんがぶつかったんですよ。どちらが悪いというわけではないんですが、ご覧のようなやり取りと同様のものが始まってしまいましてねぇ。その時は役人の方が何とか取り成してくれたのですが……」

あぁ、何たる不運。既に神は我らを見放したもうたか。まぁ、無宗教のボクが神様どうこうと言うのも、いかがなものかとは思うのだけれど。

すぐにザレドスと目があい、お互い苦笑する。今回の依頼の成功は、ボクたち二人の調整能力に掛かっていると、彼も覚悟を決めたようだ。
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