ヴォルノースの森の なんてことない毎日 《第二部》 (オムニバス短編集)

藻ノかたり

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ニールの目ざめ (39) 楽しいひととき

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「但し、この事は、君のママには内緒でな」

所在なさげに子供用の椅子へと腰かけたニールに、ゼペックがウインクを飛ばします。普段、パパが喋っている話や、前に一度だけママに会った時の事を鑑みれば、彼女がこの店の存在を、余り好ましく思っていないのは明らかでした。

もし子供一人で”こんな所”へ来た、しかもゼペックが連れて来たと発覚でもしたら、ニールはもちろんの事、パパまで出入りさせて貰えなくなるかも知れません。

「もちろん」

少し後ろめたさを感じながらも、ニールは元気に返事をしました。

「で、注文は?」

ゼペックが、重ねて尋ねます。

ここで遠慮をしては、かえって失礼だと思ったニールは、早速お気に入りのオレンジジュースを頼みます。このドリンクバーで出される数々の品物は、採算度外視の格安品ばかりなのです。つまり、とってもとっても、美味しいって事ですね。

ニールがグラスに刺さっているストローへ口をつけたのを確認し、

「さぁてと、今日はどんな話をしようかの」

と、ゼペックはご機嫌な調子で言いました。

その様子を見ていた周りのスタッフたちは、少しホッとします。何故ならば、最近ニールがさっぱり来店しないので、ゼペックの機嫌も斜め気味の日が多かったのでした。変わり者の機嫌が悪いっていうのは、一日中、傍にいるスタッフにとって、迷惑この上ない話ですからね。

そして店員のみんなは、どうしてゼペックが、そこまでニールを気に入っているのかの見当もついていました。

現在、ゼペックは趣味と実益を兼ねたこの骨董店を営んでいますが、上の階にあるリサイクルショップは彼の息子夫婦が経営しているという話はしましたよね。

その二人、年齢はニールのパパとママより少し上ではあるものの、未だ子宝に恵まれていないのです。でもゼペックや、彼の亡くなった妻は、その事について一言も言いませんでした。しかし、孫が欲しくないわけはありません。

そんなところに、孫となってもおかしくない年頃のニールが、出入りするようになったのです。おまけに八歳にして骨董品に興味を抱く、ある意味、稀有な子供です。老オーナーが、気に入らない筈がありません。

さて、ゼペックが取り出した幾つかの品にまつわる話を聞いたニールは、小説では味わえない、何とも充実した時間を過ごしました。

そして、かつては魔法の込められていた牛
の形をした人形の話題になった時、ゼペックは思わず、

「ところで、ニールはもう魔法は使えるのかい?」

と、聞いてしまいます。

ヴォルノースの森では、誰がどういう魔法を使えるかは個人情報であり、迂闊に尋ねてはいけないのです。それは大人相手だろうと、子供相手だろうと変わりません。もちろんゼペックだって、そんな事は百も承知でした。

でも久しぶりに、ニールが来店した事に気を良くしていたゼペックは、つい心のタガが、少し緩んでしまっていたのです。

「オーナー……!」

ゼペックと共にカウンターに入っていた三十代半ばの男性が、慌てて声を掛けました。骨董業としてはまだ若いものの、ゼペックの後を継ぐのは彼ではないかと目されている人物です。

ゼペックは、その男、名前をリュンデムといいますが、彼の言葉にハッとしました。

「あっ、すまん、すまん。年を取ると、浮世の決まり事については、つい疎かになってしまってなぁ……」

オーナーが面目を失ったように、頭をかきます。

「――ボ、ボクは、まだ魔法は使えません」

言いよどむニール。

その表情に、これはまずい事を聞いてしまったと後悔しきりのゼペックでした。
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