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転校生が宇宙人。とかいう恐ろしくベタな展開、御許し下さいっ!

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「長峰ジュンといいます。よろしくお願いします」
    美少年はにこりとも笑うことなく冷めた目で教室を見た。
    かつて彼に勉強を教えたのはマンツーマンの家庭教師一人である。

    いくら庶民とはいえこんなに大勢で一人の教師の話を聞くなんて、この星の人間は教育というものを本当にわかっているのだろうか。

    長峰ジュンとは仮の名、本名はジュン・オスカー・ジェンティウス。れっきとした宇宙帝国の一つ、ジェンティウス帝国の後継者だった。
    そんな彼が日本のそれもごく普通の高校に通うようになったのは……おっと誰かがきたようだ。
    栗毛の髪に灰色の瞳。日本人離れした、ハーフのような風貌の彼をクラスメートが放っておくはずもなく。女子生徒からは黄色い声があがり、休み時間には机を囲まれ質問攻めに遭う一日。
「ねぇねぇっ、長峰くんってハーフなの?」
「……母さんが日本人だから、それで、」
「えーっそれじゃお父さんは何人なの!?」
「えっと、ジェン……じゃなくて、何だっけ、」
「おい、色々複雑なんだろ、あんまり突っ込むなよ」
「ごめんね……」
    授業が終わると、ジュンは先生に呼ばれてるから、と言い訳して教室を出た。ああ群がられては友達を作る気にもなれない。職員室のそばで生徒があらかた帰るのを待ってから、ジュンは下駄箱に向かう。
    しかし、そこにもまたジュンを待っている生徒がいた。
「おーいゼロワンー」
    ジュンに劣らぬ明るい茶髪にピアスをしたヤンキー。
    だが問題はそれよりも、このヤンキーがジュンの仕事上のコードネームを知っていたことだ。
    zero-1 ━━ゼロスーツと呼ばれる防護服からその名を取った、防護服が量産されることを想定して付けられた名前。
    ジュンの表情が僅かに警戒を含んだものになると、ヤンキーは笑って手をひらひらさせた。
「ちょっと顔貸せよ」

━━その日の朝。

    大人になるってどういうことだろう。
    初めて学校の制服に袖を通しながら、ジュンは思った。
    たくさんのお兄さんに囲まれて、甘えながら育った五人兄弟の末っ子のジュン。
    だが10歳になったある日、突然ジュンは跡取りになってしまった。王子様、それも将来宇宙帝国ジェンティウス国王になるという宿命を負ったジュン。
「こ、怖いよ……」
    ジュンがそうやって甘えると、お兄さんたちはいつだって守ってくれた。優しく微笑んで、慰めてくれた。
    だがそんなお兄さんたちの代わりに、家来はこう言いはなった。
「王子、大人になってください」
    ……結果として、僕は大人にはなれなかったんだろう。
    城が攻め込まれても何もできず、国王だった父の死を知らされたその日のうち、家来には裏切られて城を追われてしまった。
    それから半年。母の親戚をたどりようやく日本で仕事が見つかった。母の故郷が日本だった。
    折しも地球には宇宙生物がなぜかたどり着いていて、建物を破壊したり農作物の被害が出るなどしていた。
    だが日本政府は(別に日本だけに限ったことではないが)宇宙生物の存在を国民に公にはしていない為、大規模な対策が出来ずにいたのだ。
    僕が宇宙生物駆除を行う代わりに、日本政府は僕の身の安全を保障、高等教育も提供してくれる。そんな交換条件で、僕は公立高校に通うことになった。
    宇宙生物に有効な防護服のデータを国立科学研究所に提供し、防護服が日本国内で製造できれば現場からは離れることができる。時に危険が伴う駆除を担うのは一時的なことだと思っていた。……なのに。

    結論から言えば、かつて宇宙生物“だった”それは宇宙帝国にいた頃よりもはるかに厄介な生き物になっていた。豊富な地球の資源を体内に蓄え、そのどれもが体積を数倍にも増していたからだ。
    ━━こちら中央管理センター、zero-1 至急応答願います。
    通信用のブレスレット(Ap○le watchの類似品)からの呼び掛けに、自転車で駅に向かうところだったジュンは立ち止まって通信ボタンを押した。
    ━━こちら zero-1 、中央管理センターどうぞ
    ━━鷹蝶駅構内に危険宇宙生物発生。通学中だと思いますが、すぐ近くなので向かって下さい。
    ━━わかりました。宇宙生物の特徴はわかりますか?
    ━━直径30センチ程度のスライムで、売店の飲み物を漁っているようです。
    ━━了解。すぐに向かいます。
    鷹蝶駅への最短ルートがブレスレットの画面に表示される。電車の発車時間も考慮すれば、自転車で直接行った方が早そうだ。
    馬に乗るのは目立つというので、それに代わる未成年でも乗れる自転車を練習していたのが役に立った。
    鷹蝶駅に着くと、構内のトイレで防護服を装着。zeroスーツと呼ばれるそれは全身シルバーの強化スーツで、あらかじめ自分の体をスキャンしておくことで自動的に肌に構築される。フルフェイスのヘルメットにはジェンティウス国王家の紋章が黒く刻まれ、かつて防護服の全てを手作業で装着していた頃の面影を残していた。
    ジュンは人だかりを見つけると、スライムを駆除するためのトリガーを構え人混みをかき分けていく。
「害虫駆除班です、道をあけて下さいっ 危険ですから離れて下さい」
    見ると駅のホームにある売店の、飲料水の置かれた棚がすっぽりとスライムに覆われている。
    赤色のスライムは消化液を吐く。これ以上被害が出ないよう、ジュンは早速スライムに効果のある光線銃を照射した。
━━……? こいつ、30センチって言ってたけど1メートルはある、いやもっと……
    光線銃は思ったほど効果はなく、スライムの表面を僅かに溶かしたに過ぎない。
    ジュンは根気強くスライムの駆除を続けるが、
「シャアアアッッ」
俊敏な爬虫類の威嚇声とともに、スライムが本来の姿を見せつけるような広がりを見せ、
「うぁぁっ!」
ジュンの視界は真っ赤に染まった。

    目の前に壁のごとく広がった赤色の波に抵抗する術はなく、ジュンの身体は押し倒され弾かれたトリガーが床に転がった。
    軽い脳震とうで一瞬のブラックアウトの後、再びメット越しに赤色の世界が広がる。
━━僕は、どうなって……?
    身体は全く動かない。ゴムのように伸びたスライムが重くのしかかって、一切の抵抗を封じられていた。
「zero-1 、応答願います。zero-1、応答してください、zero-1 ……」
    ブレスレットからの呼び掛けが耳元で虚しく響く。スーツ内に残った酸素も長くはもたないだろう。
    不安も恐怖もなく、ただ意識だけが薄れていく。赤く染まった世界の中で、微かに波打つスライム。消化液を分泌しているらしい。スーツの表面がぬるぬる滑るようになるのがわかった。既にスーツが溶け始めている。
    ジュンの頭にはあるワンシーンが浮かんでいた。科学者が正義のヒーローに残酷な言葉を投げる。宇宙人が、地球で暮らすのは不可能だ━━
    突如視界にばつ印が入れられて、ジュンはたちまち我に帰った。
    はじけ飛ぶスライム。
    目の前の少年が見ていたのは自分ではない、自分の上に覆い被さりそして消滅した、赤色のスライム。
    少年がニヤリと笑う、ジュンは戦慄が走った。
「俺、最強だぜっ!」

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