上 下
53 / 145
ノクスの章(ノクス視点)

ノクス・ウースィク(ノクス視点)~アナトレー帝国~

しおりを挟む
 王都に向かう馬車の中で聞いた外国の話にセイアッドが食いついてなぜかアナトレー帝国に行くことになってしまった。
 魚に並々ならぬ執着を見せたセイアッドは相変わらず食べる物には目がないんだろう。そのおかげで料理長の腕は上がっているし、美味しいものを食べられるのだからいい事なんだけれど。
 アナトレー帝国は四方を海に囲まれた島々で成り立つ国で、移動するには船しかない。初めての海に初めての船。初めての魚料理は美味しかった。
 セイアッドの視線が父に向いている。もしかして父の顔が好みなんだろうか。なんだかむっとした。
「セイ」
「ん?」
「僕、大きくなるからね」
「ん? うん」
 父の背を追い越すくらいに大きく。そんな私の頭を父が撫でる。
「そうだな。見ないうちにこんなに大きくなって。そのうち私の背も抜かれそうだな」
「ち、父上」
 嬉しいけど、今は。顔が熱くなる。
「セイはあまり大きくなりそうにないかな」
「父様!」
 伯爵は時々セイアッドの地雷を踏む。なぜだろう。

 アナトレー帝国は初めて尽くしだった。船には酔うし、海の匂いも独特。
 セイアッドは歓迎の晩餐で出された料理に夢中だった。輸入と栽培まで話を持っていっていた。料理長は厨房に入れることになった。

 アナトレー帝国の王女と王子は少なくとも、第二王子殿下より親しみやすかった。多分脳が筋肉でできていそうな感じだからだろうか。
 第二王子のリールは同い年で遊びに引っ張り出された。
 私はどうやら船に弱かった。その上、乗った船で海の魔物と戦う羽目になったり(王女があっさり討伐した)日焼けも初めてした。セイアッドは肌が弱いらしく火傷のようになってしばらく外出禁止になった。
 そこで私だけ引きずり回された。

「なんだよ。あれか? 好きな子といられないから機嫌悪いのか?」
「別に」
「あれだなあ。お前、外面いいのに心狭いなあ」
「ぐ」
「姉さんにとられちまうぞ? セイアッドを気に入ってたからなあ」
「なに?」
「姉さん強いからそんじょそこらの男とか目に入ってねえの。次期王は多分姉さんだ。じゃあ、嫁かってなるんだよな。可愛い女の子か、オメガの男を娶りそうなんだ。あれだろ? セイアッドはオメガだろ?」
「え? なんの男?」
「ありゃ知らねえのか? 子供を産めるのがオメガで産ませるのがアルファだろ? ベータは普通に女が産むけどよ」
「え? 男でも子供産むの?」
「はあ? だからセイアッドを囲ってるんだろ? お前」
「セイアッドが子供を産む? え?」
「王国では違うのか?」
「僕の母は女だし、セイアッドのお母さんも確か女だった」
「ああ、オメガの男は少ないからな。オメガは女がほとんどだから。いっとくがオメガの男はアルファにもてるからな。特にアルファの女に。姉さんはアルファらしいから、余計危険だぞ」
 頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。

「父上、話があります」
「なんだね? そんな怖い顔して」
 私はリールから聞いた話をした。
「ああ、こっちでは加護の儀関係なくその話をしているのか。うーん、仕方ない」
 父は第二の性の話をしてくれた。
「伯爵はね、セイアッド君がオメガだって確信を持ってるようだったからノクスとの婚約を考えてくれたんだよ」
「そうなんですか」
「でなければ男の子同士で婚約はしないからね。わかってる?」
「え?」
 父は乱暴に頭を撫でた。
「運命の番の話をしようか。アルファとオメガでは【運命の番】というのがあるんだよ。出会ったら、この人が伴侶だってわかるんだ。もう、その相手しか目に入らないし、失うと狂うほどだ。その相手からは好ましい匂いがする」
「匂い」
「ノクスはまだ、大人になっていないから詳しい話は省くけれど、セイアッド君からいい匂いがするんだろう?」
「うん」
「だからね。ノクスとセイアッド君は運命の番じゃないかと私達は判断したんだよ。でも、もしかすると違うかもしれない。だから婚約をしても仮の婚約になる。本当の婚約は二人の第二の性が確定した後だ。わかってくれるね」
「父上と母上は運命の番なの?」
「ああ。だから本当は外国に行くのは辛いんだよ。わかってくれるかい」
 父は私を抱っこした。ぎゅっと抱きしめられた。
「ノクスとエクラとも、会えないのも辛いんだよ。君たちは大事な家族だからね。次に会う時には背を越されるかもしれない。もう抱っこもさせてもらえないかもね」
 父にぎゅっとしがみついた。
「ノクスは大事な私たちの家族だってわかってほしい」
「うん」
「セイアッド君のことは伯爵とも相談しているよ。ノクスはセイアッド君と仲良くしていればいい」
「うん」
 父の気持ちが嬉しかった。

「セイはお婿にほしいくらい刺繍の腕があるわね」
「絶対にやらない」
「ノーちゃん……」
「心の狭い男は嫌われるわよ」
「う……」
「おーほっほっほ」

 去り際に耳打ちされた。
「セイはもてそうね。嫌われたら私がもらうわよ。嫌われないよう頑張りなさい。独占欲もほどほどにね」

 セイアッドに嫌われたら生きていけない。

 でもセイアッドは?

 私と同じ気持ちでいてくれるだろうか?

 それからは積極的に王子や王女と過ごすようにした。

「おお? セイアッド離れか?」
「なんとでも言え」
「まあまあ。俺、もしかしたら王国に行くかもしれない」
「え? 外交か?」
「まあ、そんなもんだ。そっちに貴族学院ってあるだろ? そこに留学に行くかもしれないんだ」
「そうなんだ。王女が来るんじゃないのか?」
「姉さんと兄さんは一応次期王候補だからな。スペアのスペアのほうが何かあっても傷は最小限になるだろ?」
「ああ、まあ、そうだな」
「そっちいったらよろしくな!」
「ああ、歓迎するよ」
 リールと友達になったかもしれない。私の初めての友人だ。

 だから、別れる時は泣きそうになった。セイアッドが泣いてたから、堪えることができたけれど。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

男を見る目がない私とゲームオタクな幼馴染

恋愛 / 完結 24h.ポイント:773pt お気に入り:7

転生したら召喚獣になったらしい

BL / 連載中 24h.ポイント:901pt お気に入り:2,173

飛竜誤誕顛末記

BL / 連載中 24h.ポイント:1,185pt お気に入り:4,982

愛のない婚約かと、ずっと思っていた。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,410pt お気に入り:669

【完結】愛とは呼ばせない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,757pt お気に入り:6,664

ディスコミュニケーション

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:1,079pt お気に入り:10

レベル596の鍛冶見習い

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,019pt お気に入り:15,274

白銀の人狼は生贄の王子に愛を捧ぐ

BL / 完結 24h.ポイント:2,094pt お気に入り:68

第一王女アンナは恋人に捨てられて

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,325pt お気に入り:20

【完結】 嘘と後悔、そして愛

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,311pt お気に入り:331

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。