執着執事〜御子息に盗聴器を仕掛けるのは執事として当然です〜

米穀店

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碓氷と瀬奈が初めて深い所で接触した翌日、
碓氷はいつも通りダイニングルームで加賀美家の朝食を準備していた。

ダイニングテーブルには既に清と章良がついており、それぞれが食事を摂っていた頃、少し遅れて瀬奈が入って来た。

「瀬奈様、おはようございます」
「っ、お、おはよ…」

瀬奈は普段と何一つ変わらない碓氷からの挨拶を短く交わすと、即座に彼から視線を外し、落ち着かない様子で章良の隣の席に座る。
明らかに自分に対し、よそよそしい瀬奈の態度を見て、碓氷は心の中で昂った。

「(く、くく…っ、明らかに私を意識されている。本当にお可愛い方だ、貴方は…)」

碓氷は瀬奈の頭の大部分を今、自分が占めているのだと考えると、喜びで顔がニヤつきそうになったが、何とか唇を引き伸ばして笑いを堪えた。

それから10分も絶たない内に瀬奈は自分の朝食を済ませ、立ち上がる。

「ごちそうさま、じゃあ学校行ってくる」

碓氷と空間を共にするのは居心地が悪かったのか、挨拶もそこそこに瀬奈はダイニングルームを後にした。そんな慌ただしい彼の様子を、清がおやおやと言った顔で眺める。

「何だ何だ?慌ただしいヤツめ」

瀬奈が出て行ったドアを見やる清に、コーヒーを楽しんでいた章良がクスッと笑う。

「大学に可愛い彼女でもいるのですかね、アイツももう大人ですし」

ソーサーにカップを置いた章良の言葉を受け、清がニヤリと笑った。

「瀬奈も一人前の男になったという訳か!そりゃあ良いことだ!」

ガッハッハと笑う清の前に、碓氷がコーヒーをコトリと置く。

「瀬奈様は1週間後に大学で定期考査があると伺っております。真面目で勤勉な瀬奈様の事ですから、大学で勉学に励んでおられるのでしょう」

淀みないAIの様な抑揚で碓氷が割って入った。
思いも寄らない方面からの反論に清がポカンとしていると、またしても章良がクックックと苦笑した。

「碓氷はお寂しいのですよ。少し前までまだ子供だった瀬奈が一気に大人になったものですから、“お兄ちゃん”としては置いていかれた気持ちになるのでしょう」

章良が、かつて小学生だった瀬奈付のフットマンとして従事していた碓氷の過去を持ち出し茶化してきたにも関わらず、眉一つ動かさない碓氷を見て、清がまたしても豪快に笑い出した。

「わっはっは!成る程!碓氷としては、瀬奈にはいつまでも“可愛い瀬奈”でいて欲しいのだな!」

更に高笑いする清からの冷やかしの追撃に対してすら、肯定も否定もせず、碓氷は黙々と給仕を続けるのだった。


***


それから午前の執務を終え、時間に余裕が出来た碓氷は自室の作業デスクに付き、盗聴器の音声をチェックしようと片耳のみイヤホンを装着した。

章良が言っていた“彼女でもいるのですかね”の言葉を、心の何処かで気にしていた碓氷は、瀬奈が今日は午前の授業のみだと聞いていた事から、誰かと落ち合うとすればちょうどこのタイミングだろうと踏んだのだ。

しかしその心配は杞憂だった様で、イヤホンの音に耳を澄ますと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

『瀬奈様!今日もお疲れ様でございました!』

この声は加賀美家に仕えるフットマン•柏原。
碓氷の直属の部下であり、現在は瀬奈付となっている、言わば碓氷の後任だ。

『お疲れー、今日もありがとうね』

どうやら柏原が運転してきた車に今から瀬奈が乗る所らしく、碓氷は瀬奈が寄り道もせず、真っ直ぐ屋敷へと帰って来る事を知り、一先ず安堵した。

エンジン音が聞こえ、車を走らせているであろう状況の中、柏原と瀬奈の他愛も無い会話が聞こえてきた。碓氷は瀬奈の近況も聞き出せるかもしれないと思い、一先ず盗聴を続ける。

『そう言えば柏原、最近“推し活”はどうなの?』

瀬奈からの問いを受け、柏原が待ってましたと言わんばかりに、活気よく話し出した。

『ちょうど昨日の歌番組に、新曲のプロモで出てたんですよ!』
『あー俺も見たよ!柏原の推しの子も良いけど、俺的には紫の子が1番好きかも!』

恐らく最近流行の女性アイドルについて話しているのだろう。
楽しそうな瀬奈と柏原の会話を頬杖を付きながら聞いていた碓氷は、ギリッと歯噛みした。

「(瀬奈様…その様な俗物に興味を持たれるとは、何と嘆かわしい…)」

歪んだ独占欲を膨らませる碓氷が聞いている事など露知らず、瀬奈と柏原は推しトークに華を咲かせる。

『実は今度のライブ、争奪戦だったチケットが何とか取れて、来週行く予定なんです!』
『えっそうなの?良いなー!』
『もし次のライブあったら、一緒に行きます?』

柏原の言葉に、碓氷は眉間へ深い皺を寄せた。

「(柏原め…その様な俗な催しに、瀬奈様を巻き込もうとするとは…)」

碓氷が自身の後任に柏原を指名したのは、勿論彼の努力や使用人としての才覚による所が大きいが、それと同じ位注視されたのが、“アイドルオタク”という点だった。
女性アイドルに熱を上げている柏原であれば、瀬奈に対し、余計な劣情を催す事は無いだろうと碓氷は踏んだのだ。

しかしその“アイドルオタク”という趣味が、この様な事態を招く事まで考えが回らず、碓氷は思いも寄らない脅威にチッと舌打ちをした。

「(彼には、少しお灸を据えなければなりませんね…)」


***


そうこうしている内に、加賀美家に瀬奈を乗せた柏原の車が到着した。
碓氷が玄関に出迎えへとやって来ると、ちょうど降りた所の瀬奈と鉢合わせした。

「お帰りなさいませ、瀬奈様」
「たっ、ただいま…」

碓氷を見てやはりたどたどしくなる瀬奈は、運転席から降りた柏原へ視線を向ける。

「あ、柏原ありがとね!また話聞かせて!」

柏原からの「かしこまりました!」という返事を聞くと、瀬奈は自分の部屋へと戻っていった。そんな彼に後ろ髪を引かれながらも、碓氷は柏原の前へと立った。

「柏原」
「っ、碓氷様…如何なさいましたか?」

怒りを含んでいるせいで、いつもよりドス黒いオーラを放つ碓氷に、柏原は思わず身がすくんだ。

「瀬奈様と良い関係性を築かれている様ですね、とても良い事だと思います、ただ…」

碓氷が一歩、柏原へと近付く。物理的に距離を縮められた上に冷徹な視線を向けられた柏原は、まるで蛇に睨まれたカエルの様に固まっている。

「あくまで瀬奈様は柏原にとって“友達”ではなく、“主人”なのです。距離感を間違えず、慎むべき所は慎むよう、重々気をつけなさい」

氷柱の様に冷たく、鋭い碓氷の言葉に、柏原は後頭部で冷や汗をかきながら、「かしこまりました…」と精一杯の返答をした。
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