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こうして碓氷と瀬奈2人だけの濃厚な“秘め事”は、夜な夜な行われる事となった。
一貫していたのは、行われるのはあくまで瀬奈が求めた時のみで、そこに碓氷の意志は無いという点だ。
今もまた、夜に疼く身体を持て余した瀬奈が碓氷を呼び付け、“処理”を施してもらった直後だった。
「それではお休みなさいませ、瀬奈様」
そつなく少しだけ乱れた服を整え、眼鏡を掛け直す碓氷を何気なくベッドの上で眺めていた瀬奈が、ふと気になる事を投げ掛けてみた。
「あのさぁ、碓氷」
「何でございますか、瀬奈様」
言いにくい話なのか、少し躊躇する様子を見せる瀬奈。
「碓氷はさぁ…俺が、エロい気分になった時に…こうして、来てくれる訳じゃん?」
「?それが、如何なさいましたか?」
要領を得ない瀬奈の言葉を受け、何事かと首を傾げながら碓氷が彼へと向き直す。
直視された瀬奈は目を泳がせつつも、話を続けた。
「碓氷が…エロい気分になった時は、どうしてるのかなぁ…って」
思いがけない瀬奈からの質問に、普段はポーカーフェイスを貫く碓氷がわずかながら動揺した表情をするも、少し考える様子を見せた後、瀬奈へ頭を下げた。
「瀬奈様…誠に恐れ入りますが、その様な個人的な事柄につきましては、お話しするのを控えさせていただきます」
つまりプライベートな質問には答えないという事だ。
「…ふ~ん…」
碓氷のこの素っ気ない回答が、まるで自分を突き放したかの様に感じた瀬奈は、子どもの様な不機嫌顔になり、「あっそ」と唇を尖らせた。
「俺のプライベートにはずかずか踏み込んでくるクセに…分かったよ、もー聞きませんっ」
そう言うと瀬奈はふんっとそっぽを向き、部屋から出ようとした。
「瀬奈様、どちらへ?」
「風呂。もう帰って良いよ、じゃあね」
つっけんどんな態度で碓氷の方を振り返る事も無く、瀬奈はさっさとドアを開けて部屋を後にした。
残された碓氷は、はぁ…と小さく溜息を吐くと、瀬奈に続いて部屋を出て、自室へと戻っていった。
***
瀬奈が簡単に入浴を済ませて脱衣場へと戻り、何気なく鏡を見ていると、胸元に赤い痕が付いているのを発見した。
「ぅわっ…碓氷のヤツ、こんなの付けやがってぇ」
それはさっきまでの情事中に、碓氷が付けたであろうキスマークだった。
服を着た状態では分からないものの、脱いでしまえば一目瞭然といった場所に刻み込まれている。
「自分はこんな事してくるクセに、俺が聞いたら逃げるんだから」
「…折角、心配してあげてんのに…」
ん?
瀬奈は自分が言った筈の言葉に、疑問を浮かべた。
「何で俺、碓氷のそんな所気にしてるんだろう」
「心配する必要なんて、無い筈なのに…」
無意識に碓氷の事を気に掛けた自分に困惑しつつ、瀬奈は鏡に映るキスマークを指でなぞる。
その痕を不思議と嫌に感じない自分にもまた、瀬奈は戸惑いを隠せないのだった。
***
一方その頃、自室へと戻った碓氷は、個人的に置いているリクライニングチェアへ腰掛け、一息吐いていた。
「さて、と…」
碓氷がおもむろに近くにあったミニチェストを引き出すと、中にあったイヤホンを自分の耳へと装着する。
碓氷が別の機器をいじると、イヤホンから馴染みのある声が聞こえてきた。
『碓氷ぃ…』
瀬奈が扇情的な甘ったるい声で碓氷の名前を呼んでいる。
次にゴソゴソと衣擦れの音が聞こえると、またしても瀬奈の声が聞こえてきた。
『ぁんっ♡い、きなり…そんなトコ…』
『ぅうん♡気持ち、ぃっ、からぁ…も、っと、ぉ…っ♡』
「あぁ…何て魅惑的な声なんだ…」
碓氷がリクライニングチェアに深く寝そべりながら聞いていたのは、盗聴器により採取した、さっきまでの秘め事により上げていた瀬奈の艶かな声だった。
最初はその嬌声を、目を閉じて堪能していた碓氷だったが、しばらくすると自身のズボンのベルトをカチャカチャと外し、ズボンのチャックを下ろして自身の陰茎を手に取ると、ゆっくり、ゆっくり、扱き始めた。
「(瀬奈様…先程までの私との淫行で見せたお顔、目を閉じるとまるでそこにいるかの如く、目に浮かんできます…)」
碓氷は耳へ直接入ってくる瀬奈の声と、記憶による瀬奈の淫らな姿によって、自身の性的不満を解消していた。
瀬奈が碓氷でしか満足出来なくなってしまったように、碓氷もまた、瀬奈の乱れた姿でしか興奮出来なくなってしまったのだ。
『はぁ♡はぁん、あっ、あ、あんっ♡』
「…くっ…」
瀬奈の声が大きくなり、激しさが増すのに比例して、碓氷も手の動きを速める。
「(あぁ、瀬奈様…共にイキましょう。どうか私と1つに…!)」
『もっ、イク!あっ、あっ、あああああんっっ♡♡』
「…っ!……」
瀬奈が絶頂を迎えた所で、碓氷も近くのティッシュを手早く取り、その中へ射精した。
***
自慰を済ませ、自室の専用シャワーを浴びる碓氷は、先程瀬奈から聞かれた問いを思い返していた。
「“どうしているのか”か…」
「“言える訳が無いでしょう、貴方の喘ぎ声を録音して、それで解消している”なんて」
碓氷は自慰にふける自分と、盗聴器で聞こえてくる愛撫を受け悶絶する瀬奈を重ね合わせ、まるで瀬奈とセックスをしているかの様な疑似体験を味わっていたのだ。
「いつか本当の意味で、瀬奈様と1つになれたら…私はその場で絶頂…いや、絶命するやもしれないな」
自分で言っておきながら、碓氷は1人、濡れた身体でフッと呆れた様な笑みを浮かべるのだった。
***
翌日の朝、碓氷はいつも通り加賀美家の執事として、使用人全員が参加する朝礼にて指揮を取っていた。
「それでは皆様、本日もよろしくお願いいたします」
冷徹ながらも精悍な顔つきで使用人を束ねる碓氷の姿を見て、使用人の中には上の者に対するそれとは違う、熱い眼差しを向ける者も少なくはなかったのだ。
***
ある時、碓氷が屋敷内の設備を点検していると、1人のメイドが近付いてきた。
「碓氷様、お疲れ様でございます」
しとやかに歩いて来たメイドへ、碓氷が微かに笑みをたたえる。
「あぁ、お疲れ様」
碓氷の上品な笑顔を見たメイドがくすっと笑うと、更に碓氷へ近付いた。
「碓氷様ったら、いつになったら私のお誘いに応じて下さるのですか?」
メイドが上目遣いをしながら、甘ったるい声を出して碓氷の身体と自分の身体を密着させる。
一方の碓氷はそんな彼女を制する事はせず、終始にこやかな笑みをたたえつつも、やんわりと身体を離した。
「大変申し訳ございませんが、私は今加賀美家の執務が立て込んでおり、すぐにはお受けいたしかねます」
表情は柔らかいものの、断り方ははかっちりとした形式的な文言だ。
拒否されたにも関わらず、よほど自分に自信があるのか、メイドは引き下がる気配を見せないどころか、頬を膨らませながら再度碓氷へ身体をくっつける。
「嘘仰らないで、最近はしょっちゅうご自分の部屋に籠って何やらなさっているのも知ってますのよ?」
「自室でデスクワークをさせて頂いているのですよ」
子息を盗聴しているなど言える訳もなく、適当に交わす碓氷へ痺れを切らしたメイドが、遂に碓氷の腕に自分の腕を絡ませた。
「碓氷様ったらお仕事ばかりで、少しは“息抜き”も必要ですわ…宜しければ、この私が“お手伝い”させて頂きますわよ?」
ピクッ
色っぽい視線を投げかけるメイドに、僅かに碓氷の表情が動いた。
しかし即座に表情を貼り付けた様な微笑に戻すと、絡まっていたメイドの腕からするりと抜け出した。
「こんな所をメイド長に見られてはマズイのでは無いですか?彼女は仕事熱心ですからね」
若いメイド達からすればいわゆる“お局様”であるメイド長の名前を出され、メイドはぐっ…と一歩引き、下唇を噛んだ。
「もうっ、お堅いのねっ」
プリプリ怒るメイドだったが、そんな彼女へ今度は碓氷が近付いていき、唇を耳元まで持っていって、そっと囁いた。
「“楽しみ”は、最後に取って置きたい性分なのですよ」
「…っ、」
碓氷が掛けた甘い言葉にメイドは陥落した。
獲物を狙うネコの様にニヤリと妖しい笑みを浮かべ、碓氷の肩にもたれかかり、その頬を艶っぽく撫でる。
「お待ちしておりますわ、碓氷様」
そう言うとメイドは碓氷から離れ、自身の持ち場へと戻って行った。
メイドの姿が見えなくなると、碓氷はさっきまで微笑みをたたえていた顔から一変して顔をしかめ、まるでさっきまで肩に虫がとまっていたかの様に服の袖辺りを手でさっさと払い落とすと、はぁっと短く深い溜息を吐いた。
「(全くこれだから女は…黙って仕事だけしてれば良いものを)」
碓氷は忌々しそうに心中で愚痴を零した。
瀬奈という理想の頂点が存在する碓氷にとって、他の女性は恋愛感情に値しない。むしろ自分を狙ってくる女性は、自分の周りをたかってくる虫程度の存在でしかないのだ。
碓氷がメイドからの色付いた“お誘い”に対し、表情をピクッと一瞬だけ変化させたのも、メイドの色気に籠絡され腑抜けた為では無く、メイドの言動に虫唾が走った事による歪みからだった。
それなのに、何故碓氷はこういったお誘いを拒否せず、むしろその先があるかの様にのらりくらりと交わしていたのか。
それはやはり、瀬奈に向けられる女性からの視線を、出来るだけ逸らせる為だった。
日本有数の名門である加賀美家には多くの使用人がおり、若い女性の多いメイドがその大多数を占めている。
若くて整った顔立ち、そして秀でた家柄に育った瀬奈に対しメイド達が異性として興味を持つ事の無いよう、可能な限り碓氷は自分が盾になろうとしているのだ。
それでも、好きでも何でも無い異性からのアプローチ…しかも身体を触れられるのは流石の碓氷も精神的に疲弊してしまう。碓氷がまたも深く溜息を吐くと、その頭に思い浮かべたのは、瀬奈の姿だった。
「(…瀬奈様にお会いしたい、あの滑らかな肌に触れたい…)」
これまではあくまで執事からの“奉仕”として、瀬奈と密接な関係を築いていた。しかし今、碓氷は初めて自分から瀬奈を求めてしまったのだ。
もちろんこれは執事として許される事ではない。
碓氷がどれだけ瀬奈を求めても、瀬奈が碓氷を求めない限り、碓氷は身動きが取れないのだ。
「(瀬奈様、お願いします。今宵どうか、私と…)」
碓氷の切ない心の叫びは、瀬奈はおろか、誰に届く事も無いのだった。
***
それから少し前の事、柏原の運転する車が瀬奈の大学へと到着していた。
「瀬奈様、お疲れ様でございます!」
柏原が小走りで自分の元へと駆け寄って来る瀬奈を見つけると、一礼し労をねぎらった。
「ごめんごめん、今日休講なの忘れててさ」
2コマのみだった本日の授業の内、まさかの2時間目が休講だったのをすっかり忘れていた瀬奈は、慌てて柏原へ迎えの連絡を入れていたのだ。
突然の要請にも柏原は嫌な顔1つせず、校門前で瀬奈の帰りを待っていた。
「お気になさらないで下さい!どうぞ瀬奈様」
瀬奈が柏原の開けてくれた、助手席のドアから入って中へと入る。
続いて柏原も運転席へ乗り込み、車を走らせた。
***
柏原の運転する車が屋敷へと向かう間、瀬奈はしきりに柏原へ急な連絡を入れてしまった事を詫びていた。
「ほんとにごめんね、連絡遅くなっちゃって」
合流してから謝りっぱなしの瀬奈に、柏原はフフッと苦笑する。
「も~だから大丈夫ですってぇ、何をそんなに気にしてるんですか?」
何気ない柏原からの質問に、瀬奈が誰かの顔を思い浮かべたのか、斜め上を見やる。
「碓氷がめちゃくちゃうるさかったからさぁ、それこそ門限とか設定されて、過ぎたらクドクド言われてたし」
「…あ~…」
柏原は瀬奈の言葉を聞いて、先日受けた碓氷からの厳重注意を思い出すと、思わず背筋をピンと伸ばした。
「でも瀬奈様って、めちゃめちゃ碓氷様に愛されてますよねぇ~」
「、えっ?」
まさか夜の秘密がバレたのか!?
そう思い慌てる瀬奈だったが、柏原はそうでなかったらしく、のんびりした様子で話を続ける。
「だって俺が瀬奈様付けとして引き継ぎが行われた時、それはそれは細かい所まで碓氷様から叩き込まれましたからねぇ。俺からしたら自分の家族とか彼女でも、そんなに把握してないぞ!?って感じでしたよ」
「…へぇ…」
冗談っぽく笑う柏原とは対照的に、今の今まで知らなかった碓氷からの献身的なエピソードに、瀬奈はうっすら頬を染める。
「(…碓氷ってずっと仏頂面だから分かりにくいけど、お父様や兄さんよりも、誰よりも一番、俺の事理解してくれてるんだよなぁ…)」
近くにい過ぎて気付かなかったが、誰よりも側にいて、誰よりも自分を大切にしてくれる…そんな碓氷が、自分にとってもまた大切な存在だったのだと、今になって瀬奈は気付いたのだ。
「(…昨日素っ気ない態度取っちゃって、悪い事したな…)」
無性に碓氷に会いたくなり、そして昨日のぞんざいな態度を謝罪したい。
瀬奈がそう思っていると、車が屋敷へと到着した。
「それでは、私は車を車庫に停めて参りますので」
柏原は一礼すると、また運転席へと戻って行った。
瀬名はというと、自分の部屋へと向かいつつ、キョロキョロと辺りを見回している。
「(碓氷、仕事中だろうなぁ)」
今は言えないかもと瀬奈が半ば諦めていると、中庭の方に長身の男性…碓氷がいるのに気付いた。
「あ、碓氷…、っ」
近寄って声を掛けようとした所で留まった。
遠くからでは見えなかったが、碓氷の近くに1人のメイドがおり、何と腕を絡ませているのだ。
「っ…えっ!?」
碓氷とメイドは一旦離れたものの、今度は碓氷の方からメイドにくっつきそうな程顔を寄せている。
明らかに同僚の距離感では無い2人の様子に、瀬奈は居た堪れない思いがして、碓氷へ声を掛ける事も無く、その場を後にした。
***
自分の部屋までスタスタと歩いている内に、瀬奈の心の中で、鬱屈した気持ちが大きく膨らんでいく。
「(何だよ碓氷のヤツ、やる事やってんじゃんか)」
瀬奈は昨日の「プライベートには答えられない」という、碓氷からの返答を思い返していた。
さっきのメイドとのやり取りが碓氷の言うプライベートなのかと解釈した瀬奈にとって、一番近い存在と思っていた筈の碓氷が、今となっては一番遠い所にいる。
そう思い立った所で瀬奈は立ち止まった。
それなら、今まで碓氷は自分に行なっていた“奉仕”を、どういうつもりでやっていたのか?
「(まさか、本気で執事として俺を満足させようとしてただけ…?)」
碓氷が夜な夜な自分で愛でてくれていたのは、自分への愛情なんてものでは無く、単なる執事としての責務…
引いては、由緒ある加賀美家の息子がおかしなトラブルでも起こさない様に、内々で処理を行いたかっただけなのではないか。
「碓氷にとって、結局俺は“主人のご子息”でしかないのか…」
考えがそう至った時、瀬奈は言いようの無い失望感に陥った。
***
それから半日中、瀬奈は徹底的に碓氷を避け続けた。
屋敷の廊下ですれ違う時も、食事の席でも、瀬奈は最低限の会話のみで、それ以外は目線を合わせる事すらしなかった。
もちろんそんな瀬奈の変化に、碓氷が気付かない訳が無い。というより、メイドとの一件によりいつも以上に瀬奈を欲していた事から、普段よりも過敏に反応していたのだ。
「(瀬奈様…どうして私を避けるのですか?私はこんなにも、瀬奈様を求めているのに…)」
表面上はポーカーフェイスを装っていた碓氷だったが、その内面は瀬奈を想う余り、精神的にボロボロの状態となってしまっていた。
***
夜が更け、今日という1日が終わりを迎えそうな頃、風呂上がりの瀬奈は廊下を渡って自室へと戻ろうとしていた。
しかし曲がり角を曲がった所で、今一番会いたくなかった人物がそこに立ち塞がっていたのだ。
「っ!?う、碓氷…」
「……」
碓氷は何も言わないまま、しかし獲物を捕らえる様な冷たい視線で瀬奈を見つめている。
突然現れた碓氷に最初こそ怯んだ瀬奈だったが、向こうからアクションを仕掛けてこないお陰で段々と平常心が戻ってくると、日中と同じ様に素っ気ない態度で「おやすみ」とだけ伝え、前を横切ろうとした。
「お待ち下さい」
碓氷が立ち去ろうとした瀬奈を、静かながらも強い声色でせき止めた。
未だ鋭い眼差しで、瀬奈を捉えている碓氷。その目の中には怒りにも悲しみにも見える感情があり、冷徹ながらも熱量を帯びるその視線を受け、瀬奈は思わず目を逸らし、「…何?」とぶっきらぼうに問い掛けた。
「瀬奈様。私に対し、何かご不満があるのではないですか?どうか忌憚のないご意見をお聞かせ下さい」
「…っ…」
執事としての碓氷は完璧で、文句など1つも無い。
不満と聞かれ、強いて挙げるなら“自分への愛情が執事の責務によるものだったのが許せない”という点だ。
しかしそんな不満など言える筈もない、勝手に勘違いしたせいで生まれた碓氷への感情を今打ち明けてしまえば、ただでさえヒビ割れた自分と碓氷の関係性が完全に壊れ、更には加賀美家内部の問題に関わってくる。
「不満?そんなの無いって、碓氷は優秀だし、いつも助けてもらってるから」
本音を隠して仮初めの感謝を伝え、その場を後にしようとする瀬奈だったが、もちろん碓氷が聞きたかったのはそんな上辺だけの言葉では無い。碓氷は自分の身体を壁にして尚も瀬奈の行く先を阻む。
「それでは何故、貴方は私がまるでここにいない様な態度をなさっているのですか?今もまた、私を見ようともなさらないでは無いですか」
食い下がってくる碓氷に対し、瀬奈は段々と苛立ちを覚えてきた。
「(何で、何でそこまで、俺の事を気にしてくるんだよ、裏ではメイドと楽しくやってるクセに)」
「(結局碓氷は俺が心配なんじゃなくて、加賀美家を心配してるだけなんだろ?だったら……)」
「うるさいな!俺がどう思ってようが、碓氷には関係無い!」
碓氷は目を見開き、固まってしまった。
「関、係…無、い…」
瀬奈から投げかけられた言葉をブツブツと世迷い言の様に反芻する碓氷。
明らかにショックを受けているその異質な様子を見て瀬奈は一瞬後悔し、余計に碓氷の顔を見られなくなってしまう。
「…ご、ごめん、おやすみ…」
碓氷から逃げようと、彼の横を通り抜けようとしたその時だった。
「っ、ぅわっ!?」
碓氷が虚ろな目で前を見据えたまま、右腕だけを横に伸ばして瀬奈をせき止め、そのまま彼を片腕で捕まえた。
「っ、離せよ!」
碓氷の腕から逃れようとするも、彼の呆然とした姿から考えられない力で囚われ、身動きが取れない。
瀬奈はその力強さもだが、いつも瀬奈を宝物の様に扱い接してくれていた碓氷が、力任せに自分を制するその様子に、ショックを隠せなかった。
「、っ!?ちょ、どこ行く…!」
碓氷が何も言わないまま、瀬奈を片手で掴んだまま歩を進めていく。瀬奈は後ろへ転倒しないよう、否が応でも後ろ歩きで並走させられてしまう。
執事としての立場を重んじていた碓氷が、清や章良を含めた誰かに見られる恐れのある廊下で、子息である瀬奈を力任せに引っ張っていく。
明らかに異常である彼の行動を受け、瀬奈は恐怖に近い不安を抱くのだった。
***
しばらく屋敷内を歩き碓氷が立ち止まったのは、碓氷のプライベートルームである執事専用の部屋だった。
初めて見る碓氷の私的空間に、瀬奈がつい部屋の中をキョロキョロ見渡していると、掴まれていた腕によって碓氷に身体ごと振り投げられ、部屋の中心まで追いやられた。
「う、碓氷…」
碓氷のただならぬ様子にすっかり怖気づいた瀬奈が彼の方を振り返ると、先程までの憂いを帯びた瞳のまま、碓氷が口を開いた。
「瀬奈様、私は…
あなたを、ずっと、愛しておりました」
「…え?」
先程までの手荒な行動から、うって変わった言葉に驚く瀬奈にも構わず、碓氷が言葉を続ける。
「執事として、ではございません。1人の男として、貴方に恋愛感情を抱いております」
「え、え?」
何故今それを言う?そもそも碓氷にはメイドがいた筈では?じゃあ今まで俺とやった事は…?
瀬奈の中で様々な疑問が浮き上がり、頭がパニックになる。
「しかし私は加賀美家の執事、お仕えする貴方にその様な感情を抱く事など御法度でございます。しかしそれでも…私は貴方の側にいたかった…だからこそ、執事として側にいる事を選びました。たとえ報われる事が未来永劫無かったとしても」
「う、碓氷…」
碓氷からの真っ直ぐな告白に、瀬奈の中でさっきまで溢れていた疑問の数々が消え去っていき、心が温かくなっていくのを感じる。
自分が碓氷を大切…恋愛感情として大切だと思う様に、碓氷も同じ感情を抱いてくれていたのだ。
「あ、あの、俺も…「しかし」」
瀬奈の言葉を遮るように、碓氷が言葉を被せた。
その声色は、さっきまでの温かい愛の告白から一変して冷たく、そして肉食動物の様に強く鋭い。
「貴方は、そんな私を無き者の様に扱い、更には私の存在を自分にとって“関係無い”と、言い切った」
「そ、それは…」
反論しようとするも、野獣の様な碓氷の目に睨まれ、身動きどころか声すら出せない。
「私はずっと耐えていたのですよ?」
碓氷が1歩、瀬奈へと近付いた。瀬奈は捕食される寸前の動物の様に碓氷から目を離さないまま、1歩後ずさると、碓氷がフッと馬鹿にした様な笑みを投げた。
「美しく瑞々しい貴方にどれだけ劣情を催しても、私は自分から貴方を誘い、抱く事はしなかった。貴方はいつも私を求め、私に身を委ね、快楽を貪っていたというのに」
「、な……っ!」
屈辱的な物言いをされ、腹を立てた瀬奈が言い返そうとした所で、右上腕を掴まれ、ギリギリと力を入れられる。
「い…痛っ、」
碓氷ってこんな力強かったの?
いつも穏やかな感じだったから、まさかこんな……
「全ては執事として、貴方の平穏を守る為だった。しかし……
“関係無い”のであれば、もう全てどうでも良い」
「っ!?ん、んぅ…っ!」
掴まれていた腕をいきなり引かれた瀬奈が、勢いづいたまま碓氷の胸の中へ収まると、逆の手で後頭部を掴まれ、強引に唇を奪われた。
「んっ、ん…あ、はぁ…」
初めは食む様なキスだったのが、碓氷の舌で唇を無理矢理こじ開けられ、そのまま口内へと侵入してきたそれが歯列をなぞり、瀬奈の舌へと絡みついてくる。
「(く、苦しっ、けど……
気持ち、良い…)」
「、ぷはっ…」
しばらくして碓氷の唇から解放されると、瀬奈は口の周りを涎で濡らしながらはぁ…はぁ…と息を荒くし、頬を上気させ目をとろんとさせてしまう。
そんな瀬奈の頬を撫でながら、碓氷は彼を片手で抱き締めながら妖しい目で舌舐めずりした。
「あぁ、そんな顔をして…更に私を欲情させる気ですか?」
「ち、違…」
「瀬奈様…貴方の意思などもうどうでも良いのですよ。私は私の欲望のまま、貴方を抱かせて頂きます」
「っ!?」
今から、碓氷に抱かれる……
動揺する瀬奈だったが、その一方で、好きな人にこれから抱かれる事に、胸を高鳴らせているのも事実だった。
「へっ?ぅわっ!」
突然碓氷が瀬奈をお姫様抱っこすると、側にあったベッドへと下ろす。
ベッドの中心で横になる瀬奈に碓氷は何の許可も得ず、無表情で彼のズボンのベルトを外すと、荒々しくズボンを下へずり下げた。
碓氷に抱かれるという期待感で何をせずとも半勃ちになっていた瀬奈の陰茎を碓氷は一瞥するも、あえて“それ”へ触れようとしない。
「う、碓氷…?」
いつもなら何も言わずとも、瀬奈を快感へ導いてくれる碓氷を潤んだ目で自分を見る瀬奈に、碓氷はまたもフッと乾いた笑みを零した。
「言ったでしょう?貴方の意思は関係無いと。“ここ”はいやらしくおねだりしている様ですが」
ピンッ
「ひゃあんっ♡」
先端を指で弾かれ、思わず反応する瀬奈に、碓氷がニヤァ…と妖しい笑みを浮かべる。
「全く…本当に貴方は淫乱ですね。それなら、“こっち”は如何ですか?」
「っ、え!?」
碓氷に両脚を掴まれ宙に浮かされると、そのまま顔の両端まで上げられた。
いわゆる“ちんぐり返し”の体勢にされ、瀬奈が恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にさせる。
「はっ、恥ずかしぃ、からぁ…」
「ふふっそうでしょうね、恥ずかしい所が私の前で全て顕になっていますよ?」
「いやぁ、見るなよぉ…」
両手で赤い顔を隠す瀬奈を見て、支配欲が刺激され満足げに笑う碓氷。
「見ない訳にはいきませんよ。これからたっ…ぷり、可愛がってさしあげます故…」
そう言うと、碓氷は瀬奈の割れ目に顔を埋め、硬い蕾を舌で突いた。
「ひゃっ!!ぁあんっっ♡」
初めて受けた刺激に瀬奈は背を弓なりに反らして反応する。
碓氷はしばらく舌で蕾を弄ると、舌で蕾をこじ開け、ナカへと侵入した。
「ぁあっ♡ちょ、待っ、やばっ……ぁあん!!♡」
舌をナカで縦横無尽に動かしつつ、空いていた手で瀬奈の陰茎を掴み、扱き始めた。
二重で押し寄せる快感に、瀬奈は記憶が飛ぶ勢いでただただ嬌声を上げている。
「あっ♡もっ、もう、イっちゃ、うぅん♡」
「はぁ、仕方ないですねぇ…っ」
碓氷が扱く手を速める。
「あっ、ぁああああんっっ♡♡」
瀬奈が絶頂を迎えると、陰茎から出た液がその真下にあった瀬奈の顔へと飛び、その美しい顔を汚した。
「うぅ…」
「あぁ、美しい…」
瀬奈の汚れた顔を見て異常な興奮を覚えた碓氷は、瀬奈の顔に付いた液を瀬奈の頬ごとべろりと舐め取ると、液を付けた指をナカへと滑り込ませた。
「う、碓氷待っ……あっ♡あぁっ♡」
秘部に蠢く指がちゅぷちゅぷといやらしい水音を立てる。
しばらくゆっくりと動かし、ナカが慣れた所で1本、また1本…と指を増やしていく。
「瀬奈様…もう3本目ですよ?私の指を美味しそうに咥え込んで…」
「はぁっ♡はぁん、あぁん、はぁ♡」
碓氷からの言葉責めにも反応出来ない程、瀬奈は秘部への愛撫によって頭が真っ白になっていた。
その反応をしばらく楽しんでいた碓氷だったが、瀬奈のナカが十分に解れたのを確認すると、ちゅぷん…と指を引き抜いた。
「ひゃだぁ…もっと、してぇ…♡」
ピクピクと目をハートにしておねだりする瀬奈を、もはや狂気的と言える微笑みで見下ろす碓氷は、自身のズボンのベルトをおもむろに外すと、チャックから自身の陰茎を顕にさせた。
「雌犬は雌犬らしく、相応しい体勢におなりなさい」
いつもと立場を逆転させた碓氷が命令しながら、瀬奈をうつ伏せの姿勢にさせると、腰を上げさせ、四つん這いにさせる。
ハァハァと呼吸の荒い瀬奈の、ヒクヒクと卑猥に蠢く秘部に、碓氷が自身の陰茎をあてる。
「瀬奈様…どうか私の“愛”を、残さず全て受け取って下さい…」
…つぷ、っ
「っ、おっきぃ、の…だめ、あ…あっぁあああん♡」
瀬奈のナカに碓氷の陰茎がにゅるっ、と全て挿入された。
「あはっ…あははははっ、、瀬奈様、瀬奈様…ついに1つに…」
恍惚の表情で、碓氷が激しく瀬奈の臀部へ腰を打ち付け、パンッパンッ…と部屋に乾いた音が鳴り響く。
「ぁあっ♡しゅごっ、ナカ、いっぱいぃっ♡」
「あぁ…何てお可愛い…私を離すまいとこんなにきつく締め付けてくるなんて…」
四つん這いの瀬奈をホールドする形で後ろから抱きかかえ、挿入を繰り返しながら碓氷が瀬奈の耳に口元を寄せ、べろりと耳たぶを舐め回す。
「ひゃうっ!耳、らめぇ…」
「それでは、こちらが良いですか?」
「ひゃああんっっ♡」
碓氷が瀬奈の両乳首を指で摘み、グニグニと押し潰した。
「ふふっ、貴方の弱い部分は全て把握していますよ。どれだけこの身体を可愛がってきたと思っているのですか?」
「はぁっ♡もっ、おかし、なりっ、そう…っ♡」
秘部の奥の奥を激しく刺激され、更に自身の性感帯を苛められ、快感のあまり発情した動物の様にだらしなく舌を出して喘ぐ瀬奈を見て、碓氷は満足げに笑った。
「はははっ、これほど恥辱にまみれた貴方を、屋敷の人間に見せたら驚愕するでしょうね」
「やらぁ…、言わない、でぇ…っ」
「勿論ですよ、こんなに妖艶で愛苦しいあなたを他の誰にも見せはしません。何故なら貴方は私だけの物なのですから…ねぇ、そうでしょう?」
碓氷がまた瀬奈の耳元に顔を寄せると、今度は官能的に囁く。
「答えてください、“加賀美瀬奈は碓氷だけの物だ”と、“碓氷、愛してる”と。言わなければ、ここで止めてしまいますよ?」
「ふっ、ふぇぇ…」
培った“経験”で、瀬奈がイク寸前であると分かっていた碓氷は、瀬奈が絶頂を迎えられないよう激しく動かしていた腰を、わざとゆっくりに減速した。
イキたいのに刺激が無くなってしまい、瀬奈はいやらしい目で碓氷を求める。
「やらぁ…碓氷、もっとぉ…」
「答えられない悪い子には、ご褒美はあげられませんねぇ…」
「いやぁ…」
碓氷がニタリ顔のまま、まるで子どもに、自分を求める瀬奈の頬をゆっくりと撫でる。
「碓氷ぃ…」
「…はい…」
涙目で自分を見つめながらたどたどしく話す瀬奈に、碓氷が興奮のあまり見開いた目で頷く。
「碓氷ぃ…愛してるぅ…」
「瀬奈は…碓氷だけの物だからぁ…お願いぃ…」
「っ!!ぁああぁぁっっ♡♡」
ズンっ…と一気に奥へと突き上げられ、碓氷の腰が先程とは比べ物にならない速さで激しく瀬奈を打ち付ける。
「瀬奈様…私も、私も…貴方を愛しております」
「あっ、あっ、あああっ♡せっ、瀬奈も、しゅ、しゅきぃぃっ♡♡」
「あぁっ、も…出る…っ、瀬奈様…私の、全てを…貴方の…ナカに…どうか…っ」
「ぁああっ、瀬奈も、イっちゃ…ぁうんんっ…♡」
「…ぐ…っ!」
「あっ…ぁああああんっっ!!!♡♡♡」
2人同時に絶頂を迎え、碓氷の“愛”が、瀬奈のナカへと一気に注がれた。
***
身なりを整え、いつもの完璧な執事の姿になった碓氷は、ベッドで目を閉じ横になる瀬奈に目をやった。さっきまでの情事で乱れていた服は、碓氷によって綺麗に整えられている。
「(何とか事後処理はしておいたから、明日にそこまで支障は無いと思うが…
とんでもない事をしてしまった…)」
瀬奈に「関係無い」と拒絶され、ショックで我を忘れてしまったとはいえ、加賀美家の執事として、そもそも人として、許されざる行為をしてしまった。
いわゆる“賢者モード”で冷静さを取り戻した碓氷は、後悔してもしきれない面持ちで、未だ夢の中にいる瀬奈を見つめた。
「“瀬奈様と1つになれたら絶命するかもしれない”と冗談めいて言っていたが…まさか“執事·碓氷”を絶命させる事になるとはな…」
フッと自嘲していると、ベッドの上で瀬奈がモゾモゾと動き始めた。
「…碓、氷…?」
目を覚ました瀬奈が未だ横になったまま名前を呼ぶと、碓氷は素早い反応でベッドの横に膝を突き、瀬奈と同じ目線になった。
「瀬奈様、お身体は大丈夫ですか?」
「う、うん…大丈夫…」
少し赤く染まった瀬奈の頬にも気付かないまま、碓氷は頭を垂れた。
「瀬奈様、本当に申し訳ございませんでした」
「え?」
瀬奈から起きてすぐの謝罪に、瀬奈が思わず上体を起こす。
「この様な形で加賀美家ご子息である貴方に無慈悲な仕打ちをしてしまったのは、私の不徳の致す限りでございます。この碓氷、どんな罰でも慎んでお受けする所存で……」
「ちょ、ちょっと待って!」
碓氷の真面目さ故の暴走に、瀬奈が慌てて飛び起きた。。
「瀬奈様?」
「何で?俺、言ったじゃん」
「言った、とは?」
「あ、あ…“愛してる”って…」
さっきまでの自身の痴態を思い出して顔を茹でダコにする瀬奈。
碓氷にとってあの“愛してる”は、自分が無理矢理言わせた言葉だと思っていたが、あれは紛れも無く瀬奈の本当の気持ちだったのだと聞かされ、驚きと感動で目を見開き、瀬奈を見つめた。
「瀬奈様…本当ですか?」
碓氷に熱い視線を向けられ、瀬奈が恥ずかしそうに下を向く。
「なのに…メイドと仲良さそうにしてるの見ちゃったから…何か悔しくて、無視しちゃった。碓氷ごめ……っ!」
最後の謝罪も聞かず、碓氷は瀬奈を抱き締めた。
「申し訳ございません…あれは、実は…瀬奈様をメイド達に取られぬ様、つまらぬ細工をしただけでございます…」
まさかの理由に、瀬奈が碓氷の腕の中で「はぁっ!?」と呆れ返った。
「そんな事ある訳ないじゃん!メイドの人気は兄さんと碓氷で二分してるって聞いてるし!」
「そんな事は無いかと思いますが…誰にも瀬奈様を奪われたくないという、私の取り越し苦労でございました。どうかご理解頂ければ…」
「はぁ…」
本当は嬉しいのに気恥ずかしくて何も言えない瀬奈が碓氷の胸に顔を埋めると、碓氷はもう二度と離すまいと、その細い身体をきつく、きつく抱き締めた。
「瀬奈様が嫌だと仰るのであれば、もう二度と致しません。私の心は、貴方だけにございます」
「…あっ、そう…」
ぶっきらぼうに返す瀬奈だったが、碓氷からの告白の返事として、自分の腕を碓氷の背中に回し、強く抱き締め返した。
「(私は果報者だ…)」
碓氷は目を閉じ、最愛の人の感触を刻み込む様に、その身体をきつく抱き締めるのだった。
***
「瀬奈様、本日もお疲れ様でございます!」
「いつもいつもありがとね、柏原」
大学の授業を終えた瀬奈が、校門前で待っていた柏原の元へと駆け寄った。
その後いつもの様に車へと乗り込み、柏原が車を走らせると、若い者達の他愛ない会話が始まる。
「そういえば瀬奈様、この前言っていたアイドルがまたライブを開催するのですが如何ですか?よろしければチケット申し込み致しますよ」
前回も話していた柏原からの申し出に、瀬奈は「う~ん…」と腕を組んだ。
「申し訳ないんだけど止めとくわ、折角誘ってくれたのにごめん」
「えっ、どうしてですか!?この前結構乗り気だったのに!」
推し仲間が増えると思ったのにと残念がる柏原に、瀬奈が恥ずかしげに頬を掻く。
「いや、実は…“恋人”が出来て、その人がヤキモチ焼きだからさ…」
「えっ!?瀬奈様、恋人が出来たんですか!?」
突然のカミングアウトに柏原のハンドル捌きが荒くなり、思わず瀬奈が「危ない!」と戒めた。
「申し訳ございません!しかし驚きました、ご主人様や章良様はご存知なのですか?」
「…いや、言ってないから黙ってて」
まさかのトップシークレットだった事に、柏原が思わず息を呑んだ。
「かしこまりました…ところで、どんな方なのですか?その恋人様は」
「えー、っと……
まぁとにかく、俺を愛してくれる人!俺も大大大大好きなんだけどね!」
恥ずかしさのあまり勢いを付けながら、顔を真っ赤にして答える瀬奈なのだった。
***
「…全く、あの方は…」
その一方、加賀美家の屋敷内にて。
碓氷は真っ赤に染まった顔を手で抑えながら、耳から外したヘッドフォンを机に置いた。
実は瀬奈と両思いになってからも尚、碓氷は彼への盗聴を止めなかった。瀬奈を信頼していない訳では無いが、良からぬ虫が来ていないか監視する為だ。
しかしその盗聴によって、瀬奈から思わぬ“口撃”を受けてしまい、碓氷は耐えきれず盗聴を止めてしまった。
「私にここまで痛手を負わせるとは…瀬奈様、“今夜”は覚悟しておきなさい…」
瀬奈の心を手に入れても、彼への執着は終わらない。
碓氷はくくく…と笑いながら、今宵も行われるであろう、瀬奈との“秘め事”に、想いを馳せるのだった。
一貫していたのは、行われるのはあくまで瀬奈が求めた時のみで、そこに碓氷の意志は無いという点だ。
今もまた、夜に疼く身体を持て余した瀬奈が碓氷を呼び付け、“処理”を施してもらった直後だった。
「それではお休みなさいませ、瀬奈様」
そつなく少しだけ乱れた服を整え、眼鏡を掛け直す碓氷を何気なくベッドの上で眺めていた瀬奈が、ふと気になる事を投げ掛けてみた。
「あのさぁ、碓氷」
「何でございますか、瀬奈様」
言いにくい話なのか、少し躊躇する様子を見せる瀬奈。
「碓氷はさぁ…俺が、エロい気分になった時に…こうして、来てくれる訳じゃん?」
「?それが、如何なさいましたか?」
要領を得ない瀬奈の言葉を受け、何事かと首を傾げながら碓氷が彼へと向き直す。
直視された瀬奈は目を泳がせつつも、話を続けた。
「碓氷が…エロい気分になった時は、どうしてるのかなぁ…って」
思いがけない瀬奈からの質問に、普段はポーカーフェイスを貫く碓氷がわずかながら動揺した表情をするも、少し考える様子を見せた後、瀬奈へ頭を下げた。
「瀬奈様…誠に恐れ入りますが、その様な個人的な事柄につきましては、お話しするのを控えさせていただきます」
つまりプライベートな質問には答えないという事だ。
「…ふ~ん…」
碓氷のこの素っ気ない回答が、まるで自分を突き放したかの様に感じた瀬奈は、子どもの様な不機嫌顔になり、「あっそ」と唇を尖らせた。
「俺のプライベートにはずかずか踏み込んでくるクセに…分かったよ、もー聞きませんっ」
そう言うと瀬奈はふんっとそっぽを向き、部屋から出ようとした。
「瀬奈様、どちらへ?」
「風呂。もう帰って良いよ、じゃあね」
つっけんどんな態度で碓氷の方を振り返る事も無く、瀬奈はさっさとドアを開けて部屋を後にした。
残された碓氷は、はぁ…と小さく溜息を吐くと、瀬奈に続いて部屋を出て、自室へと戻っていった。
***
瀬奈が簡単に入浴を済ませて脱衣場へと戻り、何気なく鏡を見ていると、胸元に赤い痕が付いているのを発見した。
「ぅわっ…碓氷のヤツ、こんなの付けやがってぇ」
それはさっきまでの情事中に、碓氷が付けたであろうキスマークだった。
服を着た状態では分からないものの、脱いでしまえば一目瞭然といった場所に刻み込まれている。
「自分はこんな事してくるクセに、俺が聞いたら逃げるんだから」
「…折角、心配してあげてんのに…」
ん?
瀬奈は自分が言った筈の言葉に、疑問を浮かべた。
「何で俺、碓氷のそんな所気にしてるんだろう」
「心配する必要なんて、無い筈なのに…」
無意識に碓氷の事を気に掛けた自分に困惑しつつ、瀬奈は鏡に映るキスマークを指でなぞる。
その痕を不思議と嫌に感じない自分にもまた、瀬奈は戸惑いを隠せないのだった。
***
一方その頃、自室へと戻った碓氷は、個人的に置いているリクライニングチェアへ腰掛け、一息吐いていた。
「さて、と…」
碓氷がおもむろに近くにあったミニチェストを引き出すと、中にあったイヤホンを自分の耳へと装着する。
碓氷が別の機器をいじると、イヤホンから馴染みのある声が聞こえてきた。
『碓氷ぃ…』
瀬奈が扇情的な甘ったるい声で碓氷の名前を呼んでいる。
次にゴソゴソと衣擦れの音が聞こえると、またしても瀬奈の声が聞こえてきた。
『ぁんっ♡い、きなり…そんなトコ…』
『ぅうん♡気持ち、ぃっ、からぁ…も、っと、ぉ…っ♡』
「あぁ…何て魅惑的な声なんだ…」
碓氷がリクライニングチェアに深く寝そべりながら聞いていたのは、盗聴器により採取した、さっきまでの秘め事により上げていた瀬奈の艶かな声だった。
最初はその嬌声を、目を閉じて堪能していた碓氷だったが、しばらくすると自身のズボンのベルトをカチャカチャと外し、ズボンのチャックを下ろして自身の陰茎を手に取ると、ゆっくり、ゆっくり、扱き始めた。
「(瀬奈様…先程までの私との淫行で見せたお顔、目を閉じるとまるでそこにいるかの如く、目に浮かんできます…)」
碓氷は耳へ直接入ってくる瀬奈の声と、記憶による瀬奈の淫らな姿によって、自身の性的不満を解消していた。
瀬奈が碓氷でしか満足出来なくなってしまったように、碓氷もまた、瀬奈の乱れた姿でしか興奮出来なくなってしまったのだ。
『はぁ♡はぁん、あっ、あ、あんっ♡』
「…くっ…」
瀬奈の声が大きくなり、激しさが増すのに比例して、碓氷も手の動きを速める。
「(あぁ、瀬奈様…共にイキましょう。どうか私と1つに…!)」
『もっ、イク!あっ、あっ、あああああんっっ♡♡』
「…っ!……」
瀬奈が絶頂を迎えた所で、碓氷も近くのティッシュを手早く取り、その中へ射精した。
***
自慰を済ませ、自室の専用シャワーを浴びる碓氷は、先程瀬奈から聞かれた問いを思い返していた。
「“どうしているのか”か…」
「“言える訳が無いでしょう、貴方の喘ぎ声を録音して、それで解消している”なんて」
碓氷は自慰にふける自分と、盗聴器で聞こえてくる愛撫を受け悶絶する瀬奈を重ね合わせ、まるで瀬奈とセックスをしているかの様な疑似体験を味わっていたのだ。
「いつか本当の意味で、瀬奈様と1つになれたら…私はその場で絶頂…いや、絶命するやもしれないな」
自分で言っておきながら、碓氷は1人、濡れた身体でフッと呆れた様な笑みを浮かべるのだった。
***
翌日の朝、碓氷はいつも通り加賀美家の執事として、使用人全員が参加する朝礼にて指揮を取っていた。
「それでは皆様、本日もよろしくお願いいたします」
冷徹ながらも精悍な顔つきで使用人を束ねる碓氷の姿を見て、使用人の中には上の者に対するそれとは違う、熱い眼差しを向ける者も少なくはなかったのだ。
***
ある時、碓氷が屋敷内の設備を点検していると、1人のメイドが近付いてきた。
「碓氷様、お疲れ様でございます」
しとやかに歩いて来たメイドへ、碓氷が微かに笑みをたたえる。
「あぁ、お疲れ様」
碓氷の上品な笑顔を見たメイドがくすっと笑うと、更に碓氷へ近付いた。
「碓氷様ったら、いつになったら私のお誘いに応じて下さるのですか?」
メイドが上目遣いをしながら、甘ったるい声を出して碓氷の身体と自分の身体を密着させる。
一方の碓氷はそんな彼女を制する事はせず、終始にこやかな笑みをたたえつつも、やんわりと身体を離した。
「大変申し訳ございませんが、私は今加賀美家の執務が立て込んでおり、すぐにはお受けいたしかねます」
表情は柔らかいものの、断り方ははかっちりとした形式的な文言だ。
拒否されたにも関わらず、よほど自分に自信があるのか、メイドは引き下がる気配を見せないどころか、頬を膨らませながら再度碓氷へ身体をくっつける。
「嘘仰らないで、最近はしょっちゅうご自分の部屋に籠って何やらなさっているのも知ってますのよ?」
「自室でデスクワークをさせて頂いているのですよ」
子息を盗聴しているなど言える訳もなく、適当に交わす碓氷へ痺れを切らしたメイドが、遂に碓氷の腕に自分の腕を絡ませた。
「碓氷様ったらお仕事ばかりで、少しは“息抜き”も必要ですわ…宜しければ、この私が“お手伝い”させて頂きますわよ?」
ピクッ
色っぽい視線を投げかけるメイドに、僅かに碓氷の表情が動いた。
しかし即座に表情を貼り付けた様な微笑に戻すと、絡まっていたメイドの腕からするりと抜け出した。
「こんな所をメイド長に見られてはマズイのでは無いですか?彼女は仕事熱心ですからね」
若いメイド達からすればいわゆる“お局様”であるメイド長の名前を出され、メイドはぐっ…と一歩引き、下唇を噛んだ。
「もうっ、お堅いのねっ」
プリプリ怒るメイドだったが、そんな彼女へ今度は碓氷が近付いていき、唇を耳元まで持っていって、そっと囁いた。
「“楽しみ”は、最後に取って置きたい性分なのですよ」
「…っ、」
碓氷が掛けた甘い言葉にメイドは陥落した。
獲物を狙うネコの様にニヤリと妖しい笑みを浮かべ、碓氷の肩にもたれかかり、その頬を艶っぽく撫でる。
「お待ちしておりますわ、碓氷様」
そう言うとメイドは碓氷から離れ、自身の持ち場へと戻って行った。
メイドの姿が見えなくなると、碓氷はさっきまで微笑みをたたえていた顔から一変して顔をしかめ、まるでさっきまで肩に虫がとまっていたかの様に服の袖辺りを手でさっさと払い落とすと、はぁっと短く深い溜息を吐いた。
「(全くこれだから女は…黙って仕事だけしてれば良いものを)」
碓氷は忌々しそうに心中で愚痴を零した。
瀬奈という理想の頂点が存在する碓氷にとって、他の女性は恋愛感情に値しない。むしろ自分を狙ってくる女性は、自分の周りをたかってくる虫程度の存在でしかないのだ。
碓氷がメイドからの色付いた“お誘い”に対し、表情をピクッと一瞬だけ変化させたのも、メイドの色気に籠絡され腑抜けた為では無く、メイドの言動に虫唾が走った事による歪みからだった。
それなのに、何故碓氷はこういったお誘いを拒否せず、むしろその先があるかの様にのらりくらりと交わしていたのか。
それはやはり、瀬奈に向けられる女性からの視線を、出来るだけ逸らせる為だった。
日本有数の名門である加賀美家には多くの使用人がおり、若い女性の多いメイドがその大多数を占めている。
若くて整った顔立ち、そして秀でた家柄に育った瀬奈に対しメイド達が異性として興味を持つ事の無いよう、可能な限り碓氷は自分が盾になろうとしているのだ。
それでも、好きでも何でも無い異性からのアプローチ…しかも身体を触れられるのは流石の碓氷も精神的に疲弊してしまう。碓氷がまたも深く溜息を吐くと、その頭に思い浮かべたのは、瀬奈の姿だった。
「(…瀬奈様にお会いしたい、あの滑らかな肌に触れたい…)」
これまではあくまで執事からの“奉仕”として、瀬奈と密接な関係を築いていた。しかし今、碓氷は初めて自分から瀬奈を求めてしまったのだ。
もちろんこれは執事として許される事ではない。
碓氷がどれだけ瀬奈を求めても、瀬奈が碓氷を求めない限り、碓氷は身動きが取れないのだ。
「(瀬奈様、お願いします。今宵どうか、私と…)」
碓氷の切ない心の叫びは、瀬奈はおろか、誰に届く事も無いのだった。
***
それから少し前の事、柏原の運転する車が瀬奈の大学へと到着していた。
「瀬奈様、お疲れ様でございます!」
柏原が小走りで自分の元へと駆け寄って来る瀬奈を見つけると、一礼し労をねぎらった。
「ごめんごめん、今日休講なの忘れててさ」
2コマのみだった本日の授業の内、まさかの2時間目が休講だったのをすっかり忘れていた瀬奈は、慌てて柏原へ迎えの連絡を入れていたのだ。
突然の要請にも柏原は嫌な顔1つせず、校門前で瀬奈の帰りを待っていた。
「お気になさらないで下さい!どうぞ瀬奈様」
瀬奈が柏原の開けてくれた、助手席のドアから入って中へと入る。
続いて柏原も運転席へ乗り込み、車を走らせた。
***
柏原の運転する車が屋敷へと向かう間、瀬奈はしきりに柏原へ急な連絡を入れてしまった事を詫びていた。
「ほんとにごめんね、連絡遅くなっちゃって」
合流してから謝りっぱなしの瀬奈に、柏原はフフッと苦笑する。
「も~だから大丈夫ですってぇ、何をそんなに気にしてるんですか?」
何気ない柏原からの質問に、瀬奈が誰かの顔を思い浮かべたのか、斜め上を見やる。
「碓氷がめちゃくちゃうるさかったからさぁ、それこそ門限とか設定されて、過ぎたらクドクド言われてたし」
「…あ~…」
柏原は瀬奈の言葉を聞いて、先日受けた碓氷からの厳重注意を思い出すと、思わず背筋をピンと伸ばした。
「でも瀬奈様って、めちゃめちゃ碓氷様に愛されてますよねぇ~」
「、えっ?」
まさか夜の秘密がバレたのか!?
そう思い慌てる瀬奈だったが、柏原はそうでなかったらしく、のんびりした様子で話を続ける。
「だって俺が瀬奈様付けとして引き継ぎが行われた時、それはそれは細かい所まで碓氷様から叩き込まれましたからねぇ。俺からしたら自分の家族とか彼女でも、そんなに把握してないぞ!?って感じでしたよ」
「…へぇ…」
冗談っぽく笑う柏原とは対照的に、今の今まで知らなかった碓氷からの献身的なエピソードに、瀬奈はうっすら頬を染める。
「(…碓氷ってずっと仏頂面だから分かりにくいけど、お父様や兄さんよりも、誰よりも一番、俺の事理解してくれてるんだよなぁ…)」
近くにい過ぎて気付かなかったが、誰よりも側にいて、誰よりも自分を大切にしてくれる…そんな碓氷が、自分にとってもまた大切な存在だったのだと、今になって瀬奈は気付いたのだ。
「(…昨日素っ気ない態度取っちゃって、悪い事したな…)」
無性に碓氷に会いたくなり、そして昨日のぞんざいな態度を謝罪したい。
瀬奈がそう思っていると、車が屋敷へと到着した。
「それでは、私は車を車庫に停めて参りますので」
柏原は一礼すると、また運転席へと戻って行った。
瀬名はというと、自分の部屋へと向かいつつ、キョロキョロと辺りを見回している。
「(碓氷、仕事中だろうなぁ)」
今は言えないかもと瀬奈が半ば諦めていると、中庭の方に長身の男性…碓氷がいるのに気付いた。
「あ、碓氷…、っ」
近寄って声を掛けようとした所で留まった。
遠くからでは見えなかったが、碓氷の近くに1人のメイドがおり、何と腕を絡ませているのだ。
「っ…えっ!?」
碓氷とメイドは一旦離れたものの、今度は碓氷の方からメイドにくっつきそうな程顔を寄せている。
明らかに同僚の距離感では無い2人の様子に、瀬奈は居た堪れない思いがして、碓氷へ声を掛ける事も無く、その場を後にした。
***
自分の部屋までスタスタと歩いている内に、瀬奈の心の中で、鬱屈した気持ちが大きく膨らんでいく。
「(何だよ碓氷のヤツ、やる事やってんじゃんか)」
瀬奈は昨日の「プライベートには答えられない」という、碓氷からの返答を思い返していた。
さっきのメイドとのやり取りが碓氷の言うプライベートなのかと解釈した瀬奈にとって、一番近い存在と思っていた筈の碓氷が、今となっては一番遠い所にいる。
そう思い立った所で瀬奈は立ち止まった。
それなら、今まで碓氷は自分に行なっていた“奉仕”を、どういうつもりでやっていたのか?
「(まさか、本気で執事として俺を満足させようとしてただけ…?)」
碓氷が夜な夜な自分で愛でてくれていたのは、自分への愛情なんてものでは無く、単なる執事としての責務…
引いては、由緒ある加賀美家の息子がおかしなトラブルでも起こさない様に、内々で処理を行いたかっただけなのではないか。
「碓氷にとって、結局俺は“主人のご子息”でしかないのか…」
考えがそう至った時、瀬奈は言いようの無い失望感に陥った。
***
それから半日中、瀬奈は徹底的に碓氷を避け続けた。
屋敷の廊下ですれ違う時も、食事の席でも、瀬奈は最低限の会話のみで、それ以外は目線を合わせる事すらしなかった。
もちろんそんな瀬奈の変化に、碓氷が気付かない訳が無い。というより、メイドとの一件によりいつも以上に瀬奈を欲していた事から、普段よりも過敏に反応していたのだ。
「(瀬奈様…どうして私を避けるのですか?私はこんなにも、瀬奈様を求めているのに…)」
表面上はポーカーフェイスを装っていた碓氷だったが、その内面は瀬奈を想う余り、精神的にボロボロの状態となってしまっていた。
***
夜が更け、今日という1日が終わりを迎えそうな頃、風呂上がりの瀬奈は廊下を渡って自室へと戻ろうとしていた。
しかし曲がり角を曲がった所で、今一番会いたくなかった人物がそこに立ち塞がっていたのだ。
「っ!?う、碓氷…」
「……」
碓氷は何も言わないまま、しかし獲物を捕らえる様な冷たい視線で瀬奈を見つめている。
突然現れた碓氷に最初こそ怯んだ瀬奈だったが、向こうからアクションを仕掛けてこないお陰で段々と平常心が戻ってくると、日中と同じ様に素っ気ない態度で「おやすみ」とだけ伝え、前を横切ろうとした。
「お待ち下さい」
碓氷が立ち去ろうとした瀬奈を、静かながらも強い声色でせき止めた。
未だ鋭い眼差しで、瀬奈を捉えている碓氷。その目の中には怒りにも悲しみにも見える感情があり、冷徹ながらも熱量を帯びるその視線を受け、瀬奈は思わず目を逸らし、「…何?」とぶっきらぼうに問い掛けた。
「瀬奈様。私に対し、何かご不満があるのではないですか?どうか忌憚のないご意見をお聞かせ下さい」
「…っ…」
執事としての碓氷は完璧で、文句など1つも無い。
不満と聞かれ、強いて挙げるなら“自分への愛情が執事の責務によるものだったのが許せない”という点だ。
しかしそんな不満など言える筈もない、勝手に勘違いしたせいで生まれた碓氷への感情を今打ち明けてしまえば、ただでさえヒビ割れた自分と碓氷の関係性が完全に壊れ、更には加賀美家内部の問題に関わってくる。
「不満?そんなの無いって、碓氷は優秀だし、いつも助けてもらってるから」
本音を隠して仮初めの感謝を伝え、その場を後にしようとする瀬奈だったが、もちろん碓氷が聞きたかったのはそんな上辺だけの言葉では無い。碓氷は自分の身体を壁にして尚も瀬奈の行く先を阻む。
「それでは何故、貴方は私がまるでここにいない様な態度をなさっているのですか?今もまた、私を見ようともなさらないでは無いですか」
食い下がってくる碓氷に対し、瀬奈は段々と苛立ちを覚えてきた。
「(何で、何でそこまで、俺の事を気にしてくるんだよ、裏ではメイドと楽しくやってるクセに)」
「(結局碓氷は俺が心配なんじゃなくて、加賀美家を心配してるだけなんだろ?だったら……)」
「うるさいな!俺がどう思ってようが、碓氷には関係無い!」
碓氷は目を見開き、固まってしまった。
「関、係…無、い…」
瀬奈から投げかけられた言葉をブツブツと世迷い言の様に反芻する碓氷。
明らかにショックを受けているその異質な様子を見て瀬奈は一瞬後悔し、余計に碓氷の顔を見られなくなってしまう。
「…ご、ごめん、おやすみ…」
碓氷から逃げようと、彼の横を通り抜けようとしたその時だった。
「っ、ぅわっ!?」
碓氷が虚ろな目で前を見据えたまま、右腕だけを横に伸ばして瀬奈をせき止め、そのまま彼を片腕で捕まえた。
「っ、離せよ!」
碓氷の腕から逃れようとするも、彼の呆然とした姿から考えられない力で囚われ、身動きが取れない。
瀬奈はその力強さもだが、いつも瀬奈を宝物の様に扱い接してくれていた碓氷が、力任せに自分を制するその様子に、ショックを隠せなかった。
「、っ!?ちょ、どこ行く…!」
碓氷が何も言わないまま、瀬奈を片手で掴んだまま歩を進めていく。瀬奈は後ろへ転倒しないよう、否が応でも後ろ歩きで並走させられてしまう。
執事としての立場を重んじていた碓氷が、清や章良を含めた誰かに見られる恐れのある廊下で、子息である瀬奈を力任せに引っ張っていく。
明らかに異常である彼の行動を受け、瀬奈は恐怖に近い不安を抱くのだった。
***
しばらく屋敷内を歩き碓氷が立ち止まったのは、碓氷のプライベートルームである執事専用の部屋だった。
初めて見る碓氷の私的空間に、瀬奈がつい部屋の中をキョロキョロ見渡していると、掴まれていた腕によって碓氷に身体ごと振り投げられ、部屋の中心まで追いやられた。
「う、碓氷…」
碓氷のただならぬ様子にすっかり怖気づいた瀬奈が彼の方を振り返ると、先程までの憂いを帯びた瞳のまま、碓氷が口を開いた。
「瀬奈様、私は…
あなたを、ずっと、愛しておりました」
「…え?」
先程までの手荒な行動から、うって変わった言葉に驚く瀬奈にも構わず、碓氷が言葉を続ける。
「執事として、ではございません。1人の男として、貴方に恋愛感情を抱いております」
「え、え?」
何故今それを言う?そもそも碓氷にはメイドがいた筈では?じゃあ今まで俺とやった事は…?
瀬奈の中で様々な疑問が浮き上がり、頭がパニックになる。
「しかし私は加賀美家の執事、お仕えする貴方にその様な感情を抱く事など御法度でございます。しかしそれでも…私は貴方の側にいたかった…だからこそ、執事として側にいる事を選びました。たとえ報われる事が未来永劫無かったとしても」
「う、碓氷…」
碓氷からの真っ直ぐな告白に、瀬奈の中でさっきまで溢れていた疑問の数々が消え去っていき、心が温かくなっていくのを感じる。
自分が碓氷を大切…恋愛感情として大切だと思う様に、碓氷も同じ感情を抱いてくれていたのだ。
「あ、あの、俺も…「しかし」」
瀬奈の言葉を遮るように、碓氷が言葉を被せた。
その声色は、さっきまでの温かい愛の告白から一変して冷たく、そして肉食動物の様に強く鋭い。
「貴方は、そんな私を無き者の様に扱い、更には私の存在を自分にとって“関係無い”と、言い切った」
「そ、それは…」
反論しようとするも、野獣の様な碓氷の目に睨まれ、身動きどころか声すら出せない。
「私はずっと耐えていたのですよ?」
碓氷が1歩、瀬奈へと近付いた。瀬奈は捕食される寸前の動物の様に碓氷から目を離さないまま、1歩後ずさると、碓氷がフッと馬鹿にした様な笑みを投げた。
「美しく瑞々しい貴方にどれだけ劣情を催しても、私は自分から貴方を誘い、抱く事はしなかった。貴方はいつも私を求め、私に身を委ね、快楽を貪っていたというのに」
「、な……っ!」
屈辱的な物言いをされ、腹を立てた瀬奈が言い返そうとした所で、右上腕を掴まれ、ギリギリと力を入れられる。
「い…痛っ、」
碓氷ってこんな力強かったの?
いつも穏やかな感じだったから、まさかこんな……
「全ては執事として、貴方の平穏を守る為だった。しかし……
“関係無い”のであれば、もう全てどうでも良い」
「っ!?ん、んぅ…っ!」
掴まれていた腕をいきなり引かれた瀬奈が、勢いづいたまま碓氷の胸の中へ収まると、逆の手で後頭部を掴まれ、強引に唇を奪われた。
「んっ、ん…あ、はぁ…」
初めは食む様なキスだったのが、碓氷の舌で唇を無理矢理こじ開けられ、そのまま口内へと侵入してきたそれが歯列をなぞり、瀬奈の舌へと絡みついてくる。
「(く、苦しっ、けど……
気持ち、良い…)」
「、ぷはっ…」
しばらくして碓氷の唇から解放されると、瀬奈は口の周りを涎で濡らしながらはぁ…はぁ…と息を荒くし、頬を上気させ目をとろんとさせてしまう。
そんな瀬奈の頬を撫でながら、碓氷は彼を片手で抱き締めながら妖しい目で舌舐めずりした。
「あぁ、そんな顔をして…更に私を欲情させる気ですか?」
「ち、違…」
「瀬奈様…貴方の意思などもうどうでも良いのですよ。私は私の欲望のまま、貴方を抱かせて頂きます」
「っ!?」
今から、碓氷に抱かれる……
動揺する瀬奈だったが、その一方で、好きな人にこれから抱かれる事に、胸を高鳴らせているのも事実だった。
「へっ?ぅわっ!」
突然碓氷が瀬奈をお姫様抱っこすると、側にあったベッドへと下ろす。
ベッドの中心で横になる瀬奈に碓氷は何の許可も得ず、無表情で彼のズボンのベルトを外すと、荒々しくズボンを下へずり下げた。
碓氷に抱かれるという期待感で何をせずとも半勃ちになっていた瀬奈の陰茎を碓氷は一瞥するも、あえて“それ”へ触れようとしない。
「う、碓氷…?」
いつもなら何も言わずとも、瀬奈を快感へ導いてくれる碓氷を潤んだ目で自分を見る瀬奈に、碓氷はまたもフッと乾いた笑みを零した。
「言ったでしょう?貴方の意思は関係無いと。“ここ”はいやらしくおねだりしている様ですが」
ピンッ
「ひゃあんっ♡」
先端を指で弾かれ、思わず反応する瀬奈に、碓氷がニヤァ…と妖しい笑みを浮かべる。
「全く…本当に貴方は淫乱ですね。それなら、“こっち”は如何ですか?」
「っ、え!?」
碓氷に両脚を掴まれ宙に浮かされると、そのまま顔の両端まで上げられた。
いわゆる“ちんぐり返し”の体勢にされ、瀬奈が恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にさせる。
「はっ、恥ずかしぃ、からぁ…」
「ふふっそうでしょうね、恥ずかしい所が私の前で全て顕になっていますよ?」
「いやぁ、見るなよぉ…」
両手で赤い顔を隠す瀬奈を見て、支配欲が刺激され満足げに笑う碓氷。
「見ない訳にはいきませんよ。これからたっ…ぷり、可愛がってさしあげます故…」
そう言うと、碓氷は瀬奈の割れ目に顔を埋め、硬い蕾を舌で突いた。
「ひゃっ!!ぁあんっっ♡」
初めて受けた刺激に瀬奈は背を弓なりに反らして反応する。
碓氷はしばらく舌で蕾を弄ると、舌で蕾をこじ開け、ナカへと侵入した。
「ぁあっ♡ちょ、待っ、やばっ……ぁあん!!♡」
舌をナカで縦横無尽に動かしつつ、空いていた手で瀬奈の陰茎を掴み、扱き始めた。
二重で押し寄せる快感に、瀬奈は記憶が飛ぶ勢いでただただ嬌声を上げている。
「あっ♡もっ、もう、イっちゃ、うぅん♡」
「はぁ、仕方ないですねぇ…っ」
碓氷が扱く手を速める。
「あっ、ぁああああんっっ♡♡」
瀬奈が絶頂を迎えると、陰茎から出た液がその真下にあった瀬奈の顔へと飛び、その美しい顔を汚した。
「うぅ…」
「あぁ、美しい…」
瀬奈の汚れた顔を見て異常な興奮を覚えた碓氷は、瀬奈の顔に付いた液を瀬奈の頬ごとべろりと舐め取ると、液を付けた指をナカへと滑り込ませた。
「う、碓氷待っ……あっ♡あぁっ♡」
秘部に蠢く指がちゅぷちゅぷといやらしい水音を立てる。
しばらくゆっくりと動かし、ナカが慣れた所で1本、また1本…と指を増やしていく。
「瀬奈様…もう3本目ですよ?私の指を美味しそうに咥え込んで…」
「はぁっ♡はぁん、あぁん、はぁ♡」
碓氷からの言葉責めにも反応出来ない程、瀬奈は秘部への愛撫によって頭が真っ白になっていた。
その反応をしばらく楽しんでいた碓氷だったが、瀬奈のナカが十分に解れたのを確認すると、ちゅぷん…と指を引き抜いた。
「ひゃだぁ…もっと、してぇ…♡」
ピクピクと目をハートにしておねだりする瀬奈を、もはや狂気的と言える微笑みで見下ろす碓氷は、自身のズボンのベルトをおもむろに外すと、チャックから自身の陰茎を顕にさせた。
「雌犬は雌犬らしく、相応しい体勢におなりなさい」
いつもと立場を逆転させた碓氷が命令しながら、瀬奈をうつ伏せの姿勢にさせると、腰を上げさせ、四つん這いにさせる。
ハァハァと呼吸の荒い瀬奈の、ヒクヒクと卑猥に蠢く秘部に、碓氷が自身の陰茎をあてる。
「瀬奈様…どうか私の“愛”を、残さず全て受け取って下さい…」
…つぷ、っ
「っ、おっきぃ、の…だめ、あ…あっぁあああん♡」
瀬奈のナカに碓氷の陰茎がにゅるっ、と全て挿入された。
「あはっ…あははははっ、、瀬奈様、瀬奈様…ついに1つに…」
恍惚の表情で、碓氷が激しく瀬奈の臀部へ腰を打ち付け、パンッパンッ…と部屋に乾いた音が鳴り響く。
「ぁあっ♡しゅごっ、ナカ、いっぱいぃっ♡」
「あぁ…何てお可愛い…私を離すまいとこんなにきつく締め付けてくるなんて…」
四つん這いの瀬奈をホールドする形で後ろから抱きかかえ、挿入を繰り返しながら碓氷が瀬奈の耳に口元を寄せ、べろりと耳たぶを舐め回す。
「ひゃうっ!耳、らめぇ…」
「それでは、こちらが良いですか?」
「ひゃああんっっ♡」
碓氷が瀬奈の両乳首を指で摘み、グニグニと押し潰した。
「ふふっ、貴方の弱い部分は全て把握していますよ。どれだけこの身体を可愛がってきたと思っているのですか?」
「はぁっ♡もっ、おかし、なりっ、そう…っ♡」
秘部の奥の奥を激しく刺激され、更に自身の性感帯を苛められ、快感のあまり発情した動物の様にだらしなく舌を出して喘ぐ瀬奈を見て、碓氷は満足げに笑った。
「はははっ、これほど恥辱にまみれた貴方を、屋敷の人間に見せたら驚愕するでしょうね」
「やらぁ…、言わない、でぇ…っ」
「勿論ですよ、こんなに妖艶で愛苦しいあなたを他の誰にも見せはしません。何故なら貴方は私だけの物なのですから…ねぇ、そうでしょう?」
碓氷がまた瀬奈の耳元に顔を寄せると、今度は官能的に囁く。
「答えてください、“加賀美瀬奈は碓氷だけの物だ”と、“碓氷、愛してる”と。言わなければ、ここで止めてしまいますよ?」
「ふっ、ふぇぇ…」
培った“経験”で、瀬奈がイク寸前であると分かっていた碓氷は、瀬奈が絶頂を迎えられないよう激しく動かしていた腰を、わざとゆっくりに減速した。
イキたいのに刺激が無くなってしまい、瀬奈はいやらしい目で碓氷を求める。
「やらぁ…碓氷、もっとぉ…」
「答えられない悪い子には、ご褒美はあげられませんねぇ…」
「いやぁ…」
碓氷がニタリ顔のまま、まるで子どもに、自分を求める瀬奈の頬をゆっくりと撫でる。
「碓氷ぃ…」
「…はい…」
涙目で自分を見つめながらたどたどしく話す瀬奈に、碓氷が興奮のあまり見開いた目で頷く。
「碓氷ぃ…愛してるぅ…」
「瀬奈は…碓氷だけの物だからぁ…お願いぃ…」
「っ!!ぁああぁぁっっ♡♡」
ズンっ…と一気に奥へと突き上げられ、碓氷の腰が先程とは比べ物にならない速さで激しく瀬奈を打ち付ける。
「瀬奈様…私も、私も…貴方を愛しております」
「あっ、あっ、あああっ♡せっ、瀬奈も、しゅ、しゅきぃぃっ♡♡」
「あぁっ、も…出る…っ、瀬奈様…私の、全てを…貴方の…ナカに…どうか…っ」
「ぁああっ、瀬奈も、イっちゃ…ぁうんんっ…♡」
「…ぐ…っ!」
「あっ…ぁああああんっっ!!!♡♡♡」
2人同時に絶頂を迎え、碓氷の“愛”が、瀬奈のナカへと一気に注がれた。
***
身なりを整え、いつもの完璧な執事の姿になった碓氷は、ベッドで目を閉じ横になる瀬奈に目をやった。さっきまでの情事で乱れていた服は、碓氷によって綺麗に整えられている。
「(何とか事後処理はしておいたから、明日にそこまで支障は無いと思うが…
とんでもない事をしてしまった…)」
瀬奈に「関係無い」と拒絶され、ショックで我を忘れてしまったとはいえ、加賀美家の執事として、そもそも人として、許されざる行為をしてしまった。
いわゆる“賢者モード”で冷静さを取り戻した碓氷は、後悔してもしきれない面持ちで、未だ夢の中にいる瀬奈を見つめた。
「“瀬奈様と1つになれたら絶命するかもしれない”と冗談めいて言っていたが…まさか“執事·碓氷”を絶命させる事になるとはな…」
フッと自嘲していると、ベッドの上で瀬奈がモゾモゾと動き始めた。
「…碓、氷…?」
目を覚ました瀬奈が未だ横になったまま名前を呼ぶと、碓氷は素早い反応でベッドの横に膝を突き、瀬奈と同じ目線になった。
「瀬奈様、お身体は大丈夫ですか?」
「う、うん…大丈夫…」
少し赤く染まった瀬奈の頬にも気付かないまま、碓氷は頭を垂れた。
「瀬奈様、本当に申し訳ございませんでした」
「え?」
瀬奈から起きてすぐの謝罪に、瀬奈が思わず上体を起こす。
「この様な形で加賀美家ご子息である貴方に無慈悲な仕打ちをしてしまったのは、私の不徳の致す限りでございます。この碓氷、どんな罰でも慎んでお受けする所存で……」
「ちょ、ちょっと待って!」
碓氷の真面目さ故の暴走に、瀬奈が慌てて飛び起きた。。
「瀬奈様?」
「何で?俺、言ったじゃん」
「言った、とは?」
「あ、あ…“愛してる”って…」
さっきまでの自身の痴態を思い出して顔を茹でダコにする瀬奈。
碓氷にとってあの“愛してる”は、自分が無理矢理言わせた言葉だと思っていたが、あれは紛れも無く瀬奈の本当の気持ちだったのだと聞かされ、驚きと感動で目を見開き、瀬奈を見つめた。
「瀬奈様…本当ですか?」
碓氷に熱い視線を向けられ、瀬奈が恥ずかしそうに下を向く。
「なのに…メイドと仲良さそうにしてるの見ちゃったから…何か悔しくて、無視しちゃった。碓氷ごめ……っ!」
最後の謝罪も聞かず、碓氷は瀬奈を抱き締めた。
「申し訳ございません…あれは、実は…瀬奈様をメイド達に取られぬ様、つまらぬ細工をしただけでございます…」
まさかの理由に、瀬奈が碓氷の腕の中で「はぁっ!?」と呆れ返った。
「そんな事ある訳ないじゃん!メイドの人気は兄さんと碓氷で二分してるって聞いてるし!」
「そんな事は無いかと思いますが…誰にも瀬奈様を奪われたくないという、私の取り越し苦労でございました。どうかご理解頂ければ…」
「はぁ…」
本当は嬉しいのに気恥ずかしくて何も言えない瀬奈が碓氷の胸に顔を埋めると、碓氷はもう二度と離すまいと、その細い身体をきつく、きつく抱き締めた。
「瀬奈様が嫌だと仰るのであれば、もう二度と致しません。私の心は、貴方だけにございます」
「…あっ、そう…」
ぶっきらぼうに返す瀬奈だったが、碓氷からの告白の返事として、自分の腕を碓氷の背中に回し、強く抱き締め返した。
「(私は果報者だ…)」
碓氷は目を閉じ、最愛の人の感触を刻み込む様に、その身体をきつく抱き締めるのだった。
***
「瀬奈様、本日もお疲れ様でございます!」
「いつもいつもありがとね、柏原」
大学の授業を終えた瀬奈が、校門前で待っていた柏原の元へと駆け寄った。
その後いつもの様に車へと乗り込み、柏原が車を走らせると、若い者達の他愛ない会話が始まる。
「そういえば瀬奈様、この前言っていたアイドルがまたライブを開催するのですが如何ですか?よろしければチケット申し込み致しますよ」
前回も話していた柏原からの申し出に、瀬奈は「う~ん…」と腕を組んだ。
「申し訳ないんだけど止めとくわ、折角誘ってくれたのにごめん」
「えっ、どうしてですか!?この前結構乗り気だったのに!」
推し仲間が増えると思ったのにと残念がる柏原に、瀬奈が恥ずかしげに頬を掻く。
「いや、実は…“恋人”が出来て、その人がヤキモチ焼きだからさ…」
「えっ!?瀬奈様、恋人が出来たんですか!?」
突然のカミングアウトに柏原のハンドル捌きが荒くなり、思わず瀬奈が「危ない!」と戒めた。
「申し訳ございません!しかし驚きました、ご主人様や章良様はご存知なのですか?」
「…いや、言ってないから黙ってて」
まさかのトップシークレットだった事に、柏原が思わず息を呑んだ。
「かしこまりました…ところで、どんな方なのですか?その恋人様は」
「えー、っと……
まぁとにかく、俺を愛してくれる人!俺も大大大大好きなんだけどね!」
恥ずかしさのあまり勢いを付けながら、顔を真っ赤にして答える瀬奈なのだった。
***
「…全く、あの方は…」
その一方、加賀美家の屋敷内にて。
碓氷は真っ赤に染まった顔を手で抑えながら、耳から外したヘッドフォンを机に置いた。
実は瀬奈と両思いになってからも尚、碓氷は彼への盗聴を止めなかった。瀬奈を信頼していない訳では無いが、良からぬ虫が来ていないか監視する為だ。
しかしその盗聴によって、瀬奈から思わぬ“口撃”を受けてしまい、碓氷は耐えきれず盗聴を止めてしまった。
「私にここまで痛手を負わせるとは…瀬奈様、“今夜”は覚悟しておきなさい…」
瀬奈の心を手に入れても、彼への執着は終わらない。
碓氷はくくく…と笑いながら、今宵も行われるであろう、瀬奈との“秘め事”に、想いを馳せるのだった。
10
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