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第二章

第21話

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会ったばかりにも関わらず、自分たちに向けられた『悪意』に巻き込んでしまった『雛』を守って死ぬ覚悟をしたヨルクとヒナリ。
しかし火球の衝撃波が襲ってくることはなかった。
ヒナリが、次いでヨルクが目を開けて周囲を見回し、同時に飛空船の方を向く。
そこに浮いていた飛空船はなく、王都の外で激しく燃え上がる『何か』が見えた。

『王城へ戻れ』

アタマに響いた男性の声。
ヒナリはさくらに目を向ける。
ヨルクも目線を下ろしたが、さくらは小さく震えていた。

「戻ろう。セルヴァン様と約束したよね」

「ああ。『何かあればすぐに戻れ』って言われたもんな」

きっと離れた場所から見ていただろう。
そして心配している。

「今は『雛を守る』のが優先だ」

下にいるはずのジタンを探したが、すぐに見つけられなかった。
しかし何人か見たことのある人物たちが2人に気付いたため、ヒナリが王城を指差す。
手をあげて合図を貰った2人は、顔を見合わせて頷くと王城へ飛んでいった。





「お主ら!無事じゃったか!」

心配したぞ!とドリトスがヨルクたちに声をかける。
セルヴァンはヨルクからさくらを受け取る。

「セルヴァン様。ドリトス様。申し訳ございません」

ヒナリが2人に頭を下げて謝罪する。

「謝ることはない。2人はさくらを命懸けて守ろうとした。それは俺もドリトスも分かっている。2人共、よくさくらを守って連れ帰ってくれた」

セルヴァンのねぎらいの言葉にヒナリは張ってた気が緩み、大粒の涙をこぼす。
ヨルクはさくらから目を離せなかった。 
さくらはずっと、目をキツく閉じて小さく震え続けていた。
セルヴァンが揺り椅子ロッキングチェアに座り、膝に乗せたさくらを落ち着かせている姿を見ている。

「雛はもう・・・オレたちを怖がるようになるのか?」

「お主らは、せっかく出会えた『雛』を諦めるのかね?」

「私・・・諦めたくない」

「オレだって!」

「それだったら大丈夫じゃ」


ドリトスに励まされて2人は気持ちが落ち着く。
そして思い出した。


「私たち、何が起きたか分からないの」

「『王城へ戻れ』って頭に声が響いて『ああ。戻らなきゃ』って。『雛を守らなきゃ』って思ったんだ」

「私も。同じ声が聞こえて。震えているさくらを見たら『戻らなきゃ』って」

「そうか。そうか」

ドリトスはさくらに目を向けて細める。
さくらは落ち着いて来たようで、セルヴァンに笑顔を向けて何か楽しそうに話している。

「ホレ。ここでクヨクヨ悩んでいても何も始まらんぞ」

ドリトスは背の高い2人の背を押し、さくらとセルヴァンのもとへと連れて行った。



王都外壁のさらに西。
何もない荒れ地に、コーティリーン国の飛空船が黒く焼け焦げて地に堕ちていた。
これだけの被害なのに乗員に死者はいない。
あれが『神の怒り』だった証明だ。
そして皆『天罰』を受けていた。
彼らは地面を転がり回り「火が消えない」と言っている。
さくら様の仰った、父レイソルたちの受けている『見えないいばら』ではない。

「さくら様に見て頂けると天罰の種類も分かるのでしょうが・・・」

先ほどの様子から、さくら様に見て頂くことは出来ない。
空を見上げるが、さくら様の姿はそこにはなかった。 

「ジタン様」

騎士の一人が声をかけてきた。
父がジタンと同年代の貴族の子息を集めて『学友』としたうちの1人だ。
彼も、ヒナリやヨルクと遊んだことがあった。

「ヨルクたちがさくら様を王城へ無事にお連れ致しました」

「そうですか。・・・無事で良かった」


さくら様に最後にお会いしたのは2ヶ月以上も前。
密偵の騒動の時だ。
その後高熱で50日も寝込まれていたさくら様は、今なお長くはベッドから離れられないと聞く。

そんなさくら様が飛空船に興味を持たれていたのは知っていた。
外には出られないけど王城から見たいと仰られていることを知り、屋上庭園から見て頂くことにした。
いずれは王室専用の飛空船にお乗せしたいと思っている。
望まれるなら、セルヴァン様のセリスロウ国でもドリトス様のヒアリム国でも、その両国にお連れしても構わない。
きっとさくら様は「どちらも行きたい!」と仰られるでしょう。



屋上庭園はガラス張りだから、翼族からはよく見える。
そこに偶然ヨルクたちがさくら様とお会いして、少しでも近くから見せようとしたのも『問題はない』だろう。
実際に飛空船からは、かなり離れた場所を飛んでいたのだから。

しかし・・・
3人は前触れもなく攻撃を受けた。
もし航路を妨害しているなら、警告音を鳴らし、それでも退かなければ『威嚇』もありえただろう。
しかしコーティリーン国の飛空船は3人を狙って撃っていた。

「今すぐ神殿に人を送って下さい!」

これは『誰を狙った』のか、神々ならご存知でしょう。
そうでなくても、一時的に天罰を止めていただかなくては。
彼らをこの場に放置して、魔物の餌食にするわけにはいかない。

そしてコーティリーン国と交渉しなくては。
さくら様の仰られる通り、エルフ族が瘴気に弱いのなら、今は外交官を寄越すべきではない。

「ジタン様。もしこの者たちが翼族ではなく『さくら様を狙った』のでしたら、王城に攻撃が向けられていた可能性も御座います」

「なぜさくら様が狙われるのです?さくら様は『聖なる乙女』ではないのに」

「ですが『神の加護』を受けておられます。さくら様を手に入れられれば、 自分も加護を受けられると思うやからは少なからず存在しております」


もし『神の加護』を受けたいなら、さくら様を攻撃するべきではない。
実際に父たちは『礼を欠いた』ために『天罰』を受けている。
『神の怒り』に触れたエルハイゼン国は、厚い雲に覆われて陽がささなくなって3ヶ月が過ぎた。
このままでは食物しょくもつは実らない。
昨年が豊作だったため、国庫を開ければ今年はしのげる。
しかし、来年も『神の怒り』が続くようなら・・・

「ジタン様。今は『先のこと』より『目の前の問題』を一つずつ片付けましょう」

「・・・そうですね」


まずは出来ることから。
『さくら様を見習う』
そう決めたのだから。


それでもダメなら、さくら様に叱られましょう。
きっと、さくら様は厳しくても良案を授けて下さるでしょうから。



「よく、さくらをあの2人に預けたのう」


背の低いドリトスに背を叩かれたが、それに関しては自分自身が一番驚いている。

あの翼族2人、ヨルクとヒナリは生まれた頃から知っている。
特にヒナリは獣人セリスロウ国にある『マヌイトア』に住む、翼族の族長『エレアル』の娘だ。
『ヒナリ』とは『守るべき娘』と言う意味だ。
ヨルクはヒナリの『比翼』として、ヒナリと同日同時刻に生まれた。
翼族は、よほどのことがない限り『2人一組』で行動をする。

翼族が子供が好きで、共に空を飛んで遊ぶことは知られている。
ただ大人たちからは『気まぐれ』な性格が災いして、『飛んでる途中で落とされるのではないか』と誤解を受けてしまう。
翼族もそれを知っているから、子供以外には近付かない。
それは彼らも同じだ。
それなのに、ヨルクがさくらに興味を持ったらしく質問責めにしている。

「こんな所から見るより近くで見ようぜ」

「私もいます。族長様。よろしいでしょうか?」

珍しいことに、ヒナリまでさくらに興味を持っているようだ。
見上げてくるさくらの目が、戸惑いと緊張とワクワク感を含ませている。

「・・・何かあればすぐ戻れ」

少しかがんでヨルクにさくらを託す。
ヨルクは大事そうにさくらを抱きかかえてすぐ、何かに気付いたような表情を見せた。

「行ってくるね」

嬉しそうに手を振るさくら。
その様子にヨルクは口をつぐむ。
そして子供たちを相手にしてる時みたいにすぐに飛び出さず、背中の羽根を少し動かして浮いてみせた。

「大丈夫か?怖くねーか?」

さくらが頷くと、「なんかあれば言えよ」と言って屋上庭園から外へ出ていく。

「ヨルクにしては珍しく『紳士的』じゃのう」

ドリトスも驚きを隠さない。
それだけヨルクはさくらを気に入り、大切に思っているのだろう。

「さくらは彼らの『雛』になるやもしれんのう」

「『雛』に・・・ですか?」

「そうじゃ」

ドリトスは『雛』の存在を知っている。
一般的に雛は『守る相手』をさしている。
しかしドリトスのいう『雛』は違う。
『親鳥』を成長させる存在のことだ。


・・・現に彼らはさくらを『特別な存在』としてみている。


そんなときだった。
飛空船から光が放たれた。

「「さくら!」」

さくらたちのいる方角を見ると、3人は無事のようだ。
・・・いや。
今度は赤い光が飛空船から放たれようとしている。
間に合わないと判断したヨルクたちは、さくらを真ん中に挟んで守るように抱き合う。


「あれは『ガイ』か!?」

ドリトスは驚きの声をあげる。
『鎧』とは、親が雛を命懸けで守る『最強で最悪』な姿だ。
親が生命をなげうって雛を護るため、雛は無傷で助かる。
・・・ただし、親は共に魂ごと消滅すると言われている。
そして残された雛も大半は心を病んでしまう。

ヒナリとヨルクは、さくらの為にその『鎧』を展開しようとしていた。

『鎧』は攻撃を受けた瞬間に展開される。
ドリトスもセルヴァンも、ただ遠くから見ている事しか出来なかった。


しかし、3人に迫っていた赤い光が突然遠ざかっていくのが屋上庭園からでも分かった。
赤い光は飛空船が見えなくなるほど大きくなり、火柱が上がって数秒後に爆発音が、十数秒後には爆風が王城まで届いた。
王城の結界ですら破られそうなほど圧の強い爆風は、神の守護が働いた最上階を除くすべての窓ガラスにヒビを走らせた。
・・・王城からでも飛空船が墜落したことは十分分かった。


そんな中、3人は白い光に包まれて身動きひとつしない。
光の中は爆発音が届いていないのか。
それ以前に、爆風からも守られていたのか・・・


「あれは・・・『乙女の魔石』の光、か?」

ドリトスの言うとおり、以前さくらが出した『乙女の魔石』にマクニカが真偽を疑って魔力を流したことがある。
さくらが出したのは従来の『乙女の魔石』と違い、あまりにも大きかったのだ。
あの時発した、清浄で柔らかい・・・さくらに似た優しい光に似ていた。


さくらたちを覆っていた光がだんだん弱まり、まずヒナリが辺りを見回す。
続いてヨルクも顔を上げ、2人は火柱に顔を向ける。
そこでようやくさくらの様子が分かった。
両目をつぶって身体を小さくしている。
2人はさくらを見て、ヒナリが下へ何か合図をしてから戻ってきた。





「セルヴァン様。ドリトス様。申し訳ございません」

ヒナリが頭を下げる。
ヨルクは唇を噛みしめている。

「謝ることはない。2人はさくらを命懸けて守ろうとした。それは俺もドリトスも分かっている。2人共、よくさくらを守って連れ帰ってくれた」

2人に労いの言葉を掛けてやる。
実際、2人は命懸けでさくらを守ろうとしたのだ。
揺り椅子ロッキングチェアに座り、膝に乗せたさくらを抱きしめて背中を撫でていると「セルぅ・・・」と小さな声が聞こえた。
堅くなっていた身体が少し解れてきている。

「どうした?」

「ヒナリとヨルクを・・・怒る?」

「いや。2人がさくらを守ろうとしたのは、ここからも見えていた」

俺の言葉に『ほうっ』と息を吐くさくら。
それと同時に、身体のチカラがさらに緩む。
きっと2人のことが心配だったのだろう。

「あのエルフたち、私を狙ったの?」

「それは分からない。さくらが狙われる理由はないからな」

「あるよ。・・・『神の加護』」

「・・・さくら」

「それと『天罰騒動』の『仕返し』。あれを『私のせい』って逆恨みしてたら」

「あれは『さくらのせい』ではない」

セルヴァンはさくらを強く抱きしめる。
そう。あれはアストラム本人が責められるべき問題であって、さくらが自身を責める必要は無い。

「・・・・・・・・・やっぱり瘴気が」

「ン?」

さくらの小さな声が聞こえたが、聞き返したら首を左右に振った。

「それより、初めて空をとんでどうだった?」

頭を撫でながら、あえて別の話を聞く。
少しでも楽しい話を。

「あのね!私が怖くないようにって、注意してとんでくれたの!」

さくらは目を輝かせて話をしだした。




「雛・・・オレたちが怖いか?」

ドリトスに背を押されて近づいたヨルクがさくらに聞く。
やはり2人はさくらを『雛』に選んでいたか。
ドリトスを見ると黙って頷いてきた。

「・・・もう、とんでくれないの?」

さくらが悲しそうに呟くとヨルクが目を丸くした。

「オレたちのせいで、あんなに怖い思いをしただろう?」

ヨルクの言葉に「でもヨルクとヒナリは守ってくれたもん」と小さく呟く。

「ヨルク」

セルヴァンに名を呼ばれて顔を上げる。

「さくらは初めて空をとんで『楽しかった』そうだぞ」

セルヴァンの言葉にさくらは何度も頷く。

「よかったのう」

ドリトスはヨルクたちに声をかけ、さくらのもとへいく。

「そうか。空は楽しかったかね」

「うん!」

満面の笑みでドリトスにとんでいた時に遠くの山が銀色に輝いていてキレイだった、など話をするさくら。
ドリトスは笑顔で頷きながら、さくらの頭を撫でていた。




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