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第五章
第49話
しおりを挟む『セルヴァンが到着します』
ハンドくんの報告にさくらは引き戸を見る。
セルヴァンが少し頭を下げて、入り口にぶつからないように注意しながら部屋へ入ってきた。
ちなみにヒナリも頭を下げて部屋へ入ったが、ヨルクはハンドくんに頭を強制的に押さえ付けられて無理矢理下げさせられていた。
「セルぅ」
嬉しそうに両手を伸ばすさくらに気付き一瞬驚いた表情を見せたセルヴァンだったが、すぐにさくらを慎重に抱き上げる。
さくらは呼吸を詰めることなく、嬉しそうにセルヴァンの胸に顔を埋めている。
「良かったわね~。さくら。セルヴァン様のことずっと心配してたものね」
「早かったな。一週間は戻ってこれねぇって喜んでたのになー」
ヨルクの言葉にセルヴァンは睨もうと目を向けたが、その時にはすでにハンドくんが張った『結界の中』でハリセンを数発受けたようで、後頭部を押さえて座卓に突っ伏していた。
さくらからはヨルクのいる場所は背後にあたるため死角になる。
そのためヨルクの様子をさくらは知らない。
「此処の説明はハンドくんに受けたかね?」
「ええ。さくらの『部屋のひとつ』だと。この部屋にいればさくらの回復が早いと聞いたのですが・・・」
腕の中のさくらはセルヴァンの胸に頬をすり寄せて甘えている。
セルヴァンが最後にみたさくらは、顔色も悪く声も出せず指も動かせなかった。
それがたった数時間で『怒気にあてられる前』まで回復しているようだ。
ハンドくんがさくらが使っていた座椅子を退けて座布団を置いてくれる。
そこへさくらを抱えたまま胡座をかいて座った。
「さくらは此処で何をしていたんだ?」
「映画観て~。歌番組観て~。いっぱい歌った!」
「セルヴァンには今度歌を聞かせてあげようかね」
「うん!」
「そうか。楽しみにしているからな」
『今日は歌いすぎです』
『これ以上歌うならクチを塞ぎますよ』
ハンドくんの脅しに、さくらは両手でクチを塞いでプルプルと左右に首を振る。
その様子にセルヴァンは抱き寄せて頭を撫でる。
「慌てなくて大丈夫だから」
まだ自分のクチを塞いでいるさくらはコクコクと首肯する。
その仕草が可愛くて誰もが笑顔になった。
テレビで出されていく『問題』にさくらは夢中になって答えていく。
当たれば喜び、分からなかったり間違えれば悔しがる。
歌の問題では思わず答えを口遊んでしまい慌ててクチを塞ぐ。
『それくらいなら大丈夫ですよ』
ハンドくんの言葉に安心したさくらは、塞いでいた両手を下ろす。
そしてまた歌いだしたさくらのクチをハンドくんが塞いで『調子に乗りすぎです』と注意した。
以前ハンドくんが、歌は『さくらの霊に染み付いている』と言っていた。
その言葉通りに、さくらはテレビを観ながら時々短い言葉に節をつけて歌い出す。
気になったヒナリが「それも歌?」と尋ねたら「うん」と返事をしてから歌ってくれた。
確かにさっきさくらが歌っていた部分が途中で出てきた。
『歌を歌っている『悪い子』は何処のどなたでしょう?』
「ここの『さくら』ちゃん♪」
さくらはハンドくんの言葉にニッコリ笑顔で答える。
『・・・。では言う事のきけない『悪い子のさくらちゃん』は、バツとして『おあずけ』にしましょうか』
そう言って皿に乗せた『なにか』をさくらに見せる。
『・・・。』ってホワイトボードに書かれると更に恐怖が増すことを知った。
しかし、さくらは『なにか』に目がくぎ付けになっていた。
「あー!さっきの『コンビニスイーツ』!」
『『悪い子』にはありません』
「『良い子』だからちょーだい!」
必死に手を伸ばすさくら。
ハンドくんはさくらの手が微妙に届かない位置に皿を置いている。
『今日はもう歌わないって約束は?』
「まもる!ちゃんと守るから~」
ウ~ッと必死に皿に手を伸ばすさくらの可愛さに、見守る4人からは笑みがこぼれる。
「セルぅ。手貸してー」とセルヴァンの右腕を掴んで皿の方へと伸ばさせる。
しかしハンドくんはひょいっと皿を動かして遠ざけてしまう。
「ウ~ッ!ワンッ!」
セルヴァンの腕を借りるのを諦めたさくらが、座卓の縁にしがみついて『おあずけさせられている犬のマネ』をする。
「ウ~!」と手を伸ばし、届かなくて再び縁にしがみついて「アン!」と吠えてまたカリカリと手を伸ばす。
この世界にはさくらの世界にいた『犬』がいないためセルヴァンたちには分からなかったが、仕草が可愛くてさくらの様子に目尻を下げていた。
ハンドくんがケーキを一掬いするとさくらはクチを開いて待っている。
焦らされることなく、さくらのクチにケーキが入れられるとすぐ笑顔になった。
「おいしー」
『皆さんもどうぞ』と4人の前にもスイーツが出される。
ヒナリはさくらと同じミルクレープ。
ヨルクはベイクドチーズケーキ。
セルヴァンはチョコレートケーキ。
ドリトスはあんみつだった。
ドリトスは以前から色々とお菓子を出してもらっていたが甘さが控えめの和菓子を一番気に入っていた。
セルヴァンは逆に『甘いもの』なら飲食どちらも好みのようだ。
「ヨルク。ひと口ちょうだい」
そう言ってヒナリがヨルクのケーキ皿を奪う。
「自分のケーキ食えよー」と文句を言われるがヒナリはひと口掬うと「はい。さくら。アーン」とさくらの前に手を伸ばす。
それに気付いたさくらがクチを開いて待っていて、クチの中に入れてもらうと「おいしー」と笑顔を見せる。
「ヨルクのチーズケーキも美味しいね~」と言われてヨルクも悪い気はしない。
それでも再度さくらにケーキを食べさせようとするヒナリからケーキ皿を奪い返した。
さくらは自分のケーキをハンドくんに食べさせてもらっていた。
セルヴァンの胡座の中にいるため、さくらが手を動かせばセルヴァンが自分のケーキを食べられないからだ。
それでもさくらはセルヴァンのヒザから下りようとしないし、セルヴァンも下ろす気はないようだった。
「さくら」と言われてセルヴァンを見上げるとケーキを差し出されてパクンとクチに入れる。
とたんに笑顔になって嬉しそうに身体を左右に揺らす。
「美味いか?」とセルヴァンに聞かれて笑顔で何度も頷く。
セルヴァンたちは気付かなかったが『セルヴァンのひと口』と『さくらのひと口』は大きさが違ったのだ。
そのためクチの中がいっぱいで声を出せなかったさくらは、全身で『喜びを表現していた』のだった。
しかしその様子が可愛くて、誰も『大きさ』に気付かなかった。
さくらも口いっぱいにケーキを貰えて純粋に喜んでいた。
そのため気付いていたのはハンドくんだけだった。
そのハンドくんもさくらが楽しそうだから黙っているつもりのようだ。
ハンドくんがたくさんの紙を座卓の上に乗せる。
様々な紙を見てドリトスたちは驚く。
色も材質も違う紙がたくさん置かれたのだ。
『これでもごく一部です』と言われて更に驚いた。
さくらとハンドくんが言っていたのは『ハガキやカードを作るオモチャ』だった。
「これで作れるの?」
『はい。これが以前さくらが作ったカードです』
ハンドくんに少し厚めの紙を渡された。
さくらは机の上にある紙の中からチラシを1枚取って器用に折りだした。
あっという間に箱を作ったさくらは、その中にハンドくんから個装されたチョコやキャンディ、ビスケットなど色んなお菓子をたくさん入れてもらってニコニコ顔だ。
でもふと何かを思い出したように暗い表情をしてセルヴァンを見上げる。
「セルぅ・・・さくらは『おバカ』なの?」
さくらの言葉に固まるヨルクとヒナリ。
そんな2人を見てドリトスは苦笑する。
セルヴァンはそんな3人の様子からヨルクたちが『さくらに何か誤解させる言葉を聞かれた』ことに気付く。
・・・多分『さくらバカ』だろう。
「どうした?誰かに『さくらはおバカだ』とでも言われたのか?」
さくらの身体を横抱きの『膝だっこ』状態にして、ヒナリたちが見えないように抱きしめながら尋ねる。
同時にヨルクとヒナリはハンドくんたちに口を塞がれた。
それに気付かないさくらは俯いて「『さくら。バカ』って・・・」と小さく震えた声で答える。
先程もお菓子を貰って無邪気に喜んでいた。
そんな自分は、みんなから『おバカな子』と見られていたと勘違いしたのだろうか。
泣きそうな表情のさくらの頭をドリトスが撫でる。
「さくら。あの時に教えたじゃろう?」
ドリトスは『さくら『のことになると』バカ『になる』』を短く言っているだけと説明したらしい。
ドリトスの言う通り、『さくら『は』バカ』ではなく『さくら『の事になると』バカ『みたいに目の色を変える』』という意味だ。
「さくら」
俺が名前を呼ぶと不安げな表情で見上げてくる。
「ドリトスの言った通りだ。『さくらをバカにした』のではなく『さくらを最優先』にする俺たちをヨルクが揶揄って付けただけだ」
『本当に『さくらをバカにした』のなら2人はこの場から消えています』
『私たちが徹底的にハリセン攻撃をして顔の面積と体積を2倍に増やして骨格も変えてから部屋を叩き出していますよ』
『もちろん、二度と『さくらの前』に現れることはありません』
『近付いたらさくらの好きな『全力でポイッ』です』
『ハリセンを使って『城外ホームラン』も可能ですよ』
ハンドくんの出したホワイトボードを読んで笑うさくら。
思わず納得してしまったドリトスとセルヴァン。
そして『『この場』から消えている』ではなく『『この世』から消えている』という『真の意味』に気付いて青くなっているヨルクとヒナリだった。
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