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第六章
第80話
しおりを挟む一階までひと通り見て回ったさくらたちは、『元・応接室』にいた。
この部屋に置かれていた堅苦しい『応接セット』は一掃され、ソファーやカウチ、ローテーブルなどカジュアルな姿に一変していた。
「あー!『ハンモック』まであるー!」
従来の吊り下げ式や自立式、そしてハンモックチェアも設置されていた。
さくらは吊り下げ式のハンモックに駆け寄る。
すぐにハンドくんたちがハンモックを動かないように支えてくれて、さくらは「わーい!」と喜びながらハンモックの中にコロンと寝転がる。
ハンモックの軽い揺れがさくらの眠気を誘うが、『お昼ごはんは寝転がったままでは食べられませんよ』と言われて慌てて起き上がる。
身体を起こしたものの、まだ自分で揺れて楽しんでいるさくらを、セルヴァンが苦笑しながら迎えに行き抱え上げる。
「ゴハン食ったら『外』に行こうぜ」
「さくらは暖かくしないと風邪を引くから気をつけなきゃね」
「気を付けるよな~。『苦~い風邪薬』を持ったハンドくんに追い回されたくないもんなー」
セルヴァンの横のイスにおろされたさくらに、ヒナリとヨルクが声をかける。
ヨルクの言葉に、また慌ててイヤイヤとクビを左右に振るさくら。
そんなさくらの頭をセルヴァンは撫でる。
「大丈夫だ。さくらが風邪を引いたら『ヨルクとヒナリ』はハンドくんからハリセンを受けるからな」
「なんでオレたちが!」
セルヴァンの言葉にヨルクとヒナリが慌てる。
「さくらはお主たちにとって何じゃ?」
「「雛!」」
いつものドリトスの質問に、2人はいつも通りに声を揃えて答える。
その『やりとり』にようやくジタンはセルヴァンの『言葉の意味』に気がついた。
「ああ。さくら様はお二方の『雛』ですから・・・『風邪を引かせたら親の責任』ということなんですね」
ジタンの言葉にヨルクとヒナリが「「あっ!」」と顔を見合わせる。
「そういう事じゃ」と笑うドリトスは隣に座るさくらに「『身体を暖める魔法』は何か使えるかね?」と尋ねる。
「ん~?・・・ハンドくん。何か『心当たり』ある?」
『『カイロ』をイメージしてみたら如何でしょう?』
「カイロかー。あれは『鉄が酸化する熱』を使ってるんだよね」
『それでしたら『地魔法』ですね』
「『鉄を含んだ石』を温めるのは?」
『昔のカイロで『温石』ってありましたね』
「それもやっぱり『地魔法』だね」
さくらとハンドくんは次から次にアイデアを出していく。
そのやり取りにジタンは目を丸くしていた。
さくらとハンドくんは『構造』や『仕組み』も知っている。
それを『土台』として次々と『最適な魔法』を選んでいくのだ。
「ねえ『湯たんぽ』のポケット版って作れないかな?」
『たしかありますよ』
『ですが湯たんぽでは『低温やけど』をしてしまいますよ』
『それに小さい分、冷めやすくなります』
「ペットボトルの小さいやつにお湯を入れて、冷めてきたら『火魔法』で温めるのはどう?」
お湯だから『火魔法』と『水魔法』のコンビネーションかなー?
『温度』だから『空気魔法』かな?
さくらの言葉に周囲は「この世界に『空気魔法』はないぞ」と思ったが、さくらがマグカップを両手で持ち『魔力を流し込む』と、マグカップの中の紅茶から湯気が出始めた。
それをハンドくんが『飲むときに火傷をしますよ』と手を翳して温度を下げる。
『アイテムボックスの『保温機能』を魔法で使えるように考えてみましょう』
『ペットボトルに『保温機能』をつけても良いでしょうね』
ハンドくんがさくらの頭を撫でると、さくらは頷いて適温になったマグカップの紅茶を飲みだす。
「さくら様。先ほどの魔法は?」
ジタンがさくらに尋ねると「紅茶の中に含まれている空気を振動させて温度を上げてみたの」と何でもないように答える。
空気を振動させたら温度を上げられるか試したら出来たとのこと。
科学の知識に疎いさくらは分かっていないが、これは『電子レンジ』の仕組みと同じだ。
それを『なんとなく』で魔法として生み出したのだった。
それを聞いて、ヨルクとヒナリ、そしてジタンまでもが、魔法を試そうとしたのは言うまでもない。
もちろん直後にハンドくんに『失敗して暴発したらどうする気ですか!』と叱られてハリセンを受けた。
ちなみにセルヴァンとドリトスが後で試してみたところ無詠唱で使えたのだった。
「構造が分かれば無詠唱でも魔法が使えるんだよ」というさくらの話は本当だった。
さくらはジタンから、今まで『王城』だったこの建物が『神の館』と名を変えて、主にさくらや『世話役』の4人。そして時々ジタンが過ごすことになったことを聞いて驚いた。
此処へは他の誰も入ることは出来ない『神聖な場所』になったのだ。
温室や庭園の一部も『神の館』同様『神聖な場所』となり、『神の結界』が張られて誰も入ることが出来ない。
その結果、神々もここで自由に過ごせるようになった。
そのために『誰もいない』のだ。
ちなみに『親衛隊』は神の結界の外で警備をする。
外からは建物は見えるが『中の様子』は見えない。
逆に、中からは『外の風景や人々』が見えるが、結界の近くにいる人や声は届かない。
いま神々が不在なのは『別の理由』があるが、その事をさくらを含めて誰も知らなかった。
頭から『もこもこ』に完全防寒したさくらは、コートだけ着用したヨルクやヒナリと一緒に庭へと出る。
ヨルクたち翼族の羽根は衣服を通過する。
そのため背中に『羽根を出す穴』を開ける必要がないらしい。
同様に、獣人族の尻尾なども衣服を通過するため、『穴』は開いていない。
空を見上げると、どんよりと曇った雲から真っ白な雪が降ってくる。
「あ~」
空に向かって口を開くさくらの鼻や頬に雪は付くが、口には入らない。
そんなさくらの様子をヨルクとヒナリは笑いながら見守っていた。
自分たちも小さい頃はよくやっていたのだ。
しかし『成功』したことは一度もなかった。
スッとハンドくんたちがさくらの顔を支える。
一瞬、呼吸を止めるさくら。
するとさくらの口に雪がひとひら入った。
その瞬間に目を丸くしたさくらは「やったー!」とピョンピョン飛び跳ねて大喜びする。
その様子に「どうした?」「何かあったのかね?」と部屋の中にいた3人も出てくる。
『『ひとひらの魔法』です』
『『叶えたい願い』を思い浮かべて、空から降る雪を口に含むことができると『願いが叶う』と言い伝えられています』
いまだ飛びはねて喜ぶさくらに代わり、ハンドくんが説明する。
「さくら。いったい何を『願った』のかね?」
ドリトスに聞かれて、さくらは寒さと成功した興奮で頬を染めながら嬉しそうに笑う。
「あのね。『此処にいるみんなが『ずーっと一緒』にいられますように』って!」
さくらの言葉に全員が目を丸くして驚いた。
そんな中でさくらはセルヴァンに向けて駆け寄る。
セルヴァンは蕩けそうな表情で膝を折って両手を広げると、さくらは「セ~ル~」と飛び込む。
そんなさくらを抱きしめて抱え上げる。
さくらはセルヴァンの胸に顔を埋めて嬉しそうに笑って甘えていた。
そんな2人の周りをドリトスたちは囲む。
そこだけ空から『ひとすじの柔らかな光』が差し込んでいた。
その光景をたくさんの人々が目撃した。
さくらたちが庭園に出てきた時から、結界の中が『見える』ようになった。
会話は聞こえないようになっていたが、初めて『さくら様』を見ることが出来たのだ。
『神の館』に感謝した神たちが、庭にいる彼らの様子を特別に見せていたのだ。
もちろん。ハンドくんに『許可』をもらって。
その様子はセルヴァンの子供たちも見ていた。
父の嬉しそうな表情。
幼馴染みの優しい笑顔。
ドリトス様の慈しみの表情。
ジタン様の恥ずかしそうな笑顔。
そして膝をついた父に飛びつき胸に顔を埋めて甘えていた『さくら様』。
そんな『さくら様』の頭を撫でる『白い手袋』
5人は何も言えず、ただ『優しい光景』に涙を流していた。
そして願った。
「このシアワセな時間がいつまでも続くように」と。
この光景を目撃した宮廷画家が描いた絵は、新しい王城の『謁見の間』に飾られることになった。
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