私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル

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1巻

1-2

 夕食に満足して、階段に向かう。
 朝食は六時から十一時まで。多少寝坊しても遅めの朝食ブランチとして提供が可能と聞いたので、日本のホテルや旅館みたいに早起きしなくても良いのが嬉しい。
 私が部屋へ向かう時、兄弟たちはカウンターに並んで早めの夕食を食べていた。食堂は十八時頃から混み出すため、そのお手伝いをするそうだ。
 弟くんはキッチンで皿洗いをするらしく、「綺麗に洗えるよ!」と自慢していた。ピカピカに洗えたら、一日分のお手伝い代三ジルに追加して二ジルが貰えるらしい。食事時の皿洗いが一回一ジルという計算なのだろう。


 私に割り当てられた客室は五番だった。
 一から五番まではここの二階。それ以外が裏の別棟べつむねだそうだ。ひとり部屋は、安全のために受付に隣接する食堂の上になっているらしい。
 食事のお礼を言って、カウンター右横にある階段から二階へ上がる。
 手前の客室が一番だったから、私の部屋は廊下の突き当たりだ。
 扉のノブに薄型のタッチ端末がついていて、そこに身分証をかざすとカチャリと音がした。解錠されたのだろう。そのままレバーハンドル式のノブを下げると扉が開いた。一歩部屋に足を踏み入れると、パッと室内の明かりがく。中に入って扉を閉めると、またカチャリと音がして鍵が締まった。
 オートロック式のようだ。
 室内は少し広めのベッドに、ゆったりめの二人掛けのソファーとローテーブル、窓際には机が置かれていた。日が暮れたため、今日は外を出歩くのをやめて、明日の朝から買い物をしよう。
 窓に近付くと、通りに面しているからか、周りの建物の窓から明かりが見える。しかし、中をうかがい知ることはできなかった。
 この世界に関わってまだ短時間だけど、その感想は、街並みは中世ヨーロッパなのに、システムは日本より進んでいるみたいだ。
 窓もカーテンがかかっていないのに室内が見えないのは、窓かガラスに魔法が掛けられているのだろうか。窓の下に目を移すと石畳いしだたみの街道を行く荷馬車が見えたが、馬車の音も室内には聞こえてこない。凹凸おうとつで揺れるだろう荷台自体、少しも揺れていないようだ。
 明日、買い物に出かけるのだから、この世界について聞いたことを一度整理しておこう。
 机の前の肘掛け椅子に座り、メモ帳を取り出す。
 一日二十四時間。ひと月二十四日。一年十五ヶ月で三百六十日。
 日本と比べると五日少ないくらいか。
 週は六日。曜日に名前はなく普通に『一の曜日』『二の曜日』と呼び、『一週目の六の曜日』の次が『二週目の一の曜日』となるらしい。
 スケジュール帳にあるカレンダーは使えないけど、ノートパソコンが使えるなら、それでこの世界用のカレンダーを作ればいい。もちろん、太陽光発電が使えるなら、の話だ。
 じつはリュックには携帯プリンターも入っている。
 契約内容によっては、その場で契約書を作成することもあったからだ。
 会社で支給されている携帯プリンターはインクジェット式だから、紙さえあれば印刷できる。
 重いし嵩張かさばるけど、移動は車で基本はリュックだから、持ち歩いていた大量の予備カートリッジも、今になると役に立ちそうだ。
 カラーインクは難しいかもしれないけど、黒インクなら、イカの墨でも代用できるかもしれない。お金はあるから宝石を購入してもいいだろう。その宝石から顔料を作ってカラーインクにする方法も教わったから『なんちゃってカラーインク』が作れるかな?
 取引先で工場見学をして得た知識が、異世界で役に立つとは……
 ちゃんと工場見学をさせてもらっていて本当に良かった。まあ、私の場合は『もの珍しい』から、興味を持ったんだけどね。


 昨日は結局、荷物の確認をしたらそのまま朝までグッスリ眠ってしまった。
 目を覚ましたら知らない部屋。そんな経験……あの、たくさんの人たちの生活も生命も奪った大きな自然災害以来だ。家族も、親戚も、故郷も、思い出も。すべてをうしなった。そして今度の地震で、私は『帰る世界』すら奪われてしまった。
 ピピピッピピピッ。
 左手首にはめているお兄ちゃんの腕時計から機械音が鳴った。時間を確認するといつも起きている時間だ。

『ほら起きろ。朝だぞー。今日もいい一日にしたいなら、ちゃんと朝起きて美味おいしいご飯を食べろ。それだけでいい一日のスタートが迎えられるぞー!』

 お兄ちゃんがいつも言ってたっけ。
 良かった。腕時計のアラームをそのままにしてて。

「うん。お兄ちゃんの言う通りだよね」
『一日はみんな同じ。だから、起きるのが遅ければ一日がそれだけ短くなる。そんなのもったいないじゃないか』

 就職直後の休日に、生活のペースを崩しかけた私を部屋まで必ず起こしに来て朝食を一緒に食べていた。朝食を食べれば眠気も飛んでいく。日中はゆっくり過ごし、時間通りに昼食も夕食も家族みんなで食べて一日を終える。そんな日々を続けて身体が慣れたのか、休日の朝でもちゃんと起きられるようになっていた。
 リュックの中にあるブラシと折り畳みの鏡を取り出して、髪をく。
 今日の買い物で、洋服などの着替えも購入しなくては。
 ウェットティッシュで顔や全身を拭く。ドライシャンプーで髪も洗う。
 ……色々と買い物が多そうだ。
 収納ボックスがあって助かった。そうじゃなければ、宿まで一体何往復する羽目になっていたか。
 身支度を整えて、買う物を確認してから下へ降りる。

「お姉ちゃん! おはよう!」

 真っ先に私に気付いたのはマーレンくんだった。
 ユーシスくんも気付いて駆け寄ってきた。

「おはよう、二人とも。朝からお手伝い?」
「うん。今ちょうどいたところだよ」
「すぐにテーブルを片付けるから待ってて」

 すぐに一卓を片付けに行った兄弟の様子をカウンターにもたれかかって見ていると、

「見ン顔だが、昨日ウチに泊まった客か?」

 と背後から男性の声が聞こえた。
 振り向くと『筋肉ムキムキマン』が立っていた。

「とーちゃん。お客様に失礼だろ」

 彼の後ろから、昨日のママさんがぬぐいで手を拭きながら出てきた。ということは、このムキムキマンは『パパさん』だろう。

「おはようございます」
「ちょうどいたところですよ」
「そうみたいですね。すぐに片付けるから待っててと言われました」
「お姉ちゃ~ん! ここのテーブル、綺麗にしたから使えるよー」
「ありがとう」

 私が手を振って礼を言うと、「座っててくれ。すぐに出す」と言い残してパパさんは扉の奥へ入っていった。

「すみませんねー。不愛想で」
「いえ。不器用なだけだと思います。職人気質かたぎなんでしょうね。別に気にしていませんよ。声に敵意や悪意は感じませんから」

 そう言って、兄弟が片付けてくれたテーブルへ向かった。
 朝食はコーンクリームスープ、トーストと目玉焼きにベーコンとソーセージ、生野菜のサラダ。そしてフルーツの入ったヨーグルトにコーヒー。まるで日本のビジネスホテルのモーニングだ。
 サクッと完食して、別のテーブルを片付けている兄弟に「ごちそうさま。ここの片付けもお願いね」と伝えて宿を出る。
「アンタたち! お客さんが食事してる横で『掃き掃除』なんかして!」と兄弟を叱る声が聞こえた。それも仕方がないだろう。逆に客の私がその場にいたら、叱れないだろうし。兄弟にしてみたらその方が良かっただろうが、これも『客商売』のマナー。それも飲食店だ。失礼極まりないだろう。兄弟も『いつもやっていることをしただけ』だろう。ただ、今日はわたしがいたため、いつものようにテーブルの片付け後に掃き掃除を始めてしまったのが失敗なのだ。
 それに、同じことを繰り返してしまったら、評判ガタ落ちで閑古鳥かんこどりが一体何羽巣作りをするだろう。
 それを未然に防ぐためにも、しっかり叱られて反省してください。


 八時を過ぎて、露店や屋台は賑やかだった。どの店も八時三十分から開いているようだ。
 前日見かけた、開いた本の絵が描かれた看板を掲げるお店に足を踏み入れた。
 店内に入ると紙独特の匂いがした。図書館の中にいるようだ……とは思わず、私は古書店をイメージした。私は紙の匂いが好きだ。だから嬉しかったが、紙の臭いが苦手な人もいる。
 …………感じ方は人それぞれ。十人十色だ。
 円柱の建物の壁に沿うように造られた螺旋状の本棚には、たくさんの本が並んでいる。お金を出してでもここで一泊したいくらいだ。
 そういえば、そんなイベントが水族館であったな~と思い返しながら、手近にあった一冊を手に取る。背表紙には『せいかつまほうぜんしゅう』と書かれていた。
 そう。この世界の言語は『ひらがな』と『カタカナ』で表記されているのだ。
 お城で「聖女は読み書きができる」と聞いていたとおりだ。
 パラパラと本をめくると、文章には句読点が全くなかった。代わりに読点は一文字、句点は三文字けるか改行をしている。読み辛いが読めない訳ではない。全く読めないよりはマシだ。
『しょきゅうまほうぜんしゅう』の横には中級と上級の魔法全集も並んでいた。『しょうかんじゅうずかん』も見つけた。召喚獣だけでなく、妖精などの召喚魔法で召喚できる生物が絵入りで詳しく載っていた。
 それらを手に、カウンターへと向かう。
 カウンターの後ろに座っていた店番らしいおばあさんが、分厚い本を三冊積み上げてニコニコしていた。

「買う本は決まりましたか?」
「はい。この五冊をお願いします」
「はいよ。見かけん顔だけど、王都は初めてかな?」
「ええ。昨日着いたばかりです」

『この世界にね』という言葉を心の中で追加した。

「全部で二万二千八百五十ジルになるが。支払いは身分証でいいのかね?」

「はい」と言って、身分証をカバンから取り出す。
 収納ボックスであるカバンは本来の使い方もでき、身分証は内ポケットに入れて取り出しやすくしている。ちなみに、ほかの人がカバンの中を見ても、空にしか見えない。
 カバンを盗んでも、所持者が『持ち物』に登録していれば、引っくり返しても埃一つ出てこない。
 だいたい、身分証の不正使用で逮捕確実・牢屋確定・下手すりゃ処刑のトリプルコンボだ。
 そして、端末で代金を支払って気付いた。
 お店に現金を置いていれば強盗に狙われる。それなら現金のやりとりをなくせば、その被害も少なくなるのではないだろうか。

「初めてこの店で買い物をしてくれたお礼に、この三冊をオマケにつけてあげようね」
「え? いいんですか?」
「これらはいずれ役に立つだろうからね」

 一番上に置かれていたのは『やくそうずかん』だった。
 たしかに、役に立ちそうだ。

「ありがとうございます」
「良い冒険生活を」
「はい」

 収納ボックスに購入した本やオマケでもらった本をしまって、私は本屋を出て振り返った。
 二階建ての高さの建物と同じ高さの円柱の建物。しかし、中は壁に沿って螺旋状になった本棚が十階以上はあった。空間魔法が使われているのだろうか?
 次に入ったのはシャツの絵が描かれた看板のお店。
 普通の服からよろいまで多種多様な服が揃っていた。市民の服とよろいなどの装備品は分けて飾られている。よろいはいかにも重そうで私には無理だ。特に深く考えず、実用性を重視した服を店内カゴに放り込んでいく。ズボンも靴も。もちろん下着類も忘れず、大量に取ってかごの中へ。服は一着三百ジルが平均価格。下着類は三着セットで百ジル以下だ。
 そのまま装備品を見ていく。
 カーディガンやポンチョにコート、コーディガンやマントまで、上着が各種揃っている。
 これらが装備棚にあるのは、防汚や防滴などの効果が付いているからだろう。
 下着にも同じ効果があったから、旅行者や冒険者のためだろうか?
 日本に点在する安価な衣料品店の名前がいくつも頭をよぎる。この世界にも工業技術があって量産できるのだろうか? 小説や漫画などの創作世界では『魔法と科学は共存しない』という設定が多いが、この世界では違うのだろうか。
 そういえば城の説明で「商業ギルドがある」と言っていたな。だから安価で売れるのだろうか。
 頭で色々と考えつつ、手は目につくものを見境なくカゴの中へと詰め込んでいく。
 ある衣料品店の大型創業祭で、何も考えずに定価よりはるかに安い洋服や靴、雑貨を手当たり次第に買い物用の透明バッグに詰め込んで、会計で万を超える金額になったことを思い出した。
 今の時点で、すでにカゴに入らない服は腕に掛けているけど、合計金額はまだ万を超えていない。
 本格的な装備品、例えばよろいなら一着数千ジルだけど、市民も使える上着は八百ジル以下なのだ。

「一度に買うなよ。バカだな、俺の妹は」

 そんな兄の言葉が脳裏をよぎる。レジで会計中の私に「偶然見かけた」と言いながら近寄ってきて、自分の買い物と一緒に支払ってくれた優しいお兄ちゃん……
 思い出したら知らないうちに涙が溢れてきた。
 ……ダメだダメだ。これはまだ『未会計』だ。
 いくら買うつもりでも、商品を涙で汚してはお店の人に失礼だ。
 右腕でこすって涙をぬぐう。深呼吸して、気持ちを落ち着かせてから店内を見回す。ひと通り欲しいものは選んだつもり。足りなければ追加で買いに来ればいい。
 バカな連中に見つかって、王都から追い出されるかもしれないけど。
 その心配があるから、せっせとまとめ買いをしていたのだ。
 ドッサリと商品をレジに載せると、店員さんたちは一人が手際よく畳んで、もう一人が計算していく。

「合計で七千八百八十ジルになります」
「身分証でお願いします」
「はい。ではこちらへお願いします」

 端末に身分証を載せると、石は青色から緑色に光る。これは宿屋でも本屋でも仕組みは同じだ。コンビニの端末と同じ仕組みなら、残高不足は赤色に光るのだろう。
「大変おまたせしました」と言って、とうのカゴを一つ渡される。
 アレ? という表情が出ていたのだろう。

「ああ。こちらのカゴは当店で五千ジル以上ご購入の方に差し上げている収納ボックスです」

 そう笑顔で言われたので、お礼を伝えてとうカゴを受け取る。大量の服を購入してもこの収納ボックスに入れてくれるなら、その後も買い物が続けられる。
 それに安価でいつでも買えるから、大量買いの客が少ないのかもしれない。

「「ありがとうございましたー」」

 店員さんたちの明るい声を聞きながら店を後にした。


 色々と見て回って歩き疲れたので、最後に雑貨屋へ寄ってから宿へ戻って休憩することにした。
 その前にとうカゴを帆布カバンの収納ボックスにしまう。
 とうカゴを持っていたら、買い物の邪魔になるだろう。陳列されている商品に引っ掛かったり、落として壊す可能性もある。
 思い当たるリスクは最小限に。それが社会人のマナーだ。
 店内には可愛い置物などがあって購入欲をそそられたが、今回は我慢。
 石鹸せっけんなどの消耗品から、コップやカトラリーなどの生活用品をここでもまとめ買い。品揃えから見ても、まるで百円均一ショップに来ているようだった。
 ……本当に「ここは日本で、これはドッキリの番組じゃないのか?」と疑ってしまう。
 さあ、宿に戻って、ひらがなとカタカナだらけの魔法の本でも読むか。
 そう思って宿へ足を向けたが、どうもこの場所に不釣り合いな馬車や人が多いことに気付いた。
 ここはいわば下町に位置する。
 貴族が馬車に乗ってやって来るような場所ではない。
 これがまだスイーツ店やファンシーショップだったら、ご令嬢が馬車で乗り付けてもおかしくないが。

「何なんですかね。あの人たち」

 近くで集まって話をしている歳の離れたお姉さんたちに声をかけてみた。

「なんかね。お貴族様が失礼を働いたらしくて、その相手を探しているらしいのよ」
「お貴族様失礼を働いた、ではなく?」
「ええ。逆だそうよ。だから『館に招いて非礼を詫びたい』んですって」
「探してる相手はどんな人なんでしょう?」
「それが何もわからないそうよ」

「それは……」と思わず絶句する。そんな姿もわからない相手を探すなんて、探すように命じられた側も気の毒だ。

「その人がここらへんにいるとでも?」
「そうじゃなくてね。街から出ている可能性が高いらしいんだけど、もしかしてまだ王都にいるかもしれないから、一斉に探してるってことみたい」

 そんな話をしていると、「立ち話もなんだから、ウチでお茶をしながら話をしましょう」と言われ、私まで一緒に近くのお姉さんの家へ半ば強引に引きられて行った。


「まあ。あなたは冒険者になるためにこの王都へ?」
「ええ。これから冒険者ギルドへ向かう前に、軽く何かを食べようと思って」

 別に嘘ではない。
 お城で時間潰しに聞いた説明から、冒険者なら私一人でもなんとか生きていけると思ったのだ。
 昨日、宿で確認した自分のステータスは、レベルが3になっていた。スキルに『拳術3』とあったので、一人ぶん殴ってレベルが上がったのだろう。ちなみに基礎体力はすべてレベル7だった。そしてやはり地球より重力が弱いようだ。
 ステータスの最高レベルは10というのは説明で聞いた。
 社会人として身につけた礼儀作法や家事などのスキルは、日本の経験からレベル6~8と結構高い。
 泳法が6だったし脚力も4あったが、走行は2だった。……数字化されると、地味に落ち込む。
 そして操術そうじゅつがレベル7だったけど、これは車の運転技術だろう。……この世界で役に立つのだろうか?


「エアさん? どうかしたの?」

 黙り込んでしまった私を心配したのだろう。右隣に座る緑髪のふくよかなオネーサンこと、ミリィさんが声をかけてきた。
 彼女が言った『エア』は私の名前だ。
 昨日ステータスを開いた時に、名前と称号『聖女』『異世界から召喚されし者』の後ろに『非表示』がついていたのだ。
 ほかに称号は付いていなかった。
 触ったら収納カバンの時みたいに有効になるのだろうか。でも、非表示と記されているのだから違うのかな?
 何らかの理由で身分証を確認されステータスを見られることになったら、称号はともかく名前が空欄では怪しまれてしまう。そのため、をつけた。
『エア』。空気という意味だ。
 あのバカな王子のせいで、この世界では私は『空気のような存在』にされた。
 そのイヤミでつけたが、それでも名前自体は気に入っている。
 ひらがなで『えあ』にしようとしたが、何故か名前はカタカナ表記になってしまうのであきらめた。
 賞罰欄は『なし』となっていたため、昨日の暴行事件はなかったことになったみたいだ。

「こんなこと……今さら言ってもいいのかわからないのですが。手をわずらわせてしまうので、出しそびれてしまって」

 そう言いながら、収納ボックスから先程購入したパウンドケーキを取り出す。
 話を聞くのに夢中で、購入したのを忘れていた。それにカットされてないため、会ったばかりの人様のお宅にお呼ばれして「切ってください」なんて図々しくて言い出せなかったし。
 でも色々な話を聞かせてもらったから、お礼にと思ったんだけど……
 出した途端に、穏やかだった場の空気に殺気が加わった。

「え? これって『ジェフェールの限定ケーキ』じゃない!」
「うそ! いつ販売するかもわからない限定品なのよ!」

 お姉様方の目つきが怖い……。そんな限定商品だと知らなくて、私ったら大人まとめ買いしてしまった。だって近道で通った道で「十本まとめ買いしたらロールケーキ五本のオマケ付き!」なんて言われたから。見たらフルーツたっぷりのロールケーキがとても美味おいしそうだった。それに収納ボックスには時間停止機能もついているから、旅や冒険を始めた時に甘味を入れていれば重宝するだろう。
 ちなみに「今ある二十本全部買ったら、ロールケーキ十本とプリン二十個もつけるぞ」と言われたので、全部購入した。
 ……なんて、パウンドケーキ一本で目の色を変えているお姉様方には言えませんね、怖くて。
 きっとその『たたき売り』が原因で、購入が困難なのだろう。「皆さん、紅茶と一緒にどうですか?」と言うと、「「「返品不可よ!」」」と全員から声を揃えられた。私は迫力に負けてコクコクと頷く。

「すぐに紅茶をれなおすわ!」
「ひぃふぅ……薄く切って一人ふた切れとして……十等分でいいわよね」

 まだ食べてもいないのに喜んでいただけたようで、キッチンでは女子会のようにキャピキャピと賑やか……

「そっちの方が分厚いわ!」
「こっちのお皿、一枚がほかのより薄いわよ!」

 迫力に少々殺気が含まれている。……包丁を持っているお姉さんもいるのだから『パウンドケーキ殺人事件』はお控えください。
 紅茶のおかわりを頂きながら、一人ふた切れずつ載せられたお皿を前にして、皆さんのひたっている姿を見て苦笑する。結局、じゃんけんで勝った人からお皿を選ぶことにした。

「おいしー!」
「こんなに美味おいしいなんて! もう死んでもいいわー!」

 死んだら二度と食べられませんよ。
 心の中でツッコミを入れつつ、私もひと口頬張る。ほんのりブランデーに似た果実酒の香りもして確かに美味おいしい。皆さんが夢中になるのも頷ける。
 でも、残り十九本あるからと言って、ここにいる四人に一本ずつプレゼントしてはいけない。そんなことをすれば、商品価値が下がってしまう。そうしたら『ありがたみ』もなくなるし、客足も遠ざかる。
 それは『閉店』に結びつく。
 味が落ちて評判も落ちた結果の閉店なら仕方がないだろう。それが私が好き勝手に商品をばらまいて『商品価値を下げた結果の閉店』だなんて、許されるはずがない。
 お姉様方は王都に住んでいるのだから、この先も運が良ければ購入できるだろう。

「あ! そうだわ! 冒険者になるなら『商人ギルド』にも登録した方が良いわよ」
「商人ギルド……ですか?」
「ええ。冒険をしてる時に得たアイテムは冒険者ギルドでも買い取ってもらえるけど、商人ギルドだと高値で買い取ってくれるアイテムもあるのよ」
「実は私たちも商人ギルドに登録してるの」
「皆さん、何かの商売でも?」
「違うわ。例えば洋服のデザインや料理のレシピを商人ギルドに登録すると、『アイデア使用料』が支払われるのよ」
「レシピが購入されれば、その支払いの度に登録された身分証へ自動で振り込まれるわ」
「一律二百ジルだけど、レシピがお店で使われる場合、そのメニューの売り上げから三割が使用料として支払われるわ」
「……それはそれでオリジナルをマネた料理が登場したりしませんか?」
「それがね。ごまかしがきかないのよ。登録されたレシピをアレンジしても、それは『オリジナルレシピを元にした』として使用料が発生するの」
「それだけではなくて、アイデアやレシピをとして窃盗罪に問われるのよ」
「けっこう厳しいですね」


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