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第九章
第389話
兄がかよう幼稚園には臨時保育園が併設されていた。当時はそんな幼稚園もあった。震災で被災した家族のためだ。数年で消えていったそうだが……私も臨時保育園経由で幼稚園に入った。
兄は何度も教室を抜け出しては保育室で眠る私のそばにいた。
「ちゃんとお絵描きを終えてからいってたぞ」
先生たちも私たちが震災遺児だと知っていた。そのため私に会いにいく兄を止めなかったと、のちに幼稚園の先生から聞いた。
「だって母さん、あのときは急に子供を二人も引き取って、育児書片手に必死だったじゃないか。ポットのお湯を再沸騰させてミルク作っちゃってさ、俺が気付いて慌てて中身を捨てたらわんわん泣くし。そのまま疲れて眠っちゃうし。だったら保育園に預けて少しでも休める時間が必要だったろ? だいたい、言い出しっぺの父さんは何も手伝わなかったんだからさ」
「帰ってきて風呂に入れてたじゃないか」
「それと遊んでやるだけだろ。そいつは世話とも育児とも言わねえんだよ」
「ゴミ捨てだってしてたぞ」
「母さんがまとめて玄関に置いたゴミ袋をステーションに運んだだけだろ。そんなもん、オレでもやってたぞ。部屋のゴミを集めて分別とかしてたかよ。メシも弁当も用意されたもので、母さんの代わりに作ったことあるんかよ。休みの日だって手伝ったか? オムツ交換だって、俺の横で見てただけで手伝わなかったじゃないか」
「……あ、沈んだ。お兄ちゃんの勝ち~!」
兄に言い負かされてガックリと落ち込んだ父は、テーブルに突っ伏した状態で酔いからかシクシクと泣き出した。母も「あの頃は毎日が必死だったのよ」と苦笑した。母はあの頃、限界まで精神的にまいっていたらしい。泣いて疲れて寝てしまい、起きたら身体にタオルケットがかけられていたそうだ。
「枕まであったのよ。床暖房もついてるし」
「台所で寝てたからな。四歳に大人は運べん。だったら風邪ひかないように持ってくる方が早いだろ。床暖房のスイッチも、父さんの傘を使ったらとどいたし」
「お昼ご飯まで作ってあったのよ。サンドだったけど」
「母さんが野菜を切って冷蔵庫に入れていたからな。食パンにマーガリンを塗ってハムを置いて、キッチンペーパーでキュウリを拭いてから並べてマヨネーズを塗ってハムを乗せて。食パンを乗せたら上から深皿をひっくり返してかぶせて上から重しを乗せれば食パンが圧縮されてカットされる。これだと四歳児の俺でも作れるし、中身を落とさないで食えたからな」
「チーズや卵焼きを挟んだサンドもあったのよ」
「母さんの作りおきが冷蔵庫にあったからな。温め直さなくても食えるものなら何でも挟んだんだ」
兄は実の両親が私の世話をするのをみているだけでなく、台所の手伝いもしていたからミルクを作るのもオムツ交換もできたそうだ。
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