回復魔法が不要になった最強パーティーから俺は離脱して町の治療師として世界を救う

紡識かなめ

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第8話 命の恩と理念の理解

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ルシエルが牢に囚われた翌日。

バルド伯爵の屋敷では、一転して重苦しい空気が漂っていた。

昨日まで微熱と倦怠感を訴えていた娘の容態は、信じられないほどの速さで悪化の一途を辿っていたのだ。

高熱にうなされ、時折苦しそうな咳をする娘の姿に、バルド伯爵は焦燥感を募らせていた。

すぐに、街の評判の良い治療師たちが次々と屋敷に呼び寄せられた。

熟練の薬師、高名な魔法使い、腕利きの聖職者。

誰もが、娘の症状を懸命に診察し、それぞれの知識と技術を駆使して治療を試みた。

だが、効果はまるで現れない。

どの治療師も、娘の病の原因を特定することができず、ただ首を傾げるばかりだった。

「一体、どうなっているのだ!貴様らは、街でも指折りの治療師であろう!なぜ、わが娘の病を治せない!」

バルド伯爵は、治療の甲斐なく衰弱していく娘の姿に、怒りと不安を爆発させた。

治療師たちは、恐れおののきながら、口々に答えた。

「申し訳ございません、伯爵様。このような症状は、これまで見たことがございません」

「原因が特定できず、手の施しようがないのです」

「もしかしたら、何かの呪いかもしれません…」

様々な意見が出るものの、どれも決定的なものではなく、娘の容態は悪化するばかりだった。

夜になり、娘の呼吸はさらに苦しさを増し、意識も朦朧としてきた。

バルド伯爵は、藁にもすがる思いで、屋敷の者たちに指示を出した。

「他に、何か手立てはないのか!誰か、娘の病を治せる者はいないのか!」

屋敷の者たちは、必死に知恵を絞った。

その中で、一人の老いた家臣が、おずおずと口を開いた。

「伯爵様…もし、よろしければ…下町にいる、ルシエルという医者に診てもらうのはいかがでしょうか?」

「ルシエルだと?あの無礼な男か!」

バルド伯爵は、すぐに反発した。昨日のルシエルの態度が、まだ許せないのだ。

「しかし、伯爵様…街の者たちの間では、ルシエル先生は、どんな病でも治してしまうと評判です。娘様の症状も、もしかしたら…」

他の家臣たちも、口々にルシエルの名前を挙げ始めた。

「私も、ルシエル先生なら、何か知っているかもしれません」

「あの方の治療を受けた者は、皆、感謝しています」

「他に頼れる者がいないのであれば…」

娘の苦しむ姿を目の当たりにし、あらゆる手段を試しても効果がない現状を前に、バルド伯爵の心も、徐々に揺れ始めていた。

プライドは捨てなければならないかもしれない。

だが、娘の命には代えられない。

苦渋の決断を下したバルド伯爵は、重い口を開いた。

「わかった。すぐに、あのルシエルを牢から連れてこい!」

夜も更け、月が空高く昇った頃。

冷たい牢獄の片隅で、静かに目を閉じていたルシエルの前に、数人の兵士が現れた。

「ルシエル殿、伯爵様がお呼びです」

兵士たちは、 捕らえた時とは打って変わり、どこか申し訳なさそうな態度だった。

ルシエルは、何も言わずに立ち上がり、兵士たちに連れられて牢獄を出た。

伯爵の屋敷に到着すると、ルシエルは、すぐに娘の寝室へと案内された。

そこで見たのは、昨日よりもさらに衰弱し、苦しそうに呼吸をする少女の姿だった。

顔は青白く、額には脂汗が滲んでいる。

バルド伯爵は、憔悴しきった表情で、ルシエルに懇願した。

「ルシエル…どうか、わが娘を助けてくれ!わたくしの昨日の無礼は詫びよう。金ならいくらでも出す。頼む!」

普段の傲慢さは影を潜め、今や、ただの娘を心配する父親の顔だった。

ルシエルは、何も言わずに、少女の傍らに跪き、その小さな手をそっと握った。

彼の指先から、微かな光が溢れ出す。

少女の体を通して、ルシエルは、その病の正体を瞬時に見抜いた。

それは、ごく稀に発症する、特殊な毒によるものだった。初期症状は軽いものの、進行が早く、強力な回復魔法と、それを増幅させるための魔法陣が必要となる。

「伯爵様、お嬢様の病は、特殊な毒によるものです。強力な回復魔法と、それを補助するための魔法陣が必要です」

ルシエルの言葉に、バルド伯爵は、 慈悲の光を宿した目で尋ねた。

「そなたに、治せるのか?」

「はい。ただし、一刻を争います。すぐに、広い場所と、魔法陣を描くための道具を用意してください」

ルシエルの指示に、バルド伯爵は、すぐに屋敷の者たちに指示を出し、寝室の家具を সরিয়ে、床に大きな円を描くための道具を用意させた。

ルシエルは、手際よく床に魔法陣を描き始めた。複雑な線が、彼の指先から魔法の力と共に、正確に刻まれていく。

魔法陣が完成すると、ルシエルは、その中央に跪き、深く息を吸い込んだ。

彼の周囲に、強い光が集まり始める。

「古き癒しの力よ、星々の導きのもと、この身に宿り、猛毒を打ち砕け――『聖光浄化陣』!」

低い、だが力強い声で、ルシエルは呪文を唱えた。

彼の掌から放たれた眩い光が、魔法陣全体を活性化させる。

魔法陣は、まるで生きているかのように輝きを増し、その中心から、さらに強力な光が、少女の体を包み込んだ。

少女の体は、優しい光に包まれ、微かに震えている。

毒が浄化されていくのが、目に見えるようだった。

バルド伯爵は、固唾を飲んでその様子を見守っていた。

やがて、光が徐々に収束していく。

少女の呼吸は深く、穏やかになり、青白かった顔には、ほんのりと血色が戻っていた。

バルド伯爵は、娘の傍らに駆け寄り、その頬に触れた。熱はすっかり引いている。

そして、少女は静かに目を開けた。

「お父様…?」

か細い声だったが、その声には、確かに生気が宿っていた。

「ああ、リリア!よかった…!」

バルド伯爵は、娘の名前を呼び、涙ながらにその小さな手を握りしめた。

ルシエルは、静かに立ち上がり、バルド伯爵に向かって言った。

「お嬢様は、もう大丈夫でしょう。しばらく安静にしていれば、完全に回復します」

バルド伯爵は、深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べた。

「ルシエル…昨日は、本当に申し訳なかった。そなたの信念を理解せず、無礼な態度を取ってしまった」

その言葉には、心からの反省の色が滲んでいた。

「お嬢様が無事であれば、それで結構です」

ルシエルは、静かに答えた。

今回の出来事を経て、バルド伯爵は、ルシエルの医者としての腕だけでなく、その強い信念にも、深く感銘を受けたようだった。

そして、ルシエルは、再び下町の診療所へと戻っていった。

彼の信念は、一つの命を救うことで、より強く、人々の心に刻まれたのかもしれない。
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