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中学生編
十四(2023、初夏)
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繰り返し繰り返し、執拗に詰られていた。言葉は不明瞭で、何と言っているか分かりそうで分からない……しかし、その泣くような叫ぶような口調が伝えてくるものは、かきくどいてなお尽きない苦しみと怒りだった。
(おえの、こを、か*へ。かえへ。かえひて)
(あの、こ、かえひて)
(なんえ、ころひた……)
(*け*の……)
(*けもの)
(ばけもの!)
はっ、と息を飲み込んで、晶は目を覚ましていた。唇が切れ、血が乾いて固まっている。
「紫穂、紫穂! 紫穂!!」
泣き叫ぶような声は、崇のものだ。が、それが重たい荷物がぶつかるような音と共に、唐突に途切れた。
「ばけもの、なかなかしなない……」
憎しみが凝ったような声が、唸るように低く呟いた。
穢狗だった。
血に塗れた短い鉄パイプのようなものを引きずっている。
頭がひどく痛んだ……目の上に、どろりと生温かいものが垂れてくる。頬に触れる床はコンクリートで、散らばる砂が皮膚に食い込んでいた。
薄暗い部屋は、廃墟のようだ。窓に残るシェードの隙間から、斜めに光が差し込んでくる。
身体が動かない。
どころか、手も足もどこにあるのか分からない……感覚がないのだ。
(首……脊椎が、折れた……?)
ひやりとした絶望とともにそう思った時、またも重い打撃が振り下ろされ、晶は呻いた。
「むだだ」
口腔内腫瘍が少ないのか、穢狗の発音はかなり明瞭だった。それは年取った男性の声のように聞こえた。「きゅうけつきは、いためつけてもひなない。ひんぞうをくいでつらぬかなけえば」
「くいを、さんぼん」
「そう。でなければ、よみがえう」
舌打ちの音と共に、頭が蹴り飛ばされ、身体が壁にぶつかった。
「くい、つくう」
「はやくひないと」
「みせしめにふる」
晶は、喘ぎ、言葉を絞り出した。「ま、待って……ください。な、なんで、あなたがたは……おれたちを……」
揺れる視界の中、腫瘍にゆがんだ顔貌から向られたまなざしは氷のようだった。
「いなしきだいにちゅうがっこう」
指定ジャージの校章を指さす。「おえのこども、そこでしんだ。あきに。ころされた」
身体が震え、歯ががちがちと音を立てた……
――『茨城の中学校文化祭に「穢狗」侵入か』……
ネットニュースの無味乾燥な字が脳裏に蘇る
侵入した個体は「穢狗管理局」の管理下で処分……
(多分、悪気があったわけじゃないんだろう……)
崇は、そう、そう言ったのだった。
(それでも、やっていいことと悪いことがあるわ。馬鹿なのよ。自己正当化したのよ。穢狗を贄にして。弱い者を、理不尽に犠牲にして)
その紫穂は、ぼろきれのように床に倒れ、動かない。ゆっくりと、その長い髪の下から血液が滲み出し、広がっていく……
血か涙が目に溜まり、その光景がぼやけた。
「紫穂は……俺たちは、な、なにもしてない……むしろ、助けたかった……助けたかった! でも、できなくて……」
「おえのこも、なにもひていない」
歯の間から押し出された声は、低く苦しみに掠れた。
「なにもしないまま、おまえたちもしね」
涙が、こぼれた。
怒りも、恐怖をも凌駕して、圧倒的なかなしみが津波のように胸を突き上げ、さらっていく。
嗚咽が喉につまり、後からあとから涙が溢れて血を頬から洗い流しながら、床に滴った。
(どうして……どうして、俺たちは、こうして、分断されてしまうんだ。
どうして、世界は、こんなにも……残酷なんだ)
樹。
彼と共にいるときは、あんなにも単純なことなのに。
理解しあうこと、許し合うこと、融合すること――
全てが、あんなふうに簡単なことだったなら。
彼の無垢な笑顔を想いながら、祈りのように、その名前を念じた。
(いつき……樹、いつき――――)
瞬間、声が、音となって喉から溢れた。――
おそらく、それは慟哭だった。
しかし、ひといきに長く空気を貫いて発せられたそれは、奇妙な煌めくような共鳴を起こし、複雑な和音を構築して、すべてを――振動させた。
「はっ、はっ、はあ……はっ……」
声が途切れたとき、晶は、半ば意識を失いながら、喘いだ。耳鳴りのような残響が空気に漂っている。
と、その目前に、どさりと何かが投げ出された。
それは、穢狗の身体だった。
穢狗の男は、何か、とてつもない悲しみを持て余したかのように、ゆがんだ顔に涙を流していた。男は、泣きじゃくりながら、意識を失っていた。
*
喉に蜜が滴り、その甘みが全身を潤していく。乾いた砂地に水が染み込むように、一つ一つの細胞が喜びに震えて息を吹き返し、晶は目を開けた。
はっ、と温かな息が口に吐きかけられ、晶はそれを吸い込んだ……
「あ、……いつき……」
樹の涙が頬に滴り、温かく晶を濡らした。
「ひなないで、しなないで、あきら……おえ、きたよ」
ちりちりと痺れるような感覚とともに、全身が癒えていく。樹は、傷つけた舌で血液を晶の口に流し込んでいた。
手が動く。動かせる。
晶は、その手を伸ばして、樹の頭を掻き抱いた。その髪は、滑らかに手の中で流れた。
「いつき、あ、あいたかった……」
「うん、だからきた」
彼は唇を離すと、癒えつつある舌で晶の涙を舐め取った。「おれ、やくそく、やぶった……でも、あきら、たくさんよんでたから、きた」
「うん……うん」
泣きながら、彼は囁いた。「ありがとう……」
樹の温かな手が、祝福のように頬に触れていた。晶は身体を起こした。足にも力が入る。彼はよろめきながら、紫穂と崇に近寄った。
紫穂の冷たい頬に触れて、しかし、彼はほっとした……息がある。崇も意識を失ってはいたが、呼吸はしっかりしていた。
「ごめんな、樹……俺も、約束破る。こいつらを、助けないと」
「うん。おれ、わかるよ」
自分の出血が大したことがなかったのは、幸いだった。二人を蘇生するには、かなりの血液が必要になるだろう。とはいえ、意識のない状態では誤嚥させる危険がある。
晶は、慎重に少量の血液を二人の口中に滴らせた。
(おえの、こを、か*へ。かえへ。かえひて)
(あの、こ、かえひて)
(なんえ、ころひた……)
(*け*の……)
(*けもの)
(ばけもの!)
はっ、と息を飲み込んで、晶は目を覚ましていた。唇が切れ、血が乾いて固まっている。
「紫穂、紫穂! 紫穂!!」
泣き叫ぶような声は、崇のものだ。が、それが重たい荷物がぶつかるような音と共に、唐突に途切れた。
「ばけもの、なかなかしなない……」
憎しみが凝ったような声が、唸るように低く呟いた。
穢狗だった。
血に塗れた短い鉄パイプのようなものを引きずっている。
頭がひどく痛んだ……目の上に、どろりと生温かいものが垂れてくる。頬に触れる床はコンクリートで、散らばる砂が皮膚に食い込んでいた。
薄暗い部屋は、廃墟のようだ。窓に残るシェードの隙間から、斜めに光が差し込んでくる。
身体が動かない。
どころか、手も足もどこにあるのか分からない……感覚がないのだ。
(首……脊椎が、折れた……?)
ひやりとした絶望とともにそう思った時、またも重い打撃が振り下ろされ、晶は呻いた。
「むだだ」
口腔内腫瘍が少ないのか、穢狗の発音はかなり明瞭だった。それは年取った男性の声のように聞こえた。「きゅうけつきは、いためつけてもひなない。ひんぞうをくいでつらぬかなけえば」
「くいを、さんぼん」
「そう。でなければ、よみがえう」
舌打ちの音と共に、頭が蹴り飛ばされ、身体が壁にぶつかった。
「くい、つくう」
「はやくひないと」
「みせしめにふる」
晶は、喘ぎ、言葉を絞り出した。「ま、待って……ください。な、なんで、あなたがたは……おれたちを……」
揺れる視界の中、腫瘍にゆがんだ顔貌から向られたまなざしは氷のようだった。
「いなしきだいにちゅうがっこう」
指定ジャージの校章を指さす。「おえのこども、そこでしんだ。あきに。ころされた」
身体が震え、歯ががちがちと音を立てた……
――『茨城の中学校文化祭に「穢狗」侵入か』……
ネットニュースの無味乾燥な字が脳裏に蘇る
侵入した個体は「穢狗管理局」の管理下で処分……
(多分、悪気があったわけじゃないんだろう……)
崇は、そう、そう言ったのだった。
(それでも、やっていいことと悪いことがあるわ。馬鹿なのよ。自己正当化したのよ。穢狗を贄にして。弱い者を、理不尽に犠牲にして)
その紫穂は、ぼろきれのように床に倒れ、動かない。ゆっくりと、その長い髪の下から血液が滲み出し、広がっていく……
血か涙が目に溜まり、その光景がぼやけた。
「紫穂は……俺たちは、な、なにもしてない……むしろ、助けたかった……助けたかった! でも、できなくて……」
「おえのこも、なにもひていない」
歯の間から押し出された声は、低く苦しみに掠れた。
「なにもしないまま、おまえたちもしね」
涙が、こぼれた。
怒りも、恐怖をも凌駕して、圧倒的なかなしみが津波のように胸を突き上げ、さらっていく。
嗚咽が喉につまり、後からあとから涙が溢れて血を頬から洗い流しながら、床に滴った。
(どうして……どうして、俺たちは、こうして、分断されてしまうんだ。
どうして、世界は、こんなにも……残酷なんだ)
樹。
彼と共にいるときは、あんなにも単純なことなのに。
理解しあうこと、許し合うこと、融合すること――
全てが、あんなふうに簡単なことだったなら。
彼の無垢な笑顔を想いながら、祈りのように、その名前を念じた。
(いつき……樹、いつき――――)
瞬間、声が、音となって喉から溢れた。――
おそらく、それは慟哭だった。
しかし、ひといきに長く空気を貫いて発せられたそれは、奇妙な煌めくような共鳴を起こし、複雑な和音を構築して、すべてを――振動させた。
「はっ、はっ、はあ……はっ……」
声が途切れたとき、晶は、半ば意識を失いながら、喘いだ。耳鳴りのような残響が空気に漂っている。
と、その目前に、どさりと何かが投げ出された。
それは、穢狗の身体だった。
穢狗の男は、何か、とてつもない悲しみを持て余したかのように、ゆがんだ顔に涙を流していた。男は、泣きじゃくりながら、意識を失っていた。
*
喉に蜜が滴り、その甘みが全身を潤していく。乾いた砂地に水が染み込むように、一つ一つの細胞が喜びに震えて息を吹き返し、晶は目を開けた。
はっ、と温かな息が口に吐きかけられ、晶はそれを吸い込んだ……
「あ、……いつき……」
樹の涙が頬に滴り、温かく晶を濡らした。
「ひなないで、しなないで、あきら……おえ、きたよ」
ちりちりと痺れるような感覚とともに、全身が癒えていく。樹は、傷つけた舌で血液を晶の口に流し込んでいた。
手が動く。動かせる。
晶は、その手を伸ばして、樹の頭を掻き抱いた。その髪は、滑らかに手の中で流れた。
「いつき、あ、あいたかった……」
「うん、だからきた」
彼は唇を離すと、癒えつつある舌で晶の涙を舐め取った。「おれ、やくそく、やぶった……でも、あきら、たくさんよんでたから、きた」
「うん……うん」
泣きながら、彼は囁いた。「ありがとう……」
樹の温かな手が、祝福のように頬に触れていた。晶は身体を起こした。足にも力が入る。彼はよろめきながら、紫穂と崇に近寄った。
紫穂の冷たい頬に触れて、しかし、彼はほっとした……息がある。崇も意識を失ってはいたが、呼吸はしっかりしていた。
「ごめんな、樹……俺も、約束破る。こいつらを、助けないと」
「うん。おれ、わかるよ」
自分の出血が大したことがなかったのは、幸いだった。二人を蘇生するには、かなりの血液が必要になるだろう。とはいえ、意識のない状態では誤嚥させる危険がある。
晶は、慎重に少量の血液を二人の口中に滴らせた。
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