【ハルピュイアの鎮魂】―禁忌を超えて、魂に、触れる。― ディストピアSFホラー×異形吸血鬼譚×異種族恋愛BL

静谷悠

文字の大きさ
47 / 80
中学生編

二十六(2023、初夏)

しおりを挟む
 傷が癒え、血が流れなくなってなお、二人はしばらく抱き合っていた。

「あきらとがいいよ……」

 樹が言うので、晶はその耳に口づけた。
「俺はもう行かなきゃ。おまえはここにいろ。いざとなったら、ちゃんと逃げるんだぞ」
「あきらとがいい」
「おまえが無事でいたら、また会えるから」
 晶は、少年の肩を抱き締めた。「お願いだから、無事でいてくれよ……」
「あきらがいないとやだ」
「ほんとに俺がやばいときは、助けに来てくれよ。呼ぶからさ。呼んだら分かるだろ。おまえは、俺のアシュエラなんだから……」
 ごく不服そうに、樹は黙り込んだ。
「な、助けに来てくれよ」
「うん……」樹は肩に顔をこすりつけた。
「だから、ちゃんと自分を守ってな」
「……うん」
 晶は、一つ息を吸い込むと、スマホの充電器だけポケットに突っ込み、部屋を出た。最後に振り返ったとき、樹は、ラグの上に座り込み、膝を抱いて「待て」と言われた犬のように、晶を見つめていた。

 防災課の刃翼隊が、翼をきらめかせて上空で戦っていた。すぐ戻らなければ、と言った「父」の言葉は、誇張ではないようだ。しかし、明らかに住宅街の夜蟲は減り、あちこちの道路や庭には墜落した蟲の死骸が潰れていた。
 晶が乗った車は、町役場の駐車場に止まった。百日紅が赤く花を散りこぼしている。それを踏みながら、自分は自分のままで樹に会えるのだろうかと思った。できる限り受血させたとは言え、いつまで樹が人間の姿でいられるかも分からない。

 一刻も早く、帰る。

 晶は、唇を引き結び、「父」について何か慌ただしい雰囲気の廊下を渡った。ドアの鍵を開け、「父」は晶を室内に通した。
「晶!」
 声を上げたのは崇だった。
「晶くん、無事だった……!」
「崇、紫穂」
 晶は、足の力が抜けるのを感じた。しかし、その時、崇の表情が凍りついた。

「薫さん……」

 崇の視線を辿って晶は振り返り、「父」の顔を見上げた。「父」は、穏やかな笑みで彼を見返した。
「そう言えば、自己紹介したことがなかったね、晶。
 私の名は虎谷薫。稲敷町防災課長と、防災課調査室長を兼任している。崇の叔父に当たるんだ」
 
「……調査室」
 
 晶は、舌が強張るのを感じた。
 禁忌を犯した子は、うそりよだかに喰われる。
 そして、禁忌を犯した大人は。……
 薫は、晶の背を優しく押した。
「君たちも、もう子どもじゃないからね。ちゃんと話し合おうじゃないか……
 これまでにあったこと、そしてこれからのことについて」

 薫が立ち去った後、三人は、ほとんど言葉を交わすことができなかった。紫穂は、唇に指を当てて見せ、(盗聴されている)と伝えてきた。別れてから何があったのか、お互いに聞きたいことばかりではあったものの、三人は、唇を結んで押し黙り、目だけで見つめあった。おそらくは、樹が無事だという一事だけは、二人は晶の目から読み取ったのではないかとは思われた。紫穂は小さく頷き、晶の手をぐっと握ってきた。崇は、頭をがりがりと掻いた。
 ようやく、晶は口を開いた。
「虎谷薫って……どんな人なの。叔父さんだって?」
「やり手だよ……」
 崇は顔を歪めて言った。「結局、町の実権を握ってるのは調査室だ。そこのトップなんだから、想像つくだろ。それより、何……おまえとはどういう関係なの」
だよ」
「はあ?!」
 大声は出したものの、これまでの経緯を既に聞いていた崇は、その一言で全てを察したようだった。
「薫さん本人が、おまえの父親役やってたってこと……?」
「そうなる」
「あの人が何を考えてるのか、ぜんぜん分からない……」
「そもそも町のトップが何を考えてるかなんて、知りたくもないよ」
 崇は、晶の顔をしばらく眺めていた。「今度は、ひょっとするとそういうわけにはもう行かないかもな……」
「え……?」
「あの人が自分の名前を、俺の前で名乗ったってことさ」崇は、まったく楽観的に聞こえない口調で言った。「全部、打ち明けるつもりなのかもしれない」
「誰に、なにを?」
「おまえに。それか……俺たちにも。ま、中身は、分からないけど」
 沈黙が下りた。いつもなら、紫穂が喜んで乗ってくるような話題だったが、この度、彼女は青白い顔でただ二人の会話を聞いているだけだった。
 ひょっとすると……と、晶は思った。紫穂は、荒川居住区で行われた惨劇を、目のあたりにしてしまったのではないか。晶は詳細を聞きたかったが、今この場では、懸念を込めて彼女を見つめることしかできなかった。
 鍵が開き、再び薫が顔を出した。「待たせて済まないね。今はなにせ人手不足なんだ。防災課職員は、夜蟲の対応で手がいっぱいでね……」
「あなたはそこにいなくていいんですか?」
 崇は、慎重に言葉を選んだようだった。薫は微笑んだ。「まあ、優秀な部下たちに今回は任せるよ。わたしには、もう少し別の大事な仕事があるわけだからね。それにしても、崇」笑みが深くなる。「おまえには、脱帽するよ……盗聴されるだろうことが分かっていて、牽制してみせたんだろう? さすがは本家の血だな」
「……そんなものを、あなたは信じてもいないくせに」
 崇の手が震え、声が上ずった。友人のそんな表情を、晶は初めて目にしていた。「本家? そんなものになんの意味があるんですか。俺は、あそこには別にいてもいなくてもいい――」
「崇」
 対する薫の微笑みには、なんのぶれもなかった。「その話は、あとでしよう。まずは、晶くんからだ。彼には、があるからね」
 晶は、呼吸が浅くなるのを感じた……。

 この男は、分かっているのだ。
 俺に、時間がないことを……
 母に預けた形になっている樹が、いつまで人の姿でいられるか分からないことを……
 
 樹。
 俺は、あいつを守れるのだろうか……

 晶は強いて拳を握りしめ、無言で「父」の後に従った。
 
  
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...