【ハルピュイアの鎮魂】―禁忌を超えて、魂に、触れる。― ディストピアSFホラー×異形吸血鬼譚×異種族恋愛BL

静谷悠

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中学生編

三十四(2024、夏) *

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 晶が寝付いたのは、かなり夜が更けてからだったにもかかわらず、起こされたのは早朝だった。首筋に荒い息がかかっている……

「あきら」
「おまえ、また……寝かせろよ」

 だが、昨日とは様子が違った。腰に硬いものが当たっている。熱い舌が耳の裏を這った。「あきら」
 ぞくりと欲望が首をもたげるのを感じながら、晶は身体を離そうとした。
「だから、駄目だって……」
「ここ」
 興奮した犬のように息を吐きかけながら、樹は身体をこすりつけてきた。温かな手が腰骨をたどり、後ろに回る。他人に触られることなど考えたこともなかった場所を触られて、晶は身体を強張らせた。「ばっ……馬鹿……」
「いれたい……あきらぁ……」
「お、おまえどこでそんな」
 言いながら、あっと思った。
「からさわとみた」
「あいつ」
「どうてい、いわれた」
「そういうこと覚えんなよ」
「こいびと、ここいれるって」
 晶は、樹の手を振り払うと、布団を跳ね除けた。このままいいように触られていたら収拾がつかなくなってしまう。
「丁度いいや、朝飯買いに行こうぜ」
 樹は不服そうだった。
「こんなとこでどうしようもないだろ。ほら、行くぞ」
 火照った顔を隠しながら、晶は言った。窓を開けると、意外にも、樹はすぐに立ち上がると身軽く窓枠を蹴って飛んだ。
 五階の高さである。見下ろしたとき、樹は濡れたアスファルトの上に立ち上がっていた。
 背中に乗せて飛んでやるつもりだった晶は、呆れた。
「おまえが後に出れば、窓閉めてこれたのに。エアコンつけてるんだぜ」
 朝靄の中、晶は翼を畳みながら文句を言った。彼の手では、窓は閉められない。
「いれたかった……」
 樹は、肩に頭をぶつけてきた。
「まだ言ってんの」
「うん……」
 頭をこすりつけながら、樹は不満げに呟いた。
「だって、おれ、こいびとなのに」
「しょうがないなあ、おまえは」
 晶は、ちょっと言葉を切った。
 手を伸ばし、滑らかな黒髪を撫でてやる。
「あんなとこで、人もいるのに、どうにもなんないからさ。俺もわかんないことばっかだし……調べとくよ、準備とか」
 樹は、立ち止まった。まじまじと黒い目で見つめてくる。「いいの」
「恋人なんだろ……」
 力を込めて、樹は、身体に手を回してきた。
「あきら、やさしい。だいすき」
 晶は、思わずその頭に口づけた。俺がこういうのに弱いこと、こいつ分かってやってんのかな、と彼は思った。
 
 帰りの新幹線の中で、自由席の空きもあるというのに、樹は終始晶の膝に顔を埋めてうとうとしていた。途中見回りの教師が来たが、指定ジャージを着ていたためか、「自分の席で寝ろ」の一言だけで見逃してもらえた。
「それさ……重くないの」
 静岡が近くなったあたりで、向かいの唐沢が、意を決したように聞いた。
「重いけど。足が痺れてきた」
「いやさ、そういうんじゃなく」
 唐沢の声は、眠っている樹に配慮してか、低かった。「もろ、束縛系じゃん。修学旅行先まで来るとか、さすがに重すぎない?」
「だから言っただろ……」
「いや、確かに言ってたけども」
「唐沢くん、世の中には、そういうのがいい人もいるのよ」淡々と紫穂が諭した。
「特殊性癖みたいに言うなよ」
 崇が笑った。「間違ってないだろ」
「……まあ、すごい変わった奴だけど、悪い奴じゃないのはわかるよ。なんか犬みたいだよな」
 唐沢は、窮屈そうに足を組み直した。他の三人は、ちょっと顔を見合わせた。
「あ、富士山」
 紫穂が窓を指差した。
 崇が呟いた。「ここを超えたら関東、って感じするよな」
 四人は、しばらく黙ったまま、夏の青草が彩る明るい車窓を眺めていた。
  


 修学旅行が終わり日常が戻ってきた。が、晶にとってはそうではなかった。

 と、言うのも、樹としてしまった「約束」が、重く彼にのしかかっていたからである。
 (だいたい、唐沢が余計なことを吹き込むからだ)
 晶は苛々したが、今回のことでは彼にかなり世話になったこともあり、しかも内容が内容なので文句を言うこともできない。
 (ともかく、……約束は、約束だ)
 樹は、晶が言葉にしたことで一応満足したらしく、それ以上要求してくることはないのだが、晶はうやむやにしたくはなかった。晶のスマホは、人に見せがたい検索履歴で埋まった。
 彼の学んだところによると、要するにそれは、変化へんげの延長でまかなえることのようだった。腕以外の変化は、建前上禁忌なのだが、飛翔のときによくやるように、体内を目的に合わせて適宜変化させることは常識の範囲内なのだ。
 問題は、それを、イメージしなければならないということだ。
 触れたことも、口に含んだこともある、樹の、それを、自分の内側に受け容れる……
 それを、イメージしなくてはならない。
 考えただけで、赤面せずにはいられない晶だった。
 とある未明、晶は寝苦しさに汗みずくで目を覚ました。エアコンの温度を下げても体温は下がらず、晶は自らを持て余した。
 (どうせ、寝られないし……)
 彼は自分に言い訳しながら、そっと指先で、あの日樹が触れてきた場所に触った。そこは固く、何ものも受け容れられようとは思えなかった。
 (……樹の、あれを……容れられるくらいに……)
 ふっとその部分が緩み、充てがった指をくわえ込んだ。
「んっ……」
 異物感に顔をしかめながら、彼はごそごそと枕元を探り、ワセリンを取り出した。しかし、やり方はこれで良さそうだ。そう、あれが通っても大丈夫なくらいに、広げていけば……

 いれたい、と熱い息で囁かれながら、あの日背中にこすりつけられたもの……

 思ったより急激にそこは緩み、深く進んだ指を柔らかく締め付けた。 
 じわじわと下腹が熱くなる。
 晶は息を吐いた。どんな感じがするんだろう……組み敷かれ、身体の奥までえぐられたら。きっと、一度許したら、途中で制止はできないに違いない……あいつは、いつも、そういうときは自分本位だから。噛みついてくるかもしれない。ろくに傷も作れない歯のくせに……
 すがるように抱きしめられながら首筋に歯を立てられたときの、溢れるような幸福感と欲情が蘇り、いつか晶は、昂った自分のものをシーツにこすりつけていた。

「樹……いつき……」

 自らを穿つ指は、相変わらず異物としか思えなかったが、樹が自分を呼ぶ低い声を思ったとき、その感触が不意に甘くなった。
 
 (あきら)

「うっ……」
 晶は、シーツに顔を埋めて身を震わせ、達した。
 不意に、そんなわけもないのに、(樹がそこにいる)という根拠のない感覚に囚われ、晶は明け方の部屋を見回した。
 無論、そこは無人だった。
 カーテンの隙間から、夏の朝日が透き通った光を投げかけた。
 
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