【ハルピュイアの鎮魂】―禁忌を超えて、魂に、触れる。― ディストピアSFホラー×異形吸血鬼譚×異種族恋愛BL

静谷悠

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中学生編

三十三(2024、夏)

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 東京や京都は、夜でも常夜警備が随時、夜蟲の討伐をしているので、夜にもかかわらず人出がある。晶は二十四時間営業のコンビニで夕食を買ってやり、大堰川が見下ろせる公園のベンチで樹に与えた。

「あきらは?」
「俺は、皆と一緒に食べないと」
「あきら、いっしょがいいなあ……」

 樹が言うので、コンビニのおにぎりを一口相伴してやった。「おいしいじゃん。壬生菜だっけ? 入ってるの」
 熱せられうだるようだった空気は僅かに和らぎ、川沿いに涼やかな風が上がってきた。
「おまえさ、なんで唐沢にキツく当たるんだよ。崇や紫穂には懐こいのにさ。別に悪いやつじゃないだろ」
 樹は、不満そうに黒い目を光らせた。「あきら、あいつのにおいする」
「えっ」
 思わず袖を嗅いでみたが、ちょっと汗臭いだけだ。「どこが」
「いき」
「息?」
 口に手をやって、晶は、はっとした。そういえば、前日に唐沢が受血を申し出てくれたのだった。そのほんの一滴の血液も、晶の身体は受け付けず、すっかり吐き戻してしまったのではあったが……
「臭いがするんだ。おまえ、ほんと、犬みたいだな」
「いぬ、ちがう」
「知ってるよ」
 言った晶に、樹は唇を寄せてきた。
 空は暮れかかり、鮮やかな夕日が二人の真っ黒な影を引いた。
 ぽつりと樹が言った。
「たのしかった、きょう」 
「俺もだよ」
 晶は、微笑んだが、ちょっと顔を暗くして続けた。
「こういうときさ……つい、隼太のことを考えちゃうんだよな。あいつは、こういうこと、何もできなかったんだなって……考えても仕方がないんだけど」
「しゅんた」
「うん……おまえ、あいつがどうしてるか知ってる? 俺は、行っても会ってもらえなくて」
 晶が振り返ったとき、樹の顔は暗く影になって見えた。
「しゅんた……げんき。いきてる」彼は、ちょっと言葉を切った。「……ねねは、しゅんた、***になるって……」
「え?」
 樹の表情は、逆光で見えなかった。彼は、少しうつむき、口の中で呟いた。「なんでもない……」
「何だよ……らしくないな。どうした?」
 急に、樹は晶を抱きしめてきた。頭を胸にこすりつけてくる。「あきら、すき。すき……」
「うん。どした、急に?」
「あきらがすきだよ」
「知ってるよ……どしたの」
 樹はそれ以上言わなかった。ただ背に回す手に力を込めてくる。「いてて……ちょ、おまえ、加減しろって」
 点呼の時間が迫っていた。晶は、樹の手を何とか外すと、立ち上がった。「後でな。他の人に見つかるなよ」
「あきら、いっしょがいい」
「すぐだから」
 髪の毛を混ぜるようにして撫でてやったが、樹は離れず、脇の下に顔を突っ込んで来ようとする彼を押しのけなければならなかった。

「どうなることかと思ったけど、何とかなりそうだな」
 夕食の席、崇は、箸で器用に朧豆腐をつまみながら言った。
「皆のお陰だよ……ほんとにありがとう」
「もっと感謝してくれても構わないぜ」唐沢が得意らしく眼鏡を押し上げた。
「いや、ほんとに感謝してる。ありがとう、唐沢。同室なのがおまえでよかったよ」
 晶は素直に言った。唐沢は照れたように笑った。「なんだ、水埜に礼言われるの、悪くないな」
「そう?」
「だって、水埜って、いつも周りに壁作ってるっていうか、あんま打ち解けないじゃん。虎谷と雨貝にしか絡まないしさ。女子なんかは、そこがいいって言ってるけど」
 唐沢は刺身を口に放り込んだ。「ま、今回の旅行では、その理由がちょっと分かったよ。誰にも言わないから安心しろって」
「唐沢くん、あなたってちょっと類がないくらいいい人ね。知らなかった」紫穂が感銘を受けたように言った。
「えっ! マジで雨貝女史に褒めていただけた……」
「わたしからもお礼を言うわ。ありがとう」
 紫穂が例の「聖母スマイル」で微笑んだので、崇は顔を顰めた。「おい、罪作りなことするなよ」
 晶は、思わず声を出して笑った。
「ま、まだ気は抜くなよ。問題は夜だ。樹は、ちょっと常識とか期待できないからな。俺たちでフォローしよう」
 崇は一同の顔を見回した。

 部屋に戻ったとき、コツコツと小さく窓硝子を叩く音がした。窓の外は暗かった。
 窓を開けてやると、樹は窓枠に足を掛け、中に飛び込んできた。
 唐沢はまじまじと樹をみた。
「えっ、飛んだの、おまえ? にしたって、よく窓の外で待っていられたな。五階だぞ、ここ」
 翼化して飛んだとしても、ホバリングして同じ位置を保つのは通常不可能である。窓の外に取り付いていたとしか思えないのだが、それは、翼化しておらず両手を使ったということでもあった。
 実際のところ、樹は下から壁をよじ登ってきたに違いなかった。晶は崇と顔を見合わせた。
「まあ……そういう奴なんだよ、こいつは」
「どういうやつ?!」
 晶は笑うしかなかった。
「俺たちは風呂行ってくるから、おまえらはイチャイチャしてろよ」崇は気軽く言って、唐沢を促すとさっさと部屋を後にした。
「イチャイチャって……」
 晶は苦笑したが、樹は微笑んだ。
「あきらといちゃいちゃ、する」
「おい」
「したい」
「すぐ帰って来るだろ、二人とも。おまえも風呂入んなきゃだし」
「おふろ、いちゃいちゃする」
「おまえな……」
 晶は樹を押しのけようとしたが、樹は晶のシャツを引っ張り上げ、背中に手を入れてきた。そのまま身体を抱きすくめ、口づけてくる。なし崩しにそれに応えながら、(こいつも、一応TPOとかちょっとは考えてるんだな)と晶は思った。

 晶は、ぼそぼそ話す声で目が覚めた。いつの間にか、寝入っていたのだ。スマホの明かりがちらちらと天井に映っている。
「だから、おまえの下ネタはもういいよ……」
「ええ、いいじゃん、修学旅行の夜だぜ。むしろ他になに話すんだよ」
「からさわ、おもしろい」
「おまえまでそっちかよ、樹」
「そりゃさ、虎谷はいいよ、困ってないだろ。でも、モテない組としては死活問題なわけ」
「それなら樹だってこっちサイドじゃん」
「いつきちゃんはさあ、ぶっちゃけどうなん? やっぱ男の子の方が興奮するの?」
「こうふん……」
「ほら、こういうのとか」
「えっ、ちょ、えぐいなこれ……」
 しばし、沈黙が下りた。気まずさをごまかすように唐沢が言った。「こういうことしてるん? 水埜とさ」
「よせよ、唐沢」
 樹は、不満そうに言った。「……してない」
「ほら、いつきちゃんだって、こっちチームだろ」
「なんだよ、こっちって」 
「童貞ってこと」
「どうてい」
 押し殺した笑い声を聞きながら、晶は再びうとうとしていた。
 行きの新幹線の中で話していた、(あんなこともこんなことも……)という会話が蘇る。
 (樹は……したいのかな。したいとすれば、俺と、どんなふうにしたいんだろ……)
 そんなことを考えているうちに、再び眠りに落ちていた。

 わずかの間だったが、何か、ちょっと言葉にできないくらい淫靡な夢を見ていた気がする。浅い眠りのうちに、ごそごそと布団に潜り込んでくる気配がした。温かな息が耳元にかかる。「あきら……」
「ん……」
 夢の続きのように、樹の手が服の中に滑り込んでくる。晶は、低く息をついた。
「あ……おい、樹……」
 樹は、無言で首筋に口づけながら、慣れた手つきで晶の肌身を愛撫した。最近、どこを触ったら晶がどう反応するのか、ほとんど樹は覚えてしまっている。晶は身を震わせ、声を飲み込んだ。
「ちょ、こら、よせって」
 崇も唐沢もいるのに……しかし、晶の身体は与えられた快楽に素直に反応していた。胸の尖りを強く摘まれ、晶は震える息を吐き出した……
 しかし、樹は満足そうに深くため息をつくと、そのまま耳元で温かな寝息を立て始めた。

「……!!」

 (こいつ…!)
 完全に目が覚めた上に、取り返しがつかないほど昂らされていた。
 友人たちの健やかな寝息が響く闇の中、晶は一人途方にくれた。
  
 
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