選択の物語

雪切庵/まめなぎ

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2話/選択

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 帰りのホームルーム前に竜の席で話していると、放課後寄り道しようと提案してきた。動画で見たラーメン屋に行きたいと言って、俺に店までのルートを見せてくる。普段はゲーセンによることはあっても、飯に行くことはなかったのでたまにはいいかもしれない。
 俺が考えていると、なんだかクラスがざわついていることに気がついた。見回すと、中野が机やロッカーをウロウロ歩いてなにかしている。

「中野くん財布ないみたい」
「それで探してるの?」

 女子の声が聞こえた。
 まさかうちのクラスでも……背筋が寒くなってきた。探し回る中野を見ていたら、不意にこちらをじっと見てきた。すぐにまた探すように視線を外されたが、なんだか気持ちが悪い。
 そうしてしばらくしてから、ロッカーの方から切羽詰まったヒステリックな中野の声が聞こえた。

「やっぱり財布ねぇ!」

 その声にクラスがまたざわめいた。
 俺も思わず声の方向を見ると、中野の周囲にみんなが集まって来ていた。

「おいおい、本当になかったのかよ」

 誰かが中野をいさめる声が聞こえる中、俺の近くの女子達が「もしかして3組のと同じ?」と、囁きあっている。みんな例の事件を思い出して、各々自分は大丈夫か不安になったのか鞄やらロッカーを確認しだした。

「やっぱねーよ!」
「ジャージは見たのか?」
「だから、ジャージに入れっぱで忘れてたのがないんだって」

 やはり財布が見つからないようで、まだ中野は騒いでいる。みんなが不安で困惑しているこの空気、呼吸が苦しくなってきた。

「……で、さっき言った所に行くのでいいよな?」

 中野に構わず話を続ける竜に対して、さすがに空気読め、と毒づいてしまう。

「朝の移動教室の時……走ってる早川くんとすれ違ったけど、教室に戻ってなかった?」

 クラスメイトの岡山が、怖々とこちらに向かって聞いてきた。その瞬間、竜の視線が睨むようにギョロっと動いた。

「何が言いたいんだ?」
「え?いや、何か見てないかって思って……」

 竜があまりに凄むので、岡山はしどろもどろになってしまった。
 朝の移動教室、確かにあの時竜はトイレに行くと言って俺と別れた。俺もその後自販機に寄ってから向かったからその間何をしていたか知らない。
 とはいえ、もし竜が何かしていたとしても、俺はきっと言わない。竜と一緒にいられることが変わらないのなら、それでいい気がした。
 竜を見ると目がはっきり合って、俺は思わず逸らしてしまった。
 俺は今、何を考えていたんだ、竜が今更そんなことするわけない。疑ってしまった自分が少し気持ち悪く感じた。それなのに、俺は竜の目を見るのが怖い。

「お前かよ」

 中野が竜に冷ややかな視線を浴びせ、こちらに歩いてきて手を差し出した。

「返せよ」
「俺じゃねーって」

 竜は面倒くさそうに、椅子に座ったまま中野を見上げた。足元は苛立ちで貧乏ゆすりしている。

「早川……は俺と居たよ。俺のこと迎えにきただけで教室に戻ってないし」

 俺はまた竜を庇っていた。横目で竜を見るとまだこちらをじっと見つめていて、俺は慌てて中野に視線を戻した。

「はぁ?平田…早川庇ってんなよ」
「違うって。だって俺と早川は一緒に情報室入ってたじゃん、誰か見てるでしょ」

 これは嘘じゃない。
 俺がそう主張した時、教室の扉が開いて担任が入ってきて「早く席座れー」と声をかけてきた。
 教卓の近くにいた女子達が先生に向かって今あったできごとを忙しなく伝える。ぼけっとした先生の顔がみるみる焦った表情になり、ひとまずその場を収めるために全員に急いで着席するよう指示をしてきた。そんな先生に対して、中野は竜が取ったと声高に主張しだし、竜は俺じゃないと言ってまた言い合いが始まってしまった。
 結局疑われてしまった竜は、先生の指示で鞄を確認されたが、そこから何も出てくることはなかった。ただ中野はそれでも疑っているようで、視線が何度も竜の方へ向けられていた。
 結局その場では解決しようもなく 、先生は色々メモを取った後、職員会議に挙げるから待つようにと言って、この件は一旦停めおくことになった。

 異常に長引いたホームルームが終わり、俺は疲労でぐったり疲れてしまった。何より、この後竜に対してどう接すればいいのだろうか。
 立ち上がり、鞄に手をかけたところで竜に名前を呼ばれる。振り向くと、鞄を持って帰り支度の終わった竜が立っていた。
 
「勇気、この後行くだろ?」
 
 俺はラーメン屋の話はすっかり忘れでいたが、竜は予定通りまだ行く気だったらしい。いつも通りの調子で話しかけてきて、さっきまでの空気なんてなかったみたいに笑っていた。
 
「そうだね」
 
 俺は鞄を肩に背負いながら軽く返事をした。

 竜の行きたいラーメン屋は、電車で20分程の場所だった。そこに向かう間、竜はいたっていつも通りに動画の話や漫画の話をしてきて、クラスで揉めていたことが嘘のようだった。
 それに比べて俺の方は、竜といると落ち着かない気持ちになってしまって、やっぱり今日は断るべきだったのかもしれない、と思ってしまった。
 そんな気持ちの状態でも目的地に着けば、醤油ラーメンの良い香りで空腹に襲われ早く食べたくなった。
 繁華街から外れた裏通りにあるその店は、竜が言っていたほど混んでおらず、恐らく平日のまだ夕方だからか、少しだけ待ってすぐに入ることができた。竜の話だと土日だとだいぶ並ばないといけないぐらい混んでいるらしい。
 カウンターは全て埋まっていたので、テーブルに相席で座る。入口で買った食券がすぐさま回収されて水が置かれた。
 竜は店の中をぐるりと見渡すと、壁に掲げてあるサインや写真を指さし「あれ、俺が見てたYouTuber」と言ってきた。
 
「大食いって書いてあるけど……」
「そうそう、ここ味も評価高いけど大食いメニューもあんだよ」
 
 そういうとまた壁の端にある張り紙を指した。完食したら1万円とでかでかと書かれ、特注どんぶりにラーメンが山盛りになっていた。さすがに無理だな、と思っていると、普通サイズのラーメンが俺たちの目の前に置かれた。
 薄切りのチャーシューが何枚も入っており、味は醤油だけれど背脂が入っていてとても濃厚そうで美味そうだった。スープを飲みながら太めの麺を啜る。さすがに食事中は竜もだまって、二人して黙々と味わった。
 俺は猫舌気味なので食べるのが遅く、俺が半分食べ終わった頃には竜は替え玉を頼んでいた。麺が届くのを待つ間、竜は喋らなかったが視線を感じた。
 
「勇気」
 
 名前を呼ばれる。 
 
「俺のこと、疑っただろ」
 
 一瞬心臓が止まりそうになった。上目でちらりと見ると、竜が口角を上げて笑っている。
 岡山が竜の名前を出したあの時、竜とはっきり目が合ったあの瞬間……悟られていたんだという事実に目の前が暗くなってくる。
 俺が固まっていると竜のどんぶりに替え玉が届き、何事もなかったように食べ始めた。
 俺も竜に習って残りのラーメンをなんとか食べきったが、結局最後の方は味が分からなくなっていた。

 店を出ると、少し薄暗くなりはじめていて路地裏のせいか人通りもだいぶ減っていた。
 先程の竜の問から、俺たちは一言も喋っていない。竜が駅前に向かって歩き出したので、俺も緊張しながら少し後ろをついて歩いた。
 俺が疑っていたことは竜にしっかりとバレていた。やはりちゃんと謝るべきなんだろうか。
 
「さっきの答え」
 
 竜はこちらを振り向かずに声をかけてきた。
 
「あ……えっと」
「俺、お前に疑われるの一番嫌なんだけど」
 
 そう言うと竜は立ち止まりこちらを見た。さっきみたいに笑ってもいなし、怒ってもいない淡々とした声だった。
 
「ごめん、俺そんなつもりじゃなくて…」
「じゃあなんで目、逸らした?」
 
 疑うつもりはなかった、でも俺は疑ってしまっていた。だって竜は――――。
 
「あの時も、俺だと思って庇ったんだろ」
 
 俺は体が固くなった。竜の口からあの日の話が出て
くるなんてことは今まで一度もなく、俺からもしたことはなかった。森くんの泣く姿が浮かびそうになって、かぶりを振ってそれを打ち消した。
 ズキリと心臓が傷む。
 そう、幼い日のあの時も俺は竜が犯人だと思って庇った。今ではもう朧気な記憶となった、薄暗い教室で人の机の前にいた竜の姿。
 でも、もしかしてそれは今回みたいに思い違いだったとしたら、俺はとんでもなく竜を傷つけたのかもしれない。
 
「なんで嘘ついた?」
 
 竜が俺に問いかけると、急に怖い顔で俺の腕を掴んできた。
 
「なんでって……俺は、竜が犯人にされるところなんて見たくなかったから」
「それだけか?」
 
 しつこく食い下がってくる。
 
「そうだよ。……あの時も勝手に疑ってごめん」
 
 竜の顔を見れなくて俯くが、鞄持つ手が震えた。
 
「今回も、また疑ってごめん……」
「もし俺がやってたらどうすんの?それでも味方するのか?」
 
 なんでそんなそことを聞くんだろう。でも「……するよ」と、答えた。言ってしまってから、本当にこんなこと言ってもいいのか不安が襲ってくる。 それでも俺は、多分どんなことがあっても竜に対して変わらない。
 
「するんだ」
 
 俺の返答を聞くと竜は表情を緩めた。
 
「俺は勇気だけ、信じてくれたらそれでいい」
 
 掴まれた腕に力が込められて、思わず「うっ」と声が漏れた。
 
「もう離してよ」
 
 振りほどこうとしたけれど、離してくれない。竜はまだ言いたいことでもあるのか、動こうとしてくれない。道端で突っ立てる俺達の横を、何度も通り過ぎる。
 俺何やってるんだろう、という気分になった。
 
「確認したいことあるからちょっと来て」
 
 竜はおもむろに言うと、辺りを見回して俺の腕を引いたまま歩き出した。どんどん人気のない方へ向かって行くので、なんだか怖くなった。
 
「どこ行くんだよ?」
 
 俺が問いかけても反応することなく進んでいく。すれ違う人とぶつかりそうになっても気にしないで引っ張られていく。
 本気で振りほどいて走って逃げるということもできる、でも俺にはそれが出来なかった。この掴まれている腕を離してしまったら、竜といられなくなってしまう気がしたから。
 為す術なく連れられて、気がつけばそのまま路地の行き止まりまで来てしまった。落書きのされたシャッターに、薄汚れた壁とゴミ。正直こんな場所に足を踏み入れたことなんかないので、その威圧感に足がすくんだ。こんな所に連れてきてどうするんだろう、と不安が渦巻く。
 俺の怯えに気づいているのかいないのか、竜は俺を壁側に追いやってきた。何をされるのか分からなくて体が震える。こんな顔の竜は見たことがなくて、目を固く閉じ顔を背けた。
 それなのに竜は俺の顔を、手でグイッと引き戻して正面を向かせる。目が合ったと思ったら、竜の顔が近づいてきて口を塞がれた。
 何が起きたのか分からなくて動けない俺に対して「やっぱ逃げないんだ」と呟やき、また口を寄せてくる。
 なぜキスされているのか分からないけれど、離れなければと思い竜を押し返そうとしたが、その手を掴まれ指の間に手を絡ませてきた。その手のひらがあまりに熱くて、俺まで無性にドキドキしてしまった。
 腕を固定され、息が詰まるほど激しく口づけされる。たまらず身を捩ると竜と視線が合い、今まで感じたことのない感覚が広がって息を飲んだ。
 わずかに離れ唇はまたすぐ塞がれ、そのまま竜の舌が割って入ってくる。
 膝が抜けてもう力が入らない。
 なんで俺は本気で拒まないんだ、自問自答しても答えは出なくて、むしろこのまま続いてほしいとどこかで思ってしまっていた。
 俺が完全に抵抗しなくなっていると、唇がゆっくり遠ざかった。急に冷えた空気が流れて熱が冷めていく。無性に寂しさを感じる中、無言のままお互いの荒い呼吸だけが響いていた。
 
 「悪い、さすがにやりすぎた」
 
 竜がそのまま離れそうになって、俺は思わず竜の服の裾を掴んだ。
 
「あっ」
 
 自分でも驚いてすぐさま手を離す。まるで離れたくないみたいなことをしてしまっていた。
 竜は一瞬何か考えるみたいに止まったがわずかに微笑んで、俺によりかかるように強く抱きしめてきた。
 
「俺のこと選んだって思うから」
 
 抑揚なく低く囁かれた言葉にぞくりとする。急になにか、いけないことをしたような違和感が心の中にじわりと湧いてきた。
 何を選んでしまったんだろう。
 それでも、こうしないと竜が離れてしまうような気がして、俺はゆっくり竜の背中に腕をまわす。竜もそれに答えるようにさらに力を込めて抱き返してきた。
 竜の胸に顔を埋めながら、俺はふと思う。
 あの日も、今日も、俺は同じことをしていて、本当は怖いし疑っていたくせに、結局は竜といることを選んでいる。それが正しいかどうかなんて分からない。ただ、竜が離れていく未来のほうが、ずっと怖い。
 森くんの泣き顔も、教室のざわめきも、煩わしいことは全部頭の奥に沈めてしまえばいい。そうやっていままでもやってきたのだから、きっとこれからも同じだ。竜を庇って、嘘もつく。たとえ何かを見ないフリをし続けることになっても。 
 身を任せることが正しいのかどうか、俺は考えないことを選んだ。
 遠くで微かに緊急車両のサイレンが鳴っているのが耳に残った。 
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