Another World

Kishiru

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第一章

想思華

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「今日もありがとねぇ」
老婆は、私に微笑みかけます。
私も、老婆に微笑みかえします。
セミの声が、短い命をさけんでいる声がします。
「ママ!綺麗だね!」
小さな子供が、私と老婆のほうへと駆け寄ってきました。
「やめなさい!」
私に手を伸ばそうとした子供は、慌てて手を引っ込めて、母親の元へと戻っていきます。
時折、名残り惜しそうに振り返りながら、母親に手をひかれ、すぐ横にある家へと入っていきます。
「さてと、あたしゃも入るとするかね!今日の主役は、あたしゃだからね」
老婆は呟きます。
それから、私に微笑みかけ、母親と子供に続いて家の中へと入って行きました。
しばらくすると、線香の香りが風に乗ってあたりに広がりました。
「おまえさんは、きれいだね」
「おまえさんのおかげで、畑にモグラがこなくて助かるよ」
その日が、そう言って私を褒めてくれた老婆の姿をみた最後でした。
あれから、時が過ぎました。
毎年、あなたに会いたくて私はずっとこの時を待っていました。
あなたが教えてくれた言葉です。
花は葉を想い、葉は花を思う。
決して、花と葉が同時に芽吹くことのない私を、あなたは綺麗だと言ってくれました。
あなたの愛した畑は、もうすぐなくなります。
あなたの愛した家も、もうすぐなくなります。
マンションが建つのだそうです。
私の猛毒は、あなたの大切な家と畑を、モグラやネズミから守るためのものでした。
あなたの七回忌が、今日、終わりました。
今から、私はあなたの元へと参ります。
今度も、あなたのそばで咲いていいですか?
私の花も葉も、すべて、あなたを想っています。
あの世でも、見事に咲いて見せましょう。


私は、彼岸花。


別名「想思花」
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