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出島ライン
砂浜にて
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沖縄は水納のビーチには信じられないくらいの美しい光景と、それを見ようと、あわよくば骨の髄まで味わおうと群がる観光客の人だかりが広がっている。時は七月。まあ、妥当な出来事だろう。
「千里さん、すっごいキレイな海ですよ! 海!」
幼い子供のようにはしゃぐ、まだ成人してはいないだろう銀髪の男子。彼は青とエメラルドの中間色のような水面を指さして飛び跳ねる。
トリコロール柄をしたパラソルの下で、ロングヘアーの見目麗しい女性がそれをクスクス笑いながら眺めていた。
「そうね、沖縄の海はどこもキレイ。来て良かったわ」
彼女の左手には、季節に見合わない真っ黒な手袋。何故か未亡人のヘッドドレスを彷彿とさせる。手袋のデザインのせいなのか、それとも彼女の憂いを帯びた目つきが醸し出す、やりきれない寂しさの仕業なのか。
分かりやしないが、構わない。
地上の楽園で羽根を伸ばす二人に、詮索は野暮というもの。
年の離れた恋人というわけでも、姉弟の関係というわけでもない。
そんな二人が今、かつて人生で味わった程のない解放感を覚え、夏の日差しをいっぱいに受けて、『幸せ』の何たるかを感じ入っているように、見える。
銀髪男子のビーチサンダルがサッ、サッ、と軽快な音を立てて、ビーチの白い砂を蹴り上げて行く。走る、走る。気分良く。
「あら、ちょっと詩が浮かんだかも」
独り言をぽつりと、そして千里は指で砂をなぞった。
今思いついた都々逸を、風や波で消え去る儚い色紙に記すため。
『白の世界は 冬のみならず 海辺の輝く 砂浜よ』
千里はひらがなでその都々逸を書いて、恥ずかしそうに手で文字の書かれた砂を払ってしまう。誰も見てはいないが、それでも照れくさいものがあったのかもしれない。
あるいは。
「ふふっ。何か生まれたかしら?」
彼女の言葉は、誰にも理解できない自嘲だった。
銀髪が千里の近くに走り寄ってきて、抑えきれない満面の笑みで言う。
「持ってくれば良かったですね、水着!」
千里は少しだけため息をつき、できの悪い生徒をたしなめる教師に扮した。
「幾兎くん。この旅は遊びじゃないのよ。余計な荷物を持ち歩くことはできないわ」
「あはっ。そうですよね。つい浮かれちゃいました」
幾兎はバツが悪そうに頭をかく。
「でもそういう明るいところが幾兎くんのいいところ。なくさないでね」
「急にどうしたんですか?」
「なんでもないわ。気の済むまで遊んでらっしゃい?」
「はい!」
千里は走り去っていく幾兎の背中を見つめ、自分の言葉の意味をもう一度噛みしめた。
――気の済むまで。
水納の、沖縄の海がこんなにも美しいのは今日でおしまい。
だから、失われるその美しさを、輝きを、照り返す日差しを、気の済むまで堪能すべきなのだ、二人は。
そんな突然の終焉を知っているのは、この世界で千里と幾兎だけ。
いや、もしかしたら、管理官は感づいているかもしれない。二人が沼島の施設を脱走して丸一日経つ。そろそろ、行方を探り当てていてもおかしくないからだ。
だが、まだ二人の目的、いや、野望、までには思い至っていないだろう。
二人は恋人ではない、と言った。
血縁関係でもないとも。
千里と幾兎は、いわば、運命共同体だ。
二人はこれからの長い旅路をともにし、喜びも悲しみも、成功も失敗も、誰かの命にかかわる選択すらも、旅が終わるまではずっとずっと、ひとかたまりの共有物となる。
残酷なカウントダウン。
「あの子が疲れちゃったら出発ね。それか、日が暮れたら、かしら」
いつになるやら、そう思って千里はまた軽く笑った。心の底から、幸せを感じるにはまだ早い。
旅はまだ始まったとも言えないのだ。悲願を成すまでは、幸せなどという感情は心身に染み込んでくるはずもなく。
結局、幾兎と日の入りの根比べは幾兎が制し、暗くなった頃、二人は水納を後にした。
それっきり、沖縄に朝が訪れることは二度となかった。
「千里さん、すっごいキレイな海ですよ! 海!」
幼い子供のようにはしゃぐ、まだ成人してはいないだろう銀髪の男子。彼は青とエメラルドの中間色のような水面を指さして飛び跳ねる。
トリコロール柄をしたパラソルの下で、ロングヘアーの見目麗しい女性がそれをクスクス笑いながら眺めていた。
「そうね、沖縄の海はどこもキレイ。来て良かったわ」
彼女の左手には、季節に見合わない真っ黒な手袋。何故か未亡人のヘッドドレスを彷彿とさせる。手袋のデザインのせいなのか、それとも彼女の憂いを帯びた目つきが醸し出す、やりきれない寂しさの仕業なのか。
分かりやしないが、構わない。
地上の楽園で羽根を伸ばす二人に、詮索は野暮というもの。
年の離れた恋人というわけでも、姉弟の関係というわけでもない。
そんな二人が今、かつて人生で味わった程のない解放感を覚え、夏の日差しをいっぱいに受けて、『幸せ』の何たるかを感じ入っているように、見える。
銀髪男子のビーチサンダルがサッ、サッ、と軽快な音を立てて、ビーチの白い砂を蹴り上げて行く。走る、走る。気分良く。
「あら、ちょっと詩が浮かんだかも」
独り言をぽつりと、そして千里は指で砂をなぞった。
今思いついた都々逸を、風や波で消え去る儚い色紙に記すため。
『白の世界は 冬のみならず 海辺の輝く 砂浜よ』
千里はひらがなでその都々逸を書いて、恥ずかしそうに手で文字の書かれた砂を払ってしまう。誰も見てはいないが、それでも照れくさいものがあったのかもしれない。
あるいは。
「ふふっ。何か生まれたかしら?」
彼女の言葉は、誰にも理解できない自嘲だった。
銀髪が千里の近くに走り寄ってきて、抑えきれない満面の笑みで言う。
「持ってくれば良かったですね、水着!」
千里は少しだけため息をつき、できの悪い生徒をたしなめる教師に扮した。
「幾兎くん。この旅は遊びじゃないのよ。余計な荷物を持ち歩くことはできないわ」
「あはっ。そうですよね。つい浮かれちゃいました」
幾兎はバツが悪そうに頭をかく。
「でもそういう明るいところが幾兎くんのいいところ。なくさないでね」
「急にどうしたんですか?」
「なんでもないわ。気の済むまで遊んでらっしゃい?」
「はい!」
千里は走り去っていく幾兎の背中を見つめ、自分の言葉の意味をもう一度噛みしめた。
――気の済むまで。
水納の、沖縄の海がこんなにも美しいのは今日でおしまい。
だから、失われるその美しさを、輝きを、照り返す日差しを、気の済むまで堪能すべきなのだ、二人は。
そんな突然の終焉を知っているのは、この世界で千里と幾兎だけ。
いや、もしかしたら、管理官は感づいているかもしれない。二人が沼島の施設を脱走して丸一日経つ。そろそろ、行方を探り当てていてもおかしくないからだ。
だが、まだ二人の目的、いや、野望、までには思い至っていないだろう。
二人は恋人ではない、と言った。
血縁関係でもないとも。
千里と幾兎は、いわば、運命共同体だ。
二人はこれからの長い旅路をともにし、喜びも悲しみも、成功も失敗も、誰かの命にかかわる選択すらも、旅が終わるまではずっとずっと、ひとかたまりの共有物となる。
残酷なカウントダウン。
「あの子が疲れちゃったら出発ね。それか、日が暮れたら、かしら」
いつになるやら、そう思って千里はまた軽く笑った。心の底から、幸せを感じるにはまだ早い。
旅はまだ始まったとも言えないのだ。悲願を成すまでは、幸せなどという感情は心身に染み込んでくるはずもなく。
結局、幾兎と日の入りの根比べは幾兎が制し、暗くなった頃、二人は水納を後にした。
それっきり、沖縄に朝が訪れることは二度となかった。
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