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出島ライン
血が呼んだ勇者
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さて、千里と幾兎は、ビーチではしゃいでいたあの日の最終便の飛行機で、長崎空港に到着していた。
随分ひなびた小さな空港で、壁や床も少し茶ばんでいるが、それでもここは交通の要所だ。とめどない人の行き来や、シャトルバスやフェリーの案内の充実具合でそれがわかる。
手荷物検査場を出て、ふたりはとことことバス乗り場に向かって歩いていた。
「千里さん、どうして福岡じゃないんですか?」
水色のTシャツと薄手の黒いズボンを着た幾兎が不思議そうにそう言った。足元はビーチサンダルのままだ。
「そうね、確かに沖縄から福岡行きの直通便だってあるものね。それなのに、わざわざ大都市でもない長崎に来た理由が知りたいんでしょう?」
一方の千里は白いワンピースが夏らしく涼しげで、どこか優等な名家の令嬢のような雰囲気をかもしだす。左手の手袋はつけたまま。アンバランス。
「違います。僕だって、長崎にあいつらの『防衛ライン』があるのは聞いてますから。僕が知りたいのは、なんで福岡じゃなくて長崎に防衛ラインを敷いてるのか、ってところなんですよ」
「あら、ごめんなさい。知っていたのね、防衛ラインのこと……。正直なところ、彼らが考えていることなんて推測したくもないけれど……、理由があるとすれば、外国から異能者が攻めてきたときを仮定して、じゃないかしら」
「外国から?」
「ええ。超能力は日本特有の異常事象じゃないわ。海外でだって事例が確認されているし、彼らがドイツやアメリカの専門機関と情報交換をしているのもわかっている。それこそ、私たちの情報もね……」
はあ、とため息すら上品で、育ちの良さを隠すことができないほど美しい悲劇のヒロイン。
「話を戻すわ。ここ、長崎はヨーロッパではなく韓国や中国との行き来が盛んな地。歴史的にも古くから交流がある。今現在も多くの観光客や留学生が長崎に来たり、あるいはここを経由して日本に入国しているの」
「つまりそういう国の異能者がもし日本に攻めてくるとしたら、福岡より長崎を守っていたほうが安心だから、ってことですか?」
「きっとそうね。九州にふたつも防衛ラインを敷く資金は、まだ具体的な成果を出していない彼らにはないだろうから」
「なるほど……」
「もし私たちを下すことができれば、国から認められて福岡ラインを敷く許可と資金が出るかもしれないわね」
千里がそう言うと、心底おかしそうに幾兎が笑う。
「あはは……そんなこと、絶対にさせませんよ」
無邪気な口調だったが、その奥底には確かな自信がちらついていた。
自分は負けないという、強い決意。
幾兎は千里を守るために、『詠まれた』運命の勇者だから。
『此処に来ませと 祈りを捧げ 此処に来たるは 神の和子』
――千里の左手には爪がない。
なんの筆記具も置かれていない私室という名の独房で、彼女にはどうしても、この都々逸を書き記す必要があった。
助けを呼ぶために。
解放されるために。
だから彼女は自らの意志で左手の爪を剥ぎ、流れた血で文字を綴った。
激痛で息も絶え絶えになりながら最後の文字を書き終えた瞬間、分厚い窓ガラスを叩き割って、ボロボロの服を着た幾兎が飛び込んできたのだ。
過去はどうあれ今ふたりは長崎市内へ向かうバスに乗ったところ。
次に眠りに落ちるのはこの九州の地――それを邪魔されないよう、自分らと同じ異能者が集う『出島防衛ライン』へ突撃をかけるのである。正面切って沖縄を落とした今、もう奇襲はできない。ならば自分たちのタイミングで戦闘を始めたほうが都合がいいとの判断だ。
これから始まる本格的な戦いに向け、幾兎は心沸き立ち、千里は静かに燃えている。
間違いなく、多くの人が傷つき、死んでいくだろう。
立ちはだかる者らはみな、千里が生み出した存在でありながら、なお……。
随分ひなびた小さな空港で、壁や床も少し茶ばんでいるが、それでもここは交通の要所だ。とめどない人の行き来や、シャトルバスやフェリーの案内の充実具合でそれがわかる。
手荷物検査場を出て、ふたりはとことことバス乗り場に向かって歩いていた。
「千里さん、どうして福岡じゃないんですか?」
水色のTシャツと薄手の黒いズボンを着た幾兎が不思議そうにそう言った。足元はビーチサンダルのままだ。
「そうね、確かに沖縄から福岡行きの直通便だってあるものね。それなのに、わざわざ大都市でもない長崎に来た理由が知りたいんでしょう?」
一方の千里は白いワンピースが夏らしく涼しげで、どこか優等な名家の令嬢のような雰囲気をかもしだす。左手の手袋はつけたまま。アンバランス。
「違います。僕だって、長崎にあいつらの『防衛ライン』があるのは聞いてますから。僕が知りたいのは、なんで福岡じゃなくて長崎に防衛ラインを敷いてるのか、ってところなんですよ」
「あら、ごめんなさい。知っていたのね、防衛ラインのこと……。正直なところ、彼らが考えていることなんて推測したくもないけれど……、理由があるとすれば、外国から異能者が攻めてきたときを仮定して、じゃないかしら」
「外国から?」
「ええ。超能力は日本特有の異常事象じゃないわ。海外でだって事例が確認されているし、彼らがドイツやアメリカの専門機関と情報交換をしているのもわかっている。それこそ、私たちの情報もね……」
はあ、とため息すら上品で、育ちの良さを隠すことができないほど美しい悲劇のヒロイン。
「話を戻すわ。ここ、長崎はヨーロッパではなく韓国や中国との行き来が盛んな地。歴史的にも古くから交流がある。今現在も多くの観光客や留学生が長崎に来たり、あるいはここを経由して日本に入国しているの」
「つまりそういう国の異能者がもし日本に攻めてくるとしたら、福岡より長崎を守っていたほうが安心だから、ってことですか?」
「きっとそうね。九州にふたつも防衛ラインを敷く資金は、まだ具体的な成果を出していない彼らにはないだろうから」
「なるほど……」
「もし私たちを下すことができれば、国から認められて福岡ラインを敷く許可と資金が出るかもしれないわね」
千里がそう言うと、心底おかしそうに幾兎が笑う。
「あはは……そんなこと、絶対にさせませんよ」
無邪気な口調だったが、その奥底には確かな自信がちらついていた。
自分は負けないという、強い決意。
幾兎は千里を守るために、『詠まれた』運命の勇者だから。
『此処に来ませと 祈りを捧げ 此処に来たるは 神の和子』
――千里の左手には爪がない。
なんの筆記具も置かれていない私室という名の独房で、彼女にはどうしても、この都々逸を書き記す必要があった。
助けを呼ぶために。
解放されるために。
だから彼女は自らの意志で左手の爪を剥ぎ、流れた血で文字を綴った。
激痛で息も絶え絶えになりながら最後の文字を書き終えた瞬間、分厚い窓ガラスを叩き割って、ボロボロの服を着た幾兎が飛び込んできたのだ。
過去はどうあれ今ふたりは長崎市内へ向かうバスに乗ったところ。
次に眠りに落ちるのはこの九州の地――それを邪魔されないよう、自分らと同じ異能者が集う『出島防衛ライン』へ突撃をかけるのである。正面切って沖縄を落とした今、もう奇襲はできない。ならば自分たちのタイミングで戦闘を始めたほうが都合がいいとの判断だ。
これから始まる本格的な戦いに向け、幾兎は心沸き立ち、千里は静かに燃えている。
間違いなく、多くの人が傷つき、死んでいくだろう。
立ちはだかる者らはみな、千里が生み出した存在でありながら、なお……。
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