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出島ライン
長崎へ
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気づけば、祠堂の左手は勝手に壁を殴りつけていた。
ふざけてばかりの上層部と、不甲斐ない自分の無力さに苛立って、拳を振るわずにはいられなかった。
「祠堂。チャーター便を出す。裏手の通用口から発着場へ向かえ」
背後から、山内に声をかけられる。当然、今壁を殴ったところは見ていたのだろうが、特に咎められることはなく。
「……はい」
振り向かず、唸り声だけをぼそりと返す。
「チッ」
大層不機嫌そうに去っていく山内だったが、祠堂が気にすることはない。いや――気にならない、とは、強がりに過ぎないか。
祠堂は、そして多くの『神子』は、瀧の配下につく指導員と呼ばれる連中が大嫌いだ。もちろん、瀧のことも憎い。
人気のない道を通ったが最後、ある日突然目の前に現れ、『お前は危険な存在だ』と宣言し、有無を言わさず連行、それを彼らは『補導』と呼ぶ。
超法規的措置で戸籍を奪い、新しい名前を与える。施設に閉じ込め、教育と訓練を施す。そうすることで彼らはただの少年少女でしかなかったはずの『異能者』、『危険分子』、『神子』を支配する。
祠堂は十八歳の頃補導された。その時はまだ伊東明夫という名前だった。今は祠堂晶、二十二歳。荒れた日常の延長線上にあったタバコを覚え、非日常の代表格である射撃を学ばされた。
父は、母は、妹は……どうしているだろう。不良息子が急に姿をくらましたことを、安全管理省の使者はどう説明したのだろうか。あるいは、まだ何か得体の知れない希望にすがって自分のことを探しているかもしれない。
まことに残念ながら祠堂はもう帰ることはできないし、指導員からチームメイトだ、と言われ、守らなければならない存在も押し付けられてしまった。
伊東明夫は、死んだ。
祠堂がその事実を飲み込むのには、そう時間はかからなかった。もとより悪ぶって堕落して、ずぶずぶ腐った人生を送ってきたようなものだ。シャバに残す形になった家族はいささか心配ではあるが、安全管理省がどうにかなるまではもう忘れて暮らすしかない。
それよりは、出島ラインで待つふたりのチームメイト、鐘ヶ江と五雨を守るのが自分に与えられた仕事だと、割り切ることにした。
勘違いしてはいけない。
管理省からの仕事ではない。
運命を司る、糞ったれな神が割り振った仕事だ。
だから自分は連中の狗ではないのだと、そう心の中で唱えながらチャーター便が待機している発着場へと歩を進める。重い足取り。今から確実に始まるイザナミらとの殺し合いに向け、心が弾むわけがない。
「祠堂くん」
「……川田さんですか」
先程のブリーフィングでは特に目立った動きをしていなかった灰色スーツのもう一方、人が良さそうに微笑む男が、目の前を横切るような形で立ちふさがった。
山内よりたちの悪い、底に秘めたどす黒い悪意を薄い薄いオブラートでギリギリ包んで祠堂に飲ませる。
「多分、君らはうまくいかないね」
「……承知の上です」
「大丈夫だよ、安心しなさい。君らが終わっても、出雲、京都、名古屋……と防衛ラインは連なっている。どこかであいつらは止まるさ」
あの壁に向けた拳を、川田にぶつけたかった。だがそれは許されていない。瀧のお膝元で指導員に歯向かうなどすれば、守るべきふたりがどうなるか――。
「死んでも守り通します」
「頑張りなさい」
そうして川田と別れ、緊急ミッションの際に用いられる小型のチャーター便に乗り込んだ。
守るのはラインじゃない。
「死ぬんじゃねえぞ、お前ら」
長崎で待つふたりの少女の笑顔を思い出していると、飛行機が轟音を立て走り出し、そして飛び立った。
ふざけてばかりの上層部と、不甲斐ない自分の無力さに苛立って、拳を振るわずにはいられなかった。
「祠堂。チャーター便を出す。裏手の通用口から発着場へ向かえ」
背後から、山内に声をかけられる。当然、今壁を殴ったところは見ていたのだろうが、特に咎められることはなく。
「……はい」
振り向かず、唸り声だけをぼそりと返す。
「チッ」
大層不機嫌そうに去っていく山内だったが、祠堂が気にすることはない。いや――気にならない、とは、強がりに過ぎないか。
祠堂は、そして多くの『神子』は、瀧の配下につく指導員と呼ばれる連中が大嫌いだ。もちろん、瀧のことも憎い。
人気のない道を通ったが最後、ある日突然目の前に現れ、『お前は危険な存在だ』と宣言し、有無を言わさず連行、それを彼らは『補導』と呼ぶ。
超法規的措置で戸籍を奪い、新しい名前を与える。施設に閉じ込め、教育と訓練を施す。そうすることで彼らはただの少年少女でしかなかったはずの『異能者』、『危険分子』、『神子』を支配する。
祠堂は十八歳の頃補導された。その時はまだ伊東明夫という名前だった。今は祠堂晶、二十二歳。荒れた日常の延長線上にあったタバコを覚え、非日常の代表格である射撃を学ばされた。
父は、母は、妹は……どうしているだろう。不良息子が急に姿をくらましたことを、安全管理省の使者はどう説明したのだろうか。あるいは、まだ何か得体の知れない希望にすがって自分のことを探しているかもしれない。
まことに残念ながら祠堂はもう帰ることはできないし、指導員からチームメイトだ、と言われ、守らなければならない存在も押し付けられてしまった。
伊東明夫は、死んだ。
祠堂がその事実を飲み込むのには、そう時間はかからなかった。もとより悪ぶって堕落して、ずぶずぶ腐った人生を送ってきたようなものだ。シャバに残す形になった家族はいささか心配ではあるが、安全管理省がどうにかなるまではもう忘れて暮らすしかない。
それよりは、出島ラインで待つふたりのチームメイト、鐘ヶ江と五雨を守るのが自分に与えられた仕事だと、割り切ることにした。
勘違いしてはいけない。
管理省からの仕事ではない。
運命を司る、糞ったれな神が割り振った仕事だ。
だから自分は連中の狗ではないのだと、そう心の中で唱えながらチャーター便が待機している発着場へと歩を進める。重い足取り。今から確実に始まるイザナミらとの殺し合いに向け、心が弾むわけがない。
「祠堂くん」
「……川田さんですか」
先程のブリーフィングでは特に目立った動きをしていなかった灰色スーツのもう一方、人が良さそうに微笑む男が、目の前を横切るような形で立ちふさがった。
山内よりたちの悪い、底に秘めたどす黒い悪意を薄い薄いオブラートでギリギリ包んで祠堂に飲ませる。
「多分、君らはうまくいかないね」
「……承知の上です」
「大丈夫だよ、安心しなさい。君らが終わっても、出雲、京都、名古屋……と防衛ラインは連なっている。どこかであいつらは止まるさ」
あの壁に向けた拳を、川田にぶつけたかった。だがそれは許されていない。瀧のお膝元で指導員に歯向かうなどすれば、守るべきふたりがどうなるか――。
「死んでも守り通します」
「頑張りなさい」
そうして川田と別れ、緊急ミッションの際に用いられる小型のチャーター便に乗り込んだ。
守るのはラインじゃない。
「死ぬんじゃねえぞ、お前ら」
長崎で待つふたりの少女の笑顔を思い出していると、飛行機が轟音を立て走り出し、そして飛び立った。
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