神子創造逸文外典

夢野なつ

文字の大きさ
5 / 18
出島ライン

長崎へ

しおりを挟む
 気づけば、祠堂の左手は勝手に壁を殴りつけていた。
 ふざけてばかりの上層部と、不甲斐ない自分の無力さに苛立って、拳を振るわずにはいられなかった。
「祠堂。チャーター便を出す。裏手の通用口から発着場へ向かえ」
 背後から、山内に声をかけられる。当然、今壁を殴ったところは見ていたのだろうが、特に咎められることはなく。
「……はい」
 振り向かず、唸り声だけをぼそりと返す。
「チッ」
 大層不機嫌そうに去っていく山内だったが、祠堂が気にすることはない。いや――気にならない、とは、強がりに過ぎないか。
 祠堂は、そして多くの『神子かみこ』は、瀧の配下につく指導員と呼ばれる連中が大嫌いだ。もちろん、瀧のことも憎い。
 人気のない道を通ったが最後、ある日突然目の前に現れ、『お前は危険な存在だ』と宣言し、有無を言わさず連行、それを彼らは『補導』と呼ぶ。
 超法規的措置で戸籍を奪い、新しい名前を与える。施設に閉じ込め、教育と訓練を施す。そうすることで彼らはただの少年少女でしかなかったはずの『異能者』、『危険分子』、『神子』を支配する。
 祠堂は十八歳の頃補導された。その時はまだ伊東明夫という名前だった。今は祠堂あきら、二十二歳。荒れた日常の延長線上にあったタバコを覚え、非日常の代表格である射撃を学ばされた。
 父は、母は、妹は……どうしているだろう。不良息子が急に姿をくらましたことを、安全管理省の使者はどう説明したのだろうか。あるいは、まだ何か得体の知れない希望にすがって自分のことを探しているかもしれない。
 まことに残念ながら祠堂はもう帰ることはできないし、指導員からチームメイトだ、と言われ、守らなければならない存在も押し付けられてしまった。
 伊東明夫は、死んだ。
 祠堂がその事実を飲み込むのには、そう時間はかからなかった。もとより悪ぶって堕落して、ずぶずぶ腐った人生を送ってきたようなものだ。シャバに残す形になった家族はいささか心配ではあるが、安全管理省がどうにかなるまではもう忘れて暮らすしかない。
 それよりは、出島ラインで待つふたりのチームメイト、鐘ヶ江と五雨を守るのが自分に与えられた仕事だと、割り切ることにした。
 勘違いしてはいけない。
 管理省からの仕事ではない。
 運命を司る、糞ったれな神が割り振った仕事だ。
 だから自分は連中の狗ではないのだと、そう心の中で唱えながらチャーター便が待機している発着場へと歩を進める。重い足取り。今から確実に始まるイザナミらとの殺し合いに向け、心が弾むわけがない。
「祠堂くん」
「……川田さんですか」
 先程のブリーフィングでは特に目立った動きをしていなかった灰色スーツのもう一方、人が良さそうに微笑む男が、目の前を横切るような形で立ちふさがった。
 山内よりたちの悪い、底に秘めたどす黒い悪意を薄い薄いオブラートでギリギリ包んで祠堂に飲ませる。
「多分、君らはね」
「……承知の上です」
「大丈夫だよ、安心しなさい。君らが終わっても、出雲、京都、名古屋……と防衛ラインは連なっている。どこかであいつらは止まるさ」
 あの壁に向けた拳を、川田にぶつけたかった。だがそれは許されていない。瀧のお膝元で指導員に歯向かうなどすれば、守るべきふたりがどうなるか――。
「死んでも守り通します」
「頑張りなさい」
 そうして川田と別れ、緊急ミッションの際に用いられる小型のチャーター便に乗り込んだ。
 守るのはラインじゃない。
「死ぬんじゃねえぞ、お前ら」
 長崎で待つふたりの少女の笑顔を思い出していると、飛行機が轟音を立て走り出し、そして飛び立った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...