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出島ライン
何にもなれない男
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縁は奇なもの。
長崎市に着いた千里と幾兎を待ち受けていたのは長崎ラインのメンバーではなかった。
「あんたが三島千里か」
街中で拳銃を構えているのに、誰からも見向きもされない、白髪交じりの奇妙な男。これはフィルムの撮影中なんかじゃないんだ。
「物騒ね、あなた」
「お互い様だろう。空砲だと思うか?」
「千里さんに何の用ですか」
「王子様は黙ってろ」
幾兎はカチンと来て今にも男に襲いかかりたいくらいだったが、千里の微笑にそれを留められた。
首を傾げ、疑問点をひとつ。
「王子様……。私と幾兎くんの出会いについて、何か知っているような言い草ね」
「ああ。俺は瀧から遣わされた人間だからな」
さっきまで止まっていたはず幾兎は、今この瞬間、男の首元にナイフを突きつけている。
それでも誰も立ち止まらない、通り過ぎていく群衆。
「もっとわかりやすく話さないと、殺しちゃうよ」
幾兎の幼稚な脅し。もちろん群衆は背景のまま。
彼はトリガーにかけた人差し指で返事をする。
カチャリ。
乾いた音が鳴り、千里が肩をひそめる。
「言ったろ? 空砲だと思うかって」
「瀧の『遍在』を使ってまで何がしたいのかしら?」
「生憎まどろっこしい性分でね。だが王子様……いや、神谷に譲歩して、簡潔に話したほうが良さそうだ」
拳銃をポケットに仕舞うと、男は言う。
「俺は沼斑竜。あんたらの味方だ。最後はどうなるかわからんがな」
「おじさん、まだわかりにくいよ」
「瀧の思うままに動く人形じゃないってことだ。山内や川田とは違う」
「じゃあ、そんなあなたは一体どんな存在なのかしら? ねえ、沼斑さん」
そう問われると、沼斑は大きくため息をついた。
「あいつら以下さ。なーんでもない。俺は空っぽな男だ」
物悲しさを漂わせて、沼斑は続ける。
「従順な飼い犬にもなれなければ、主の手に噛みつくこともできない、中途半端で何もない人間。それが沼斑竜ってやつの中身だ。中身のない中身」
「不幸自慢をしに来たのかしら? 私たち、急いでいるのだけど」
「すまんな。時間は後で返すとしよう」
意味深な台詞。
千里と幾兎は黙って沼斑の様子を見ている。
「手伝うと言っているんだ。あんたらの復讐を」
「……本気? 空っぽのおじさん」
「土地勘のないあんたらに道を与えよう。管理省のみぞ知る情報を吐き出そう。必要なら次の、またその次の防衛ラインへ向かうための足を用意することもできる。それが、俺の『返す』時間だ」
「……いいわ。一緒に行きましょう」
「千里さん! こんなやつ信用できませんよ!」
千里の微笑は揺るがない。絶対的な自信がそこにある。
「じゃあ、私たちのお友達になってもらえばいいじゃない」
「おい、待て」
予想の甘かった沼斑の静止は聞かず、ハンドバッグからメモ帳を取り出した千里は、次のように綴った。
『友と名乗るは 仇人なれど 友と成るには 事足りる』
文面こそ見えていないものの、千里が書いた文章が自分を縛り付ける都々逸であることを察した沼斑は盛大に肩を落とした。
「瀧の名前なんぞ出すんじゃなかったな」
「別に、誰の名前を出そうとも私はきっとこの詩を書いていたわ。例えば、私のお父様の名前を出していたとしてもね」
「はいはい……」
さて、千里にはふたつの異能がある。
ひとつは、神とも呼ぶべき存在が授けた最初の異能。
千里を不幸に突き落とした忌むべき異能。
読んだ詩が、超常現象や異能者を生み出し、世界を改変するもの。
異能者の別称である『神子』を生む彼女がイザナミ、と呼ばれる所以そのものだ。
もともと著名な詩人であった千里は、都々逸を詠めば詠むほど、知らぬうちに何人もの神子を生み出したり、日本の各地で超常現象を引き起こしたりする元凶となってしまった。
それらの現象は世間に知られぬよう未然に管理省が隠蔽していた。そして、発表されていた千里の著書と、これまでに発生した超常現象や神子の特徴を照らし合わせたひとりの研究者が、千里の身柄を確保した。
あとは……いや。止そう。
悲しい話が長くなってしまった。
もうひとつは、千里が自らの能力をもってして自らに宿らせた後天的な異能。
世界の一部を覚めぬ夜に包み、周囲一帯の森羅万象を眠らせる異能――『とこしえの闇』である。
瀧と、管理省を包括する日本国に復讐を誓った千里は、研究所からの脱走直後、こんな都々逸を詠み、自らにその異能を宿らせた。
『とわの闇こそ また美しく 明けぬ空など 夢の夢』
この詩こそが、常夜の沖縄事件を引き起こし、さらには日本中を覚めぬ夜へと沈めてしまおうとしている、千里の底知れぬ激しい怒りを形にした詩だ。
着いてこい、と、都々逸に縛られても様子が変わる風でもない沼斑はふたりに言う。
「連中に知られていないセーフハウスと、もうひとりの協力者のところに案内しよう。長旅で疲れているなら、コーヒーか紅茶でもてなすが?」
「……おかしなおじさん」
「そうね。でも、面白い人だわ。沼斑さん、これからどうぞ、よしなにね……」
どの道、詩を詠まれた以上は従うしかないというのに、千里の言葉も皮肉なものだ。
長崎市に着いた千里と幾兎を待ち受けていたのは長崎ラインのメンバーではなかった。
「あんたが三島千里か」
街中で拳銃を構えているのに、誰からも見向きもされない、白髪交じりの奇妙な男。これはフィルムの撮影中なんかじゃないんだ。
「物騒ね、あなた」
「お互い様だろう。空砲だと思うか?」
「千里さんに何の用ですか」
「王子様は黙ってろ」
幾兎はカチンと来て今にも男に襲いかかりたいくらいだったが、千里の微笑にそれを留められた。
首を傾げ、疑問点をひとつ。
「王子様……。私と幾兎くんの出会いについて、何か知っているような言い草ね」
「ああ。俺は瀧から遣わされた人間だからな」
さっきまで止まっていたはず幾兎は、今この瞬間、男の首元にナイフを突きつけている。
それでも誰も立ち止まらない、通り過ぎていく群衆。
「もっとわかりやすく話さないと、殺しちゃうよ」
幾兎の幼稚な脅し。もちろん群衆は背景のまま。
彼はトリガーにかけた人差し指で返事をする。
カチャリ。
乾いた音が鳴り、千里が肩をひそめる。
「言ったろ? 空砲だと思うかって」
「瀧の『遍在』を使ってまで何がしたいのかしら?」
「生憎まどろっこしい性分でね。だが王子様……いや、神谷に譲歩して、簡潔に話したほうが良さそうだ」
拳銃をポケットに仕舞うと、男は言う。
「俺は沼斑竜。あんたらの味方だ。最後はどうなるかわからんがな」
「おじさん、まだわかりにくいよ」
「瀧の思うままに動く人形じゃないってことだ。山内や川田とは違う」
「じゃあ、そんなあなたは一体どんな存在なのかしら? ねえ、沼斑さん」
そう問われると、沼斑は大きくため息をついた。
「あいつら以下さ。なーんでもない。俺は空っぽな男だ」
物悲しさを漂わせて、沼斑は続ける。
「従順な飼い犬にもなれなければ、主の手に噛みつくこともできない、中途半端で何もない人間。それが沼斑竜ってやつの中身だ。中身のない中身」
「不幸自慢をしに来たのかしら? 私たち、急いでいるのだけど」
「すまんな。時間は後で返すとしよう」
意味深な台詞。
千里と幾兎は黙って沼斑の様子を見ている。
「手伝うと言っているんだ。あんたらの復讐を」
「……本気? 空っぽのおじさん」
「土地勘のないあんたらに道を与えよう。管理省のみぞ知る情報を吐き出そう。必要なら次の、またその次の防衛ラインへ向かうための足を用意することもできる。それが、俺の『返す』時間だ」
「……いいわ。一緒に行きましょう」
「千里さん! こんなやつ信用できませんよ!」
千里の微笑は揺るがない。絶対的な自信がそこにある。
「じゃあ、私たちのお友達になってもらえばいいじゃない」
「おい、待て」
予想の甘かった沼斑の静止は聞かず、ハンドバッグからメモ帳を取り出した千里は、次のように綴った。
『友と名乗るは 仇人なれど 友と成るには 事足りる』
文面こそ見えていないものの、千里が書いた文章が自分を縛り付ける都々逸であることを察した沼斑は盛大に肩を落とした。
「瀧の名前なんぞ出すんじゃなかったな」
「別に、誰の名前を出そうとも私はきっとこの詩を書いていたわ。例えば、私のお父様の名前を出していたとしてもね」
「はいはい……」
さて、千里にはふたつの異能がある。
ひとつは、神とも呼ぶべき存在が授けた最初の異能。
千里を不幸に突き落とした忌むべき異能。
読んだ詩が、超常現象や異能者を生み出し、世界を改変するもの。
異能者の別称である『神子』を生む彼女がイザナミ、と呼ばれる所以そのものだ。
もともと著名な詩人であった千里は、都々逸を詠めば詠むほど、知らぬうちに何人もの神子を生み出したり、日本の各地で超常現象を引き起こしたりする元凶となってしまった。
それらの現象は世間に知られぬよう未然に管理省が隠蔽していた。そして、発表されていた千里の著書と、これまでに発生した超常現象や神子の特徴を照らし合わせたひとりの研究者が、千里の身柄を確保した。
あとは……いや。止そう。
悲しい話が長くなってしまった。
もうひとつは、千里が自らの能力をもってして自らに宿らせた後天的な異能。
世界の一部を覚めぬ夜に包み、周囲一帯の森羅万象を眠らせる異能――『とこしえの闇』である。
瀧と、管理省を包括する日本国に復讐を誓った千里は、研究所からの脱走直後、こんな都々逸を詠み、自らにその異能を宿らせた。
『とわの闇こそ また美しく 明けぬ空など 夢の夢』
この詩こそが、常夜の沖縄事件を引き起こし、さらには日本中を覚めぬ夜へと沈めてしまおうとしている、千里の底知れぬ激しい怒りを形にした詩だ。
着いてこい、と、都々逸に縛られても様子が変わる風でもない沼斑はふたりに言う。
「連中に知られていないセーフハウスと、もうひとりの協力者のところに案内しよう。長旅で疲れているなら、コーヒーか紅茶でもてなすが?」
「……おかしなおじさん」
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