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出島ライン
リズムが取れなくて・出島ライン
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「帰ったぞ、お前ら……」
一日のうちに長崎と東京を往復する目まぐるしいスケジュールで、ぐったりしつつも何とか出島防衛ラインの基地に帰ってきた祠堂。雰囲気がまったく反対のふたりの少女が彼を迎えた。
「あ、あの……お帰りなさい、祠堂さん……」
「五雨ぇ! おどおどしてんじゃねえよ、俺ら何ヶ月の付き合いだ? そんなんじゃ祠堂の兄貴に好かれようなんて一億年はえぇぜ!」
「嵐ちゃん、やめてよ……祠堂さんそこにいる……」
「あーはい、とりあえず話聞け」
おどおど子鹿のように震えている臆病な少女、五雨春と、口調も見た目もワイルドな活発な少女、鐘ヶ江嵐。祠堂にこのふたりを合わせた三人が、『水際の防衛を任せられた超一流の』出島ラインメンバーである。
これは管理省で囁かれている皮肉だが、決して各個人が実力に劣るわけではない。だが、他のラインに比べて人数が少ないことは否めない。千里が空港で予想していた、九州地方にふたつも防衛ラインを割く予算がない、というのは半分事実だった。もうひとつの理由は、福岡やその近辺で神子を探し出すことが難しかったことが挙げられる。管理省以外にも異能者を集めている組織はいくつかあり、北九州ではそちらの組織のほうが若干仕事が早かった、というわけだ。出島こと長崎にラインを敷いたのは苦肉の策だ。
「東京で上から指示が来たんだが……『イザナミ』と『スサノオ』が研究所を脱走したらしい」
「日本神話の神様……? それって比喩だよね、祠堂さん」
「ああ。神子を生み出すイザナミと、剛腕が自慢の闘神スサノオのコンビ、ってとこか」
「相変わらず上の連中はポエムが好きだな~。名前で呼びゃあいいのに」
神話をあまり知らない鐘ヶ江がつまらなそうにあくびをしてみせる。もっともな意見ではあるが。瀧という男はかなり衒学的なのだ。
「都々逸とかいうポエムで異能を生み出すイザナミ……三島千里か。いい勝負なんじゃないのか」
「で、どうすんだよ兄貴。俺たち、やんのか?」
当たり前だろう。
そう答えられない理由がある。
「そのイザナミだって、俺らと同じように瀧に補導されてめちゃくちゃやられた被害者なんだろ? あとスサノオも? それを、俺らが殺したり捕まえたりするのは、いいことだと本気で思ってんのか?」
「嵐ちゃん……それは……」
「俺は兄貴に聞いてんだよ」
祠堂はうつむいた。だが、そう長くは沈黙しない。
「いいことだろうと悪いことだろうと、死にたくなければやるしかない」
「兄貴はそれでいいのか? 真っ赤なソファーにふんぞり返って瀧の野郎ががはがは笑う未来が見たいのかよ?」
「今はしゃがめ。俺らだっていつか、あいつにひと泡吹かせられるかもしれない」
「いつかじゃ兄貴もジジイになっちまうぞ!」
導火線が短い鐘ヶ江は激昂し、五雨と祠堂を順番に突き飛ばして基地を飛び出してしまった。
彼女も、瀧への怒りやフラストレーションが限界まで膨れ上がっていたらしい。
「し、祠堂さん……どうしたら」
「気が済んだら帰ってくるだろ。それまでは、俺らでイザナミとスサノオを止める作戦を練る。鐘ヶ江が戻ってきてすぐ説明できるくらいわかりやすいのがいいな」
「あの、それもなんですけど……」
「ん?」
「私も、どうしたらいいのか……ほんとに、その……私たちの仲間かもしれない人と、殺し合いなんて、怖くて、悲しくて……」
祠堂は何も言い返せなくて、小さく舌打ちをする。
出島ラインのメンバー全員が、表現方法は違えど同じ悩みを抱えていた。
きっと、いや間違いなく、他のラインのメンバーの多くもこの問題と直面しているだろう。
だが、最初に祠堂が言った通り、やるしかないのだ。
瀧の『遍在』という異能は、わかりやすく言えば『一箇所だけではなく世界のどこにでもいる』というわかりにくい能力である。噛み砕けば、今この瞬間、祠堂たちの会話を瀧が扉一枚向こうから聞いていてもなんら不思議ではないのだ。そして彼はその遍在を、一時的にであれば他人に分け与えることもできる。彼の手足である山内や川田を、日本の各地へ派遣するのも簡単だ。
こんなにも監視されていては、気に食わないから歯向かってストを起こす、というわけにもいかない。祠堂はそれが言いたいのである。
ついでに言えばさらに派生して、『どこにでもいる』者には『誰も目を向けない』。気づかれない、見つからない。だから、瀧に『遍在』を借りたあの時の沼斑は、銃を構えていても誰からか通報されることがなかった、というわけだ。
瀧の遍在異能が千里由来なのか、それとも天より授けられたものなのかは知られていない。とりあえず厄介極まりないことだけは確かである。
「殺せとは言われてない、ひとまずな。止められればなんでもいいんだ。話し合いでも」
「話……聞いてくれるかな……」
「わからんが、言ったろ。やるしかないと。それに、だ」
身長が随分低い五雨の頭をポンと叩いて、祠堂は言う。
「俺にとっちゃ、同じ瀧の被害者だろうと、会ったこともないイザナミとやらより、お前と鐘ヶ江のほうが優先度が高い。俺は殺す。イザナミと、スサノオを」
たとえ勝ち目がなくたって。
祠堂はとうに決意している。
一日のうちに長崎と東京を往復する目まぐるしいスケジュールで、ぐったりしつつも何とか出島防衛ラインの基地に帰ってきた祠堂。雰囲気がまったく反対のふたりの少女が彼を迎えた。
「あ、あの……お帰りなさい、祠堂さん……」
「五雨ぇ! おどおどしてんじゃねえよ、俺ら何ヶ月の付き合いだ? そんなんじゃ祠堂の兄貴に好かれようなんて一億年はえぇぜ!」
「嵐ちゃん、やめてよ……祠堂さんそこにいる……」
「あーはい、とりあえず話聞け」
おどおど子鹿のように震えている臆病な少女、五雨春と、口調も見た目もワイルドな活発な少女、鐘ヶ江嵐。祠堂にこのふたりを合わせた三人が、『水際の防衛を任せられた超一流の』出島ラインメンバーである。
これは管理省で囁かれている皮肉だが、決して各個人が実力に劣るわけではない。だが、他のラインに比べて人数が少ないことは否めない。千里が空港で予想していた、九州地方にふたつも防衛ラインを割く予算がない、というのは半分事実だった。もうひとつの理由は、福岡やその近辺で神子を探し出すことが難しかったことが挙げられる。管理省以外にも異能者を集めている組織はいくつかあり、北九州ではそちらの組織のほうが若干仕事が早かった、というわけだ。出島こと長崎にラインを敷いたのは苦肉の策だ。
「東京で上から指示が来たんだが……『イザナミ』と『スサノオ』が研究所を脱走したらしい」
「日本神話の神様……? それって比喩だよね、祠堂さん」
「ああ。神子を生み出すイザナミと、剛腕が自慢の闘神スサノオのコンビ、ってとこか」
「相変わらず上の連中はポエムが好きだな~。名前で呼びゃあいいのに」
神話をあまり知らない鐘ヶ江がつまらなそうにあくびをしてみせる。もっともな意見ではあるが。瀧という男はかなり衒学的なのだ。
「都々逸とかいうポエムで異能を生み出すイザナミ……三島千里か。いい勝負なんじゃないのか」
「で、どうすんだよ兄貴。俺たち、やんのか?」
当たり前だろう。
そう答えられない理由がある。
「そのイザナミだって、俺らと同じように瀧に補導されてめちゃくちゃやられた被害者なんだろ? あとスサノオも? それを、俺らが殺したり捕まえたりするのは、いいことだと本気で思ってんのか?」
「嵐ちゃん……それは……」
「俺は兄貴に聞いてんだよ」
祠堂はうつむいた。だが、そう長くは沈黙しない。
「いいことだろうと悪いことだろうと、死にたくなければやるしかない」
「兄貴はそれでいいのか? 真っ赤なソファーにふんぞり返って瀧の野郎ががはがは笑う未来が見たいのかよ?」
「今はしゃがめ。俺らだっていつか、あいつにひと泡吹かせられるかもしれない」
「いつかじゃ兄貴もジジイになっちまうぞ!」
導火線が短い鐘ヶ江は激昂し、五雨と祠堂を順番に突き飛ばして基地を飛び出してしまった。
彼女も、瀧への怒りやフラストレーションが限界まで膨れ上がっていたらしい。
「し、祠堂さん……どうしたら」
「気が済んだら帰ってくるだろ。それまでは、俺らでイザナミとスサノオを止める作戦を練る。鐘ヶ江が戻ってきてすぐ説明できるくらいわかりやすいのがいいな」
「あの、それもなんですけど……」
「ん?」
「私も、どうしたらいいのか……ほんとに、その……私たちの仲間かもしれない人と、殺し合いなんて、怖くて、悲しくて……」
祠堂は何も言い返せなくて、小さく舌打ちをする。
出島ラインのメンバー全員が、表現方法は違えど同じ悩みを抱えていた。
きっと、いや間違いなく、他のラインのメンバーの多くもこの問題と直面しているだろう。
だが、最初に祠堂が言った通り、やるしかないのだ。
瀧の『遍在』という異能は、わかりやすく言えば『一箇所だけではなく世界のどこにでもいる』というわかりにくい能力である。噛み砕けば、今この瞬間、祠堂たちの会話を瀧が扉一枚向こうから聞いていてもなんら不思議ではないのだ。そして彼はその遍在を、一時的にであれば他人に分け与えることもできる。彼の手足である山内や川田を、日本の各地へ派遣するのも簡単だ。
こんなにも監視されていては、気に食わないから歯向かってストを起こす、というわけにもいかない。祠堂はそれが言いたいのである。
ついでに言えばさらに派生して、『どこにでもいる』者には『誰も目を向けない』。気づかれない、見つからない。だから、瀧に『遍在』を借りたあの時の沼斑は、銃を構えていても誰からか通報されることがなかった、というわけだ。
瀧の遍在異能が千里由来なのか、それとも天より授けられたものなのかは知られていない。とりあえず厄介極まりないことだけは確かである。
「殺せとは言われてない、ひとまずな。止められればなんでもいいんだ。話し合いでも」
「話……聞いてくれるかな……」
「わからんが、言ったろ。やるしかないと。それに、だ」
身長が随分低い五雨の頭をポンと叩いて、祠堂は言う。
「俺にとっちゃ、同じ瀧の被害者だろうと、会ったこともないイザナミとやらより、お前と鐘ヶ江のほうが優先度が高い。俺は殺す。イザナミと、スサノオを」
たとえ勝ち目がなくたって。
祠堂はとうに決意している。
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