残酷な異世界の歩き方~忘れられたあなたのための物語

此寺 美津己

文字の大きさ
2 / 83
第一章 夜の淵を走る

第2話 車中喜劇

しおりを挟む
列車はようやく、バルトフィルの街を離れた。停車時間は予定をだいぶオーバーしての出発となった。


「なんでこんな無茶をしたんだ!」

ルウエンは、怒鳴り散らすアデルから逃げ回っている。
とは言っても、通路や連結部まで人がいっぱいの車内だ。
逃げる場所もないし、下手に動けば、通路に座り込んだ人にぶつかったり、踏みつけたりしそうだった。

「無茶じゃないって。ちゃんと計算し尽くした計画のもとにだから!」
「“貴族”に血を吸わせることがか!?
バカも休み休み言え。いいからこっちに来い!」
「アデルが剣をしまったら。」

と、ルウエンは言った。
いま、実際にアデルが握っているのは、彼女が実戦で愛用している斧状の刃をもつ打撃剣ではなく、手のひら程度の刃渡りしかない短剣だ。

それを魔法で赤熱化させている。

脳筋を戯画化したような外見のくせに、魔法の熟練度もなかなかのものだった。

いまどき、冒険者になるのは、まず学校に通うのがほとんどだ。それ以外、例えば“貴族”のように高度な能力をもった亜人は、直接冒険者事務所で、登録に応じてくれる場合もあるが、これはそのような存在がそもそも稀なケースである。

相変わらず人気のあるテーマであるズブの素人が、いきなり迷宮で大活躍。冒険者として名を挙げていく、と言うのは、実際にはまず有り得ない。
いや、その無謀な試みを行おうとする者は、いつの時代にも一定数は存在するのだろうが、そもそもそんな連中は著しく死亡率が高いのだ。

それよりも、一応読み書き、四則演算、一般常識まで教えてくれる冒険者用の学校は、授業料の安さもあって、庶民には人気がある。なによりも“冒険者”という若い者の心をくすぐるばかりで、不安定で危険がいっぱいの職業に、そうそうに見切りをつけさせてくれるのが、ありがたい。
自分のなけなしの才能に見切りをつけて、結局、卒業後に冒険者以外の道を選ぶ者が大半だが、それでも、少なくとも自分の名前をかくのがやっとという状態で放り出されることはないのだ。

ダメならダメなりに。才能があってもなくても、先に述べたように基礎的な学問をはじめ、戦う術、魔法とその使い方。一通りのことは教えてくれる。
卒業は大体、18歳の成人に合わせるから、そこからなにかの道に進むことももちろんできる。

見るからに前衛戦士よりのアデルが、きっちりと魔法をマスターしているのは、彼女たちが冒険者学校の生徒ならば納得できる話であった。

「わかった。傷口を焼くのは諦める。」
アデルは、指を刀身に滑らせた。ジュっと肉の焼けるいやな音がして、アデルは顔をしかめる。
剣は熱を発するのをやめた。
いそいそと寄ってきた小柄な少年を、アデルの腕が羽交締めにする。

「な、なにを!?」
「焼くのは諦めた。抉るだけで勘弁してやる!」
「首、抉られたら死にますけど!?」
「死なない程度に抉る。大丈夫、ちゃんとやるから。」
「きみ、治癒魔法、追試だったよね?」
「わたしは、本番に強いタイプなんだ。」


少年と少女のじたばたわいわいは、いつまでも続きそうだったが、誰かの「うるさい!」という一喝がそれを阻んだ。
ルウエンも、アデルも、押し黙った。
たしかに、若い彼らがきゃいきゃい騒ぐには、ふさわしくない。

列車は、闇の中を落ちるように、疾走していく。

客車に乗っているものは、戦乱を逃れて、中立地帯である「城」を目指すものがほとんどだ。
ほぼ、全員が着の身着のままで、おそらくは、その前からろくに食べていないものも多かったのだろう。
そうしたものは、痩せこけて、目ばかりギョロギョロとしているか、疲れ果てて寝込んでいる。

そういった意味では、ついさっき、バトルフィルの街で乗り込んできた避難民のほうが、まだましだったかもしれない。
多少の金品や、食料、着替えなどを持ち出す時間は十分にあったのだから。

彼らはいま、「特別車両」に押し込められている。とはいえ、もともと車両をひとつまるごと借り切っているのだ。
人数的な余裕という点でもここより、よほどマシ、だったのかもしれない。

ルウエンとアデルが、この車両に押し込められたのは、彼らがこどもで、まあ、なんとか空いてスペースに押し込められる、と思われたことと、あとは、フェリベリック男爵と駅員の配慮によるものだった。

ルウエンは、特別車両の主に

まだ、その影響は軽微だが、今宵にもまた呼ばれるかもしれない。あるいは、むこうから訪問があるかも。

いずれこうなる、と決まった運命であっても、それを少しでも先延ばししてやろう、というのが、男爵と駅員の考えであった。


「なあ」

しばらくたって、周りが静まり返ったころに、1人の男が話しかけてきた。

親子連れらしい。
連れてる少女はやせこけて、10歳にならないように見える。

「わたしたちに、なんのようだ!」
「アデル。そういうときは、なにか御用ですかって言うんだ。」
「意味は一緒だろう?」

困った仲間に、苦笑しながらルウエンは男に、なにか御用ですか?と、問いかけた。

「特別車両に、バルトフィルの難民をのせるように、交渉したのは、あんたか。」

無精髭がのびてはいる。体つきはたくましいがいやな目の光りかたをしていた。

「ああ、こいつだ。」
アデルは、ぶっきらぼうに言って、ルウエンの首筋を、指し示した。
血の流出は、止まっているが、毒をもった虫に噛まれたような腫れて、傷口のウジャケた傷跡がふたつ。
「おかげで、このザマだ。」

男は乾いた笑い声をたてた。

「そ、そんなものは、早いか遅いかの違いだろう。俺たちは『城』に向かっているんだぞ。
あそこで、人間がなんて呼ばれてるか知ってるか?
『食料』だぞ。」

「自分で、『城』に向かうことを選んでおいて、、その言い草は気に入らんな。」
アデルはズケズケと言った。
「だいたい、戦うよりも逃げることを選択したのだから少々の不自由は」

むにい。

ルウエンの指が、アデルの頬をつねった。

「ふあによう?」
「選択肢はいろいろあるけど、必ずしも誇りに満ちた選択肢でないものもある。それを選ばないといけないときもある。」

ブニブニとアデルの頬をひっぱりながら、ルウエンは言った。

「他人がとやかく言うことじゃないんだよ。」

「で? どうだった?」
男は、顔を近づけた。汗臭い。

「どう、とは?」

「バルトフィルの連中なんかどうでもいい。貴族に取り入るために、伯爵さまのところを、訪れたんだろ?」

ルウエンとアデルは、顔を見合わせた。

「だから。どうなんだ、その……貴族に噛まれるってことは。」
「どう、答えたらいい? 痛いとは痛くないとか。そういったことか?」


後ろにルウエンを庇うように、アデルは身をのりだした。

「それもそうだな。あと、今の気分とかだ。」
「いいはずがないだろう。血を吸われたんだぞ。」
「そういうことではなくて」

男はいらいらしたように、声を荒げかけたが、あまり大声でするべき話ではないと気がついたのか、声をひそめた。

「・・・あまり、その苦痛ではなければ、その、どうだろう。伯爵さまは、おまえのような少年を好むのかな。たとえば、処女の生き血などは、どうなんだろう。」
「どういう意味なのかな?」
「これは俺の娘だ。名前はミイナで歳は」

女の子は、見知らぬ少年と少女に怖気づいたように、おずおずと二人を見上げて言った。

「ミイナです。9つです。伯爵さまのところにいけば、お母さんとお兄ちゃんもいっぱいご飯が食べられるって、お父さんから聞きました。」

アデルは、手のひらに反対側の拳を叩きつけた。引き締まったその体躯のなかに凶暴なものが膨れ上がっていく。

娘を、貴族に売ろうとした男はそれに気づかない。ルウエンはアデルの肩に手をおいた。
ここで、騒ぎはおこしたくなかった。

「ルウエン、いるか?」
そのとき、客車のドアが空き、例の駅員が、顔を出した。
駅で応対にあたっていた中年の男だ。

列車にも乗り込んでいるところをみると、駅に所属していたわけではなく、列車の運行のほうに責任のある立場なのだろう。
「はい、います。」
ルウエンは、手を上げた。ついさっき“貴族”に血を吸われたばかり。それにしては、元気すぎる行動かもしれない。

「ルーデウス伯爵閣下が、お呼びだ。」

アデルは、男に対する怒りをそのままに駅員にむけた。

「断る!」
「残念ながら、おまえたちに拒否の権利はないよ。それに呼ばれているのはルウエンだけだ。おまえは呼ばれていない。」
「わかりました、行きますよ。」

ルウエンは立ち上がった。窓の外はまっくらだ。
この世界には。この列車としか存在しない。虚無の暗闇の中をひたすらに、行き場所のない列車だけが、疾走している。
そんな妙な感覚に襲われた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...