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第一章 夜の淵を走る
第7話 運命の矢
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「とりあえず、何をしたらいい?」
ナセルは、ルウエンにそう尋ねた。
駆け出し冒険者にとる態度ではなかったが、ナセルの長年の経験とカンが、そうするべきだと感じたのだ。
「まず相手を刺激しないことです。」
ルウエンは、闇夜に目を凝らしている。
とは、いっても観測機が、察知した黒雲は、全く見えない。
ただ、空の一部で、紫の稲光が闇を割くばかり。
「これは、無理やり、分類してしまえば、竜巻とか暴風雨といった自然現象の一部です。たまたま、通りかかったこの列車に、興味本位で着いてきてるだけなのかもしれない。
それなら、次のトンネルで撒けるはずです。」
「そうならなかったら?」
「もちろん、そのための手当てをします。」
ルウエンは、自分の剣に片っ端から楽しげに付与魔法をかけまくっているアデルを、そっと止めた。楽しみをじゃまされたアデルは、むっとしたようにルウエンを睨んだ。
「まだ、『大切断』と『螺旋』をかけてないのに!」
「切り裂く、と抉るは、同時がけすると効力がさがるよ。」
「いいじゃん、ありったけかけてまずは、どれが効果があるかみたほうがいいに決まってるんだし。」
そのアデルの剣は、独特の形状で、ナセルもそんな物は見たことがなかった。
先端に進むにつれて、刃肉が厚くなり、先端部分にかけては、剣というより、斧を思わせる形になっている。
バランスは悪いし、かなり重いだろう。
確かに、このアデルという少女は、それを楽々と振り回せるだけの筋肉をもっている。
実際、冒険者で、斧を得物にするものは、結構いるのだ。重みで叩き割る打撃は、相手の外皮が堅牢なほどに効果的である。
あるいは、乱戦において、刃こぼれしようが少々曲がろうが、使い続けられる斧は、その豊富なバリエーションとともに、長年にわたり、愛され続けている。
反面、その重量のため、使い手は限られる。
同じ重量ならば、槍はもちろん、剣よりもリーチは短くなるのだ。
“まるで、斧が得意なのになにがなんでも剣をおしつけられたみたいだ。”
と、ナセルは思った。
「まず、なにはともあれ、もっとも頼りになる援軍である伯爵閣下にお出まし願いましょう。」
「わかった。俺が呼びに行こう。」
ナセルは、決心した。
場合によっては、首を縄をつけて引きずりだしてくる。
命懸けの大仕事であるが、彼一人で、あの稲妻の主に対処することを考えると、はなはだ妥当な提案に思えたのだ。
大丈夫ですよ。
と、ルウエンが笑った。
「ぼくは、伯爵閣下の下僕なんですから。さっきは、わざわざ呼びに来ていただきましたけど、もう大丈夫です。
さすがに二回も吸われていれば、しっかり繋がってます。ぼくから呼びかければちゃんと聞こえますよ。」
言ってることは間違ってないが、言ってる内容は間違っている!
ナセルは、ルウエンの胸ぐらを締め上げたかったが、なんとかこらえた。
その力は、下僕にされた人間が、“貴族”を呼び出す時に使うものではない。
ぜったいに、ない。
それとも最近の冒険者学校では、そう教えているのだろうか。
混乱するナセルを前に、ルウエンは目を閉じた。
「はい‥‥なにしてます? あ、ちょっとこっちに来れます? 特別車両の連結部に。はい、ナセル保安官も一緒です。列車の運行でどうしても力が借りたくって。はい。はい‥‥じゃあ、急いでくださいね。」
はい、呼べました。
と言って、ルウエンは一同を見回した。
稲光りは少し遠かったような気がした。
列車は一段と速度をあげている。
風が、少年と少女の髪を巻き上げた。
二人とも恐れる様子は全くない。
緊張していない、というわけではないのだが、即座に全力を、いつでも出せるように、あえて体を弛緩させている。
そんな印象だった。
乗務員が、貝殻ににた通話機を耳に当てて、どこかと交信していたが、耳を離し
「あと、5分でトンネルを通ります。山向こうに出てしまえば、やつをまくことができます。」
「そいつはありがたい。」
ナセルは、油断なく、稲妻を見ながらそう言った。
こういうときに油断をするとたいてい最悪の事態がおきるのだ。
例えば、襲い来る竜の亡霊が、せっかくこちらから離れようとしているその矢先に。
ドウッ!
列車に備え付けのボウガンは、もともとが巨大な生物を相手にする武器だった。
柱ほどもある矢が、打ち出され、放物線を描いて飛んでいく。
誰かが、緊張に耐えきれずに引き金をひいてしまったのだろう。
緊張を解かなくても、十分悪いことは起きる。
ただし、ボウガンに限らず、動く車両から動くものを狙っても、そうそう当たりるものではない。
特に対空兵器としてのボウガンは、もっと単純に「面」の制圧が可能な「銃」にその地位を譲りつつある。
そう。
そんなに当たるはずがないのだ。
そのはずなのに。
ボウガンの矢は、鮮やかな放物線を描いて、稲妻の中心部へとつっんで言った。
人間の耳に聞こえる音声はなかった。
ただ、思念波として届いた怒りと悲鳴は、多くの乗客を昏倒させた。
ナセルは、ルウエンにそう尋ねた。
駆け出し冒険者にとる態度ではなかったが、ナセルの長年の経験とカンが、そうするべきだと感じたのだ。
「まず相手を刺激しないことです。」
ルウエンは、闇夜に目を凝らしている。
とは、いっても観測機が、察知した黒雲は、全く見えない。
ただ、空の一部で、紫の稲光が闇を割くばかり。
「これは、無理やり、分類してしまえば、竜巻とか暴風雨といった自然現象の一部です。たまたま、通りかかったこの列車に、興味本位で着いてきてるだけなのかもしれない。
それなら、次のトンネルで撒けるはずです。」
「そうならなかったら?」
「もちろん、そのための手当てをします。」
ルウエンは、自分の剣に片っ端から楽しげに付与魔法をかけまくっているアデルを、そっと止めた。楽しみをじゃまされたアデルは、むっとしたようにルウエンを睨んだ。
「まだ、『大切断』と『螺旋』をかけてないのに!」
「切り裂く、と抉るは、同時がけすると効力がさがるよ。」
「いいじゃん、ありったけかけてまずは、どれが効果があるかみたほうがいいに決まってるんだし。」
そのアデルの剣は、独特の形状で、ナセルもそんな物は見たことがなかった。
先端に進むにつれて、刃肉が厚くなり、先端部分にかけては、剣というより、斧を思わせる形になっている。
バランスは悪いし、かなり重いだろう。
確かに、このアデルという少女は、それを楽々と振り回せるだけの筋肉をもっている。
実際、冒険者で、斧を得物にするものは、結構いるのだ。重みで叩き割る打撃は、相手の外皮が堅牢なほどに効果的である。
あるいは、乱戦において、刃こぼれしようが少々曲がろうが、使い続けられる斧は、その豊富なバリエーションとともに、長年にわたり、愛され続けている。
反面、その重量のため、使い手は限られる。
同じ重量ならば、槍はもちろん、剣よりもリーチは短くなるのだ。
“まるで、斧が得意なのになにがなんでも剣をおしつけられたみたいだ。”
と、ナセルは思った。
「まず、なにはともあれ、もっとも頼りになる援軍である伯爵閣下にお出まし願いましょう。」
「わかった。俺が呼びに行こう。」
ナセルは、決心した。
場合によっては、首を縄をつけて引きずりだしてくる。
命懸けの大仕事であるが、彼一人で、あの稲妻の主に対処することを考えると、はなはだ妥当な提案に思えたのだ。
大丈夫ですよ。
と、ルウエンが笑った。
「ぼくは、伯爵閣下の下僕なんですから。さっきは、わざわざ呼びに来ていただきましたけど、もう大丈夫です。
さすがに二回も吸われていれば、しっかり繋がってます。ぼくから呼びかければちゃんと聞こえますよ。」
言ってることは間違ってないが、言ってる内容は間違っている!
ナセルは、ルウエンの胸ぐらを締め上げたかったが、なんとかこらえた。
その力は、下僕にされた人間が、“貴族”を呼び出す時に使うものではない。
ぜったいに、ない。
それとも最近の冒険者学校では、そう教えているのだろうか。
混乱するナセルを前に、ルウエンは目を閉じた。
「はい‥‥なにしてます? あ、ちょっとこっちに来れます? 特別車両の連結部に。はい、ナセル保安官も一緒です。列車の運行でどうしても力が借りたくって。はい。はい‥‥じゃあ、急いでくださいね。」
はい、呼べました。
と言って、ルウエンは一同を見回した。
稲光りは少し遠かったような気がした。
列車は一段と速度をあげている。
風が、少年と少女の髪を巻き上げた。
二人とも恐れる様子は全くない。
緊張していない、というわけではないのだが、即座に全力を、いつでも出せるように、あえて体を弛緩させている。
そんな印象だった。
乗務員が、貝殻ににた通話機を耳に当てて、どこかと交信していたが、耳を離し
「あと、5分でトンネルを通ります。山向こうに出てしまえば、やつをまくことができます。」
「そいつはありがたい。」
ナセルは、油断なく、稲妻を見ながらそう言った。
こういうときに油断をするとたいてい最悪の事態がおきるのだ。
例えば、襲い来る竜の亡霊が、せっかくこちらから離れようとしているその矢先に。
ドウッ!
列車に備え付けのボウガンは、もともとが巨大な生物を相手にする武器だった。
柱ほどもある矢が、打ち出され、放物線を描いて飛んでいく。
誰かが、緊張に耐えきれずに引き金をひいてしまったのだろう。
緊張を解かなくても、十分悪いことは起きる。
ただし、ボウガンに限らず、動く車両から動くものを狙っても、そうそう当たりるものではない。
特に対空兵器としてのボウガンは、もっと単純に「面」の制圧が可能な「銃」にその地位を譲りつつある。
そう。
そんなに当たるはずがないのだ。
そのはずなのに。
ボウガンの矢は、鮮やかな放物線を描いて、稲妻の中心部へとつっんで言った。
人間の耳に聞こえる音声はなかった。
ただ、思念波として届いた怒りと悲鳴は、多くの乗客を昏倒させた。
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