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第二章 黒金の城
第25話 漆黒城へ
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まずは、領主殿にご挨拶をしておいてもらおう。
ロウ=リンドは、そう言って、彼らを連れ出した。
ルーデウスは、尻込みした。いや、もういいです。そういえば、昨日から風邪気味で。なんだか、頭がいたくて、少しお腹もいたいので、もしご領主さまの前で粗相でもしてしまったら。
ロウ=リンドの瞳がサングラスの奥で、赤光を放った。
それだけで、ルーデウスは大人しくなった。
「ルウエンのことがなくても、本物の古竜がいるパーティだ。ご領主も会っておきたいだろう。」
「ホンモノのこりゅうってなんのことですかあ?」
ラウレスがたずねた。
ロウ=リンドは、眉間に皺を寄せた。
「昔は竜っていうそれはそれは、強い生き物がいたんだ。」
ラウレスは十歳になるかならずか、といった
少女の風情である。
身にまとっているのは、明るい色のチュニックで、それは大変似合っていた。
「いまは、この世界には竜いない。
おまえは、どこかで死んだあと、死体を依代にして、理性を失ったまま、人間の世界をさ迷っていたんだ。」
「なるほど。わたしはその古竜なのですね。」
少女はスカートを持ち上げた。
白い足がふとももまで、あらわになった。
「生きていたときの記憶は、失われていますが、ラウレス、という名前には聞き覚えがおります。名前をつけてくれたのは、アデルですが、わたしは前の生でラウレスという名前だったのでしょうか。」
「い、いや」
ルウエンとロウ=リンド、ルーデウスから一斉に非難の視線をあびて、アデルはたじろいた。
「だって、竜の名前では、ラウレスって、ほら有名じゃないか。歌にもなってるくらい。」
「よくも悪くも、ね。」
ロウは、ふうっと、息を吐いた。
「まあ、いいわ。そのうち本島の名前を思い出すまでは、ラウレスでいきましょう。」
「よろしくお願いします!」
少女は頭を下げた。
一行は、宿にしている鉄道職員の社宅を出て、夜道を歩いた。
坂や階段は多いが、道はよく手入れされており、塵芥が散らばって歩きにくかったり、不潔だったりすることもない。
昼間と比べても人通りは多いくらいだった。
つまりそれは。
昼間は寝ているものたちが、起き出しているということなのだろう。
街灯に使われている魔法灯のあかりは弱々しい。いや、いくらでも明るくは理屈上はできるのだが、そうすると、魔力の消費も多くなるので、どうして必要最小限の灯りとなってしまうのだ。
その仄暗い灯りの中、行き交う人々の間には、日も暮れたと言うのにサングラスをかけているもの。
口元をマフラーやマスク、コートの襟で覆ったものも多い。
そのすべてではないにしろ、何人かにひとりは“貴族”なのだろうと思う。
ルーデウスはめまいを感じた。
住民の一定割合が“貴族”の街。その戦力はいかほどのものなのか。
そして。
目の前をあるく、“真祖”と名乗った城の幹部の後ろ姿を眺めた。
その仕草。表情。きちんと体温まである。
まるきり、人間にしか見えなかったが、それでもわかる。
自身も“貴族”であるルーデウスには、わかる。
彼女は真祖だ。
誰にも吸血されることなく、自らそうなったもの。
もう、百年以上、公式には西域で、真祖の活動は記録されてはいない。
その血は。
その血を一滴でももらえば、ルーデウスはその親の、あるいは親の親からつけついだ様々な呪いから、解放されるはずだった。
そうなったら、昼間。オープンテラスのカフェで、生クリームと刻んだフルーツを混ぜたものを小麦粉をといて焼いた薄皮に巻き込んだお菓子を食べながら、友人と一緒に、あるいは恋人といちゃつきながら、笑うのだ。
空に顔をむけて。
そ、それなのに。
たった今し方、ルーデウスは、ロウ=リンドの誘いを断ってしまったのだ。
ばかばかばか。
申し出があまりにも、突然で、あまりにも気軽な口調だったからである。
あとは、この貴族があまりにも得体がしれなかったためでもある。
なんどもいうが、公式には真祖は、もう百年以上姿を見せていないのだ。
けっこう、前に「黒の御方」が所属していた冒険者パーティにそんなものが、いたとか、いなかったとか。
その当時の記録は、きれいに消されている。
「ほい。」
と、ロウが、いましがたルーデウスが想像した通りのものを差し出してきた。
紙に包まれた袋の中には、まだ温かいクレープが入っている。
「晩ご飯を食べ損ねているんで、みんなで買い食いをしてから、参内しようと思ってね。」
と、真祖さまは、すでに口をもぐもぐさせながら言った。
見れば、同じ菓子を、ルウエンもアデルも、ラウレスまでぱくついていた。
「城では歓迎はしてくれると思うよ。」
ロウは気軽に安請け合いしてくれた。
「ただ、なにしろ“貴族”が多いんで、なかなか夕食まではあたまが回らないと思うんだよね。謁見のあと晩御飯はごちそうするから、とりあえずは、それで。」
「し、しんそさま」
ルーデウスは、やっとの思いで言った。
「わたしも貴族なんですが。」
「そうだったね。でもまあ、これは嗜好品ってことで食べればいいんじゃないかな。それともわたしの奢りは食べたくないと?」
めんどくさい。と、ルーデウスは思った。この真祖は面倒見が良くてすごいいいひとなんだけど、とてもとてもめんどくさい人だ。
ロウ=リンドは、そう言って、彼らを連れ出した。
ルーデウスは、尻込みした。いや、もういいです。そういえば、昨日から風邪気味で。なんだか、頭がいたくて、少しお腹もいたいので、もしご領主さまの前で粗相でもしてしまったら。
ロウ=リンドの瞳がサングラスの奥で、赤光を放った。
それだけで、ルーデウスは大人しくなった。
「ルウエンのことがなくても、本物の古竜がいるパーティだ。ご領主も会っておきたいだろう。」
「ホンモノのこりゅうってなんのことですかあ?」
ラウレスがたずねた。
ロウ=リンドは、眉間に皺を寄せた。
「昔は竜っていうそれはそれは、強い生き物がいたんだ。」
ラウレスは十歳になるかならずか、といった
少女の風情である。
身にまとっているのは、明るい色のチュニックで、それは大変似合っていた。
「いまは、この世界には竜いない。
おまえは、どこかで死んだあと、死体を依代にして、理性を失ったまま、人間の世界をさ迷っていたんだ。」
「なるほど。わたしはその古竜なのですね。」
少女はスカートを持ち上げた。
白い足がふとももまで、あらわになった。
「生きていたときの記憶は、失われていますが、ラウレス、という名前には聞き覚えがおります。名前をつけてくれたのは、アデルですが、わたしは前の生でラウレスという名前だったのでしょうか。」
「い、いや」
ルウエンとロウ=リンド、ルーデウスから一斉に非難の視線をあびて、アデルはたじろいた。
「だって、竜の名前では、ラウレスって、ほら有名じゃないか。歌にもなってるくらい。」
「よくも悪くも、ね。」
ロウは、ふうっと、息を吐いた。
「まあ、いいわ。そのうち本島の名前を思い出すまでは、ラウレスでいきましょう。」
「よろしくお願いします!」
少女は頭を下げた。
一行は、宿にしている鉄道職員の社宅を出て、夜道を歩いた。
坂や階段は多いが、道はよく手入れされており、塵芥が散らばって歩きにくかったり、不潔だったりすることもない。
昼間と比べても人通りは多いくらいだった。
つまりそれは。
昼間は寝ているものたちが、起き出しているということなのだろう。
街灯に使われている魔法灯のあかりは弱々しい。いや、いくらでも明るくは理屈上はできるのだが、そうすると、魔力の消費も多くなるので、どうして必要最小限の灯りとなってしまうのだ。
その仄暗い灯りの中、行き交う人々の間には、日も暮れたと言うのにサングラスをかけているもの。
口元をマフラーやマスク、コートの襟で覆ったものも多い。
そのすべてではないにしろ、何人かにひとりは“貴族”なのだろうと思う。
ルーデウスはめまいを感じた。
住民の一定割合が“貴族”の街。その戦力はいかほどのものなのか。
そして。
目の前をあるく、“真祖”と名乗った城の幹部の後ろ姿を眺めた。
その仕草。表情。きちんと体温まである。
まるきり、人間にしか見えなかったが、それでもわかる。
自身も“貴族”であるルーデウスには、わかる。
彼女は真祖だ。
誰にも吸血されることなく、自らそうなったもの。
もう、百年以上、公式には西域で、真祖の活動は記録されてはいない。
その血は。
その血を一滴でももらえば、ルーデウスはその親の、あるいは親の親からつけついだ様々な呪いから、解放されるはずだった。
そうなったら、昼間。オープンテラスのカフェで、生クリームと刻んだフルーツを混ぜたものを小麦粉をといて焼いた薄皮に巻き込んだお菓子を食べながら、友人と一緒に、あるいは恋人といちゃつきながら、笑うのだ。
空に顔をむけて。
そ、それなのに。
たった今し方、ルーデウスは、ロウ=リンドの誘いを断ってしまったのだ。
ばかばかばか。
申し出があまりにも、突然で、あまりにも気軽な口調だったからである。
あとは、この貴族があまりにも得体がしれなかったためでもある。
なんどもいうが、公式には真祖は、もう百年以上姿を見せていないのだ。
けっこう、前に「黒の御方」が所属していた冒険者パーティにそんなものが、いたとか、いなかったとか。
その当時の記録は、きれいに消されている。
「ほい。」
と、ロウが、いましがたルーデウスが想像した通りのものを差し出してきた。
紙に包まれた袋の中には、まだ温かいクレープが入っている。
「晩ご飯を食べ損ねているんで、みんなで買い食いをしてから、参内しようと思ってね。」
と、真祖さまは、すでに口をもぐもぐさせながら言った。
見れば、同じ菓子を、ルウエンもアデルも、ラウレスまでぱくついていた。
「城では歓迎はしてくれると思うよ。」
ロウは気軽に安請け合いしてくれた。
「ただ、なにしろ“貴族”が多いんで、なかなか夕食まではあたまが回らないと思うんだよね。謁見のあと晩御飯はごちそうするから、とりあえずは、それで。」
「し、しんそさま」
ルーデウスは、やっとの思いで言った。
「わたしも貴族なんですが。」
「そうだったね。でもまあ、これは嗜好品ってことで食べればいいんじゃないかな。それともわたしの奢りは食べたくないと?」
めんどくさい。と、ルーデウスは思った。この真祖は面倒見が良くてすごいいいひとなんだけど、とてもとてもめんどくさい人だ。
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