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第三章 バルトフェル奪還戦
第40話 災厄の女神は微笑む
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「災厄の女神」の居城は、不気味な外観をしていた。古くて汚れた塔がそびえ立ち、暗い空の下でそれは禍々しい棘のように見えた。壁は厚くて黒く塗られており、岩肌のような質感を持っていた。窓らしきものはひとつもなく、実際に入って見ればわかるのだが、所々にある亀裂やひび割れから差し込む太陽の光が、この城の通路をぼんやりと照らすのみだった。
入り口には重い扉がある。厳重に施錠された扉だった。その前にはひとりの番人は、女神の最精鋭である「百驍将」から交代で選ばれる。
もちろん、ふつうの人間が訪問できるような場所ではなく、その日尋ねてきた老人に、「何か御用ですか?」門番が尋ねたのは、当然と言える。
「わしは“百驍将”筆頭カプリス。女神にご報告ししたいことがあり、参上した。」とひげをしごいでカプリスは言った。
「カプリス殿!」
互いに別任務につかされることが多い「百驍将」は、互いに顔を知らぬものも多い。
「初にお目にかかります。わたしは、今月の門番を仰せつかりましたゼクテロス。」
門番は敬礼した。
「して、どのようなお話でしょうか。」
カプリスは、目を伏せた。
「『災厄の女神』様直々に命をうけた件だ。女神はご息災か?」
「もちろんでございます。ご安心ください、カプリス殿。」番人は答えた。
「それならばよいが……。お顔を拝見したいのだが、それで失礼するとしよう。」とカプリスは言った。
そして、彼は扉に手をかけ、百の魔術で封印された扉の鍵をひきちぎった。
カプリスが、通路に足を踏み込むと同時になあの、間違えようもない違和感が、全身を包んだ。
“女神”の城塞はその内部を「迷宮」と化していた。
門番に「百驍将」を当てるのも、単なる象徴的な意味でしかない。
たとえ百万の軍を持って攻めても、ビクともしないだろう。
カプリスは、記憶の通りに、通路を進み、いくつかの無人の小部屋を経由して、謁見の間へとたどり着いた。
「久しいな、カプリス。」
毀誉褒貶の甚だしき、人物ではあったが、恐ろしく美しいかとだけは、認めざるを得ないだろう。そして、魅力的であることも。
この日、女神は黒いレースの薄物を一枚、羽織っただけの、ほとんど裸体といった格好で、玉座に胡座をかいていた。
引き締まった体は戦士のもので、女性らしい魅力にはかけるかもしれなかった。
カプリスは、彼女がやっと成人して頃から知っていたが、その風貌、容姿はほとんど変化が無い。
“黒き御方”と、結婚し、一児をもうけ、また別れ、人類を二つに割る、大勢力の長になってもその、性格までも変わらなかった。
「門番は、わしの顔を知りませんでした。」
開口一番に、カプリスはそうボヤいて見せた。古株の彼だが、女神は、なにかを相談する、ということが、およそ、ない。
軍の、いや、組織として中核をなす「百驍将」の指名についてもだ。
「捨ておけ。別におまえたちに仲間意識をもって和気あいあいしてほしいとは、思ってはおらぬ。」
変わってはいない。だが、笑顔は少なくなった。むかしの彼女はもっと屈託なく笑う、少女だったはずだ。
「ランゴバルド冒険者学校に特待生で入学したアデルが、あなたの娘、アデルさまである事は間違いありません。」
「なぜ、あんなところに」
訝しげに、“災厄の女神”は唇を尖らせた。
「アデルは、北の大地で祖父母の元で、養育される約束だ。」
「あそこの地域では、成人は16歳です。」
「野蛮人どもが。」
自分もそこの出身なのを棚にあげて、“女神”はボヤいた。
「“黒”はどうしている?」
「お父上が、ですかな? 特に動きはみせておりません。」
不満げに、唸った、その手に持ったワイングラスに、ワインが注がれた。
何人いるのかは、わからない。
身の回りの世話は、お仕着せのメイド服をきた女性たちが務めている。だが、要所要所に必ず出現し、なにかれとなく、女神の面倒を見ていた。
「クローディアの祖父母の元を離れた時点で、約定は反故にされたと見るべきだな。 」
そう。
変わったことといえば、酒量が少しづつだが増えている。
なんらかの、酒の上での失敗、あるいは健康をいずれ害しそうな危険な飲み方だった。
もちろん、酒精など分解してしまえばいいのだが、なにかを突き詰めて思考すること、
それが、苦しいので「酔い」に逃げたい。
そんな飲み方を、よく目にするのだ。これは、今は袂を分かった「黒の御方」と、ともにあったときからの習慣だったが、最近は特に酷くなってきている。
「アデルを我が元に連れ戻せ。」
女神は、静かに、しかし断固として、命じた。
そう言われてしまっては、カプリスは頭を下げるしかない。
「ランゴバルドか。」
ふいに、その表情が和らいだ。
「あそこはいいところだったな。わたしも『黒』もギムリウスや、ロウも、銀雷も。みんな友人でいられたんだ。
あのころに戻れれば……そうだ。わたしが自分で迎えに行くか。」
「失礼ながら、ランゴバルドは“黒の御方”様の範疇です。」
「それが、どうした。直接、わたしに仕掛ける度胸などないだろう、『黒』も。」
入り口には重い扉がある。厳重に施錠された扉だった。その前にはひとりの番人は、女神の最精鋭である「百驍将」から交代で選ばれる。
もちろん、ふつうの人間が訪問できるような場所ではなく、その日尋ねてきた老人に、「何か御用ですか?」門番が尋ねたのは、当然と言える。
「わしは“百驍将”筆頭カプリス。女神にご報告ししたいことがあり、参上した。」とひげをしごいでカプリスは言った。
「カプリス殿!」
互いに別任務につかされることが多い「百驍将」は、互いに顔を知らぬものも多い。
「初にお目にかかります。わたしは、今月の門番を仰せつかりましたゼクテロス。」
門番は敬礼した。
「して、どのようなお話でしょうか。」
カプリスは、目を伏せた。
「『災厄の女神』様直々に命をうけた件だ。女神はご息災か?」
「もちろんでございます。ご安心ください、カプリス殿。」番人は答えた。
「それならばよいが……。お顔を拝見したいのだが、それで失礼するとしよう。」とカプリスは言った。
そして、彼は扉に手をかけ、百の魔術で封印された扉の鍵をひきちぎった。
カプリスが、通路に足を踏み込むと同時になあの、間違えようもない違和感が、全身を包んだ。
“女神”の城塞はその内部を「迷宮」と化していた。
門番に「百驍将」を当てるのも、単なる象徴的な意味でしかない。
たとえ百万の軍を持って攻めても、ビクともしないだろう。
カプリスは、記憶の通りに、通路を進み、いくつかの無人の小部屋を経由して、謁見の間へとたどり着いた。
「久しいな、カプリス。」
毀誉褒貶の甚だしき、人物ではあったが、恐ろしく美しいかとだけは、認めざるを得ないだろう。そして、魅力的であることも。
この日、女神は黒いレースの薄物を一枚、羽織っただけの、ほとんど裸体といった格好で、玉座に胡座をかいていた。
引き締まった体は戦士のもので、女性らしい魅力にはかけるかもしれなかった。
カプリスは、彼女がやっと成人して頃から知っていたが、その風貌、容姿はほとんど変化が無い。
“黒き御方”と、結婚し、一児をもうけ、また別れ、人類を二つに割る、大勢力の長になってもその、性格までも変わらなかった。
「門番は、わしの顔を知りませんでした。」
開口一番に、カプリスはそうボヤいて見せた。古株の彼だが、女神は、なにかを相談する、ということが、およそ、ない。
軍の、いや、組織として中核をなす「百驍将」の指名についてもだ。
「捨ておけ。別におまえたちに仲間意識をもって和気あいあいしてほしいとは、思ってはおらぬ。」
変わってはいない。だが、笑顔は少なくなった。むかしの彼女はもっと屈託なく笑う、少女だったはずだ。
「ランゴバルド冒険者学校に特待生で入学したアデルが、あなたの娘、アデルさまである事は間違いありません。」
「なぜ、あんなところに」
訝しげに、“災厄の女神”は唇を尖らせた。
「アデルは、北の大地で祖父母の元で、養育される約束だ。」
「あそこの地域では、成人は16歳です。」
「野蛮人どもが。」
自分もそこの出身なのを棚にあげて、“女神”はボヤいた。
「“黒”はどうしている?」
「お父上が、ですかな? 特に動きはみせておりません。」
不満げに、唸った、その手に持ったワイングラスに、ワインが注がれた。
何人いるのかは、わからない。
身の回りの世話は、お仕着せのメイド服をきた女性たちが務めている。だが、要所要所に必ず出現し、なにかれとなく、女神の面倒を見ていた。
「クローディアの祖父母の元を離れた時点で、約定は反故にされたと見るべきだな。 」
そう。
変わったことといえば、酒量が少しづつだが増えている。
なんらかの、酒の上での失敗、あるいは健康をいずれ害しそうな危険な飲み方だった。
もちろん、酒精など分解してしまえばいいのだが、なにかを突き詰めて思考すること、
それが、苦しいので「酔い」に逃げたい。
そんな飲み方を、よく目にするのだ。これは、今は袂を分かった「黒の御方」と、ともにあったときからの習慣だったが、最近は特に酷くなってきている。
「アデルを我が元に連れ戻せ。」
女神は、静かに、しかし断固として、命じた。
そう言われてしまっては、カプリスは頭を下げるしかない。
「ランゴバルドか。」
ふいに、その表情が和らいだ。
「あそこはいいところだったな。わたしも『黒』もギムリウスや、ロウも、銀雷も。みんな友人でいられたんだ。
あのころに戻れれば……そうだ。わたしが自分で迎えに行くか。」
「失礼ながら、ランゴバルドは“黒の御方”様の範疇です。」
「それが、どうした。直接、わたしに仕掛ける度胸などないだろう、『黒』も。」
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