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第六章 ランゴバルドの風
第76話 ルールス姫
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「姫!!」
寂れたギルド“三つ首竜”から、少し離れたところで、ネイアは、ルールスに話しかけた。
「姫はやめて。」
ルールスは渋い顔をした。
「一応、ランゴバルドは、いまは共和制をとっている。王室は、“君臨すれども統治はせず”だ。ある種の外交的な意味での見世物として飼われているにすぎん。」
「見世物はいいすぎでしょう?
あなたの、ご兄妹の曾孫ですよ。」
「ああ、身内と思うと余計に点が辛くなってしまう。
確かに、ランゴバルド王家の血筋は、貴重品かもしれない。だが、それを言ったら、グランダ公国は、初代勇者まで血統図を遡れるし、カザリームは、あそこは『市長』だから少し違うか。」
「姫!!」
「だから、姫はやめてってば。たしかに王室の血はひいていても、すでにわたしの親族の子孫たちの時代だ。
いまの王室筆頭の曾祖母の姉をいっあいなんて呼ぶ?」
「そこらは、まとめて大叔母でよいのでは?」
「だからいずれにしても姫とよばれるのはおかしいんだよ。わたしは!
過剰魔力による遅老効果で生き残った亡霊みたいなもんさ。もう何年も王室絡みの行事に顔を出してすらいない。」
それでも、王室の一員で未婚の女性は姫でいいのでは。
と、ネイアは、思ったがとりあえず黙ってルールスを喋らせることにした。
ルールスはただ、喋りたかったのだし、適当に相づちさえ打ってくれればあ、相手は鳩時計でもなんでも良かったのだ。
「くそっ!くそっ!くそっ!
あいつは、間違いない。間違いなくアウデリアさまの血筋だ。
あれで、クローディア大公陛下とアウデリアさまの血を引いていないなんて。
そんなことがありうると思うのか、ネイアっ!」
怒鳴られたって、八つ当たりみたいなものだ。
ネイアは、ずっと以前からこの主人に、仕えいてた。この手の気まぐれは慣れたものであったので、ええ、あり得ませんね、とだけ答えた。
「そうだよ。あの髪、あの顔立ち、あの仕草、加護のかかった短剣を素手で折り曲げて、またもとに戻すあの力!」
アウデリアそのものじゃないか。
声が大きすぎたのか、まわりのもの達が、怪訝そうにこちらを見た。
「問題は別のところにあります。」
鳩時計よりもマシなネイアは、ポツリと言った。
ルールスは黙って、足を止めてネイアを見つめた。
「あの子が、アウデリアさまのお子か、孫か、という問題です。」
「クローディア大公は」
一転して、ルールスは頭を捻り始めた。
「そうだな。もう引退されているから、前クローディア大公か。どうしてもクローディア大公国というと、先代の顔が浮かんでしまう。」
「それは、わたしもです。」
ネイアは、笑った。
「思えばずいぶんとお早い引退でした。」
「そうだな。まだまだ老け込むご年齢で、ないのに、後をたしか、白狼騎士団の副団長に譲って引退されている。
まして、相手はアウデリアさまだ。年齢などあってないようなお方だ。だが」
歩きましょう、と言ってネイアは、ルルールスの手を取って歩き始めた。
雑踏は大声でさけんだり、立ち止まって考え事をするにはむかない。
「跡目を譲ったあとで、また子をもうけるような不用意なマネをするか?
生まれた子は否応なしにアウデリアさまの血を引く。」
そこは、ネイアも気にはなっていた。
だが、男と女のことだ。
なにかの拍子での過ちもありうる。いや、あのふたりは正式にご夫婦なのだから、過ちではないなのだが。
「とすると、可能性はもうひとつしか残っていない。」
ルールスの声が小さくなった。
やや、うつむき加減なのは、唇の動きさえも読まれたくないからだろう。
だったら、自室にはいるまで待てばいいのだが、頭の中が煮詰まってしまって話さずにはいられないのだ。
「“黒の御方”と“災厄の女神”の間に娘がいると。噂になったことがある。
そのときより、少しずつ険悪さをましていた両者のあいだに鎹となるために誕生した運命の子。ただし、“黒の御方”との関係は修復されず、赤子は顧みられることなく、捨てられたのだと。」
「その子が、祖父母にあたる先代のクローディア大公夫妻のもとで、育てられた、と。話しは合いますね。」
暗い顔で、ルールスは頷いた。
その表情に、ネイアは見覚えがあった。
それは、20年前のある夜。
その日、可愛がっていたギルドから、紹介をうけた正式の資格をもっていた若い冒険者たち。
見るべき才能があると、紹介された彼らは北のグランダの出身だと名乗っていたのだ。
ルールスがランゴバルド王家から委託されていた「真実の目」は、彼らの正体を見てしまったのだ。
「古竜」
「真祖」
「神獣」
「神竜」
「魔王」
それが、なんの隠喩も、ふくまないそのものずばりの正体だって、そのことに気が付かなかったのは、ルールスの、不覚であった。
彼らは“踊る道化師”と名乗った。
その一部は、今日、世界を去り。あるものは世界の覇者となり、あるものは中立を保つために『城』に篭った。
「理事長は、アデルを『世界の王』と呼びました。」
「読んだ。」
「ならば、彼女こそ、この戦乱の世を、しずめてくれる鍵となるお人なのかもしれない。」
「ああ。本当に。
アデルがふたりの子ならば。
ふたりが、それぞれに影響力をもち、、いがみ合い、果てなき争いを続けるこの、世界に終止符を打てるかもしれない。」
ネイアはおずおずと聞いた。
「試験に手心を加えますか?」
「無用だ。あの“災厄”の娘にそんなことをしたら、こっちの身が危ない。」
「しかし、彼らの希望する特待生試験は、いかがいたします。」
「おまえのクラスの生え抜きをぶつけろ。」
「…よろしいのですか?」
ネイアは、悟った。
少なくとも血筋だけで、アデルを優遇する気はそらさらないのだ。その血筋に相応しい成績を求めている。
寂れたギルド“三つ首竜”から、少し離れたところで、ネイアは、ルールスに話しかけた。
「姫はやめて。」
ルールスは渋い顔をした。
「一応、ランゴバルドは、いまは共和制をとっている。王室は、“君臨すれども統治はせず”だ。ある種の外交的な意味での見世物として飼われているにすぎん。」
「見世物はいいすぎでしょう?
あなたの、ご兄妹の曾孫ですよ。」
「ああ、身内と思うと余計に点が辛くなってしまう。
確かに、ランゴバルド王家の血筋は、貴重品かもしれない。だが、それを言ったら、グランダ公国は、初代勇者まで血統図を遡れるし、カザリームは、あそこは『市長』だから少し違うか。」
「姫!!」
「だから、姫はやめてってば。たしかに王室の血はひいていても、すでにわたしの親族の子孫たちの時代だ。
いまの王室筆頭の曾祖母の姉をいっあいなんて呼ぶ?」
「そこらは、まとめて大叔母でよいのでは?」
「だからいずれにしても姫とよばれるのはおかしいんだよ。わたしは!
過剰魔力による遅老効果で生き残った亡霊みたいなもんさ。もう何年も王室絡みの行事に顔を出してすらいない。」
それでも、王室の一員で未婚の女性は姫でいいのでは。
と、ネイアは、思ったがとりあえず黙ってルールスを喋らせることにした。
ルールスはただ、喋りたかったのだし、適当に相づちさえ打ってくれればあ、相手は鳩時計でもなんでも良かったのだ。
「くそっ!くそっ!くそっ!
あいつは、間違いない。間違いなくアウデリアさまの血筋だ。
あれで、クローディア大公陛下とアウデリアさまの血を引いていないなんて。
そんなことがありうると思うのか、ネイアっ!」
怒鳴られたって、八つ当たりみたいなものだ。
ネイアは、ずっと以前からこの主人に、仕えいてた。この手の気まぐれは慣れたものであったので、ええ、あり得ませんね、とだけ答えた。
「そうだよ。あの髪、あの顔立ち、あの仕草、加護のかかった短剣を素手で折り曲げて、またもとに戻すあの力!」
アウデリアそのものじゃないか。
声が大きすぎたのか、まわりのもの達が、怪訝そうにこちらを見た。
「問題は別のところにあります。」
鳩時計よりもマシなネイアは、ポツリと言った。
ルールスは黙って、足を止めてネイアを見つめた。
「あの子が、アウデリアさまのお子か、孫か、という問題です。」
「クローディア大公は」
一転して、ルールスは頭を捻り始めた。
「そうだな。もう引退されているから、前クローディア大公か。どうしてもクローディア大公国というと、先代の顔が浮かんでしまう。」
「それは、わたしもです。」
ネイアは、笑った。
「思えばずいぶんとお早い引退でした。」
「そうだな。まだまだ老け込むご年齢で、ないのに、後をたしか、白狼騎士団の副団長に譲って引退されている。
まして、相手はアウデリアさまだ。年齢などあってないようなお方だ。だが」
歩きましょう、と言ってネイアは、ルルールスの手を取って歩き始めた。
雑踏は大声でさけんだり、立ち止まって考え事をするにはむかない。
「跡目を譲ったあとで、また子をもうけるような不用意なマネをするか?
生まれた子は否応なしにアウデリアさまの血を引く。」
そこは、ネイアも気にはなっていた。
だが、男と女のことだ。
なにかの拍子での過ちもありうる。いや、あのふたりは正式にご夫婦なのだから、過ちではないなのだが。
「とすると、可能性はもうひとつしか残っていない。」
ルールスの声が小さくなった。
やや、うつむき加減なのは、唇の動きさえも読まれたくないからだろう。
だったら、自室にはいるまで待てばいいのだが、頭の中が煮詰まってしまって話さずにはいられないのだ。
「“黒の御方”と“災厄の女神”の間に娘がいると。噂になったことがある。
そのときより、少しずつ険悪さをましていた両者のあいだに鎹となるために誕生した運命の子。ただし、“黒の御方”との関係は修復されず、赤子は顧みられることなく、捨てられたのだと。」
「その子が、祖父母にあたる先代のクローディア大公夫妻のもとで、育てられた、と。話しは合いますね。」
暗い顔で、ルールスは頷いた。
その表情に、ネイアは見覚えがあった。
それは、20年前のある夜。
その日、可愛がっていたギルドから、紹介をうけた正式の資格をもっていた若い冒険者たち。
見るべき才能があると、紹介された彼らは北のグランダの出身だと名乗っていたのだ。
ルールスがランゴバルド王家から委託されていた「真実の目」は、彼らの正体を見てしまったのだ。
「古竜」
「真祖」
「神獣」
「神竜」
「魔王」
それが、なんの隠喩も、ふくまないそのものずばりの正体だって、そのことに気が付かなかったのは、ルールスの、不覚であった。
彼らは“踊る道化師”と名乗った。
その一部は、今日、世界を去り。あるものは世界の覇者となり、あるものは中立を保つために『城』に篭った。
「理事長は、アデルを『世界の王』と呼びました。」
「読んだ。」
「ならば、彼女こそ、この戦乱の世を、しずめてくれる鍵となるお人なのかもしれない。」
「ああ。本当に。
アデルがふたりの子ならば。
ふたりが、それぞれに影響力をもち、、いがみ合い、果てなき争いを続けるこの、世界に終止符を打てるかもしれない。」
ネイアはおずおずと聞いた。
「試験に手心を加えますか?」
「無用だ。あの“災厄”の娘にそんなことをしたら、こっちの身が危ない。」
「しかし、彼らの希望する特待生試験は、いかがいたします。」
「おまえのクラスの生え抜きをぶつけろ。」
「…よろしいのですか?」
ネイアは、悟った。
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