暇を持て余した道化師たちの遊び~邪神と勇者とその他たち

此寺 美津己

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魔王の蠢動

魔人対吸血鬼

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「こちらも聞きたい。」
霧の中から響く声は、全ての方向から届くようであり、魔法に長けた長寿族のガセルにも居場所を掴ませない。
「おまえたちは、なんのために冒険者学校に潜り込んだのだ?」

「“わし”は冒険者になるためだな。」
ガセルは、外見に似合わない一人称で淡々と答えた。

「戦闘民族ワーゲルの族長が一子イゲルだ!」
少女が起き上がりながらに、叫んだ。
「より強大な敵と戦うための技術を学びに、冒険者学校の門を叩きた。
吸血鬼如きとの戦いが、初めてだとは、思うなよ!」

霧はぐるぐると回った。まるで嘲笑うかのように。
「そこらの廃城に根城を構えた野良吸血鬼と、子爵たるネイアを同じものとは思わないほうがよい。」

「爵位級の吸血鬼か。」
ガセルの小さな体を中心に、風が渦巻いた。
森に立ち込めた濃霧が、吹きさらされていく。
「北方ではお目にかかることがなかった・・・というか西域では、吸血鬼の強さを爵位で表すのか?
面白い風習ではあるが。」

ネイアの声は途絶えている。
油断なく、後ろにイゲルを庇いながらガセルは歩みを進めた。

再び、たちこめた霧を風をよんで、吹き飛ばす。だが、三度霧はどこからともなく、湧き出したガセルとイゲルの視界を閉ざした。

「子爵様! さっきから霧を出すだけでなにも攻撃してこないが、ひょっとしてこれで手詰まりか?」
「・・・わたしとしては、このまま永久に霧の中をあるかせてやってもよいのだ。」
ネイアの声が響く。
「霧がはれたとき、そとの世界では百年がすぎていた、という話し、きいたことがないか?」
「正直、どうでもよい。伊達に長寿族を名乗ってはおらんさ。性格には、長寿族はわれわれ名乗りではなく、定命のニンゲンどもがそう呼んでいるに過ぎないが。」
「ならばおまえたちは、なんと名乗る?」
「エターナル。」
「ほざいたなっ!」

それは、大きな括りでヒト型の生き物が、その寿命を脱して超越者への道を歩きはじめたものだけが、していい名乗りだった。
わだかまった霧は、ボロボロの布切れを巻き付けた女性の姿となり、ガセルに斬りかかった。

それは、近距離から、ガセルの虚をついたものになり、ガセルは矢を番える間もなく、手に握った矢を、武器に応戦した。

ネイアの枠曲した短刀の先が、ガゼルの頬をかすめ、ガセルの矢は、ネイアの膝を貫いた。

「ガセル!」
一瞬の攻防のあと、霧に身を隠したネイアの居場所を探索するガセルに、イゲルが話しかけた。
「吸血鬼は、再生能力だってすごい。正面から殴りあっても勝ち目はない。」
「この矢の傷は少々特殊でな。
当てた対象を破壊する。
たとえ、半死人の吸血鬼と言えども治癒できない。」
自信満々に答えたガセルは、イゼルが背後から短刀を突き出すのをかわすのが、一瞬遅れた。

心臓は外した。
だが、背中から脇腹を深く抉られた。

“自称”戦闘民族の短刀は、よく研いであった。魔法で止血を試みながら、ガセルは少しでも距離をとろうと、地面を転がった。

何が起こったかは、わかる。
イゲルが“憑かれた”のだ。
吸血鬼と戦うにはこれが厄介なのだ。弱者は「吸血」という行為を経ずとも簡単に吸血鬼の下僕と化し、今までの、仲間に凶刃をふるうとこになる。
追いすがるイゲルの胸元に、ガゼルの「光の剣」が突き刺さった。
イゲルは、信じられないとでもいうように、胸元の剣を見つめ、なにか言おうとして果たせずに倒れた。



目を見開いたまま、後ろ向きに倒れたその体はぴくりとも動かない。
即死かどうかは、まだわからない。
光の剣が消失したあとの胸元には、傷はなく、血は一滴も流れてはいなかったからだ。
だが、少なくとも意識は完全に消失していることには間違いない。


ガセルは手に持った矢をそのまま、吸血鬼になげつけた。
弓を使える暇はなかった。続けざまに投げつけた矢は、すべてかわされはしたのものの、先に矢をうけた膝がうごかなくなっているのを、ガセルは確認できた。
バランスをくずした瞬間に、間合いをつめる!

この動きは、吸血鬼の意表をついたようだった。
一瞬の対応の遅れで、ふたりの戦いは近接戦闘へと移行する。

誰が思うだろう。
人間の二十倍とも言われる怪力をもち、並外れた回復力をそなえた吸血鬼に。弓という飛び道具をもちながらあえて、近接戦闘をいどむものの存在など。
まして、相手は十歳にみたぬ子どもの体躯しかもたぬ。

吸血鬼の短剣と、ガセルの矢が交錯した。

どちらも、この戦闘スタイルになれている。
ガセルは、肩と頬に浅い傷をおった。お返しに吸血鬼の肩を指した。もうこれで右手はあがらない。短剣を握る力もうしなって、吸血鬼は得物をとりおとした。
だが、それでも。
それでもなお、ガセルは圧倒的に不利なのだ。

平手打ち一発でも。ケリでも。噛みつきでも。
なにかひとつでもまともにあたれば、子どもの細い体は肉片になるしかない。

あやうい均衡をやぶったのは、のんびりとした(そのようにふたりには感じられた)少年の声だった。


「体も精神も損壊させずに、意識だけを刈り取るなんてすごい魔法じゃないか。」

あまりの場違いなのんびり口調にふりかえったふたりの視線は、イゲルの脇にしゃがみこむ少年の姿を見て取った。

「ルトさま・・・」
吸血鬼・・・ネイアが言いかけるのをさえぎるように、ルトは言った。


「ガセル・ドーリット老師。お久しぶりです。苦手の魔法でここまで研鑽をつまれるとはまことにお見事!」


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