上 下
36 / 37
第4部 B級と公爵さまの陰謀

魔族

しおりを挟む
わたしは、半歩だけ、前に出た。
わたしの戦闘力は、自慢できるものではない。だが、レティシアにこの者を攻撃させるわけには、行かなかった。

「気になることを言ったな、マルコとさやら。」

わたしがそう言うと、どこが、かね?
と、黒装束の魔族は楽しそうに答えた。
黒い体にぴったりしたその衣装が「服」なのか、それとも皮膚の一部なのかもわからない。
木の枝に変化した右手はぐにぐにと動いて、また人の腕に戻っていた。

「いままでもこんなことがあった、という話だ。」
「ああ、そうだとも。」

魔族は肩をすくめた。
「こういう形で、あの呪い師が手下にくわえた冒険者パーティは3組になる。
きまたちを除いては、みなA級以上だ。」

呪い師、という言い方が、人間の魔法使いに対する蔑称なのは、聞いたことがあった。

「声をかけたパーティはもっとあった」

マルコ•グレンと名乗った魔族の表情を見ながら、わたしはゆっくりと言った。

「そういう意味か?」

「実力の方は未知数だが、頭は良さそうだ。」
そういう子は好きさ、とまるでそこいらのナンパ師のように、軽くマルコは嘯いてみせた。

「サリア。こいつを斬らせろ。」
レティシアが、わたしを押しのけようとする。わたしは踏ん張って、それを抑えた。
今は、魔族一体の命より、情報が欲しい。

「おまえの話では、断ったパーティは、闇討に遭って、姿を消している、と受け取れるのだが。
実際に、クエストの実行中にそれを果たせず、行方不明になるパーティは多いが、A級以上のパーティが、街中で姿を消した話など、聞いたことがない。」
「ギルドにも、がっちりと、あの呪い師の息がかかっているのさ、わかるだろう?」

マルコは、穏やかな笑みを貼り付けたままだ。それが表情なのか、そもそもそれが「笑み」なのか、わたしにはわからない。
魔族はそういう生き物だ。
ひとでは、ない。

「一つ、言っておこう。非常に大事な情報なのだが、君たちがあっさりとスルーしてしまったので、改めて言い直しておく。
わたしは『分離派』に属している。」
「魔族にも派閥がある、ということか?」
「その通り・・・・そして『分離派』は、人と魔族が交わらずに暮らすことを理想とする派閥だ。
生存圏そのものを分けてしまい、どちらからも互いに関わらない生き方を目指す。
対するのが、『共存派』だ。
聞こえはいいが、それを主張するものはおまえたち人間を食物、あるいは、美味この上ない嗜好品として、あるいは儀式の贄として必要とする者たちだ。
残念ながら、こちらが多数派だな。」

いったん、口を閉じるとマルコは、わたしたちの表情を確認するかのように、ぐるっと見回した。

「ルークとかいう道化者は、こちらに属しているのだよ。」

その意味がわかるまでに、数秒、間があったように思う。
レティシアが、絞り出すような声で言った。

「ルークが魔族に通じている、ということか。」

「他の意味にとれたかね?
人間も魔族に、通じているものはたくさんいるよ。力や富、快楽を差し出せば、容易く籠絡できるものばかりさ。
だが、かの呪い師は少し違うようだ。」

「どういう意味だ?」
わたしの言葉に、マルコは黙って背を向けた。

「今、話ができるのはここまでだ。君たちが、明日の朝日を拝めたらそれは、ルークの刺客が失敗したことを意味する。
すぐに第二、第三の刺客が放たれるだろう。一刻も早く王都を脱出することをおすすめするよ。
そうだ。」

顔だけをグルリと、わたしたちに向けて、魔族は言った。

「我々が君たちに何を差し出せるのかを一つだけ教えておこう。
目先の利益などよりも、はるかに大事なものを。
それは『チカラ』だよ。」

そう言って、彼は、手を木の枝に変えてみせた。

「我々は、君たちに魔族の力を与えることができる。そして永遠に老いない体もね。
だが、それを手にいれたときに、君たちが君たち自身でいられるかどうかは、その人間の素養による。」

その後に起こったことは、わたしには全くわからなかった・・・全てがあまりにも高速で展開されたため、後でレティシアから解説を受けて初めて理解したのだ。
それはこういうことだった。

マルコの言葉を聞いた瞬間、オルフェがマルコに飛びかかったのだ。
それはなんの前触れもない。例えば、威嚇のための動作や、ためさえも全くなかった。
オルフェの拳が、マルコの顔を捉えて、彼は大きく吹っ飛んで、後方の壁に叩きつけられた。
壁は、大きくひび割れて、マルコが崩れ落ちる。

だが。
殴ったオルフェの腹部を、木の枝が貫いていた。

マルコの作り出したものなのだろう。それは槍状に変化して、腹から背中まで突き抜けていたのだ。

「やる、じゃないか。元勇者殿?」

マルコは、しかし、体を起こした。少年とも少女ともつかない、細い体。殴りつけた頬は確かに陥没していたが、それは彼にとって大した痛痒にはならないようだった。
平然と。
マルコは言葉を続けた。

「何か気に触ることを言ってしまったのかな? ぼくは。」

がはっと血を吐きながら。オルフェもまた立ち上がった。
まだやる気だ。元勇者殿は。

「ヨルガにもそう言ったのか?」
「・・・・」
虚をつかれたように、マルコは押し黙った。

「政略結婚で、異国に嫁ぐことになっていたやつにそう言って、魔族の力を与えたのかぁあああああっ」
しおりを挟む

処理中です...