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第一章 小悪党は意外としぶとい!
第7話 小悪党の感謝
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ヒスイ。
目の前で、飲んだくれている美少年は、辛うじてグランダ基準で、成人するかしないか、と言ったところだろう。
整った顔立ちは、まだ髭もなく、つるりとしている。
野性味のある美貌は、ジウル、いやジウロ・ボルテックには、なんとなくかの黒き魔王を思い起こさせた。
ただ、魔王が内に強大な力を秘めた美しき捕食者だとすれば、ヒスイは、魔王がしとめた屍からお零れをもらうスカベンジャーだ。
だか、弱い分、狡猾でしぶとく、どこか愛もある。
ここは、魔道院。
グランダの、いや西域、北方を代表する魔法の研究機関だ。
他の国ならば、上級魔法学校に相当するだろうが、その権勢は、かつて、クランダ「王国」の中枢部にまで、がっちりとくい込んでいた。
また、その研究は、高度な理論から実践てかな内容まで、幅広く、網羅されているのが特徴だ。
理論研究ばかりでなく、魔道具の制作、また、剣や武道の魔法との融合は、ほかに類をみない。
その最高権力者として、長きにわたって君臨したボルテック卿の日曾孫である拳士ジウル・ボルテックの、そのまた息子(という触れ込みの)ジウロは、目を細めて、ヒスイと名乗ることにきまった転生者を観察している。
必ずしも非好意的な視線では無い。
ふつうの神様なら、自分が転生させたのなら、それ用の身体を用意するのだが、ジウロと、ヒスイ、その共通の「知り合い」である古き神は、その仕事をジウロにぶん投げてきたのだ。
義体ならびにそこに自律性をもたせた魔道人形の制作は、このところ、ジウロの興味の対象外だったが、ほかならぬ神からの頼みだ。
急いでつくった義体は、これまでになく素晴らしい出来上がりで。転生したヒスイの魂をのんの違和感もなく受け入れたのだ。
とはいえ、「転生」である。
驚いたり、怒ったり、不快に感じたり、逆に新しい命に感激したり。
あるいは、微細な、しかし、本人には重大な身体の違和感に苛まれて、まず何日かは、まともに話のできる状態では無くなる。
ヒスイは、そのどれにも該当しながらも、きちんと話が出来た。
これは転生初日にしては、上出来では無いか。
白酒の壺をオカワリして、ジウロとヒスイは、飲み続けた。
西の学生食堂は、研究過程の生徒が主に使うところで、使用するものは限られている。
とはいえ、そろそろ夕食の時間になって、学生たちが入ってきた。
学食で酒盛り……は、とんでもなく飛び級でもしない限りは、この学棟にいるものは、成人ひているので、ありはありなのだが、ここまで杯を重ねることはありえない。
6人がけのテーブルをふたりで独占し、空になった白酒の壺を見をみて、ギョッとしたように、立ち止まるものもいるが、ジウロを見て、何も言わずに立ち去る。
「アデルか。わし…いやぼくは、あいつが十代のころしか知らない。」
酔いが回ったのか、ヒスイ少年は、呂律の回らない声で言った。
ジウロの作った義体は、彼の成人しかかった年代を正確に模しているはずだ。
つまり、ヒスイは、かれの記憶にあるような酒量は飲めない可能性が高い。
それでも、杯を重ねる手を止めようとしないのは、おそらく、『酔っ払わないとやってられない』状況下にあるからなのだろう。
「あれの母親よりも祖母のアウデリア殿にわく似ていたな。
短気で、粗暴で、頭が良くて、情に厚い。こいつは、ひとの上に立つヤツだと、一目見てわかったよ。」
「俺の、い、いや、俺の親父のジウルの弟子でもあったんだ。」
ジウロは、ヒスイに白酒をついでやりながら言った。
「あのまま、冒険者を続けていても、いずれ名を成しただろうし。あんなに早く統一帝国の皇帝の座につくこたは、なかったんだ。」
「あんたも、そう、おもう、か。」
ヒスイは、遠い目をした。
「あれは…いい女だった。ぼく、わし? 俺が手を出すには若すぎたがな。惚れた男にいちずなところも可愛げがあった。」
確かに、この数年、いやもっと長くの間、ヒスイは、老いと孤独に苛まれて、思考も記憶も曖昧にはなっていたようだが、それより前のものは、鮮明に覚えているようだった。
「統一帝国の皇帝なんぞにならない方が、あいつにとっては幸せだったんじゃないかと、思う。」
「当たり前だ。」
ジウロは、即座に答えた。彼はもともとグランダでも名家の出身で、過剰な魔力を宿していたため、早々に家督を剥奪され、一時は無頼な道に足を突っ込んだこともある。
その彼から見て、ヒスイは充分、及第点だった。
「王や皇帝なんぞは、じっくり知恵をだして、話し合う時間がない乱世のための制度だ。」
王侯貴族が聞いたら、目を飛び出させそうなことを、ジウロ・ボルテックは平然と言った。
「それに、その個人の資質がいかに優秀であろうとも、ある程度組織が大きくなれば、1人ではもたん。よって、官僚機構を用意することになるのだが。」
シウロは、ヒスイがウトウトしているのに、気がついた。疲れたのだろう。
無理もない。
完璧な義体、神による転生、全てがパーフェクトだとしても、死んで生き返えらさせられる、というのはラクな体験ではないのだ。
ジウロは、誰か人を呼んで、彼を寝室に、運ばせようとして、いまの自分が、魔道武道専任コースに通う一介の学生でしかないことに、気がついて、舌打ちをした。
久しぶりに、自分の研究室を使いたかったので、ジウル・ボルテックの息子を名乗って学生身分でもぐりこんだのだが。せめて、教師の資格にするべきだったか。
しかたなく、ジウロは、ヒスイを肩に担いで、用意していた空き部屋まで連れていき、寝台に寝かせて、布団をかけてやった。
「具体的になにをどうするかは、明日話す。」
と、ジウロは言った。
「おまえが、これはまあ知らなくても無理は無い最新の情勢の説明も含めてだな。」
「……ジウロ。」
部屋を出ていこうとしたときに、ヒスイが言った。
「なんだ?」
振り返ったジウロから、顔を隠すようにして、ヒスイは言った。
「とりあえす、礼をいっておく。
……ありがとう。」
■■■■■
翌朝。
「いない、だとお?」
ジウロの目つきは、獲物を狙う猛禽のそれになっている。
彼の正体を知る事務局長は、ランゼと言った。
まだ若くなかなかの美人であったが、彼女の祖父である先々代の事務局長、父である学院長に負けず劣らず、真面目なだけが取り柄のつまらない女だった。
「誘拐。ではありませんね。自分の意思で、ここを出ています。つまり」
「逃げた、というのか!?」
目の前で、飲んだくれている美少年は、辛うじてグランダ基準で、成人するかしないか、と言ったところだろう。
整った顔立ちは、まだ髭もなく、つるりとしている。
野性味のある美貌は、ジウル、いやジウロ・ボルテックには、なんとなくかの黒き魔王を思い起こさせた。
ただ、魔王が内に強大な力を秘めた美しき捕食者だとすれば、ヒスイは、魔王がしとめた屍からお零れをもらうスカベンジャーだ。
だか、弱い分、狡猾でしぶとく、どこか愛もある。
ここは、魔道院。
グランダの、いや西域、北方を代表する魔法の研究機関だ。
他の国ならば、上級魔法学校に相当するだろうが、その権勢は、かつて、クランダ「王国」の中枢部にまで、がっちりとくい込んでいた。
また、その研究は、高度な理論から実践てかな内容まで、幅広く、網羅されているのが特徴だ。
理論研究ばかりでなく、魔道具の制作、また、剣や武道の魔法との融合は、ほかに類をみない。
その最高権力者として、長きにわたって君臨したボルテック卿の日曾孫である拳士ジウル・ボルテックの、そのまた息子(という触れ込みの)ジウロは、目を細めて、ヒスイと名乗ることにきまった転生者を観察している。
必ずしも非好意的な視線では無い。
ふつうの神様なら、自分が転生させたのなら、それ用の身体を用意するのだが、ジウロと、ヒスイ、その共通の「知り合い」である古き神は、その仕事をジウロにぶん投げてきたのだ。
義体ならびにそこに自律性をもたせた魔道人形の制作は、このところ、ジウロの興味の対象外だったが、ほかならぬ神からの頼みだ。
急いでつくった義体は、これまでになく素晴らしい出来上がりで。転生したヒスイの魂をのんの違和感もなく受け入れたのだ。
とはいえ、「転生」である。
驚いたり、怒ったり、不快に感じたり、逆に新しい命に感激したり。
あるいは、微細な、しかし、本人には重大な身体の違和感に苛まれて、まず何日かは、まともに話のできる状態では無くなる。
ヒスイは、そのどれにも該当しながらも、きちんと話が出来た。
これは転生初日にしては、上出来では無いか。
白酒の壺をオカワリして、ジウロとヒスイは、飲み続けた。
西の学生食堂は、研究過程の生徒が主に使うところで、使用するものは限られている。
とはいえ、そろそろ夕食の時間になって、学生たちが入ってきた。
学食で酒盛り……は、とんでもなく飛び級でもしない限りは、この学棟にいるものは、成人ひているので、ありはありなのだが、ここまで杯を重ねることはありえない。
6人がけのテーブルをふたりで独占し、空になった白酒の壺を見をみて、ギョッとしたように、立ち止まるものもいるが、ジウロを見て、何も言わずに立ち去る。
「アデルか。わし…いやぼくは、あいつが十代のころしか知らない。」
酔いが回ったのか、ヒスイ少年は、呂律の回らない声で言った。
ジウロの作った義体は、彼の成人しかかった年代を正確に模しているはずだ。
つまり、ヒスイは、かれの記憶にあるような酒量は飲めない可能性が高い。
それでも、杯を重ねる手を止めようとしないのは、おそらく、『酔っ払わないとやってられない』状況下にあるからなのだろう。
「あれの母親よりも祖母のアウデリア殿にわく似ていたな。
短気で、粗暴で、頭が良くて、情に厚い。こいつは、ひとの上に立つヤツだと、一目見てわかったよ。」
「俺の、い、いや、俺の親父のジウルの弟子でもあったんだ。」
ジウロは、ヒスイに白酒をついでやりながら言った。
「あのまま、冒険者を続けていても、いずれ名を成しただろうし。あんなに早く統一帝国の皇帝の座につくこたは、なかったんだ。」
「あんたも、そう、おもう、か。」
ヒスイは、遠い目をした。
「あれは…いい女だった。ぼく、わし? 俺が手を出すには若すぎたがな。惚れた男にいちずなところも可愛げがあった。」
確かに、この数年、いやもっと長くの間、ヒスイは、老いと孤独に苛まれて、思考も記憶も曖昧にはなっていたようだが、それより前のものは、鮮明に覚えているようだった。
「統一帝国の皇帝なんぞにならない方が、あいつにとっては幸せだったんじゃないかと、思う。」
「当たり前だ。」
ジウロは、即座に答えた。彼はもともとグランダでも名家の出身で、過剰な魔力を宿していたため、早々に家督を剥奪され、一時は無頼な道に足を突っ込んだこともある。
その彼から見て、ヒスイは充分、及第点だった。
「王や皇帝なんぞは、じっくり知恵をだして、話し合う時間がない乱世のための制度だ。」
王侯貴族が聞いたら、目を飛び出させそうなことを、ジウロ・ボルテックは平然と言った。
「それに、その個人の資質がいかに優秀であろうとも、ある程度組織が大きくなれば、1人ではもたん。よって、官僚機構を用意することになるのだが。」
シウロは、ヒスイがウトウトしているのに、気がついた。疲れたのだろう。
無理もない。
完璧な義体、神による転生、全てがパーフェクトだとしても、死んで生き返えらさせられる、というのはラクな体験ではないのだ。
ジウロは、誰か人を呼んで、彼を寝室に、運ばせようとして、いまの自分が、魔道武道専任コースに通う一介の学生でしかないことに、気がついて、舌打ちをした。
久しぶりに、自分の研究室を使いたかったので、ジウル・ボルテックの息子を名乗って学生身分でもぐりこんだのだが。せめて、教師の資格にするべきだったか。
しかたなく、ジウロは、ヒスイを肩に担いで、用意していた空き部屋まで連れていき、寝台に寝かせて、布団をかけてやった。
「具体的になにをどうするかは、明日話す。」
と、ジウロは言った。
「おまえが、これはまあ知らなくても無理は無い最新の情勢の説明も含めてだな。」
「……ジウロ。」
部屋を出ていこうとしたときに、ヒスイが言った。
「なんだ?」
振り返ったジウロから、顔を隠すようにして、ヒスイは言った。
「とりあえす、礼をいっておく。
……ありがとう。」
■■■■■
翌朝。
「いない、だとお?」
ジウロの目つきは、獲物を狙う猛禽のそれになっている。
彼の正体を知る事務局長は、ランゼと言った。
まだ若くなかなかの美人であったが、彼女の祖父である先々代の事務局長、父である学院長に負けず劣らず、真面目なだけが取り柄のつまらない女だった。
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