小悪党、転生~悪事を重ねてのし上がって大往生、これでいいやと思ったらなぜか周りが離してくれません

此寺 美津己

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第三章 迷宮

第24話 蜘蛛の領域

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迷宮は、変化し続けている。
自然の洞窟を模しているのなら、水の流れ、気温の変化による侵食や、人工の宮殿などを模した部分なら、老朽化や経年劣化による破損もあるだろう。
だが、「生きている」迷宮ならば、誰かが、そっと、悪戯でもするように、その相を変え続けているものなのだ。

最短距離を。
という、ぼくの依頼に、サリアは、危険地帯を突破することにきめたらしい。
あまり、使われていない通路を1時間ほど歩いたところで、蜘蛛の魔物に襲われた。

一体が、大型犬ほどもあるでかい蜘蛛だった。
それが、五匹。

ティーンは魔法を唱えた。
彼女の手の中に、弓が現れた。
「光の矢よ!」
短縮された詠唱と同時に、矢が放たれた。

矢は、蜘蛛の一匹を貫き、さらにその後ろ蜘蛛の複眼を粉砕した。

たいした威力だった。
「光の矢」を唱える術者が「矢」として認識している以上、弓を使えば、威力は数倍、精度も上がる。気が付きそうで気づかなかった発想だ。
ティーンは、どうもその才能も非凡なものを持っている。

だが、そこまでだった。
残りの三匹には、距離を詰められた。

ぼくは、ティーンを庇って前に出た。
ぼくの奮ったのは、鞭だ。
真っ赤に燃える先端が、蜘蛛を撃ち、奴らをしり込みさせた。

飛びかかるタイミングを待って、後退しかけた蜘蛛の一匹を、ティーンの弓が貫いた。

突進してくる二匹のうち、一匹に、ぼくの鞭が絡みついて動きをとめた。
鞭はそのまま、もえ出して、蜘蛛を黒焦げにした。最後の一匹が、天井を走り、背後からティーンを襲おうとしたところを、ぼくが飛びかかって、短刀を複眼の間にしっかりと差し込んだ。

「けっこう、泥臭い戦い方をするのね。」
ティーンが言った。
「転生者なんだから、すごいチートでも持っているかと、期待してたんだけど。」

「転生者なのか?」
サリアが、興味深かそうに尋ねた。
彼女は、蜘蛛が登場すると同時に、退いて、
ぼくらの戦いには、手を出さなかった。

「そうだよ。他ならぬ神さまの媒介で、転生したんだから、勇者ってことになるかな。」

「はあ? わたしは勇者様に守られてたんだ! それは光栄至極……」
「だが、本当に転生させただけで、なんの能力も貰っていないが、な。」
「だれよ、そのマヌケな神様は。」
「大邪神ヴァルゴール。」
「台無しだよ!」

神殿をもたぬ神、ヴァルゴールは、恐らくは信徒の数だけなら、西域一番であろう。
ちょっとした約束ごとのときに、かの神の名を口にするのは、誰でも行うし、ちょっとした願掛けには、祠は辻辻に存在する。

もっとも、神が間接的にでも、地上に干渉していたのは、もうはるか昔。
もっとも重大で悪質な干渉があったのは、もう五十年前だし、それだって、「魔王復活を目論む邪悪な教団が、擬似的に魔王を作り出して、世界征服を目論んだが、他ならぬ、魔王バズス=リウの怒りに触れるところとなり、一切が瓦解した。」というほぼ合っているが、肝心なところが違う解釈が、一般的となっている。

ヴァルゴールもふくめて、神々の名を人が口にするときは、単なる慣用句となってしまっている。
ヴァルゴールならば、それは、裏切るなの、とか約束を守れよ、どいう意味合いで、言葉の語尾におかれることが多い。

「腕はいいな。」
と、サリアは、ぼくらを褒めてくれた。
「経験を積めば、すぐに銀級になれるだろう。」

「先を急ごう。第一層なんかで、もたもとしているつもりはない。」
「あせるなよ、お嬢さん。ここで、少し腕ならしをしていったほうが、いい。
坊やはともかく、お嬢ちゃんは、実戦経験はほとんどないんだろ?」

ティーンは、悔しそうに唇をかんだ。

ぼくは、生成した水で、短刀にへばりついた蜘蛛の体液を流しながら言った。
「いや、いい提案だとは思うけど、さきをいそいでくれ。」
「へえ? 理由をきいてもいい? ティーンは、確かに素晴らしい天賦の才能がある。
あなたたちが、なにもので、古竜になにを相談したいのか、追求はしないけど、いまのティーンは伸び盛りだ。
少しの鍛錬で、驚くくらいに、伸びる。
第一層は、絶好の鍛錬場所だと思う。」

「確かに、それは否定しないし、その重要度は理解してるつもりだ。」
ぼくは、口早に言った。
「だが、ここは、よくない。もっと、奥まで連れて行ってくれ。ここでは、入口からまだ、近すぎるんだ。」

「へえ? 誰かにおわれてるの?」

「一応、YESと答えておくよ。どのくらいの時間を稼いだか、わからないけど、いつかは追いついてくるだろう。
それまでに、ぼくらは、出来るだけ迷宮深くに潜っておきたいんだ。」

「はいはい。依頼主さんのご意向通りに。」
サリアは、答え、白いコートの前を開いた。
体にピッタリした黒いタイツは、なかなか煽情的ではあった。

「ちょっ! あんまりじろじろ見るもんじゃないよ、ヒスイ。」
ティーンが、ぼくの腕を引っばったが、ぼくの視線は、サリアに釘付けになっていた。

全体に細身で、腰周りもしまっているが、優美な曲線を、タイツはまったく隠していない。むしろ強調しているようだったが、ぼくが見ているのは、胸の膨らみでも、腰周りでも、締まったお腹でもない。

コートの内側には、数十のポケットがあり。

そこに、様々な色の液体が入った、細いガラスの瓶が、収められていたのだ。

「その赤いのと、緑と、紫を混ぜると、呼吸器を侵すガスが発生するな。」
ぼくが、指摘すると、サリアは楽しそうに笑った。

「いやねえ。頭痛薬と喘息のお薬よ。混ぜたら、キケンなだけで。」

「何アレ、ヤバいの?」
ティーンが尋ねたので、ぼくは頷いた。

「ぼくの知識が及ぶ限りでも、すでに相当危険だ。しかも半分以上が、ぼくの知らない薬品だ。」
「半分近く、知ってるだけで、大したものよ。ひょっとして、あなたも転生者なの?」
「あなた『も』? あんたも転生者なのか?」
「正確には、生まれ変わってこの世界に誕生したわけじゃないから、異世界人ね。」

サリアは、ぼくの知らない薬品の入った試験管を何本か、取り出して指に挟んだ。

「依頼主のご要望に答えて、最短距離を行くわ。ちょっと、そこをどいて。それから、鼻と口を、布で覆って、下がっててね。」

ぼくらの正面は、黒い石で作られた壁だった。
漆喰と石膏で固められた周りの壁とは異なり、そのだけは、黒い石を押し固めたような一枚板になったいた。
なんとも奇怪なのは。
その一面に、蜘蛛の浮き彫りが施されていることだった。
それは、たったいま、蜘蛛と対決したぼくらにとっても、あまりにも精巧で。まるで、今にも動き出しそうに感じられたのだ。

ここ“魔王宮”第一層を支配するのが巨大な蜘蛛の神獣ギムリウスであることを、考えれば、そんなモチーフの壁があってもおかしくはない。ないのだが。

「では、諸君。」
芝居がかった仕草で、サリアは、ふわりと長いコートの裾を翻した。
「わたしが合図をしたら、息を止めて、目をつぶり、前の壁に突進するんだ。
これから、わたしの作りだす煙は、吸い込んだら、甚だしい呼吸困難を引き起こす。
目に入ったら、たぶん、恒久的な失明は免れるだろう。」

「一体何を」

返答せずに、サリアは、壁のしたに埋め込んだ数本の試験管に、別の試験管を投げつけた。

爆発。
小さな炎があがり、衝撃は、埋め込んだ試験管を破裂され、中の液体がまじりあい、黒紫の煙が吹き出した!

「壁にむかって!走れ!」

そう言いながら、はしりだしたサリアは、ちゃっかりと、自分だけ、ゴーグルとマスクを身につけてきた。

ぼくとティーンは、呆然と立ち尽くしていた。

…岩にみえたその壁は、いまや毒煙のなか、苦痛に蠢く無数の蜘蛛の集合体と化していた!
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